その日、男は死んだ。
大学の帰り道、本屋にラノベの新刊を買いに行く途中、暴走したトラックに突っ込まれたのだ。それで男の短い人生の幕は降りた……いや、降りるはずだった。
彼は気づくと真っ白の空間にいた。
「……なんじゃこりゃ」
完全なるホワイトアウト。空と地の境界が消え、360度が白で埋め尽くされている。音もなく、温度もなく、湿度もなく、ただただ白く何もない空間。
「俺……確かトラックに轢かれて……」
「そう、死んじゃったんだよ!お兄さん!」
そんな世界に響くソプラノの声。男が背後から聞こえたそれに振り返る。
そこには朗らかな笑みを浮かべる少女がいた。
彼よりもずっと若い……中学生ぐらいだろうか? 金色の艷やかな頭髪。宝石のような青い瞳。陶器のように白い肌。上品で水色のワンピース。 完璧な美しさを持つ少女だった。まるで彼の好みを全て反映したかのように。
その姿に見惚れて呆然としている男に、少女は明るく話しかける。
「はじめまして、お兄さん!」
「え、あ、はじめまして」
「ふふ、驚いてるみたいだね、お兄さん。じゃあ、まず私の自己紹介するね! 私ね! 神様なの!」
さも当然とばかりに、少女はあっさりと自分が神であると名乗った。男は理解が追いつかず、ポカンと口をあけている。
「ホントはちょっと違うんだけど……たぶん、それが一番わかりやすいと思うの!だから私のことは神様だと思ってね!!」
「お、おう」
男は生返事をした。突然のことで何が起きているかまったく理解することができない。このような可愛らしい女の子が神様なんて信じられない。だが、その言葉の真偽はともかく、この空間が異常であることはわかった。少しでも情報を得るために、彼は彼女の話に耳を傾ける。
「それでね、ここに来てもらったのはね、お兄さんに『チャンス』をプレゼントするためなの!」
「……チャンス?」
「うん!! お兄さんはね、特別に選ばれたんだよ! お兄さんが望めば、自我も記憶もそのままに、好きな能力や容姿で、別の世界に生まれ変わること出来るの! つまりね、わかりやすく言うとね、いわゆる『特典付き異世界転生』なんだよ! わかった、お兄さん?」
そういって少女はニコッと満面の笑みを浮かべた。思考回路が完全に停止していた彼だったが、少女が最後に口にしたワードを耳にし、再び脳に血が巡り始める。
「異世界……転生……?」
「うん!」
「ネット小説とかでよくある……?」
「そうだよ!」
「特典ってアニメのキャラクターの能力とか容姿とかを持たせたり……とかって奴……?」
「それであってるよ、お兄さん!」
少女と会話を重ねるにつれて、彼は彼女が何を言わんとしてるか理解していく。そしてそれと共に彼のテンションも徐々に上昇していく。
「マジで? え、本当に異世界転生? しかも特典付き?」
「うん! そうなんだよ、お兄さん! 本気と書いてマジなんだよ!」
「……うおぉおおおおおお、すげぇえええええ!!」
状況を把握し、彼は歓喜した。これは正に彼が夢にまで見た、憧れのシチュエーションだった。魔法や超能力を使って、異世界で大活躍する。そんなカタルシスをずっと味わってみたかったのだ。
確かに死んだことはショックだし、未練も残る。だが、本当に異世界転生ができるのであれば、そんなことはどうでも良いことだ。つまらない普通の人生と異世界での刺激的な人生、比べるまでもない。
「で、で? どんな特典がもらえるの? 教えてよ!」
「えーっとね……」
彼は興奮覚めやらぬといった感じで、身を乗り出して少女に疑問を投げかける。だが、少女は困ったような苦笑いを浮かべている。どうも答えあぐねているように見える。男が少女の様子を怪訝そうに見ていると、彼女は気まずそうに言った。
「あーお兄さん、あのね、あたしね、そういう質問に答えられないの……」
「え?」
「あたしね、『はい』か『いいえ』じゃないと質問に回答できないの……。だからね、今みたいな『どんな?』って質問には答えられないの、お兄さん」
予想外の回答に男は虚を突かれた。
「なんで?」
「ごめんね、お兄さん! そういう『なぜ?』って質問もダメなの!」
「え、これもダメ?」
「そう。本当にごめんね、お兄さん。そういうルールなの。 だからね、仕方ないの」
「……ルールがあるの?」
「……うん」
「……神様なのに?」
「……う、うん」
