離宮のホールに入ると目に入るのは、煌びやかなシャンデリア、美味そうな飲み物や軽食、偉そうな人だった。
「さて……今回は我々は主賓として紹介されたからな。先ずは挨拶回りをするぞ」
リースフェルトは王女としての立場を理解しているようで天霧を連れて歩き出したので俺達も続いた。
「クソ怠い……てかあいつらやエンフィールドはともかく、俺やオーフェリア、沙々宮に刀藤はする必要ないんじゃね?」
エンフィールドは銀河の幹部の娘だからまだしも、特にリーゼルタニアと交流のない俺はする必要はないと思うが。
そう思っているとエンフィールドが話しかけてくる。
「そうでしょうか?比企谷君とランドルーフェンさんはソルネージュの方からスカウトの声がかかると思いますよ」
あー、確かにあり得るな。ソルネージュはレヴォルフの運営母体だ。既に俺や自由になったオーフェリアはアスタリスクにて何度もスカウトされている。おそらく今回もスカウトしてくるだろう。
「あり得るかもな。全部蹴ると思うけど」
何せ将来はリーゼルタニアに住む可能性があるからな。話を聞いておいて損はないだろう。
「そうなんですか?比企谷君の諜報能力なら引く手数多でしょうに。実際何度も黒猫機関からはスカウトをされているのでしょう?」
「まあな。っても黒猫機関の仕事は危険が多いからな。そんな仕事をして手を汚したくない」
黒猫機関のやる仕事は暗殺も結構ある。オーフェリアはともかくシルヴィは絶対に反対するだろう。大切な恋人がいる以上手を汚したくないのが本心だ。よって俺は黒猫機関に入るつもりはないので毎回断っている。
「なるほど……っと、そろそろ私達も行きましょうか」
エンフィールドに促されたので仕方なく歩き出した。あぁ……憂鬱だ。早く終わらせて美味いものが食いたい。
「ふぅ……疲れた」
「……お疲れ様。これを飲んだら?」
ため息を吐いているとオーフェリアがドリンクを差し出してきたので一気飲みをする。マナーがなっていないが仕方ないだろう。
挨拶回りが始まってから30分、エンフィールドの発言通りソルネージュのお偉いさんは俺とオーフェリアが近くに来るとスカウトをしてきた。まあ全部蹴ったけど。
「……サンキュー。それにしてもまさかあそこまでしつこいとは思わなかった」
「それだけ八幡を高く評価しているのよ。恋人としては嬉しいわ」
オーフェリアはそう言って笑顔で俺の腕に抱きついてくる。それによってオーフェリアのドレスによって強調された胸元が大きく形を変えているのが目に入る。ここが俺の部屋だったら問答無用で押し倒している自信がある。
しかし今はホールのど真ん中だ。人の目があって結構恥ずかしい。それにさっきから殆どの連中がオーフェリアに向けてくる嫌な視線が不愉快極まりない。
「オーフェリア、外のテラスに出るぞ」
するとオーフェリアは笑顔を消して周りを見ながら悲しげな表情を見せてくる。
「……ごめんなさい」
「気にすんなよ。ほれ、行くぞ」
俺がそう返すとオーフェリアはコクンと頷くので俺は優しくオーフェリアをリードしながらテラスに出た。
テラスに出ると真冬だからか殆ど人がいなかった。ここならオーフェリアも見られずに済むだろう。
テラスの中でも特に人が少ない隅っこに到着した俺は、ここに来る途中で取った軽食を食べる。
「お前も食えよオーフェリア」
そう言いながらオーフェリアに皿を差し出すも、悲しげな表情をしたまま食べる素振りを見せない。
「……八幡、ごめんなさい」
いきなりオーフェリアが謝ってくる。予想外の展開に驚く中、オーフェリアは続ける。
「……私がいる所為で八幡も嫌な視線を向けられてしまったわ。本当にごめんなさい」
そう言ってオーフェリアは俯いてしまう。……全くこいつは、普段は冷静なのにこんな事を一々気にしてんじゃねぇよ。
