春は1年で最もアスタリスクの学生達が盛り上がる季節だ。
勿論星武祭も人気だが、星武祭に参加しない人間ーーー星武祭での活躍を諦めた人間にとっては毎年春に開催される学園祭は星武祭以上の楽しみだろう。
「ですから八幡さん、もしも時間があったら是非うちのお店にも来てくださいね?」
学園祭まで3週間を切った中、高等部2年に進級した俺はまた同じクラスで隣の席になったプリシラがそう言ってくる。今は学園祭準備期間なので殆どの教室にはいない。まあレヴォルフは学園全体でカジノをするのが恒例なので、教室にいない殆どの生徒は歓楽街に遊びに行っているのだろう。
「勿論だ。お前のパエリアを楽しみにしてるからな」
こいつの料理の腕はオーフェリアやシルヴィに匹敵する腕前だ。食べれるなら是非とも食いたい所だ。
「はい。待っていますね。そう言えば八幡さんはこれに出ないんですか?お姉ちゃんに誘われたって聞いたんですけど」
そう言ってプリシラから空間ウィンドウを開く。するとそこには『激震!グラン・コロッセオ』と書かれた派手なサイトが映っていた。
学園祭最終日にシリウスドームで行われる催し物で、概要は不明だが、天霧が出るって事でかなりの期待が寄せられているイベントだ。
確かに俺は賞金があるからってイレーネに誘われて申し込んだ。しかし……
「イレーネから聞いてないのか?俺は落ちたんだよ」
昨日メールで落選の通知が来たし。一応俺はレヴォルフの2位だから落ちないと思っていたんだがな。
「え?八幡さんが落ちたんですか?!」
「ああ。まあ落ちたもんは仕方ないし、俺は見学させて貰う。それに俺が一番興味があるのは……」
そう言いながら俺は今年界龍で行われるあるイベントについて考えていた。
それから数時間後……
「ふむ……今日はここまでにしておくか」
広大な異空間にて板張りの床の上に立つ星露がそう告げるのを、床に這いつくばっている俺は聞いた。
はい、俺は今週に一度ある星露との実戦訓練をして見事にボコボコにされました。
チーム・赫夜のメンバーは別の場所でもう1人の星露と訓練をしている。何でもう1人の星露がいるのかは聞いてみたがはぐらかされた。その事から事情を聴くのは止めたが、星露の規格外っぷりには戦慄をしてしまう。
ちなみにオーフェリアとシルヴィは星露と訓練しているのは知らない。星露との約束でこの事を口外しないように言われているからだ。
だから修行とはぐらかしている。
2人を騙しているようで心苦しいがこればっかりは仕方ないだろう。
「ふぅ……やっぱり影神の終焉神装抜きじゃ手も足も出ないな」
そう言いながら影狼修羅鎧を解除する。俺の最強の切札である影神の終焉神装を使えばもう少しマトモに戦えるかもしれないが、影神の終焉神装を使う事は星露に禁止されている。
理由は簡単、影神の終焉神装は強力だがそれを使う俺の身体が出来上がってないからだ。
それについては俺も同意見だ。何せ一回使うだけで身体に大ダメージを受けるからな。
だから星露との実戦では基本的に影狼修羅鎧を纏って、影神の終焉神装を使える身体を作る事を最優先に行っている。
「しかし大分身体の使い方は良くなってきておるぞ。3ヶ月前に比べて影狼修羅鎧を使用する際の反応速度も上がってきておるからな」
「そりゃまあ、公式序列戦や決闘でも使うようにしてるからな。ところで星露、このイベントについて聞きたいんだが」
そう言って空間ウィンドウを開き、学園祭で界龍が出す催し物の一つが載っているサイトを見せる。そこには『激闘!黄振殿!』と表示されている。
概要は簡単に言うと星露の弟子と戦って勝負の結果次第で賞品やクーポン券が貰える星露が発案した催し物だ。勝てなくても勝負の内容が良ければ景品が貰えるのは実に星露らしい。
「それがどうかしたのかえ?」
「ああ。お前の弟子と戦うのはわかったが、そん中に武暁彗と雪ノ下陽乃は出るのか?」
