犯したのはカインである。
主が問いただした時、
カインがその罪を隠すことは
叶わなかった。
なぜなら流された兄弟子らの血が
大地から彼の罪を
叫び立てたからである。
『タカシ…お前は…』
1人の女がそう呟いて
俺から少しずつ離れて行く。
俺の手には士官学校生徒に所持が
義務付けられている9mm拳銃が
握られていた。
目の前には俺と同じ制服を着た男が
胸から血を流して倒れている。
『はぁっ…はぁっ…』
息が上がり、呼吸が乱れ、
俺の手から拳銃が滑り落ちた。
俺はまるで血を抜かれたような
脱力感とともに
その場に膝から崩れ落ちる。
『だ、大丈夫だタカシ…
向こうが先に…』
『…来るな。』
『だ、だが…』
『離せッ!』
近づいて
俺の手を優しく握りこむ女を
俺は突き飛ばし、
落とした拳銃を拾い上げて
その女に向けた。
『俺に近づくな!』
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「お、おいバカッ!
何すんだよ!?」
目を覚ました俺は、
いつの間にか相棒のエリックに
銃を向けている事に気がついた。
「悪い…何分経った?」
「…40分ってとこだ。
うなされてたから起こした。」
「すまん…。」
「悪夢か?」
俺はエリックに
手渡されたペットボトルを受け取ると、
そのまま一気に半分を飲む。
「そんな感じだ…。」
「少し…話してみろよ。
楽になると思うぜ。」
俺はペットボトルの水を
全て飲み干すと
もう一度夢の内容を思い返す。
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夢を見ていた。
あれは…士官学校3年生の頃の…
俺はオッドアイというだけで
入学当時から軽蔑されていたが、
1人だけ…1人だけ
寮の部屋が隣り合っている関係で
仲良くなった金本遥という子がいた。
金本の父親は自衛隊の元幹部で、
日本から防衛軍の軍事顧問として呼ばれ、
どういうわけか家族全員で
火星に移住したらしい。
火星での生活は
"純日本人"という理由もあって
何不自由なかったらしく、
エリア01の生活水準だけでなく
当時の日本の生活水準的に見ても
かなり裕福だったとか。
見た目は本人曰く母親に似ていて、
凛とした顔立ちに
短めのポニーテールがよく似合ってた。
「タカシ、すまないが
ここのページについて教えてくれ。」
そして夢の中での俺は、
分類は高等学校だが
教室での席は自由となっている
防衛軍士官学校の教室で、
ほぼ日課となりつつあった
授業要約のお願いを
金本からされるが、
「テキストを読めばいいだろ。」
今時誰も持たない紙の本を
パタンと閉じて本心ではないが、
軽くあしらおうとしてしまっていた。
「次の授業まで時間が無いのだ。
頼む、この通りだ!」
口調に反してこういう時だけ
女らしさを出しながら、
上目遣いで頼まれた俺は
やはり耐えることはできずに
結局言う事を聞く。
「あーわかったわかった。
はぁ……見せろ。」
俺は金本の端末をひったくると、
指さされた部分を見る。
「ああ、ここか…。
確かに面倒だなぁ。
俺の端末からデータ送るから
それを見ればわかるはず。」
端末を操作し始めた俺の背後で
金本がソワソワしているが、
俺は早く本を読み進めたい一心で
端末の操作に集中する。
「…タカシ、
その…このあと食事でもどうだ?」
「は?」
誤解を受けないように俺の様子を
一言で表すと、
『豆鉄砲を喰らった鳩の顔』だ。
だが金本の方は誤解したらしい。
慌てて両手を体の前で小さく振る。
「いや、忘れてくれ。」
「すまん…そういうわけじゃ…」
誤解を解こうと
口を開いた俺の言葉を
嫌味のこもった男の声が遮る。
「遥ぁ、そんなヤツより
僕と来なよ。」
「…河村、貴殿の誘いは
お断りしたはずだが。」
「お断りも何も親同士で
話がついちゃってるからさぁ。」
「おい、何言ってんだ。」
俺は金本をその乱入者の視線から
隠すように席を立つが、
状況は悪い方向へ転がる。
「おやぁ?
