とあるIS学園の整備員さん   作:逸般ピーポー

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誰だこの小説を日刊3位にまで押し上げたの
おかげで私が電車内でつい素では?とか言っちゃったじゃないか!視線を集めるはめになったぞどうしてくれる


もののふの矜持

早く。速く。疾風怒涛の如く、一刻も早く。私は急いでいた。一刻も早く、シャルロットに詫びねばならぬ。私のしたことは到底許されるものではないだろう。戦場で守ってくれた友に対して、呼び掛けも注意も警告も。その全てを突っぱねた。その上自分は守ってもらうという体たらく。なんと浅ましい。

そしてそのくせ、シャルロットに謝りもしなければ礼の一つも言っていない。ああ、全く自分に腹が立つ。このような輩は死なねばならぬ。しかし今の私には腹を切るよりも先にやらなければいけないことがある。

謝罪だ。謝罪するのだ。

例えシャルロットが私を許さなくとも、例えシャルロットが私の顔を見たくなくとも、謝罪だけはしなければ。

腹を切るのはその後で良い。それよりもまず、私が傷つけてしまった彼女に、謝らなければならんのだ。

それが人として成さねばならぬ道理というもの。もはやこの身は死んだ方が良いくらいの外道だが、それでも筋は通さねばならん。

死ねと言われれば腹を切ろう。身体を売って、惨めになれと言われればそうしよう。三日三晩悶え苦しんでのたうちまわって死ねと言われればそうしよう。何はともあれまずは謝罪だ。私は、私のしたことにけじめをつけねばならんのだ。

人に悪いことをしたら謝る。当たり前のことだ。その当たり前のことすら出来んとは、この…。

 

「愚か者が…!」

 

走る。走る。ただ走る。ああ、とかくもどかしい。早く。早く!

 

「はあ…はあ…」

 

ここだ。一つ深呼吸。さあ、行こう。シャルロットに謝りに。

 

ガラッ

 

「失礼する」

 

今までであれば入り口のそばで何をするでもなく突っ立っているだけだった。今日は違う。今日は謝る。ただ謝るのだ。

シャルロットの座るベッドの正面に行き、膝をついて頭を垂れる。私の自慢の黒髪が床に垂れるが、そんなことよりもシャルロットに謝罪するのだ。私の黒髪なぞどうでも良い。

額を床にびたっとつけたまま、シャルロットに謝った。精一杯の謝意を込めて。

 

「シャルロット…。すまない。謝って許されることではないことは重々承知している。

しかし、私の行動は謝罪しなければならないものだった。すまない…!」

 

返事はなかった。当然だ。誰が好き好んで、このような醜悪な愚か者に関わりたいと思うのか。我がことながら反吐が出る。昨日までの自分をぶん殴ってやりたい。だが、しかし、今の私は、それほどまでに屑なのだ。人として、してはならないことをやったのだ。

十分か、二十分か。はたまたそれ以上か。時計など見えないのでわからない。ただ、シャルロットはこんな私に声をかけた。

 

「…顔、あげてよ」

 

私はその掠れた声を聞いて愕然とした。こんなにも彼女は掠れた声ではなかった。こんなにも、彼女は弱々しい声ではなかった。これまでの彼女は、もっと躍動感と明るさに溢れる美声だった。

そして、彼女をそこまで追い込んでしまったのが自分であるというのがまた心苦しくて仕方ない。だが、ああ。彼女はもっと苦しんだんだろう。彼女は私の万倍つらかっただろう。

もはやこの身で出来るのは、誠心誠意謝るより他にないのだ。

そんな思いで顔を上げ、見上げたシャルロットの顔は、ひどく冷たいものだった。

まるで路傍の石ころを見るような目。いや、こちらを見ているはずなのに、まるで焦点があっていないかのような、異常な目。その目の奥には光はなく、普段の輝きに溢れた目で見ていた時と比べてしまう。

なんて様なんだ。なんという目だ。

恐ろしい。ただただ恐ろしい。人がここまで人らしさを失うのかと。そしてなにより、そんなにしたのはこの私なのだと。

ああ、寒い。寒すぎる。体の震えが止まらない。喉もカラカラにはりついて、視線が彼女(シャルロット)から離れない。ああ、ああ、なんという。

まったくなんて、様なんだ。

 