「気にすんな。嫌な視線はアスタリスクに来る前に経験しまくったから慣れてる」
「……でも、私は皆から否定される存在。八幡と別れるのは嫌だけど……私の所為で八幡も嫌な視線で見られるのも嫌だわ」
本当にこいつは……どこまでも優しいな。
「だから気にすんなって。それに前にも言っただろ?俺は絶対にお前を否定しないって」
そう言いながら俺はオーフェリアの手を引っ張り優しく抱き寄せる。
「……俺はお前が昔汚い仕事をしていた事を知っている。だが俺はそれを知った上でお前と恋人になる道を選んだんだよ。お前が世間からどう思われていようとお前の事が好きだという事実は変わらない」
何なら今直ぐにでもオーフェリアに嫌な視線を向けてきた奴らを半殺しにしても構わない。俺にとってはオーフェリアやシルヴィに悪意をぶつける奴は全て敵だし。
「……八幡」
オーフェリアは震えた声で背中に手を回してきたので更に強く抱きしめる。そして悲しげな表情のまま上目遣いで見てくる。
「そんな悲しげな表情は止めろ。仮にもお前は主賓の1人なんだからエスコートする身としてはそんな顔は見たくない」
「……ええ。ありがとう八幡、大好き」
そう言いながらオーフェリアは分かりにくいがようやく笑顔を見せてくる。そうだ、俺はその顔が見たかったんだよ。
嬉しく思いながらオーフェリアの頭を撫でる。本当にこいつは優しいし、可愛くて……愛し過ぎる。
それから5分……
「……もういいわ。ありがとう」
オーフェリアがそう言ってきたので俺はオーフェリアから離れる。そしてオーフェリアを見るといつもの調子に戻っている事を理解する。
「どういたしまして。それより腹が減ってるだろ?食えよ」
さっき取った軽食が乗った皿を差し出すとオーフェリアは艶のある瞳を見せて……
「……食べさせて」
おねだりをしてきた。え?マジで?いくら俺達のいる場所が人気のないテラスの隅だからって夜会でおねだりをしてくるとは予想外だな。
オーフェリアの返事に戸惑っていると頬を膨らませて近寄ってくる。
普段のオーフェリアが見せないような可愛い表情は綺麗なドレスと合わさって形容し難い魅力を感じる。
そんなオーフェリアのおねだりを却下する事など当然出来るはずもなく……
「……わかったよ。ほれ、あーん」
ため息を差し出しながら料理を差し出すとオーフェリアは小さい口を開けてパクリと食べる。食べ方も可愛いなオイ。
「……美味しい。八幡、あーん」
するとオーフェリアはお返しとばかりに料理を差し出してくるので口にする。
「どう?美味しい?」
「ああ」
さっきも食った料理だがオーフェリアのあーんによって差し出された料理だからかさっきより3割増しで美味い気がする。
「……よかった」
オーフェリアはそう言いながら身体を寄せて右腕を俺の左腕に絡めてくる。それによって柔らかな膨らみが押し付けられる。
「……ねえ八幡。さっきも言ったけど……もう一度好きって言って欲しいわ」
え?……ああ、そういや言っていたな。無意識だったからよく覚えてないけど。
しかし……
「いや……さっきは無意識だから言えたんだよ」
オーフェリアの事が好きなのは事実だが、言えって言われたら無理だわ。
「……意地悪。じゃあ良いわ。八幡が言うまで私の胸の内を語るから」
……は?
俺が呆気に取られている中、オーフェリアは口を開ける。
「……八幡、私は八幡以外を愛さないわ。私が自身の全て捧げる相手は八幡だけ」
「え、ちょっと待てオーフェリア」
改めて愛を囁かれた俺の顔に熱が生まれ始める。
「……待たないわ。八幡、貴方は私に人を愛する気持ちを教えてくれた優しい人。誰よりも優しくて世界で1番素敵な人」
「オーフェリア!俺が悪かったからそれ以上は……!」
これ以上はマジでヤバい!マジで悶死しそうなんですけど?!
