マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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その2 冬木編

 ヒュ、と風きり音と共に突き出される槍を回避する。

 不死殺しの槍、先端が鎌状のハルペーと思しき首狩りの宝具を寸での所で回避する。

 だが、これはあくまで数秒の延命に過ぎない。

 敏捷こそAであるものの、耐久も筋力も最低のEであるこの身体では、そう何度も捌けるものではない。

 況してや、相手は三騎士の一人であるランサーで、尚且つ怪力スキル持ちとなれば当然だ。

 そもそも、こういうガチンコは補給も戦力拡大も見通しがない現状は最大限忌避すべきだった。

 

 「ふふ、足元がお留守ですよ。」

 

 言葉と共に足が何かに引かれる感覚。

 次いで、足に絡みついた蛇が変化した鎖がこちらを一本釣りにする。

 

 「ぐ、が!?」

 

 そのまま勢いを載せて地面と建物に叩き付けられ、あっと言う間に耐久力が目減りする。

 

 「ふふ、すばしっこくてネズミみたいだったけど…こうなれば可愛いものですね。」

 

 ゆらりと、黒いローブを纏った紫髪の女性、冬木の特異点のランサーが行動不能となったこちらを嘲笑する。

 

 そう、此処は特異点F。

 2004年の冬木市であり、聖杯戦争の舞台であり、最早瓦礫と炎、亡者しかいない死都である。

 

 

 ……………

 

 

 時は少々遡り10分程前。

 まさかの自分の中の同居人の裏切りに絶叫したものの、取り敢えず身を隠すべく建物内に潜んでいたのだが…唐突に狙撃された。

 物資を確保した方が良いなと缶詰やら保存食やらを漁っていたため、最初の頭部を狙った一射は偶然前屈みになったお蔭で回避できたのだが、敏捷Aと言えど歴戦の弓兵を前に何時までも回避できる訳がなく、気づけば建物内から炙り出され、鎖が張り巡らされた場所へと来てしまった。

 周囲にあるのは不自然に張り巡らされた鎖と、恐怖した表情のまま石化されたであろう人々。

 アカン、ここ狩場や。

 これを行った者に一瞬で気づいた私は即座に離脱を選択したのだが…

 

 「あら、可愛らしいお客様ですね。」

 

 残念 魔王からは逃げられない!

 見事に五次騎?のメドゥーサさんとエンカウントしてしまいました。

 

 “おいおい、いきなりヤバいのに遭遇したなこりゃ。”

 

 笑ってないでアイデアぷりーず。

 正直、槍持ってたりフード被ってたりで、スペックや宝具が思いつかないんだが。

 

 “見た目通りのランサーだと思うぜ?ま、ライダーの時と違ってステータスは軒並み上がってそうだけどよ。”

 

 メドゥーサが持ちそうな槍で、あの独特の鎌状の刃ってやっぱりハルペーかな?

 アレ、確か不死殺しの特性があった気がするんですが(汗

 

 「それじゃぁ…」

 

 お?高々と跳躍してかーらーのー…

 

 「遊びましょう!」

 

 全体重かけての振り下ろし!

 瞬時に飛び退いて回避するが…うわぁ。

 地面が一瞬でクレーターに。

 砲弾か何かかな?(白目

 

 「ふふふ、私の槍は不死殺し。少しでもこの槍で傷を負えば…」

 

 あ、やっぱハルペーでしたか。

 

 「貴方は一生、出来損ないのままになるんですよ!」

 

 こちらと遜色ない速度で、ランサーが突貫してきた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 そして冒頭に至る。

 全身に激痛が走り、もう動けないアヴェンジャーに対し、ランサーはほぼ無傷だ。

 油断しているとは言え、それも許される様な一方的な状況にサドゥも内心ゲンナリしてしまう。

 だが、起動条件は整った。

 

 「では、貴方も私のコレクションに加えてあげ」

 

 そうして意気揚々と黒化して金色に染まった眼がこちらに向けられる。

 メドゥーサの持つ石化の魔眼。

 魔眼の中でも最高位とされる宝石位。

 神話においてもその目を見た多くの英雄達を石としたそれは、ただ視界に入れるだけで重圧を発生させる。

 だが、この場においては目を合わせるという手間をかけたがために、その隙に付け入られる事となる。

 

 「偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 「が、ぁ…ッ!?」

 

 元々、地獄の果てに痛覚に対する耐性を保持するサドゥ、そしてアヴェンジャーにとって、苦痛とは慣れ親しんだものでしかなく、どんなダメージを受けても物理的に動ける状態なら問題なく戦闘を続行できる。

 それはつまり、最適なタイミングで、その使い辛い宝具を使えるという事だ。

 偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)

 それは報復と言う原初の呪い。

 その効果はあらゆる魔術耐性や加護を貫いて、自らが受けたダメージを相手と共有する。

 このダメージはアヴェンジャーの傷が癒えない限り継続し、四肢の欠損ともなれば、該当する部位を動かす事すら出来なくなる。

 だが、自身が死んでは発動も継続もしないため、ギリギリ自分が死なない程度のダメージを見切る必要があり、扱いが難しい。

 だがそれでも、このデミサーヴァントは初の実戦で、それを成功させてみせた。

 