「…もう、いいよ。これで今回の話は終わり。わかった」

 

シャルロットがそう言った時も、私は喉から声にもならないただの声を絞り出すのが精一杯だった。それでもなんとか頷いて、私は最後までシャルロットの顔を見続けた。顔を逸らしてはいけないと。私がしたことから、私の行動の結果から。目を逸らしてはいけないと、そう思って。

 

「では、失礼する」

 

震える声で、なんとかそう口にすることが出来た。そして深々と一礼。扉を閉めた私は、真っ直ぐに自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室に戻ると、ルームメイトの鷹月静寐は帰ってきて居なかった。…ふむ。今からすることを思えばむしろ好都合。

シャルロットには許してもらった。だが、このままでは私が私を許せん。このような輩はただ消えるが良いのだ。

長いようで短かった、十六年の我が人生。ああ、父さん。母さん。申し訳ありません。私は姉とは違い、人様の人生を狂わせるようなおおうつけではないなどと、勘違いしておりました。

真っ直ぐに人に何かを教えられる父さん。いつも暖かく、私や一夏、千冬さんや姉さんを迎えてくれた母さん。そんな素晴らしい人たちから、何故私や姉さんのような愚か者が生まれてしまったのか。私にはとんと分かりません。

ですがそんな私にも、たった一つだけ分かることがあります。それは、これほど人様に迷惑をかけ、人様の人生を狂わせるような私は、生きていてはいけないやつなのだと言うことです。

父さん。母さん。そして一夏。さようなら。

今から私は、腹を切りますーーーーー

 

 

ガチャ

 

そう決意して私が白刃を鞘から抜こうとした瞬間。一夏がこちらを見ていた。…ええい、構うものか!

 

「待てえぇぇぇぇ!」

 

「ええい、離せ一夏!私は腹を切って詫びねばならんのだ!こんなおおうつけ者がこれ以上、生き永らえるなど!」

 

「ふざけんな!それこそシャルロットがしたことが無駄になるだろうが!」

 

「あっ!」

 

勢いよく飛び掛かって来た一夏を傷付けまいと、抜いた切っ先を一夏から遠ざけたのがいけなかった。思い切り一夏の体が覆い被さり、右手に握っていた私の依光は一夏に奪われてしまった。ええい、返せ!離せ!それかどけえ!

 

「ふざけんな!今返したらお前、絶対同じことするだろ!」

 

「当然だ!もはや私は、これ以上生きていてはいけないやつなのだ!腹を切って詫びる!それが今の私に出来る、精一杯の贖罪だ!」

 

「くそっ、このわからず屋!」

 

ガンッ!

 

ーーーーー!!!!

 

「おー痛え…。この石頭め…」

 

突然頭突きをしてくるとは何事か!

 

「あ?」

 

ひぇっ…。い、一夏がこれまでに見たことの無いような、凶悪な眼差しをしている…!

 

「箒…」

 

そして右手に私の依光を持ったまま、真っ直ぐに、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。こ、怖い…!

 

「正座」

 

「はい…」

 

怖い。一夏が怖い。一夏がこんなに怒っているところを初めて見た。顔がまっすぐに見れない。なんだかものすごい威圧を感じる。ひぃぃ…!

 

「…これ()は預かる。で、シャルロットには許してもらえたのか」

 

「は、はい」

 

「で。何やってんのお前」

 

怖い。本気で怒ってる。私に暴力はやめてくれと言った時も、私が謝った時に本当に約束できる?ねえ?と言った時も、まだまだ本気じゃなかったんだと思い知る。怖い。怖すぎる。情けないが失禁しそうだ…!怖い…!

 

「何やってんのかって聞いてんだけど」

 

「はい!責任取って腹を切ろうとしていました!」

 

依光の鎬で私の頬をぺちぺちしながら脅…聞いてくる一夏。あ、あの。一夏さん。

 

「今こっちが質問してんだよ。誰が勝手に話していいっつった」

 

「ごめんなさい!」

 

やだもう!なにこれ!一夏の人格が変わってる!いやぁぁぁぁ!

