とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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初期プロットではこんなにトロトロに蕩けたたっちゃんは居なかったのにどうしてこうなった


追憶の刀6

今でこそ鹿波さん好き好き大好き愛してる状態の私だけど、私も初めからこんなだった訳ではない。なるほど、確かに私は今や彼にメロメロだ。少なからず彼に骨抜きにされてしまっている。彼が突然私の胸を後ろから揉みしだいてきても、きっと私の身体は「あん♪」とか言って悦んでしまうだろう。彼がスカートめくりを仕掛けてきたとしたら、「言ってくれればいつでも見ていいのに」なんて。きっと語尾にはハートマークが付きそうなほどの甘えた声で言ってしまうだろう。まあ、実際に見せるのは彼以外の人の目の無い場所限定だけどね。彼が私を襲ってきたとしても、私はきっと喜んで受け入れるだろう。私の身体で彼が幸せな気持ちになれるのなら本望だ。いや、望外の歓びかもしれない。

仮にそれで赤ちゃんが出来たとしても、きっと私は彼に何も言わずに一人で育てきって見せる。絶対に彼に迷惑をかけるつもりはないのだから。まあ、こんなにも望んでいても、彼が私を襲ってくれることはないだろうけれど。

それに、私は裏の人間。裏の世界にずっぷりと、頭の先から指先まで浸かってしまっている。鹿波さんは完全な表の人間。彼には暖かい日だまりの、小さな日常の中の幸せがよく似合う。簪ちゃんならまだ彼に付き合うことも、恋仲になることも、結婚することも出来るだろう。

でも私は違う。正直鹿波さんとこうやって一緒にいられることがもう奇跡のようなものだ。まだ明るい表に居た、更識刀奈だった頃に知り合って。そこから簪ちゃんに仲直りを申し込もうとして。その練習に付き合ってくれて。それでも言い出せない私を何度だって励ましてくれた。

私が楯無を襲名してからも、学園に戻ってきてからも、今までと変わらない態度で、唯一私を応援し、支え続けてくれた赤の他人(家族以外の誰か)

 

そんな彼だから。彼を心配させたくないから。だから私は未だに彼と交流することが出来るし、彼の隣にいることが出来る。運が良ければ、彼のぬくもりすら感じることも出来る。

でも、それだけ。

私が彼を好きになることも、彼に恋するのも。彼を愛していることも。

全部全部、遠慮も容赦もなく出来るけれど。

でも、私は彼と結ばれることはないし、結ばれてはいけない。それを望んではだめ。

 

彼に迷惑をかけないために。

私が彼を愛してやまないことは万に一つも知られてはいけないし、もし私の気持ちを知られたり、鹿波さんが私の事を好きになる、なんてことがあってもいけない。鹿波さんが私と結ばれるなんてことはもっての他だ。そんなことは、あってはならない。

 

私の鹿波さんへの気持ちが強くなればなるほどに。私の気持ちが大きくなればなるほどに。私の胸には鋭く刺さる楔の痛みが自己主張を強くする。私の気持ちをがんじがらめに縛り付ける、そんな鎖が重々しく私の気持ちを押さえつける。溢れ出すこの気持ちに、無理やり蓋をするように。

 

私は更識家当主、更識楯無。いつかは私が身籠っても私の代わりに戦える誰かが私の婿になるのだろう。更識の家が必要とするのは、日だまりで小さな幸せを過ごすことの出来る、ささやかな人間じゃない。血で血を洗う闘争に対応し、生きて帰ることの出来る人間だ。いつか私は、そんな相手と共に過ごし、そんな相手の子どもを生むのだろう。私は、楯無だから。

でも。せめてそれまでは。私の身体も心も、私が好きな人のもの。私の全てを捧げること叶わずとも、せめてそれくらいは反抗してやる。

ねえ、神様。あなたはとっても素敵ね。生きているなら、殺して差し上げたいくらいに残酷ね。ねえ、神様?

