試合が始まった。
試合前はシルヴィの所為で何とも言えない空気が流れたが、試合開始を告げると同時に全員が意識を切り替えた表情を変えた。
今回ルサールカのチームリーダーはミルシェで赫夜のチームリーダーはフロックハートだ。
「さてさて……あいつらはどれだけやれるんだか」
視線の先では若宮がリーダーにミルシェに速攻を仕掛ける。チーム戦で最も定番な戦法であるチームリーダーが潰す算段だろう。
他の戦法だと、リーダー以外を倒す戦法や、援護要員を潰す戦法があるが、ルサールカより弱い赫夜に結構難しいだろう。
「貴方が鍛えたのでしょう?貴方は勝てると思っているのですか?」
ペトラさんはそう聞いてくるが、
「さあ?」
「……ふざけているんですか?」
「そりゃ勝てる可能性はありますけど、ルサールカの方が格上なのは事実ですから。こっちの作戦か全て上手くいって、運が良けりゃ勝てるってとこすかね?」
「その言い方だと相当低い確率と思いますが」
「まあそうでしょうね」
実際勝てる確率は10%あれが御の字だろう。
「ともあれ、あいつらはやれるだけやったんで、俺が出来る事は結果を見る事だけですよ。って、試合が動いてますね」
そう言いながらステージを見ると、かなり試合が動いていた。
現在、若宮とフェアクロフ先輩が2人がかりでミルシェを狙って、他の3人が前衛のトゥーリアとモニカを足止めしている。
しかもステージにいる彼女達の配置は比較的バラバラで乱戦気味となっている。
正しい判断だ。チームとしての練度が劣っている以上、チームワークでぶつかるのは愚策だ。それならいっそこっちのチームワークを捨てる代わりにルサールカのチームワークを崩した方が勝算はあるだろう。
今のところは作戦は上手く行ってるな……
「……ふむ。思っていた以上のレベルで仕上げてきましたね。チーム・メルヴェイユ戦の時よりも格段に成長しているようです」
ペトラさんは赫夜の作戦の意図を理解したようで、素直に簡単の言葉を口にしている。
「……当然よ。八幡が鍛えたのだから」
するとオーフェリアが嬉しそうに胸を張る。そう言ってくれるのは嬉しいがお前ほ過大評価し過ぎだ。
「お前な……まあいい。そりゃまあフロックハートの能力についての練習も重要視していましたから」
「それはもちろんですが、前衛2人の連携は素晴らしいですね」
だろうな。今の所、人を傷つけられないフェアクロフ先輩がミルシェの攻撃を防ぎ、若宮が攻撃をしている。これもフロックハートの伝達能力で指示をしているからだろう。
「そうっすね。それにしても訓練の時から思いましたがフロックハートの試合をコントロールする技術は高いですね」
「まあそのあたりを高く評価してあの子を購入したのですから。しかし、それがまさかこんな状況になるとは思いもよりませんでしたけど」
そう言ってシルヴィを睨むが当のシルヴィはどこと吹く風だ。全く気にしているようには見えない。
「でも確かシルヴィがフロックハートをあんたから大金はたいて買い取ったんでしょ?」
「そうですね。しかし私はシルヴィアがここまでするとは思いませんでしたよ」
それについては俺もそう思っている。俺もフロックハートがベネトナーシュの一員で、シルヴィがフロックハートをW&Wから大金はたいて買い取った事を知っている。払った金額は知っているが、あそこまで払う理由についてはいくらシルヴィの考えでも理解し切れない。
しかし理解出来なくても良い。シルヴィは意味のない事はしない人間だ。だから大金はたいてフロックハートをW&Wから買い取ったのも何か意味があるのだろう。
だから俺はシルヴィの行動について咎めるつもりは毛頭ない。
「まあ大丈夫でしょうね。シルヴィがした事ですから悪い話じゃないと思いますよ」
「……随分と信頼しているようですね」
「シルヴィの恋人ですから」
大切な彼女を信頼しない彼氏など論外だ。俺は何があってもオーフェリアとシルヴィの事は信頼し続けるつもりだ。これについては死ぬまで変わらないと断言出来る。