 

はぁ、とため息をつきながら私の依光を床に突き刺す一夏さん。あ、あの…。さすがにそれはまずくないですかね…。

 

そう思っていたらギロッと睨まれた。ひぇっ…。な、何でもないです…。

 

「箒ぃ…」

 

地底から響くような声で呼ばれた。は、はいぃ…。

 

「IS学園の寮で流血沙汰。それも腹切って自殺。それと、床に突き刺された刀。どっちが問題だろうな…?」

 

はい!私が悪う御座いました!二度と浅慮なことは致しません!

 

「ふん、当たり前だ。自殺なんてされたら、寮長の千冬姉に迷惑かかるだろ。いいか、二度と自殺なんて馬鹿なこと、考えるなよ」

 

「あ、ああ…」

 

そうか。確かに私が死んだら千冬さんに迷惑がかかるのか。くっ、ならば私はどうやってシャルロットに償えば良いんだ!

 

「はあ…。仕方ねえな。

俺が今からラウラの所に行って聞いてきてやるから、黙ってここで座って待ってろ。

…早まった真似はするなよ。いいな」

 

「はい」

 

「ふん」

 

そう言って不機嫌そうに鼻を鳴らした一夏は、私の依光を持ったまま部屋を出ていった。…あの、鞘…私の左手にあるんだが…。

 

一夏はすぐに戻って来て私から鞘を受け取って出ていった。…あれこそ後で千冬さんに叱られるのでは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

箒から日本刀を奪い取り、鞘にしっかりと挿した俺はラウラの部屋を訪ねた。

 

コンコンコン。もしもーし。

 

「ん?誰だ」

 

「俺だ。一夏だ」

 

「ふむ。しばし待て。…よし、良いぞ」

 

「失礼しまーす」

 

部屋に入ると、きれいに整理された部屋だった。ラウラは手前のベッドに座って腕を組んだままこちらを見た。そして俺の右手の日本刀を見た瞬間、こちらに臨戦体勢を取っていた。

 

「…果たし合いにでも来たか」

 

「違う違う」

 

そう言って日本刀をラウラの手前に投げる。…ラウラは臨戦体勢を解いてくれた。軍仕込みの格闘術とか勝てないって。

 

「で、何の用だ。私はこのあと見舞いに行かねばならんから、そんなに時間は取れんぞ」

 

「あー、そのことなんだけどさ…」

 

そして俺はラウラに、箒がシャルロットに許してもらったらしいこと、箒がシャルロットにどう詫びればいいかわからないということを伝えた。…さすがに自殺云々を伝えるのは憚られたので言わなかったけど。

 

「…なるほど、大体は理解した。それで篠ノ之がどうすれば良いのか、というのを私に聞きに来た、と」

 

「そうなんだ」

 

「ふむ…」

 

ラウラはそう言って少し考えた後、教えてくれた?

 

「まず一つ。シャルロットが篠ノ之に何か言ったら、極力丁寧に対応しろ」

 

「ふんふん」

 

「二つ目。シャルロットに迷惑をかけるな」

 

「まあ当たり前だな」

 

「最後は、シャルロットが話かけてきたら、なるべく普通に対応しろ」

 

「分かった」

 

そう言うと、ラウラはちょっと横を向いて鼻から息を吐いた。どうしたんだ?

 

「お前が分かっても篠ノ之が分かっていないと、意味がないんだがな」

 

「まあ、ねえ…」

 

それにしても。箒に謝らせようとして、結局俺は役に立たずにシャルロットに迷惑をかけるだけになっちまった。本当、上手くいかねえなぁ…。

 

「ふん、貴様は私の嫁とは違うんだ。当たり前だろう」

 

「ホント、鹿波さんみたいにいかねえよ…」

 

そう言うと、ラウラはふふんと口角をあげながら言った。

 

「貴様が嫁と同列になろうなど、100年早いぞ」

 

「へいへい」

 

さて、それじゃあ俺はこれで邪魔するよ。見舞いの前に悪かったな。

 

「なに、構わん。ああ、これ(日本刀)を忘れるなよ」

 

おう、サンキュー。

邪魔したな。

 

「お前も大概、甘いものだな」

 

うるせえ。あれでも一応大事な幼なじみなんだよ。一応な。




とっぽい

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