僕に歯向かうのかい?」
俺は威嚇の意味を込めて
ソイツのほうに一歩踏み出すが、
特に怯んだ様子も無い。
むしろやる気らしい。
「おぉ!?やる気かぁ?
オッドアイのくせにカッコつけるねぇ〜。」
相手は同じクラスの純日本人だ。
所詮は親の七光りってヤツだ。
俺は金本の端末を机に置き、
目の前の生意気な
おぼっちゃまに赤っ恥をかかせようと
自分の端末を取り出した。
「口は達者だが…
成績の方はどうだろな?」
端末を操作してクラス名簿にアクセスする。
そのまま教官用の端末を
ハッキングして目の前の
河村というおぼっちゃまの
ファイルを発見した。
「読み上げてみるか。
国語総合C+、数学B−、英語C−…」
「き、貴様ぁ!
ボクの成績データをどうやって!?」
俺は後退りをする河村に
追い討ちをかける。
「まだ続けるか?
科学は…おっと…こりゃまずいぞ。
D+か。卒業できるか不安だな。
ママに聞かれたら大変だろ?
オッドアイに構ってる時間も
惜しいはずだが大丈夫なのか?」
「…チッ、調子にのるなよ…。」
河村は覚えてろよと
いかにも悪党めいた捨て台詞を残して
教室を出て行ったが、
俺と金本には周囲のクラスメイトから
異物を見るような視線を向けられる。
「す、すまない…タカシ…。」
「謝るな。
『士官たる前に紳士であれ』だろ?
それに俺はオッドアイだから
お前みたいに
自分の自由を殺される気持ちがわかる。」
「だが…しかし…」
俺は俯いてブツブツと
呟いている金本の手を引いて
教室の外へ連れ出す。
「な、何を!?どこへ行くのだ!?」
「ここは居心地が悪くなった。」
「だが授業が…!」
「俺が教える。
少なくともあのハゲ教官よりは
わかりやすい。」
金本の家の事情も考慮して、
俺は普段から持ち歩いている
カラーコンタクトを付けると
そのまま学校を抜け出し、
エリア01の街へ繰り出した。
「タカシ、いい加減どこへ行くのか
教えてくれ…。」
「おやっさんのとこ…ってわからないか…。
まあ、親父の知り合いの店だ。」
「さ、さっき授業を教えると
言ったではないか!」
「ああ、言ったとも。
今日の午後は実技で
9mm短機関銃の実射訓練だ。
おやっさんの射撃場でする。
喜べ、2時間ずっと撃ちまくれるぞ。」
おやっさんの店で
士官学校での実技で使う弾薬の
一ヶ月分以上を撃ちまくった俺と金本は、
店を出て寮に戻るために
人通りの少ない路地を通っていた。
憲兵隊に見つからないよう
人通りの少ない工場の裏手を
通っている時だった。
不意に聞き覚えのある男の声に
呼び止められた。
「タカシィッ!
やっと見つけたぁッ!」
振り返った先には
昼に追っ払った
おぼっちゃまこと河村の姿があった。
「今度はどうした?」
「さっきはよくもぉ…
よくも恥をかかせてくれたなぁッ!」
どうやら仕返しをしに来たようだが、
どう考えてもアイツ1人じゃ勝ち目は薄い。
…と言う事は…
「取り巻きがいるんだな?」
「ああそうだとも。
貴様らはここで路上強盗に襲われて
死ぬんだァ!」
河村がヒステリックな声で
そう叫んだのを合図に、
ナイフやバールを手にした男たち6人に
囲まれた。
俺は反射的に腰の9mm拳銃に手を伸ばが、
同じ士官学校の生徒である河村に
この動きは察知されてしまう。
「おおっとぉ…
それはやめろよぉ。
俺だって士官学校生相手に
棒きれだけで
向かわせるわけないだろォッ!」
横からポンプアクションショットガン特有の
ジャコッという音とともに
ショットガンを持った男が現れた。
横目でソイツを見ると、
一目で素人だということがわかる。
構えは銃の重さを支えきれないのか
やや後ろに反っているし、
脇は大きく開かれている。
これだと初弾を撃った反動で
体勢を崩すだろう。
だがショットガンの銃口が
俺と金本を捉えていることは変わらない。
