俺達がヒュドラを見据えると同時に向こうも動き出した。
先程オーフェリアが弾いた光弾によってもげた首の切り口がぼこぼこと泡立ったかと思うと、それが次第に盛り上がり、
「おいおい。再生しやがったぞ」
首が生えてこちらを威嚇してくる。まさか生えるとは思わなかった。
「……思い出したわ。確かヒュドラは9つの首の内、中央の首以外を斬ると、そこから2つの首が生えるって読んだわ」
なるほどな……奴のヒュドラを見る限り、再生はしたが2つに増えてはいない。どうやら奴の能力も完璧でないのだろう。
「とりあえず中央の首を落とせばいいんだな?だったら……」
俺は足元にいる竜に星辰力を更に込め、
「蹂躙しろ、影竜の咆哮」
そう指示を出すと影竜が口を開き、膨大な量の万応素を渦巻かせる。
「そっちが光弾なら、こっちは影弾だ」
そう呟くと影竜の口から真っ黒な弾が放たれる。狙いはヒュドラの弱点である中央の首だ。そこを仕留めれば……
その時だった。
ヒュドラの中央の首以外の首4つが影弾の射線上に現れて中央の首を守るような体勢を取る。
向こうが守るような体勢を取ると同時に影弾はその内の1つの首に当たり、爆発が生じた。
それによって中央の首を守ろうとした4つの首の内、2つは吹き飛んだ。しかしそれだけで中央の首には届かなかったので実質ノーダメージだろう。
「ちっ……面倒くさいな」
こうなったら影狼修羅鎧を纏ってヒュドラに乗り込むか?
そう思っていると……
「なら……全ての首を纏めて吹き飛ばすわ」
オーフェリアが右腕を上げながらそう呟くと、瘴気が噴き出して黒褐色の巨大な腕を形成する。
アレは……
「ーーー塵と化せ」
そう呟きながらオーフェリアは右腕を振り下ろす。オーフェリアの狙いは至極単純、圧倒的な力でヒュドラそのものを消し飛ばすつもりなのだろう。
その時だった。
ヒュドラは一度雄叫びを上げると、湖に潜水し始めた。
一番初めに胴体を沈み、続いて9つの首もそれに続くかのように湖の中に入った。
それを見た俺は慌ててオーフェリアを止める。
「待てオーフェリア!湖に”塵と化せ”は打つな!湖の生態系に影響が出る!」
オーフェリアの一撃を湖にぶつけてみろ。ヒュドラを殺す事は出来ても湖の水生動物も死んでしまうだろう。
それだけじゃなく綺麗な湖そのものも汚れる可能性がある。この湖も観光地として有名なので出来るだけ避けたい所だ。
俺がそう指示を出すとオーフェリアはハッとしたような表情になりながらも頷き、瘴気で形成された巨大な腕が湖に当たる直前に腕を止めた。
「……そうね。ごめんなさい八幡。八幡が傷付いたからあの蛇を殺す事以外考えていなかったわ」
「気にすんな。落ち着いたならそれで……っと!」
どう攻めるか悩んでいると下の湖から光弾が飛んでくるので、竜に指示を出して回避する。避けた事により光弾はそのまま空に飛んで行った。
今のヒュドラは水に潜りながら攻撃をしてくる。状況は良くも悪くもない。
水中にいる以上ヒュドラを倒すのは難しい。
オーフェリアに攻撃はして欲しくないし、俺の攻撃は当てる事は出来ても倒すまでには至らないだろう。
かといって湖の中に入っての戦闘は勝ち目がないし……
(マジでどうしようか?確かギュスターヴ・マルローの生み出す魔獣は長時間身体を維持出来ないって言うし、足止めだけすれば……)
いや、ダメだ。それならヒュドラから貧民街を守る事は出来るが、時間がかかる。その間にギュスターヴ・マルローが貧民街に攻撃してきたら意味がない。
結論から言うとヒュドラは早めに片付けたいというのが俺の考えだ。
(しかしどうしたら……)
いっそわざと引いて奴を陸地に上陸させるべきか?
その時だった。
「……八幡」
オーフェリアが話しかけてきた。何か腹案でも思いついたのか?