そう思った俺はオーフェリアの口を手で塞ごうとしたが、オーフェリアはその前に俺の前に立ち両腕を掴んできた。ヤバい、これじゃあ口を塞げない……
「……だから八幡、これからも私に愛を注いで欲しい。私に楽しい事を教えて欲しい。私を幸せにして欲しい。私とずっと一緒にいて欲しいわ」
こいつ…!良いだろう、そっちがその気ならこちらも相応のお返しをしてやるよ。
俺は更に口を開こうとするオーフェリアの顔を俺の方に向けて……
「ん……?!……んんっ」
自身の唇をオーフェリアの唇に重ねて口を塞ぐ。オーフェリアの柔らかな唇の感触が俺の唇に伝わる。
暫くの間キスをしてからオーフェリアの唇から離れるとオーフェリアはトロンとした瞳で俺を見てくるので抱き寄せる。
「好きだオーフェリア、愛してる。……これで満足か?」
「……ええ。私も大好きよ八幡」
オーフェリアはそう言って笑いながら再び唇を寄せてくるので、それを受け止めようとした時だった。
「「っ!?」」
ホールの中から強い光が見えたので見てみると、空中に複雑な魔方陣が浮かび上がり……
「グルルルル……!」
巨大な生き物が姿を現す。見るとその生物はライオンの頭に蝙蝠のような翼を持ち尻尾が蛇ーーーキマイラと現実にいる生物ではなかった。
魔方陣から出来た生物なだけあって身体からは万応素の塊のようにしか感じられない。
見ると天霧と沙々宮と刀藤がいる。その事から狙いは3人だろう。
「オーフェリア、ちょっとここで待ってろ」
そう判断した俺は咄嗟に駆け出す。武器は夜会が始まる前に預けてあるから能力者である俺が行った方がいいだろう。オーフェリアはいくら力が制限されているからと言っても桁違いの力を持ってるから却下だ。間違いなく他人を巻き込むだろう。
そう思いながら3人の元に向かうと向こうも俺に気が付いたようで……
「比企谷、こっちは何とかするから急いで奴を捕まえて!」
天霧はテラスから逃げようとする初老の紳士を指差しながらそう言ってくる。奴が例の能力者か?
そう思いながら俺が自身の影に星辰力を込めると紳士の方もそれに気が付いたようで、懐から何を取り出して地面に叩きつける。
すると6つの魔方陣が展開されて、そこから剣と盾を持った6体の骸骨の兵士が現れた。
骸骨の兵士は眼窩の奥に青い炎をちらつかせて、俺に飛びかかってくるが……
「死ね、影の刃群」
俺に届く前に俺の影から放たれた15の刃群が骸骨の兵士を真っ二つにする。こんなんで俺を倒せると思ってんのか?
俺は呆れながら刃群を纏めて1つの鋭い刃に変えて今まさにテラスから飛び降りようとする紳士に向かって放つ。
高速で突き進む刃群は一直線に向かって行く。紳士は飛び降りる直前に俺の攻撃に気が付いたのか目を見開く中……
影の刃はそのまま紳士の左腕を斬り裂く。紳士の左腕から大量の血が噴き出すが斬り落とすには至っていない。てか斬り落としたら俺も咎められそうだ。
紳士は激痛に顔を歪めながらもそのままテラスから飛び降りた。
急いでテラスに向かってから下を見ると人影は見えなかった。ちっ、どうやら逃してしまったようだな。
左腕を斬り落としたから血痕はあると思うが夜だから後を追うのは厳しいだろうから諦めよう。今は天霧達だ。
そう判断した俺は天霧達を見ると……
「どうやら……大丈夫みたいだな」
「ガアアアアアアアア!」
中庭にて大爆発が起こり断末魔の絶叫が響き渡る。炎の中でキマイラはゆっくりと溶けていき、それに伴い高濃度の万応素が周囲に四散していった。
「はぁ……気分転換で来た旅行なのに……面倒事が起こるとはな」
何でいきなりテロに遭遇すんだよ。アレか?取り憑かれたのか?
俺はため息を吐きながらオーフェリアの元に歩き出した。
……ああ、早く癒されたい