今の俺の感情は『驚愕』の一言に尽きる。
その原因となったファイルには
ほとんどが黒く塗り潰されたプロフィールと
1枚の顔写真が挟んである。
俺が驚いたのは顔写真の方で、
ポニーテールにまとめた金髪に茶色い両目、
シミひとつ無い真っ白な肌も
何もかもが以前見たときと変わっていない。
「…ナタリー…?」
「なんだタカシ?知ってるのか?」
「あぁ…まあ…な。」
だが唯一変わっているところは
「コイツ…オッドアイじゃ無い…」
両目が1年前と違って地球人のような
茶色になっていることだろう。
一緒に見ているベンも覚えているはずだが…
「なかなかいい女だな…。」
どうやら1年前の回し蹴りで
記憶がぶっ飛んだらしい。
だが忘れているならそれで良い。
俺は写真を見つめていた視線を
プロフィールに移した。
出身はアメリカのバージニア州、
父親と母親の名前は塗り潰されている。
俺は降り積もる苛立ちを隠しながら
ページをめくり、経歴を見た。
産まれたのは2055年4月16日。
俺が産まれたのは2058年だから
3つも年上ということになる。
今は2080年で俺が22歳だからアイツは25歳。
こういう女を昔の日本では
アラサーというらしいが、
出身地と生年月日を出して親の名前を隠したって
身元の特定は出来る。
正直言うと生年月日すら怪しいとこだ。
後の文章は誰かさんが
インクをぶち撒けたと言われた方が
納得出来る有様だった。
年、地名、名前、所属した組織名、
有りとあらゆる名詞が真っ黒で、
こんなものを3ヶ月かけて運んできた
職員の事を考えると涙が出る。
俺はファイルを荒々しく閉じると
ベンのデスクに叩きつけた。
「これのどこがファイルだ。
大統領閣下がケツを拭いた
クソまみれのトイレットペーパーを
渡された方がまだ嬉しいね。」
「まぁ…いいたいことは分かる。」
どうせならホワイトハウスまで行って
大統領におんなじことを言ってやりたいが、
最速の船でも3ヶ月はかかる。
俺はファイルをもう一度手に取ると、
「機密保持だ。」
シュレッダーに突っ込んでベンの部屋を出た。
「…それで?
今回の俺は役目が無さそうだな。」
B.M.S.本部からほど近いバーのテーブルで
エリックがビール瓶片手に
カウンター席の方を見つめながら不満を漏らす。
「04の中ではな。
途中の移動は開けた道が多い。
念のために狙撃銃を持って来てくれ。」
「へいへい…、
マスター、もう1本頼むっ!」
娼婦のような雰囲気の
女が座るカウンターの向こうで
コクンとこの店の店主が頷き、
カウンターの下からビールを取り出す。
「もういい加減にしとけよ?
明日は仕事だ。」
ーーーーカランカラン…
エリックの返事を遮るように
店の入り口にかけられたベルが
客の来店を知らせる。
「おっしゃぁ!今日は俺の奢りだぁッ!!」
「旦那!?オレらのぶんもいいんスかっ?」
「それを奢りって言うんだろーがよ!」
店の雰囲気とは正反対の物騒な男が
10人近く流れ込み、
あっという間にカウンター席や
テーブル席を埋め尽くした。
どいつを見ても顔は赤いしフラついているが、
あの態度は必ずしも酔ったからでは無いだろう。
「…多いな。エリック、もう出るぞ。」
「ダメだ、タカ…!」
「…?」
席を立とうとした俺を制止するエリックの手には、
いつの間にかカスタムガバメントが握られている。
「おいやめろ…!銃をしまえ…!」
俺は男たちに聞こえないよう小声で宥め、
一度は浮かせた腰をもう一度降ろした。
「一体どうしたんだ?」
「…あの女…絡まれたら逃げられないぜ…?」
俺は背後のカウンター席を見る。
先ほどから幾度となく
ため息を吐いている女が座るのは
店のカウンター席の中でも一番奥にある席で、
出口まで行くには7〜8人の男たちの間を
通らなければならない。
「ならどうするんだ?」
「…悪い、先に帰っててくれ。」
まだ組んで1週間も経っていないが、
エリックの正義感の強さには感服した。
逆に俺の道徳心が欠落してるとも言えそうだが、
ここで仮とはいえ相棒を見捨てる決断が
できないところを見ると、
俺は自分がまだまだ甘いということを
実感させられる。
「そんなことできるか…!