俺は全員の急所以外を撃って
行動不能にさせる意思を、
後ろの金本に
手のひらを使ったモールス信号で
伝えると、
ホルスターに収まる9mm拳銃の感触を
もう一度確かめるように触れる。
「サァ、タカシィ…
大人しく死ねやァ!」
パパパァン、パパパァン…
金本が地面に伏せた直後、
路地に9mm口径弾の乾いた銃声が
響き渡り、
俺の9mm拳銃から
撃ち出された銃弾は
男たちの肩を正確に撃ち抜いた。
銃声に続いて男たちのうめき声が
取って代わる。
俺は河村に銃を向けたまま
ゆっくりと近づいていく。
「…ずさん過ぎるぞ。
こんな素人だけで敵うと思ったのか?」
「このォ…役立たずどもめェ…」
「河村博司、
犯罪教唆とその支援を行った容疑で
お前を憲兵隊に通報する。」
俺が憲兵隊を呼ぼうと
ポケットの端末に手を伸ばした時だった。
河村が制服の上着の間に
手を伸ばし、
何かを取り出そうとする。
上着から徐々に現れる"何か"は
黒光りする拳銃に見えた。
俺は反射的に…いや、
俺は迷わず引き金を引いた。
路地裏に乾いた銃声が再び響く。
河村の制服の胸に
赤いシミが出来上がり、
ジワジワとシミが広がっていく。
「く…かはぁ…!?
ぼ、僕を撃った…?」
「クソッ!
金本ッ!救急車呼べッ!」
「あ、ああ、わかった…」
仰向けに倒れて胸を抑える河村は、
応急処置を施す俺に
こう言い残した。
「ばけ…ものめ…!
だが…ゴホッ、ゴホッ…、
…僕の勝ちだ…!」
実際、そうだった。
救急隊が駆けつける前、
俺は河村の右腕が上着の中で
9mm拳銃をしっかりと握っているのを
この目で見たが、
士官学校生という身分上
軍事裁判で裁かれることになった俺に
防衛軍調査局が読み上げた報告書では、
『被害者の河村博司は
当時拳銃を携行していなかった。
目撃者の証言によると、
被告人のタカシ・シェオルは
両手を上げて
投降の意図を示していた
河村博司を射殺した。』
となっていた。
親父の雇ってくれた弁護士の
反論は聞き受け入れられることなく、
権力に負けた俺が
偽られた罪を受け入れることで
裁判は閉廷した。
親父の根回しのおかげで
刑や士官学校の退学は免れ、
その後は何事もなかったかのように
残りの学校生活を送った。
俺は卒業式は辞退し、
防衛軍入隊は諦めた。
金本は俺が抜けたぶん繰り上がって
首席で卒業を迎え、
今は親の名前に頼ることなく
出世街道まっしぐらだ。
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「いくら正当防衛でも
同期殺しの結果は変わらない。
あれ以来俺は1人で生きると
心に誓った。」
「そっか。
でもあんたのこと知れて嬉しいぜ。」
立ち上がってゴミ箱の近くまで
行ってペットボトルを
投げ入れた俺に、
エリックが驚いたとでも言うように尋ねる。
「ん?ちょっと待てよ…
俺はタカに信用されてるってことか?」
「聞かれたから答えただけだ。」
「出た、このツンデレ!」
嬉しそうに囃し立てるエリックの
一言にカチンときた俺は、
ここが壁の薄いアパートの一室
ということも忘れて怒鳴りつける。
「誰がツンデレだ誰がッ!
先輩にもっと気を使え、このアメ公!」
結局、お隣のロシア女が
端末でも翻訳不可能な早口言葉で
怒鳴り込んでくるまで口論は続き、
おまけにロシアンマフィアのアジトを
監視するために設置したカメラにも
口論の内容は
一語一句残さず録音されてしまった。
<エリア01での身分制度>
エリア01には身分に関して
その歴史と独自の統治制度上、
法では定められていない
暗黙のルールがあり、
どんなにキャリアを積み、
権力を蓄えようと
日本人の血が薄ければ捨て駒扱いされる。
極論を言えば、
日本人の血が濃ければ濃いほど
美味しい想いができる。