「も、もう!八幡君ってば!そんな恥ずかしい事を言わないでよ……」
そう言ってシルヴィは真っ赤になりながらモジモジするが、
「いやいや、しょっちゅう俺にメチャクチャにして良いなんて恥ずかしい事を言ってるお前が言うな」
「えー、だって私、八幡君にメチャクチャにされたいんだもん」
「アスタリスクを出たらいくらでもメチャクチャにしてやるからそれまで待て」
「……貴方達、いくら交際を認めているとはいえ内心反対している私の前でそんな話をするのは止めてくれませんか?」
ペトラさんがバイザー越しに咎めるような視線を向けてくる。そうだよな。シルヴィとの交際について交渉した際はメチャクチャ反対されたし。あの時にオーフェリアが脅さなかったら交渉は許可されなかっただろう。
「あはは……ごめんね」
「全く……それにしても解せませんね」
ペトラさんはため息を一度吐きながらモニターを見ながら訝しげな表情を浮かべてくる。モニターでは若宮とフェアクロフ先輩が縦横無尽にステージを駆けていた。
「何故あの子達は活性強化と阻害弱体化を使わないのでしょう?使えば遅れを取る事はない筈ですが……」
ペトラさんの言う通り、ステージにいるモニカとマフレナは自身の純星煌式武装の能力である活性強化と阻害弱体化を使っていない。もしも初っ端から使っていれば赫夜のメンバーはなす術なく負けていただろう。
首を傾げているペトラさんに対してシルヴィは、
「さあ?なんでろうね?」
見事にすっとぼけた。
「まさか、またあなたが何か?」
「なんのことかなー?ま、どっちにしろそれを選んだのはあの子達自身だよ?」
そうだ。シルヴィはルサールカに曲を作る代わりにマフレナとモニカの純星煌式武装の固有能力を使わないのはどうかと交渉した結果、ルサールカはそれを受けた。まあマフレナは反対していたけど。
そんな風にニンマリ笑うシルヴィを見てペトラさんは盛大にため息を吐く。
「全く……。まあ良いでしょう?ある意味ちょうど良い機会ではありましたから?」
「良い機会?」
シルヴィがそう尋ねるとペトラさんは、
「ーーーあの子達の本気を計りたかった所です」
同時刻、ステージでは……
「ちょっとちょっとぉ!なんだか私達押されてない?!」
「お、落ち着いてください!まずは一度体勢を立て直して……!」
モニカとマフレナの慌てた声がステージに響く中、若宮美奈兎はミルシェに突っ込み、拳を叩き込む。
「くっ!」
ミルシェは光の刃で美奈兎の拳を受け止めると、反撃とばかりに蹴りを放ってくる。序列3位というべきだけあってその一撃は見事なものだ。
しかし、
(比企谷君の一撃の方が速い……!)
美奈兎をしごいたのは序列2位、それも6学園中最も過酷序列争いが激しい学園であるレヴォルフで不動の2位に立ち続けている男だ。
彼の容赦ない攻撃を数ヶ月受けた何度も気絶したり、嘔吐した美奈兎にとってミルシェの攻撃はそこまで怖くはない。
美奈兎はミルシェの蹴りが当たる直前に軽く横に跳んでから、ラッシュを仕掛ける。
「ちぃっ!あんた記録より随分と動きが良いじゃん!」
「そりゃそうだよ!毎日比企谷君にしごかれたんだから!」
全敗しているとはいえ、美奈兎は殆ど毎日一対一で八幡と戦っている。あれだけボコボコにされたなら嫌でも動きが良くなるだろう。
「なるほどな!そりゃ良くなる訳だ!」
ミルシェはそう言ってギターを振るうが、
『美奈兎!ソフィア先輩がフォローするから下がって!』
その直前に美奈兎の頭にクロエの声が響いたので、美奈兎はそれを聞いて後ろに跳ぶと、
「させませんわよ!」
ソフィアがミルシェの一撃を防ぐ。ギターとサーベルがぶつかり合い火花が飛び散る。
それを確認した美奈兎は内心でソフィアに礼を言いながらミルシェの懐に潜り、身体を捻りながら肘打ちを放つ。
それを見たミルシェは急いでギターを振るってソフィアを弾き飛ばして、身体を反らすようにして回避した。が……
(予想通り……!玄空流ーーー鎌輪!)