 

 

鹿波さん。ねえ、鹿波さん。あなたの隣に居られるこの喜びに。あなたからいつかは離れなければならないこの悲しみに。

私は、どんな顔をすればいいのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の凍てついた心を解きほぐしてくれたのは鹿波さんだった。きっかけは、そう大したことではなかったように思う。

私の呼ばれ方がかっちゃんからたっちゃんになり、表面上は今まで通りに鹿波さんに対応していた。

私はIS、ミステリアス・レイディを4月までには完成させたいと思っていた。4月からは世界初の男性操縦者、織斑一夏君が入学する。そうなれば、私達に送られてくる仕事がこれまで以上に多くなるのは想像に難くない。

あと2ヶ月。そんな短期間で、ISを1から作り上げる。

誰に聞いたってそんなことは無理だと言うだろう。でも、私はやりとげなければいけなかった。

 

虚以外の誰もが私を笑いながら、そんなことは不可能だと馬鹿にする。ああ、生きている価値があるかどうかもわからないそんな有象無象は、こんな時だけ邪魔をする。人が慌てていて、それでも凄く大切な時期に。生徒も教師も、名前も知らない愚鈍で凡愚な民衆も。

 

そんな中、私は時間を見つけてはIS整備庫に足繁く通った。そこにはいつも、世界でたった一人、家族以外で信じられるかもしれない人がいた。いつもと変わらぬ笑顔で、そこに。

 

でもその日は違った。彼は非常に真剣な顔をしている。どうしたんだろう。

 

「たっちゃん。…いや、楯無。虚さんから聞いた。ISを自力で作っているというのは本当か?」

 

「ええ」

 

そうよ。私は今、時間の許す限りフルスクラッチのISの自作をしてる。だから邪魔しないでね。

 

「いや、邪魔をするつもりはない。ただ、あと2ヶ月で自分一人でというと厳しいぞ」

 

「知ってるわ。でも、私はやらなきゃいけないの」

 

あなたや簪ちゃんを守る、そのために。守るための力が、今の私には必要だった。

 

「…楯無。お前一人でやらないといけない理由でもあるのか?」

 

「そんなことはないけど、誰も彼も無理だと言って手伝ってはくれなかったわ。虚には仕事を任せるから頼めないし」

 

そう言うと彼は少し考える仕草をした。…だが、とか…ふん、とか呟いている。どうしたのかしら。

 

「なるほどな。確かにお前の周りの奴らではなんとかならん、か…。楯無。お前、俺が手伝う、と言ったら聞くか」

 

「どういうこと?」

 

彼はただの整備員のはずだ。いや、確かに二十代前半で責任者をやっているほど優秀だということは知っているが、それでもISの製作が出来るとは思わない。

そう、私はまだこの時は知らなかった。彼の規格外さも、彼の優しさも、彼の面倒見の良さも。

 

「一応これでもIS製作には多少の、多少の(・・・)造詣があってな。俺が手伝えば、おそらく3月21日に完成させられる。どうだ、やるか」

 

この時彼はやけに多少を強調し、やたら具体的な日付を私に提示してきた。この時の私は半信半疑だったけど、この時に彼の手をとったのは我ながら英断だったと思う。

それからは彼と共に過ごし、ISを作る時間がほとんどだった。初めは寝る時間も惜しいと言って鹿波さんに駄々をこねていたが、彼は

「いいか、俺が手伝うんだから俺が思う通りに進めば絶対に3月21日に終わる。だがな、お前が俺の言うことを聞かずに無理をして風邪か何かで倒れてみろ。どうなるかわからんぞ」

と真剣な顔をして私に言ってきた。

最初はなによ、と思っていたが、彼は本当に優秀で有能だった。ISに二番目に詳しいのは誰か、と言われたら迷わず彼だと言えるほどに。

私のIS、ミステリアス・レイディはモスクヴェとは違う、トリッキーなものにしたかった。

モスクヴェは頑強な装甲に標準的なアサルトライフル、そして実体剣が二振り。これ以外は拡張領域にいくらかのグレネードが積める程度の性能。いくらなんでもさすがにつらい。

そう言えば彼は

「…こんな感じでどうだ」

と言ってあっという間に設計図を書き上げた。

そこに書かれていたのはパーツ数が少なく、装甲もモスクヴェより少ないISだった。

だけど武装は目を惹かれた。ナノマシン?水?蛇腹剣?

