第六特異点、神聖円卓領域キャメロットの修復は終わった。
聖地を拠点とする獅子王率いる円卓の騎士(の半数)と旗下の騎士達、砂漠の中のピラミッドを拠点とするファラオとその臣民達、そして山中に潜む元々この地に住まう人々とそれを守る歴代のハサン・サッバーハと大英雄アーラシュ。
凡そこの三つの勢力に分かれながら、第六特異点は崩壊しつつも安定していた。
それは焼却でも修復でもなく、分離する前の、嵐の前の静けさとして。
聖都から聖杯を奪取したファラオ・オジマンディアスは不調を抱えながらも、自らの民を守らんとしていた。
ハサン達は地元の生き残り達を山村に集め、細々と暮らしを続けようとした。
そして、聖都の獅子王は自分が好む「正しい選択しかできない人間」を蒐集・保管するため、聖抜を行っていた。
現地にてハサンらに協力したカルデア一行は、ファラオの、ハサンらの意見を聞き、聖都にて獅子王からの意見も聞くために彼の地に向かい、道中で現地の人々に物資の支援を行いながら、そして聖別に遭遇した。
それは獅子王の御眼鏡に合わなかった人間達への虐殺であり、粛正だった。
それを防ぐために交戦に入り、そこで協力してくれた円卓の一人であるベディヴィエールと共に殺されかけた民を守りながら山村へと撤退した。
だが、円卓の追撃部隊に補足され、カルデアから現地の情報支援の不安定さから念のために来ていたダ・ヴィンチの特攻による時間稼ぎをしながら、何とか逃げ延びた。
そして、結論として現状の戦力ではとてもではないが聖都の獅子王には勝てない事だった。
聖杯ではなく、獅子王本人から与えられた加護によって強化された円卓の騎士は、例え半数以下と言えど極めて精強であり、それを覆すにはファラオらとの同盟が不可欠となった。
無論、現状では同盟相手としては格不足であり、聖都とファラオは不可侵条約を結んでいる。
それを破っても良いと思わせるだけの戦力が必要であり、そこにカルデア一行だけでは足りなかった。
そして呪腕のハサンの提案で向かったのが、アズライールの霊廟、即ち初代ハサンが奉られた唯一の場所だった。
その地にて彼らは出会ったのだ。
魔術王に匹敵する冠位、即ちグランド・アサシンたる“山の翁”に。
此処での会話は記録されていない。
何故なら、その記録すら殺され、各々の記憶の中にしか存在しないからだ。
そこで何が語られたのかを、立香もマシュも、英霊達も、誰一人として漏らさなかった。
だが、そこから先は強敵と聖槍による砲撃、そしてアーラシュの犠牲による防御こそあったものの、トントン拍子に話は進んだ。
聖杯を持つファラオの下で、魔神柱を倒す事で聖杯を入手した。
そして、ファラオ勢と山村の人々、そして現地で荒野を彷徨っていた人々を糾合し、聖都の獅子王らと決戦に臨んだ。
結果として、砂漠で行き倒れていた所を拾った野良サーヴァント二人、即ち俵藤太と三蔵法師の活躍により軍勢と城門を突破、最大の懸念である常時午前中状態のガウェインも約定によって参加してくれた“山の翁”に釘付けとなり、カルデア一行は聖都へと侵入した。
そこは既に聖槍ロンゴミニアドにより変質していた。
本来人間だった騎士達は変質した騎士王の眷属となり、人理からこの都市は乖離しようとしていた。
残存した円卓もまた最後まで戦うも、次々と討たれ、倒れていく。
ファラオらも、ピラミッドを枕に聖槍を消耗させつつも、極光の中に消えていった。
ハサンらも、残った三人が死力を振り絞るも破れ、道連れにトリスタンを悪魔へと変貌させた。
そして、カルデア一行は獅子王の、否、女神ロンゴミニアドの前へと至った。
その正体はベディヴィエールが三度目でも、聖剣エクスカリバーの返却を行わなかった可能性の果て。
数百年以上も聖槍を所持した事によって完全に女神へと変貌した存在だった。
対界宝具を持った、真正の女神。
世界の表裏を縫い止める光の柱の暴威。
それでも13の拘束によって全力ではないのだから恐れ入る代物だった。
その火力たるや、明らかに魔術王に匹敵するものがあった。
であれば、それを発揮させない様にするべきだろう。
カルデア一行が取った選択は、接近戦による宝具解放の阻止である。
無論、戦士として一流でもある女神に、そんな策が易々と通じる筈はない。
だが、それを成さしめる超一流の戦士達がカルデアにはいた。
影の国の女王ことスカサハ、叛逆の騎士ことモードレッドらが攻撃を。
対竜戦闘の専門家ことジークフリート、円卓所縁である故にマシュが盾役に。
更に全体支援のために孔明、そして遊撃として呪腕のハサンが参加した。
何故呪腕が?と言われると、彼のスキルに由来する。
風除けの加護:A
本来は台風や砂嵐から身を守るためのものなのだが…Aランクとなれば、それこそ在り得ぬ結果すら招く事も出来る。
それは嵐の王たる女神が振るう槍の暴風さえ例外ではない。
これが真名解放込みのものなら、確かに一撃で呪腕だけでなく、全員が壊滅していただろう。
しかし、その余波程度であればどうとでも出来るのだ。
結果、弱体化され、強化された超一流の技能を持つ英霊達に、女神は圧された。
だが、最後の最後になって、持ち前の負けず嫌いからか、自爆覚悟での聖槍の解放が行われると、流石に一同も焦った。