「何だよ?」
「昔八幡が私との序列戦で使ったあの槍はダメなの?」
あの槍?……ああ、影狼神槍の事か。確かにアレならヒュドラを殺す事は可能だろう。
しかし……
「厳しいな。それに槍を作ってる間は他の影による攻撃が出来ない。つまり一度影竜を消さないと無理って訳だ」
槍を作る以上、一度ヒュドラから離れて陸地に戻らないといけない。今作り始めたら影竜が消えて、俺とオーフェリアは湖に落ちてしまう。
「……何で他の攻撃が出来ないの?」
「あん?槍を作る際に、”大量の星辰力を込める”事と”込めた星辰力を槍の形にする”事の2つの作業があるんだが、その2つの作業をするには強い集中が必要だからだ」
普通の影の槍を作る場合は影の能力を使いながらでも可能だが、影狼神槍は対オーフェリア用に作り上げた技であるので作るのがかなり大変だ。よって影の能力を使いながら影狼神槍を作るのは殆ど不可能だ。
するとオーフェリアが、
「……じゃあ、その作業が1つになるならこの状況でも作れる?」
そう言いながら俺の手を握っていた。オーフェリアの柔らかい手の感触を感じてしまう。
「ど、どういう事だ?」
いきなり感じた温もりによってキョドリながらもオーフェリアに尋ねる。するてオーフェリアが俺の手に触れながらこう呟く。
「……私の星辰力を使って。そうすれば八幡は星辰力を込める作業をしなくて済むから影竜を使いながらでも槍を作れるでしょう?」
……っ!そうか!確かにそれなら影竜を解除しなくても影狼神槍を作れるだろう。
普段は影狼神槍を使う事はないし、俺は個人戦の王竜星武祭以外は興味がないから思いつかなかった案だ。まさに目から鱗だ。
感心していると湖の中から再度光弾が飛んでくるので竜に指示を出して回避する。鬱陶しいな……直ぐに殺してやるからそんなに慌てんな
「じゃあオーフェリア、頼んでいいか?」
俺はそう言いながら手に小さな黒い球体を生み出す。これが影狼神槍の核とかる存在だ。
それを確認したオーフェリアは、
「ええ」
そう言って莫大な星辰力を辺り一面に噴き出しながら、俺の手を握る。
すると俺の手をオーフェリアの星辰力が走り抜けて、影狼神槍の核に絡みつき始める。
「……八幡。星辰力は注ぐから球体を槍の形にして」
「あ、ああ」
俺は1つ頷いて、槍のイメージを膨らませる。
(細かい装飾を用いない。シンプルで相手を屠る為だけに使われる槍……)
俺がイメージを続けると、核に絡みついているオーフェリアの星辰力が核全体を包み込む。
それによって巨大な球体になったので、俺はそれを伸ばすようなイメージを浮かべる。
(長さはそこまで長くない槍、そして持ちやすい槍……)
俺が更に強くイメージをし続けるとやがて球体は徐々に形を崩しながら伸びて……
「完成だ……」
俺の手に黒と紫の混じったシンプルな形状の槍が生まれた。見た目は影狼神槍と色が違うくらいで殆ど変化はないが……
(凄ぇ……!触れただけでわかる。槍の中にオーフェリアの高密度の星辰力が入っている)
使う前からわかる。おそらくこの槍は影狼神槍の数倍の威力を持っているだろう。これを食らって生きていられる人間はいないだろう。
「……出来たわ。どう?普段使う槍と違って違和感はない?」
オーフェリアにそう言われたので改めて槍を握ってみる。
「いや、凄い力を感じるが、それ以外は問題ない。大丈夫だ」
俺がそう言うとオーフェリアは薄い笑みを浮かべて頷く。その仕草可愛すぎだろ?
「なら良かったわ。それにしても……まるで夫婦の共同作業みたいね」
「お前マジで空気読め」
今の状況は真下からヒュドラの攻撃を受けているんだぞ?いくら影竜が全部回避しているとはいえ、そんな事を言っている場合ではないだろうが。てかそんな事をハッキリと言うな。恥ずかしくて仕方がないんですけど?