美奈兎は更に身体を捻り、足払いをする。
「なっ!」
流石のミルシェも回避出来ずにバランスを崩す。当然そんな隙を見逃す馬鹿はいない。
美奈兎はバランスを崩したミルシェの校章目掛けて拳を突き出すも……
「ぐっ……」
当たる直前に、空気が振動して美奈兎の身体は後ろに弾き飛ばされた。
パイヴィの浮遊ドラム型純星煌式武装『ライアポロス=エラート』の音圧防壁の効果だ。
しかしまだチーム・赫夜の攻撃は終わりではない。
「パイヴィさん!右から来ます!」
マフレナが咄嗟に声を上げたのでパイヴィは右を見ると、ニーナ・アッヘンヴァルが手に光の剣を持ちながら突っ込んでいた。
「七裂の葉剣!」
「舐めないで!」
ニーナとパイヴィが同時に叫ぶと光の剣と音圧防壁がぶつかり合う。流石に真っ向勝負なら純星煌式武装を持つパイヴィが有利だ。
一対一なら
しかしパイヴィが音圧防壁を展開してニーナの一撃を防ぐと同時に、クロエが横合いならハンドガン型煌式武装を放って、放たれた光弾が胸元を掠める。
ミルシェの援護やニーナの一撃を防ぐのに集中し過ぎて、クロエの攻撃に対処しにくくなっているからだ。
ましてパイヴィの純星煌式武装はドラム型と大型で回避行動は難しいタイプだ。普通なら後方に控えてこその援護役だったが、乱戦に持ち込まれたので見誤ったのだろう。
そしてクロエは一撃でパイヴィの注意が横に逸れた瞬間だった。
「はぁっ!」
舞うように空中へ身を躍らせたニーナの一撃が、パイヴィの校章を断ち切った。
『パイヴィ、校章破損』
機械音声がパイヴィが敗北を告げる。
それによってチーム・赫夜には歓喜を、チーム・ルサールカには動揺をもたらした。
ましてパイヴィは防御担当、真っ先に崩せたのは大きい。
そんな空気の中、クロエは……
(パイヴィを落としたから今のところ作戦は順調。次に狙うのはトゥーリアかモニカ……)
クロエの作戦は『シルヴィアとの取り引きで純星煌式武装の固有能力を使用しないモニカとマフレナは余り相手にしないで、パイヴィとトゥーリアを倒した後にミルシェを叩く』という作戦である。
対して八幡が立てた作戦は『シルヴィアの取り引きは口約束だから守られるとは限らない。だから前衛で攻めやすいモニカを、ルサールカが赫夜を舐めている内に潰す』という作戦である。
2つの作戦の内、クロエが選んだのは……
『ソフィア先輩、モニカを叩きますのでよろしくお願いします』
ソフィアに伝達をする。
阻害弱体化を発動させない為にモニカを叩く案にした。
『了解しましたわ!柚陽さん!美奈兎さんの援護をお願いしますわ!』
そう伝達するなり、ソフィアはサーベル型煌式武装を構えてモニカに突撃をかます。
「ちょっとお!次はあたしぃ!?」
そう言いながらモニカは自身の持つベース型純星煌式武装『ライアポロス=メルポーネ』を構え、先端に光の刃を顕現して迎え撃つ。
次の瞬間、お互いに武器がぶつかり合い火花が飛び散るも……
「そこっ!」
「嘘ぉっ?!」
それも一瞬のことで、ソフィアは互いの武器がぶつかると同時に、腕を捻って相手の一撃を受け流し、返す刀でモニカの持つ光の刃に突きを放つ。
するとモニカの手から『ライアポロス=メルポーネ』は弾かれそうになる。モニカは何とか自身の武器を手放さずに済んだが隙だらけだ。