 

「パーツ数を少なくした。フルスクラッチならこれくらいがおそらくギリギリだ。そのため装甲は少ない。浮遊盾を上手く扱えるかどうかが重要にはなる。まあお前なら心配いらんだろ。

あとはお前がいうトリッキー、だな。

水状のヴェールを攻撃、防御に転用出来るようなナノマシンが現在開発されて、研究されている。たしかアメリカだったか。武装として使うことの出来るスペックは確認済みだが、まあ気になるならまた後で調べておけ。

これは爆発を起こすことの出来るナノマシンだ。普段は水の質量を生かした攻撃、水の流動性を生かした防御に使い、広範囲に散布して爆撃してもいいし狭い密室であれば外部から攻撃も出来る…。

最後に緊急用のブースターを付ける。このブースターユニットが接続されたら高出力モードに出来る。まあ一定時間という制限はあるがな」

 

どうだ。そう言って私に声をかけるが、私はてんで聞いていなかった。これだ。私はこんなISを求めていた。このISは、まるで私のために誂えられたかのように、私の琴線を刺激した。

今思うと彼が私のために設計してくれたISだ。まさに私のために誂えられたISそのもの。しかも製作は彼と共同。ずいぶんとまあ、幸せを気にせず投げ捨てていたものだ。この頃の私をぶん殴ってやりたい。

 

「これ!これにする!」

 

「よしきた」

 

それからは早かった。彼は彼で私のISを組み立て、プログラムを組み上げながら私のサポートをしてくれた。それだけのサポートをしながらも、決して自分の仕事(ISの整備)を疎かにしない。今だとその凄さがよく分かる。

私は私で、慣れないIS製作という大仕事に精一杯だった。虚ちゃんやお父様、更識の家の皆にはかなり迷惑をかけてたと思う。そんなことに頭が回らないくらい、ISの製作で頭が一杯だったけど。

 

それからは少しずつ鹿波さんとの心の距離が近づいていった。

ある時は少し休憩しようか、と言って白玉ぜんざいを食べに一緒に食堂に行った。二人で食べている時にふとイタズラ心が湧いたので、鹿波さんにあーんをした。鹿波さんは全く気にすることなく平気でぱくっと食べた。しかもお返し、とか言って私にあーんしてくる。

えっ、ちょっと待って。そう言って私はキョロキョロと周りを見渡した。普段周りの人の目なんか気にしないくせに、この時は無意識に周りを気にしていた。いやー、あれは恥ずかしかったねー。あはは。

その時の白玉ぜんざいの味は、正直覚えていない。

 

ああ、そう言えばISを組み上げている時に白衣を着せてもらったこともあったっけ。

2月だからまだまだ寒くて、整備庫は空調が効いているけど、壁も床も一面金属だから、底冷えするんだ。それで「くちゅん!」みたいなくしゃみをした時に、彼が着ていた白衣を私に着せてくれた。は、恥ずかしい…。

そして白衣を着て、彼の温かさと匂いに包まれて、思わず顔がほころんだ。それからだっけ、彼の匂いが好きになったのは。彼の匂いに目覚めた私は、彼のそばに寄り添うことが多くなった。匂いフェチだったことが発覚し、彼の匂いに目覚めた私が彼に甘えるようになったのは、当然の帰結だったのかもしれない。

 