「ふふっ……そんな事を言ってる八幡、顔が赤いわよ?」
「ほっとけ。つーか今は戦闘中だからな?」
「ええ。でも……これで終わらせるのでしょう?」
オーフェリアは当たり前のように言ってくる。まあそうだな……それについては合っている。チンタラとやっている暇はないんでな。
「……ああ。終わらせる」
俺はそう言って影竜の頭に立ち、湖の中にいるヒュドラを見る。すると俺を見たヒュドラは俺が手にしている武器の危険性を理解したのか、中央の首を除いた8つの首を中央に集めて口から光を生み出す。
8つの口には高密度の万応素がそれぞれ渦巻いている。さっき1発腕に食らったが中々の威力だった。それが8発となれば相当の威力だろう。
しかし今の俺は恐怖を感じていない。理由は2つ。
1つは俺の手にはこの世で最も強いと思える武器があるから。
そしてもう1つは、
「………」
俺の横に自分の命より大切な恋人がいるのだから。
オーフェリアが見ている中で格好悪い所なんて見せたくない。だから……
「絶対に決める……」
俺がそう呟くとヒュドラはそれに呼応するかのように、
「ギュオオオオオ!」
咆哮と共に8つの口から光弾を轟音を付加しながら放ってきた。
8つの光弾は放たれると同時に自然と合体して半径5メートル以上の巨大な光弾となってこちらに向かってきた。
それに対して俺は……
「葬り去れーーー影狼夜叉神槍」
ただ一言、静かにそう呟いて手にある槍を投槍の要領で投げつける。
すると槍は黒と紫の光で暗闇を照らしながらヒュドラの放った光弾と衝突した。
しかしそれも一瞬の事で、槍はぶつかると同時に巨大な光弾を一瞬で消滅させた。あれだけの高密度の光弾を一瞬で消滅させたのは俺も予想外だった。
俺が驚く中、槍は流星のような速度で湖に着水してヒュドラに当たる。
すると、
「ギイイイイイイイ!」
物凄い悲鳴が聞こえたかと思うとヒュドラが湖から顔を出して苦しそうに暴れ出す。それによって辺りに轟音と水飛沫が生じたのでヒュドラから距離を取る。
ヒュドラを見ると胴体に先程放った槍が刺さっていて、刺さった箇所から黒と紫の光が生み出され、鈍い音と共にヒュドラの全身を蝕んでいた。
「ギュアアアアア!」
黒と紫の光は徐々にヒュドラの全身に広がっていき、刺さった箇所から一番近くにある首にも侵され始めた。しかも侵食された場所は最終的に何も無くなっていた。
首の1つに侵食が始まると他の首も同じように侵食され、遂には中央の首も侵食された。
「ギュオオオオオ!!」
ヒュドラが最後の抵抗とばかりに口から光弾を放とうとしたが……
「もう遅い」
それより早く侵食が進み、光弾が放たれる前にヒュドラの口を侵食した。
それによって遂にヒュドラの全身を黒と紫の光が包み込み、嚙み砕くような音が暫く続き、光が消えると……
「凄え……」
そこには何も残っていなかった。ヒュドラの影も形も一切見えなかった。
ヒュドラは完全に食われたのだろう。とりあえず俺とオーフェリアの仕事は終わりか……
一息吐くとオーフェリアは俺の手を握って上目遣いで見てくる。
「お疲れ様、八幡」
「お前もな。さっきは槍を作るの手伝ってくれてありがとな」
「……別に気にしなくていいわ。それより……」
言うなりオーフェリアは目を瞑ってこちらに顔を寄せてくる。この仕草は……
「ここでか?」
「……ええ。さっきは何度も邪魔が入ったから」
ああ。そういやさっきは何度も邪魔が入ったな。てかそれが理由で俺達はキレたんだし。
「……わかったよ」
俺は一息吐いてオーフェリアの両肩を掴み、自身の顔をオーフェリアの顔に近付ける。
するとオーフェリアは一度ピクンと跳ねてから、俺の首に手を回して……
「んっ………」
そのままお互いの唇を重ねる。
するとさっきまであった疲れや苛立ちが一瞬で消滅して、幸せな気持ちが込み上がってくる。
目の前には頬を染めている可愛いオーフェリアがいる。この顔を見るだけで俺は何でも出来る気がする。
幸せな気分になりながら、俺とオーフェリアは、お互いに携帯端末の電源をオフにして……
「んっ……ちゅ……」
お互いに舌を出して絡め始めた。仕事も終わったんだ。今から思いっ切りやってやる。
結局俺とオーフェリアは1時間以上キスをしてしまった。やり過ぎだとは思うが後悔はしていない。
あ、ギュスターヴ・マルローはリースフェルトによって丸焼きにされたらしいです。ざまあ。