そんな隙をソフィアが見逃す筈もなく突きの構えを取る。しかし……
「甘いよー!あんたの対策はしてるんだからー!」
その直前にモニカは自身の校章に手を当てて勝ち誇った笑みを浮かべる。
それも当然の事だ。ソフィアは他人を傷つける事が出来ないからだこれはクインヴェールでは周知の事実である。
決闘に勝つ為の条件は相手を気絶させるか校章の破壊の2択のみ。ソフィアの場合、前者はトラウマの関係から不可能で、後者は胸に手を当てたら破壊のしようがない。
事実、公式序列戦でソフィアに負けそうになった相手は胸に手を当てる手段を取ってソフィアに対して逆転勝ちをしている。だからモニカの取った手段は合理的である。
3ヶ月前のソフィアに対してなら。
(それについては比企谷さんが対策が立てていますわよ!)
ソフィアはモニカの行動を見て内心勝ち誇ったように笑いながら、1人の男の事を思い浮かべる。
比企谷八幡
2年前に王竜星武祭で自身を一方的に倒した相手。
ルサールカとの試合に備えてシルヴィアが連れてきた時はその事もあって余り良い感情を持っていなかったが、その考えは直ぐに吹っ飛んだ。
赫夜のメンバー全員に対して、それぞれに適した訓練を施してくれて、自身の致命的な弱点についても否定しないで真剣に考えてくれた人。何度か胸を揉まれたが自分達の為に色々と尽くしてくれた優しい人。
このメンバーで獅鷲星武祭を制したい気持ちもあるが……
(比企谷さんの前で格好悪い姿は見せたくないですわね)
そう思いながらソフィアは現在持っているサーベル型煌式武装を左のホルスターにしまって、代わりに右のホルスターから煌式武装を引き抜き起動する。
すると水色の刀身が現れて綺麗な剣となる。
綺麗な剣ーーー『ダークリパルサー』が顕現されると同時にソフィアは、
「はぁっ!」
叫び声と共にモニカの胸目掛けて突きを放つ。
「……え?」
まさか攻撃をしてこないと思っていたらしいモニカは避ける暇もなく、見事にモニカの胸に刺さる。
そこからは一滴の血が流れる事はなく、代わりに……
「な、何これぇ……?!」
モニカは苦悶の表情を浮かべながらよろめく。余程苦しいのか自身の純星煌式武装も手放してしまった。
ダークリパルサー
刀身が超音波で出来ているので殺傷能力はないが、食らった相手に猛烈な頭痛を与える煌式武装だ。
八幡がソフィアの為に用意した、正にソフィア専用の煌式武装だ。
『ダークリパルサー』の刀身から生じる超音波は強力で、モニカは完全に目の前にいるソフィアの事を認識できていない。
(今度こそ!)
ソフィアはそんなモニカを見ながら『ダークリパルサー』をしまって、再度普通のサーベル型煌式武装を起動して、
『モニカ、校章破損』
手が離れたモニカの校章を突きで破壊した。
それによって赫夜のメンバーは一層士気が上がる。当然だ。1人も欠けることなく相手2人を撃破したのだから。
しかしその時だった。
「マフレナ!活性強化を使え!」
ミルシェがアイドルに相応しいとは言えない荒々しい口調でそう叫ぶ。
次の瞬間だった。
未だ失格となっていないミルシェ、トゥーリア、マフレナの周囲から圧倒的な星辰力が噴き出した。