そうそう、彼に暗部の仕事を手伝ってもらうことがあったのもこの頃だ。とは言っても、直接彼に暗部の仕事であることは伝えていない。

私達がわからないことや案件を、ミステリー風にして相談したことがある。そしたら彼は全てことごとく、一発で当ててくるのだ。

それからも何度か同じようなことをしたけど、超能力でも持っているんじゃないかと思うくらい。もしくは彼の前世はホームズだったのかもしれない。それくらい、彼は頭の回転が早く、ごくわずかな情報だけで当ててくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話は変わるけど、彼は実は凄くひっそりと人気者だ。いや、人気者というと語弊があるかしら。慕われている、うん、こっちの方がしっくりくる。

彼のファンクラブは実に分かりにくいように、しかしはっきりとした線引きがある。

私や会長たち、あとは『桜』と呼ばれるウォッチ部隊。桜はこのIS学園の一学年に一人は必ずいて、会長や副会長たちとの連絡口を担当している。それと、彼の回りに危険分子が発生した場合の速やかな対処も。

 

この、『桜』が何故桜なのか、ということを知っているかどうかで、およそ彼の親衛隊度合いが分かる。

私も初めは分からなかったが、これは、彼が桜や花見が好きなことから来ている。彼の好きなことの一つすら分からない人たちは、『ブタ』と呼ばれるバンピーだ。このブタは豚ではなく、ポーカーのノーペア。つまり、『役立たず』に由来する。ひどい話だと最初に知った時は思ったが、今となってはただのミーハーなファン程度は確かにブタで十分だと思う。

ブタ以外の人たちはいわゆる″ホンモノ″の類いで、会長や副会長に至っては、私ですらかわいいものだと思えるくらいに彼のために行動している。いや、彼のために生きている、と言った方が正しいかもしれない。

 

彼のファンクラブは当然、このIS学園が本拠地だ。そして、彼の勤め先がここ、IS学園である以上、この近辺にいれば彼の身を守ることが出来る。

これは噂話だけど、彼のファンクラブの会長は、彼が働き始めた時はただの二年生だったらしい。それが彼のファンクラブを作りあげ、当時先輩だった三年の先輩に副会長を任せ、瞬く間に学年主席になり、そのまま卒業。誰もが国家代表になると思われたが、予想に反してIS学園近くの大企業に就職。そこでも敏腕に働いているという。

ただ、凄いのはここからの憶測混じりの、限りなく真実のような気がする噂。真実のような気がするのは私の勘。

なんでも、彼女は彼の身をいつでも守れるように健康に気を配り、彼をいつでも守れるように、日常生活が不安定にならないように企業の業績をあげ、彼の身をいつでも守れるように、国家代表の席を蹴った、という話である。もはやここまでいくと病気か信者にしか思えないけど、彼に心底心酔してしまえばそうなるのも無理はない気がする。

しかも表面上は凄く良くできた人に見えるわけだし、鹿波さんが入った二十歳の時に二年生なら十七歳。今の鹿波さんが二十四歳になるはずなので、今年で会長は二十一、副会長でも二十二歳だ。

…あり得る。

 

ちなみによく学園生に利用されるショッピングモール、レゾナンスにも、彼のファンクラブ会員がいたはず。栄えある二桁前半ナンバー。

この近辺にいくつかある複合ショッピングモールを任されているらしい。3店舗の責任者かなにかだったはず。

私が更識家の能力を総動員しても個人の特定には至らなかったあたり、彼のファンクラブのセキュリティ性の高さが伺える。

ただ、彼のファンクラブは組織的に動くことが基本的にない。そのため、突発的な事態には対応が遅れる可能性がある。

そのことを桜を通して会長さんにも伝えているのだが、どうにも反応は芳しくない。…これで鹿波さんが突然拉致でもされたら絶対に許さないと決めている。私が家族以外で一番大事なのは鹿波さんなのだ。

 

本当に大切で大事な、たった一人の信頼できる『他人の友人』。虚ちゃんや簪ちゃん、本音ちゃん達は家族だし、更識家の皆は運命共同体。

鹿波さん。私はあなたを『友人として』、愛しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ISは、3月21日に完成した。

春の陽気が訪れる。




という訳でたっちゃんは友人ゆえの友愛です。純愛です。きゃわわ。

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