申し訳なさそうに上目遣いで彼を見る少女。なんで神様なのにそういうルールに縛られているのか疑問だが、彼は何か悪い気がして、それ以上問いただすのを止めた。
もしかしたら上位神のような存在がいるのだろうか? そしてその存在によってルールが定めらいるとでも言うのだろうか? 確かにもしそういう存在がいるのであれば、こんな小さな女の子が神様やってるのも少しは納得できる。
「えーっと、Yes/Noで答えられる質問ならいいんだよね?」
「う、うん! そうそう!! そういう質問ならね、大丈夫だよ! なんでも聞いて、なんでも答えるから!!」
「それじゃ聞くけど、Fateのギルガメッシュのさ、王の財宝(ゲートオブバビロン) みたいな能力って持てる?」
それは彼が好きなアニメに登場するキャラクターの能力だった。ネットに転がっている異世界転生小説では、この能力をもって転生するというのが良くも悪くも定番化していた。ややオリジナリティはないが、もし異世界転生が出来るのであれば、自分もこの能力を持ってみたかった。
それに対して少女は笑顔で答える。
「もちろん大丈夫だよ、お兄さん! ちゃんと中身の宝具も詰まった状態で使うことができるよ!」
「おぉおおお、さすが異世界転生!!」
少女の言葉に男のボルテージはMaxへと上り詰めた。本当に好きな能力を得られるのであれば、質問のルールなど些細でどうでも良い話だ。
「じゃあさ、ゴーストバスター美神で出てくる文殊を生み出す能力もいける?」
「ぜんぜんイケるよ、お兄さん!」
「BLEACHの愛染の完全睡眠は?」
「それもYESだよ、お兄さん!」
「おぉすげぇ! あ、それじゃあさ、ドラえもんの4次元ポケットってどうかな?」
「OKだよ! お兄さん!」
「え、マジで? もちろん中身のひみつ道具も全部使えるんだよね?」
「当たり前だよ、お兄さん!」
「うひょぉおお! じゃあさ、別に元ネタないけどさ、 女の子に好かれやすくなるって能力なんて、できんのかな?」
「うふふふ、お兄さんも好きだねぇ! もちろんできるよ! 女の子にモテまくりになれるよ、お兄さん!」
「おぉおおおお! あれ、でも能力って一つだけかな? 今まで言った能力を全部持たせるってこと出来るのかな?」
「問題なし! 能力はいくつでも持てるし、もちろん今まで言った能力も全部身につけることが出来るよ!」
「やばいやばいやばい、大盤振る舞いじゃん! すげぇぜ、異世界転生!」
いくつか質問してわかったことは、この異世界転生がとんでもなく高待遇だということだ。ネットで見た異世界転生モノの小説だって、ここまでなんでもかんでもやれるのは珍しい。
そうやって男と少女はしばらく問答を繰り返した。
****
「じゃあ、最終確認いいかな、お兄さん?」
「お、おう!」
「では、お兄さんはこれから……
・Fateの「王の財宝」
・GS美神の「文殊を生み出す能力」
・Bleachの「鏡花水月 (完全催眠の能力を持つ斬魄刀)」
・ドラえもんの「4次元ポケット」
・ドラゴンボールの「悟空の身体能力(かめはめ波も舞空術も瞬間移動も出来る)」
・ジョジョの奇妙な冒険の「ザ・ワールド(時止め能力を持つスタンド)」
・東方Projectの「フランドール・スカーレットの容姿」
・その他
-「老いない」
-「外的要因がない限り死なない(自殺は出来る)」
-「一切の病気にかからない」
-「望む相手に好かれる」
-「容姿をそのままに自分の性別をいつでもスイッチできる」
……を持って異世界転生をする!! これで大丈夫かな、お兄さん? 何か足りないものってある?」
「い、いや、十分だよ。っていうか我ながらやりすぎちゃったかな」
ハハハと恥ずかしげに笑いながら、男は自嘲した。これが小説だったら完全にバランス崩壊である。だが、せっかくのチャンスなのだ。欲張れるだけ欲張るのが正解だろう。そう男は考える。
「じゃあ、お兄さん! そろそろ異世界にお兄さんを転生させるよ!」
「う、うん。なんか緊張するなぁ……」
「ふふ、リラックスだよ、お兄さん」
「お、おう。なんか色々とありがとね、神様」
「ううん、気にしないで、お兄さん」
少女が男に近づき、右手を伸ばし、男の胸の中心に手のひらを乗せた。するとそこを中心に男の体が徐々に光に包まれていく。男は深呼吸しながら目を瞑った。
いよいよ、これから異世界に行くのだ。
一体どんな世界が待っているのだろう?
