マシュの姉が逝く【完結】   作:VISP

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その4 フランス編

 15世紀 フランス

 

 

 「……鎮圧。」

 「ぐあぁ!」

 

 レイシフト早々に遭遇したフランス兵士が次々と無力化されていく。

 無論、他のサーヴァント達、キャスターのクー・フーリンにマシュ、更に新規に召喚された牛若丸やスパルタクスにエイリーク、エミヤにアルトリア・リリィ等もいるのだが、本来なら格上である彼らからしても異常な程に、サドゥの対人戦闘能力は際立っていた。

 まるでそう在る事が自然な様に、サドゥは兵士達を死なず、口はきける程度に加減して攻撃していく。

 

 『すごいな!格下相手に強いタイプなのかな、サドゥに宿った英霊は!手慣れてるってレベルじゃない!』

 

 しかし、ロマンの驚きの声に対し、サーヴァント達の中でも理性があり、サドゥの事をある程度正確に把握できているクー・フーリンとエミヤは難しい顔を崩さなかった。

 

 「どう見るよアーチャー?お前さんの目ならもうちょい詳しく分かるんじゃねぇか?」

 「…何とも可笑しな状態だ。宿った英霊はどう考えても最悪で、彼女自身も既に戦える精神状態ではない。」

 

 マスターやカルデアの面々に聞き取られない様に近接戦闘の最中、二人は話し合う。

 

 「だろうな。あの細い嬢ちゃんは死に場所を求めてる。何か意義があると思えば、其処で死ぬぞ。」

 「英霊の方も厄介ではあるが強力ではない。今後、死ぬ機会はどんどん増えるだろう。」

 

 話すのはサドゥの事だ。

 現状、味方の中で最もメンタルが危うい彼女が死ねば、それは未だ若いマスターと彼女の妹にまで間違いなく波及する。

 それが無くとも、未だ年若い少女が死を求める様は英霊二人であっても気持ちの良いものではなかった。

 

 「疾うに心は折れている。だと言うのに歩き続けている。」

 「で、盾の嬢ちゃんみたいに恐怖を抱えたままって訳じゃねぇ。」

 

 歴戦の英霊である二人の見立ては正確に過ぎた。

 ともすれば、当の本人以上に。

 

 「…どうする?」

 「多少時間はかかるがメンタルケアだな。要は生存に足る理由を作れば良い。」

 「ある程度坊主達を巻き込んで、か?」

 「うむ。この手の治療は周囲の人間の協力無くしては出来ない。」

 

 順調に兵士の武器を破壊、或は死なない程度に痛めつけながら二人の相談は佳境に入る。

 

 「だが、元より短命である身。何れは戦線から退いてもらう事も考慮すべきだろう。」

 「だ、ろうな!」

 

 そして最後の一人を叩き伏せた所で、戦闘は終了した。

 同時に、二人の英霊の中で人理修復とマスターに次ぐ優先事項が出来上がったのだった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 (いやーびっくりびっくり。本当に人間相手なら強いのな。)

 “はっはっは、もっと褒めてくれても良いんだぜ?蜘蛛や犬程早くはないがなー。”

 

 ビックリ仰天だ、まさか良い所無しのアベさんがこんなに強いとは。

 

 “アベさん言うなよ。ま、英霊とか化け物相手は他のまともな連中に任せてこーぜー。”

 (ういうい。んじゃ、取り敢えず捕まえた兵隊さんに尋問かね?)

 

 ある程度は覚えてるけど、新鮮な情報は欲しいしね!

 

 “ちなみに具体的な方法は?”

 (ここにさっき捕まえた兎さんがおるじゃろ?)

 

 これを動けなくなった兵士達に話を聞こうとするマスターの後ろで見せつける様に解体する。

 

 “うわぁ…言外の次はお前らだ宣言じゃねーか。”

 (まぁこんなボロボロになって敗走してた連中がそんな多くの情報を持ってる訳もないし、情報絞ったら兎は報酬代わりに上げようかなって。)

 “単なる嫌がらせだろソレ。ってか何で現代っ子が兎の解体なんて…。”

 (訓練の一環にサバイバル技能があったからつい。)

 

 さて、円らな瞳の兎ちゃん、頑張って楽に締めてあげるから、たくさん血を出してね?