 「…!」

 

 だから、この機を逃がさない。

 

 「こ、の餓鬼…!」

 

 ランサーの紫の長髪が蛇となってうねった直後、鎖へと変化して四方八方から迫ってくる。

 捕まればそのまま怪力で引き倒されるのは必至、全てを回避して動きの鈍ったランサーに止めを刺さねばならない。

 無論、そんなものに付き合う気は無いが。

 

 「…。」

 

 無言のまま、両手に握った双剣を投擲する。

 右歯噛咬(ザリチェ)左歯噛咬(タルウィ)と名付けられたそれは、アヴェンジャーの全身の入れ墨と同様の模様をした、まるで獣の爪の様な複数の刃を持った左右非対称の得物だ。

 投擲されたそれは回転しながらかなりの速度でランサーへと迫る。

 

 「ふん!」

 

 だが、怪力スキルを持つランサーにとって、然して神秘も込められていない武器、それも使い手も特に武勇がある訳ではないとなれば、英雄殺しの怪物が恐れる訳もない。

 あっさりとその槍で弾かれる。

 

 「…。」

 

 だが、2、4、6と、次々と投擲される双剣に、ランサーもギョッと目を見開く。

 どれもこれも神秘としては宝具であるハルペーとは比較にならない。

 しかし、鎖を回避しながら放たれ続ける双剣は、宝具の効果によって動きを鈍らせたランサーには防御に徹せざるを得なくさせている。

 

 「あら、もう終わり?呆気ないものですね。」

 

 だが、その投擲と回避劇も、18本目の双剣で終わった。

 アヴェンジャーは右手に大振りな方の双剣、右歯噛咬を持った状態で回避を続ける。

 魔力か、或は単に弾切れか、それ以上の双剣を出す気配はない。

 やがてスタミナが切れたのか、最後に残った右歯噛咬をやや山なりに投げてしまう。

 無論、そんな投げ方では速さも重さも出ないし、対応も簡単に出来てしまう。

 だが、既に一度隙を突かれていたランサーにはもう油断は無い。

 

 (この双剣を受けずに回避する。そうしたら、念入りに殺してあげましょう…!)

 

 既に優しく殺すなどと甘い事は言わない。

 丹念に丁寧に念入りに、手足を磨り潰して眼球を抉り、舌を抜き取り、内蔵を生きながら食らってやる。

 そうして、山なりに投じられた双剣の脇をすり抜ける様に駆けようとして

 

 「…壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。」

 

 直後、全ての双剣が閃光と共に爆発した。

 

 「ぐ、ぬ…!」

 

 擦り抜ける様に回避したため、ほぼ頭部のすぐ横で爆発の衝撃と閃光を諸に受けたランサーはその場に膝を突いた。

 しかし、その姿には微塵も隙は無い。

 髪から変化した蛇達が周囲を監視し、攻撃に備えているからだ。

 しかし、幾ら待てども攻撃の気配はしない。

 

 「…?」

 

 恐る恐る、閃光から回復した目を開ければ、周囲に人影は無かった。

 コレクションしていた石像も全て砕け、獲物であった少女の姿も、何もかも。

 

 「に」

 

 その状況を、ランサーは端的に告げた。

 というか叫んだ。

 

 「逃げたッ!?」

 

 痕跡もない綺麗で見事な逃走に、彼女は叫ぶ事しかできなかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 “いやーお見事お見事。流石はオレの宿主って所かね、見事な逃走ぶり。”

 

 アヴェンジャー、アンリマユと言われる亡霊は素直に感心していた。

 拙い所は多々ある。

 だが、それを補って余りある自分との親和性と独創性に機転。

 成程、これは見ていて面白い。

 今回の初陣、黒星がついたものの、相手を考えれば花丸と言っても良い。

 あのゴルゴーンの怪物を相手に、想定した通りの被害で逃走に成功してみせたのだ。

 先ず、相手の機動性を潰すために宝具の発動条件を満たして使用。

 そして、投影した双剣を用いての攻撃ではなく、足止めと目晦まし。

 

 “あの双剣だけは幾らでも投影できるっつっても、大したもんでもないのによーやるよ。”

 

 ある程度は知識に裏打ちされたものだろうが、接敵とほぼ同時にこれを算段し、実行に移してみせた切り替えの良さ、否、「諦めの良さ」たるや。

 闘志でも、幸運でも、実力でもない。

 「こいつは間違いなく自分より強い」という諦観が、彼女に宝具の使用を決意させ、嘗て潜った地獄と今味わった苦痛によって勝機を掴んだのだ。

 

 “ほんっと、オレと相性良いわ、遺憾ながら。”

 

 此処までこの世全ての悪と相性が良いのは、人間としてどうなのだろうか?とも思うが、今回はそれで助けられたので良しとしよう。

 しかし…

 

 “アイツ、この街来てからずっと半裸だって気づいてないのな!”

 

 このコメディアンぶりはそれ以上だな!とアヴェンジャーは爆笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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