一体どんな出会いが待っているのだろう?
一体どんな冒険が待っているのだろう?
「じゃあ、いってらっしゃい、お兄さん!」
少女のその優しい声を最後に男は完全に光に包まれた。
****
男は気づくと草原にいた。
雲一つない晴天の下、腰ほどの高さの草が地平線まで生い茂っており、穏やかな風が流れている。そしてそこに彼だけが立っている。
一見すると地球とまったく区別が付かない。本当に異世界に転生できたのだろうか?
だが少なくとも確実に変わっていることが一つあった。それは彼の体だ。いや、もはや「彼」と呼ぶのも不適切かもしれない。
小さな少女の体。真紅の半袖服とスカート。そして背中に見える不思議な形状の羽。鏡がないため顔は確認できないが、少なくとも首から下は以前の彼の体ではなかった。それは彼の好きなキャラクター、東方のフランドール・スカーレットの体だ。
周りの景色は地球のように見えるが、彼は異世界への転生を果たしたのだ。
「ふふふふふふ……」
思わず笑いが漏れる。顔がニヤつく。だが、この程度はこれから始まる大冒険のプロローグに過ぎない。この程度で喜んでいたらキリがないだろう。
「さて! 次は能力の方を確認するかな!」
意気揚々と独り言を発する男。だが、彼の至福の時間はそこで終わった。エピローグの始まりである。
「あれ? なんだこれ?」
いつの間にか男の右手を、虹色の炎で覆われていた。そして男がそれ以上の言葉を発するより先に、炎は男の全身を包み込み、彼を構成する全ての物質を虹色の砂へと変えてしまった。
残されたのはフランドール・スカーレットの形をした砂の塊だけであった。
全ては一瞬のことであった。彼はもらった能力を一つも使うことなく、何が起こったのか理解することもなく、第二の人生の幕をおろした。
彼がこの異世界に存在した唯一の証拠である砂の彫像も、風に吹かれて崩れ去っていった。構成物であった砂も、広大な草原の地を覆う膨大な虹色の砂に混ざり、もはやどれが彼の一部だったのか見分けがつかない。
雲一つない晴天の下、腰ほどの高さの草が地平線まで生い茂っており、穏やかな風が流れている。
だがそこにはもはや誰も立っていなかった。
****
「不死をお願いしないのは正解だったね、お兄さん」
真っ白な空間の中、少女が一人立っている。男と出会ったときと同じく、朗らかな笑みを浮かべて。
「もしね、お願いしてたらね、永遠に再生と砂化を繰り返すだけの存在になってたんだよ?」
少女はフフフと笑い、誰かに話しかけるように独り言をいう。男が二度目の死を向かえたことを悲しむ様子はない。また、彼女の足が透けていってるのだが、それも気にする様子はない。
「でもそれ以外は迂闊すぎたね、お兄さん。あんな能力じゃ全然全然足りないよ」
少女の体は徐々に消えつつあった。まるで最初から存在していなかったかのように。
「さーて、次のお兄さんを見つけないとね。次のお兄さんは……もっと……上手くやって……」
その言葉を最後まで言い切る前に、少女の体は完全に消失した。そこには真っ白の空間のみが残されていた。