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 立香のにこやかな話術か、或は自分達を少数でボコボコにしたサーヴァント達の武力にか、はたまたにこやかな立香の後ろで兎の解体ショーをしているサドゥに恐怖したのかは知らないが、フランス兵士達は沢山の情報をくれた。

 

 曰く、ジャンヌ・ダルクが竜の魔女として復活した。

 曰く、魔女の竜によってフランス中が襲われている。

 曰く、国王も大司教も、ジャンヌを陥れた人間は全て殺された。

 曰く、もうフランスに安息の地はない。

 

 分かり易い異常に、カルデアの面々は竜の魔女との接触を決意しつつも、取り敢えず、拠点の確保のためにも街へと向かうのだった。

 

 

 なお、兵士達はお土産の兎肉を(無理矢理)手に持ちながら街のある方向へと泣きながら駆け去って行った。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 暫し時が巡る。

 カルデア一行はフランスでの旅を続けた。

 ワイバーンに襲われる人々を聖処女と共に助け、

 ラ・シャリテで黒い聖処女とその配下と交戦し、

 竜を友とする鉄腕聖女に認められ、

 そして今、竜殺しを探し、発見した。

 

 

 

 

 「見ての通り、オレはこの様だ。すまないが、役に立てそうにない。」

 

 そう言って、竜殺しの大英雄は無念そうに謝罪した。

 北欧の大英雄ジークフリート。

 ネーデルランドの王子にして、悪竜ファフニールを討伐した「ニーベルンゲンの歌」の主役だ。

 竜殺しの大剣、悪竜の血による加護、尽きぬ黄金、姿隠しの外套等の多数の宝具に高ランクのステータスに高潔な精神を持った、正しく万夫不当の大英雄だ。

 それが、今は強力な呪詛によって力を削がれ、回復の見込みもない瀕死の状態だった。

 

 「幸いと言いたくはないが、他のサーヴァントがこの呪いをかけたサーヴァントと相打ちになり、これ以上の被害者は出ないだろうが…。」

 「同時に、呪いを解く方法も分からない、と。」

 

 ジャンヌとキャスターのクーフーリンが必死に解呪を続けるが、最低でももう一人は聖人の助力が要るという事が分かった。

 

 「すまない…。」

 「ううん。こうなったら意地でも治すから、その後に挽回してほしい。」

 

 無駄足だとは露も零さず、カルデアで唯一のマスターは微笑んだ。

 弱みも嫌味もなく、彼はただ前を向いていた。

 

 「………。」

 

 だから気づかなかった。

 何時にも増して口数の少なかったサドゥが、ジークフリートに忍び寄っていた事を。

 

 「む、どうした?」

 「…ファフニールに、勝てる?」

 「無論。」

 

 その強い言葉に、サドゥは満足そうに頷いた。

 

 「じゃぁ、これ貰うね。」

 「ぬ!?」

 「わ、ちょ、サドゥ!?」

 

 サドゥがそっとジークフリートの胸へと手を当てる。

 同時、立香はサーヴァントとの契約越しに何かがサドゥの中へと流れ込んでいく事を感じ取った。

 

 『な!?サドゥ、今すぐ止めるんだ!大英雄に有効な呪いの移し替えなんて、デミサーヴァントでも死ぬぞッ!!』

 「サドゥ、ストップ!」

 

 だが、二人の制止は遅かった。

 そもそも、彼女は一切止めるつもりは無かったが。

 

 「…これで動ける。」

 「何と。すまない、助かった。」

 「…お礼は、竜の首で。」

 「了解した。ジークフリートだ。よろしく頼むぞマスター。」

 「え、あ、はい。」

 

 有無を言わさぬスピード解決に、立香の目が点になっていた。

 

 『えぇー!?何でサドゥ動けるのさ!?あのジークフリートを戦闘不能にする呪詛だぞ!?っていうか、よく見たらステータスが上昇してるー!?』

 『うーむ、これがサドゥに宿った英霊の特性かな?呪詛、いや悪性に対して高い親和性があるのか。このままドンドン呪いとか怨念とか注いだらドンドン強化されそうな…。』

 