あわやと言う所で、ベディヴィエールの援護により、マシュの本当の真名が解放され、聖槍の一撃を防いだ。
そして、ベディヴィエールもまた、返還しそこねていた聖剣を今度こそ返還する事で、その長い旅路を終える事となった。
人としての人格を取り戻した騎士王は、急速に人理修復が進む中、カルデア一行に魔術王の居場所を知る術を告げた。
それこそが第七特異点、魔術王が自身の時代から直接聖杯を送った時代。
人類史の始まり、神々との別離の始まり、古代メソポタミア、ウルクにあるであろう聖杯の入手を。
それを以て、第六特異点攻略は成功に終わった。
……………
「よぅ、お疲れ。」
「あ、どうもアヴェさん。」
帰還した立香が休憩所でぼぅっとしていると、飲み物を二人分持ったサドゥ、否、アヴェンジャーが声を掛けてきた。
あの夢を用いた治療で邂逅してから、時折アヴェンジャーは顔を出すようになった。
何故か冬木の聖杯戦争に参加した事のある面々は顔を顰めるが、本人はそれすらも楽しんでいるようだった。
マシュもマシュで「姉さんなのに姉さんじゃない…これはこれで!」とか言ってたので、(趣向や発言は兎も角)多分大丈夫なのだろう。
「んで、どーだったよ、女神様の相手は?」
「すげーしんどかった。」
そも、神々とは人格を持った自然現象である。
後天的に神霊となる事もあるが、基本的に人間には厳しく、身勝手であり、抑えると言う事は余りしない。
だが、同時に自らの存在意義や領分、所謂マイルールに関しては随分と厳しい存在でもある。
要はこの星の端末の一つでもあるのだから、出鱈目であって当然なのだが。
今回相手にした女神にしても、その火力だけなら神霊でも各神話の戦神や主神クラスに並ぶ存在だ。
本当に、ああも押す事が出来たのは、彼女がこのカルデアではよく知られる騎士王から派生した存在だからこそ、だろう。
「第七にも神霊はいるからなぁ…。訓練メニューに対神霊を加えといた方が良いだろうよ。」
「ですよねー。ゴルゴーン三姉妹が可愛く見えてきたよ…。」
「………。」
「何で哀れそうに肩叩くのさ!?」
ぽんぽんと気の毒そうに肩を叩いてくるアヴェンジャーに、立香が叫ぶ。
一体どんな大魔境なんだよ第七特異点。
「んで、決めたのか?」
「あぁうん。一緒に行こう、アヴェンジャーにサドゥ。」
何でもない事の様に、さも当然の様に、立香は重大な筈の決断を下した。
「お?結構あっさり決めたな?」
「まぁ、ベディヴィエールの事もあったからね。」
第六特異点では、相手が騎士王で、ベディヴィエールが仲間だったからこそ勝利できたと言える。
となれば、居るのだろう、確実に。
アヴェンジャーがいる事で勝ち目が出来る神霊やそれに比する存在が、第七特異点に。
「その点も考慮してほしいって言ったら、ドクター達も了承してくれたよ。」
「そかそか。なら、オレらとしても願ったり叶ったりだな。」
それだけ言うと、アヴェンジャーは目を瞑り…
「…あれ、立香…?」
「おはよ、サドゥ。」
あっさりとサドゥと入れ替わった。
「…アヴェさん、何か酷い事しなかった?」
「しないしない。寧ろ飲み物までもらっちゃった。」
「…そう。割と悪っぽいけど面倒見の良い人だから、余り心配してないけど、あんまり入れ込んじゃダメだよ…?」
“誰が面倒見の良い人だ、誰が。それはあのブラウニーだろが。”
内面からの抗議を放置して、サドゥはよっこいしょっと、腰を上げた。
「お、何処行くの?」
「…食堂。祝勝会があるだろうから、お手伝い。」
今回も何とか勝ったのだ。
となれば、お酒好きな英霊の多いカルデアでは、間違いなく宴会が開かれるだろう。
そうでなくてもしょっちゅう酒盛りが開かれ、時折ナイチンゲールに蹴散らされるが。
「そっか。じゃぁボクも行くよ。」
「…休んだ方が…。」
「良いって。今は何かそんな気分なんだ。」
既に立香の心は穏やかだった。
あんな恐ろしい女神や騎士達と戦ったのに、目の前の少女が快方に向かいつつあり、また会う事が出来たと言うだけで、多少の元気が湧いてきたのだ。
我ながら現金だとも思うが、年頃の男の子なんてそんなものだ。
「…そう。じゃぁ行こう。」
「うん。行こっか、サドゥ。」
そう言って、手を繋いで食堂まで一言も交わさず、ゆっくりと歩いていった。
うっかり食堂に到着するまで手を繋いでいてしまい、マシュに焼きもちを焼かれて二人がご機嫌取りに四苦八苦する事になるのは、完全な余談だ。
……………
深い深い、光さえ届かず、適応できない者は遍く死ぬ海の底。
深海の生物すら寄り付かぬ存在が、そこには眠っていた。
銀の長髪に豊かな肢体、そして頭部から伸びる弧を描く大きな角。
目を瞑り、身体を丸めた姿は胎児の様だ。
しかし、その本質は真逆、彼女こそこの星全ての生命体の母胎となった女神。
身体を裂かれ、力の多くを喪失し、しかして子たる神々でもなお殺し切れずに、海の底へと封じられた、原初の神の一柱。
彼女は眠り、微睡み、夢の中を揺蕩い続ける。
未だ深き眠りにある彼女が、二度目の運命に出会う日は、まだ来ない。
“…………。”
だが、確実にその日は近づいていた。
さて、次からお楽しみの第七特異点ですよー(にっこり
とは言え、結構飛ばす予定。
いつも通り書きたい所だけ書いていくつもりです。
うっかり書きたい所が増える可能性も無きにしも非ずですがw