ったく…表に車回しておけ。」
俺は鍵と代金を胸ポケットから取り出すと、
エリックに握らせて席を立った。
男たちに睨まれつつ最短距離で女の座る席へ近寄り、
隣の席に腰を下ろした。
「なに?
客なら取らないわよ、
今日はそんな気分じゃ無いの。」
開口一番かなり失礼な勘違いをされたものだが、
娼婦の横に小金持ちが座れば
そう思われてもしょうがないのだろう。
「まず先に言っておく。
そんな要件じゃない。それと…俺はB.M.S.の者だ。
ちょっと協力して欲しいことがある。」
俺は財布から100マーズドルを何枚か出して
彼女の前に滑らせ、
「これは前金だ。それと…俺の名刺も。」
それに続いて25セント硬貨を2枚、
名刺とともに渡す。
「…随分と羽振りが良いわね…」
「今のうちだけさ。
それより…返事はどうなんだ?
こっちは急いでるんだ。」
「そんなに急かすと女が寄り付かないわよ?」
余計なお世話だが、
彼女が代金をマスターに払って
バッグを肩にかけたところを見ると
どうやら成功したらしい。
酔っ払いの間を彼女とともに一歩、また一歩と
少しずつ歩速を上げながら通り抜けて行くが、
途中で俺の前を歩く彼女が
酔っ払いの1人にぶつかり、
ソイツはその拍子に持っていたグラスを落とした。
これがマーフィーの法則か、と思ったのもつかの間。
カウンター席の中でも
最も出口に近い席に座ったヤツが
立ち上がり、出口を封じた。
「ごめんなさい。」
「なぁネエちゃん、
結構良い身体してんじゃねえか。
酒のことなんてどうでも良いから
オレらと遊ぼーぜ?」
彼女は男から顔を背け、
「それはムリね。…先客が居るから。」
と言って俺を顎でさした。
「おいおい…そりゃねえだろ…」
俺は呆れかえって天を仰ぐが、
神は火星のことなど眼中に無さそうだ。
俺は右手をポケットに突っ込んで
メリケンサックを探り当てると上着に下で
こっそりと右手に装着する。
「やっちまえッ!!」
酔っ払いの中の1人がそう叫んだせいで
喧嘩が始まった。
『戦争はたった1発の銃弾で起こせる。』という言葉を
我々の先祖は残したが、
まったくもってその通りだ。
軍隊すら経験した事が無いであろう
酔っ払いの傭兵もどきに呆れるのもつかの間、
背後の男が拳を振り上げて殴りかかって来たが、
俺はその初撃をオッドアイの
並外れた動体視力を活かして回避し、
そのまま膝蹴りを腹に叩き込んでまず1人目。
今度は前の男がビール瓶を握って立ちはだかり
左右の男たちが俺を羽交い締めにするが、
俺はビール瓶を持った男が
瓶を振り下ろすのを見計らって
俺の右手を抑える男の足を踏みつけて盾にする。
ビール瓶は盾にした男の頭で粉々に砕け散り、
これで2人目。
自由になった右手のメリケンサックで
瓶を持っていた男に右フックをかまし、
左腕を抑える男にもアッパーをお見舞いして
さらに2人。
あと残るは6人だが、
男たちはナイフを取り出して
カウンターの影に隠れていた娼婦の女を
引っ張り出すと人質にした。
「近づくな!
近づいたらコイツの首を搔き切るからなッ!」