 色々と衝撃の事態に天才が色々と思案し始めるが、流石に聞き捨てがならなかったのか、立香が据わった目でダヴィンチに視線を向けた。

 

 「ダヴィンチちゃん?うちの子に何か?」

 『いえ、何でもありませんですハイ。』

 

 その眼光に、ダヴィンチは一瞬で黙った。

 元より非人道的な行為には嫌悪を示す人物だ、未知への探求と人命なら迷わず後者を選ぶ。

 だからこそ、現状唯一のマスターとの仲違いをする事も無いのだが。

 

 『ただ、後ろは見た方が良いよ、時間が無いんだし止めるか場所を移さないと。』

 「後ろって…。」

 

 振り向くと、初めて見る位に自身の姉に激怒した盾の少女がいた。

 

 「良いですか姉さん。貴方は毎度毎度自分の事を疎かにして。今日という今日は許しません。」

 「…ごめん、なさい。」

 「いいえ、許しません。以前も姉さんはそう言っていましたね?だと言うのに何ですかこの為体は。大英雄に掛かった呪いを自分に移す?アホですかバカですか脳みそありますか?私の様に高い対魔力を持っているなら兎も角、何で私よりもひ弱な姉さんがそんな真似を…」

 「…うぅぅ…。」

 

 ぐちぐちぐちぐち…。

 何時の間にか、延々と普段は大人しい妹による姉へのガチ説教が開始されていた。

 

 「すまない。オレでは止められなかった。」

 「あぁ、うん。取り敢えず場所移そうか…。」

 

 

 なお、最終的に説教は30分を超え、終わる頃にはサドゥは涙目で「ごめんなさい…」を繰り返す様になっていた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 竜殺しと共にワイバーンを徹底的に蹂躙し、進軍したオルレアンでは遂にファフニールを狩り、カルデア勢は漸く竜の魔女を追い詰めた。

 無作為に大量に召喚されたシャドウサーヴァントに残存のワイバーンを率いて、ジャンヌ・オルタも必死の防戦を行うが、既に時は遅かった。

 最初から最大戦力で最大火力をぶつけていれば結果は変わったろう。

 しかし、フランスへの復讐を優先していたが故にジャンヌ・オルタの動きは一歩遅かった。

 

 「シャァ!」

 「こ、の…!」

 

 ワイバーンの間をすり抜け、サドゥがその双剣をジャンヌへと叩き付ける。

 アベンジャーと言うクラス特性、そして呪詛を吸収した事によるステータスの上昇が、本来Aランクの筋力を持つジャンヌ・オルタが圧されると言う結果を作り出す。

 

 「アンタね、あの竜殺しの呪いを解いたのは…!」

 「………。」

 

 無言のまま剣戟を、憎悪を重ねる。

 元より彼女達には今しかない。

 未来に対し、何の希望も持っていない。

 墜ちた聖処女と諦観した生贄に、そんなものは有りはしない。

 思うのはただ目の前のコイツが気に入らないと言う感情のみ。

 

 「アンタだけはコロス、絶対にッ!!」

 

 その身から黒炎を発生させながらジャンヌ・オルタが吠え猛る。

 宝具の使用による過剰魔力が城の調度を巻き込みながら更に燃え上っていく。

 

 「そう。じゃぁ…」

 

 それをサドゥは眉一つ動かさず、

 

 「吠え立てよ我が憤怒ッ!!」

 「マシュ、お願い。」

 「はい!仮想宝具 疑似展開/人理の礎!」

 

 後方で宝具の準備を完了していた妹と交代した。

 

 「んな!?」

 「ごめんね。まともに相手してる時間無いんだ。」

 

 すまなそうに手刀を切る立香により、ジャンヌ・オルタの宝具に耐えきる事に成功した。

 無論、ダメージは大きい。

 だが、誰も脱落せず、相応にダメージを受けているとなれば…

 

 「偽り写し…」

 

 好機だった。

 

 「記す万象…!」

 「がぁ!」

 

報復の呪いによって転写されたダメージに堪らずジャンヌ・オルタの動きが停止する。

 元より、ジャンヌ・ダルク自身は武勇に優れた英霊ではない。

 聖人としての清廉な人格とカリスマに啓示、タブーとされた戦術を躊躇なく選択・実行する判断力、そして救国の英雄たるジル・ド・レェと共にあったからこそ英霊と成れたのだ。

 伝承においても弓を受けた際、年相応の少女と同じ様に泣き喚いたと言う記録もある。

 つまり、元々肉弾戦においては強くはないのだ。

 

 「はぁ!」

 「そ、んな…。」

 

 直後、マシュのシールドバッシュによって、盛大に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 「ジャンヌ…地獄に墜ちるのは私だけで…。」

 

 竜の魔女を倒し、魔女を生み出した青髭を倒し、聖杯を回収した事で時代の修正は完了した。

 しかし、サドゥの胸に去来したのは歓喜でも、達成感でも、哀悼でもない。

 それは羨望だった。

 

 (いいなぁ…。)

 “死ぬのがか?”

 (ううん、あんな夢を見つけられた事が。)

 

 例え最後が絶望であったとしても、ジル・ド・レェは確かにジャンヌと言う希望を見出し、彼女と共にフランスを解放する夢を見る事が出来た。

 生前は孤独だった彼の人生における、たった一つの希望。

 

 (貴方の夢は何ですかって、残酷だよね。)

 

 現代日本で平然と語られるその言葉は、実はとても残酷だ。

 特に、自分の様に夢を見つけられないと絶望している者にとっては。

 色んな事に手を出して、ある程度できる様になるまで努力した。

 しかし、その大半は僅かな達成感を得る事は出来ても、それ以上に成りはしなかった。

 自身の全てを賭け、使い潰してでも欲するモノを、嘗ての自身は見つける事が出来なかった。

 人も物も称号も権力も財産も、困らない程度にあれば良いと思うだけで、それ以上にはなり得なかった。

 

 (だからジルが羨ましい。彼には確かに希望が存在したんだから。)

 “その分絶望が濃くなっちまったみたいだがな。”

 

 ジャンヌと言う唯一の希望を失った彼の絶望は、私には分からない。

 ただ、それは騎士として、軍人として、貴族として、一角の人物だった彼を狂わせるには十分だった事は確かだ。

 

 (せめて、その魂に安らぎを。)

 

 十字を切り、両手を組んで冥福を祈る。

 同情しか出来ないなら、せめてこれだけはしたかった。

 

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 藤丸立香にとって、カルデアで出会った姉妹は初めて見る人物だった。

 妹のマシュは身体は育ってるのに世間知らずで純粋無垢。

 何処か保護欲を掻き立てられる美少女だ。

 頑張り屋でこちらを信頼してくれる様に、こちらもつい全力で返したくなる。

 だが、自分の腕前では未だに彼女の能力を発揮させる事が出来ない。

 それが少し…否、とても悔しい。

 

 では、姉のサドゥはどうかと言うと…ちょっと難しい。

 マシュよりは世間知らずと言う事はないし、純粋無垢と言う訳でもない。

 自分よりも他人を優先し、その結果で自身が傷つこうとも頓着しない。

 その細すぎる身体で前へ前へと進んで戦う様には不安を感じる事の方が多い。

 まるで自分自身に一切の価値を認めていない、否、自分自身を憎悪すらしている様だ。

 その様を、立香は何時折れてしまうのではないかと気が気でない。

 

 (頼むから、もう少しこっちを頼ってほしいな。)

 

 だが、それは無理だろう。

 自身の未熟さは痛い程理解している。

 自分1人では特異点で戦う等、夢のまた夢に過ぎない。

 サーヴァント達とカルデアによるバックアップ。

 それらが揃って漸く役目を果たせる程度の素人だ。

 これではサドゥに幾ら言っても無駄だろう。

 

 (なら、ボクも強くならなくちゃ。)

 

 幸い、まだ時間はある。

 知識を蓄え、魔術を身に着け、身体を鍛える。

 エミヤとクーの協力も取り付けた。

 なら、後は特異点攻略の邪魔にならない程度に鍛え続けるしかない。

 

 (今は無理だけど、必ず…!)

 

 幼かった少年が歩み出す。

 彼はもう、単なる子供ではない。

 己の道を定め、それに向けて正しく前進する。

 その点で言えば、彼は未熟とは言え、間違いなく大人への道を歩み始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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