「無論じゃ。そして八幡よ、わざわざ儂に尋ねるという事は暁彗か陽乃に挑むのか?」
星露は楽しそうな表情をしながら聞いてくる。
「ああ。暁彗に挑むつもりだ。雪ノ下陽乃についても俺の知り合いが挑む気満々だからな」
俺は学園祭のこのイベントで暁彗に挑むつもりだ。理由は簡単、チーム・赫夜の為だ。
以前星露との特訓中に星露から暁彗をセシリー・ウォンと趙虎峰、幻術使いの双子の4人と組ませて獅鷲星武祭に参加させると聞いた。
しかし暁彗は基本的に人前に出ないのでデータが圧倒的に少ない。だから俺が公の場で暁彗と戦って赫夜のデータ収集を手伝うつもりだ。
星露曰く、俺と暁彗の間に実力差は殆どないらしいので、俺が暁彗と戦えば奴のより細かいデータが手に入ると判断した結果、暁彗と戦う道を選んだ。
ちなみに雪ノ下陽乃についてはオーフェリアが挑むつもりだ。この前このイベントの存在を知った時にオーフェリアは、
『……余計な事を言って、アスタリスクに来る前の八幡が虐められる原因を間接的に作ったあの女を合法的に潰せるチャンスだわ』
って黒い笑みを浮かべながらそう呟き俺とシルヴィをドン引きさせた。俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが程々にしてくれよ?
閑話休題……
とにかく俺は暁彗に、オーフェリアは雪ノ下陽乃に挑む気満々という感じだ。それを聞いた星露は満足気に頷く。
「なるほどのお……お主とその知り合いが儂を滾らせるのを期待して良いのじゃな?」
「満足させれるかは知らんが全力は出すつもりだ」
でないとデータ収集の意味ないし。どうせやるなら暁彗の全力のデータを手に入れたいしな。
そう思いながら俺は息を吐いて近くに置いてあるシルヴィとオーフェリアが準備したスポーツドリンクを口にして飲み始めた。
2人には修行している事は話しているが、修行相手が星露だという事は話していない。にもかかわらず、2人は何も聞かずにスポーツドリンクを作って応援してくれる最愛の恋人だ。
そんな2人によって作られたスポーツドリンクは言うまでもなく至高の味だった。
「じゃあ、明日は朝8時に船着場に集合な」
星露との訓練を終え帰宅した俺は、オーフェリアとシルヴィの愛情が入った夕食を食べて、風呂で3人でお互いの身体を洗いっこした後に妹の小町に明後日の帰省についての連絡を取り合っている。
『あいあいさー。シルヴィアさんもオーフェリアさんも明日はよろしくお願いしますねー!』
「うん。よろしくね」
「……私も八幡達の実家に行くのが楽しみだわ」
俺の両隣に座っている2人も頷く。
『小町もお父さん達が驚く顔を今から楽しみですよ』
「悪趣味だなおい」
まあ絶対に驚くだろうけどな。実の息子が恋人2人、それも世界の歌姫と世界最強の魔女を連れてくるんだし。
「……まあ良い。そういや戸塚は……いや何でもない」
天使の名前を口に出そうとしたら両隣にいる2人からジト目で見られたので口を噤んだ。君達その目は止めなさい。
『戸塚さん?戸塚さんの場合、両親がアスタリスクに来るみたいだよ。あ、今雪乃さんと結衣さんから連絡があって2人は明日帰省するみたいだよ?』
「え?雪ノ下と由比ヶ浜も?」
ヤバい、由比ヶ浜はともかく雪ノ下は姉も一緒にいるかもしれん。そうなったら……
「…………」
隣にいるオーフェリアがドス黒いオーラを撒き散らしている。名前を聞いただけでこの反応って……
「小町、明日は鉢合わせしないようにしてくれ」
俺がそう言うと事情を知っている小町が苦笑混じりに頷く。
『そうだねー。船着場で怪我人が出たら問題だしね。それにしてもお兄ちゃん、相変わらずオーフェリアさんに愛されてるねー』
最後にニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言ってくる。小町の返事にどう返せばいいか悩んでいると、
「……ええ。私とシルヴィアは八幡を愛しているわ」
「うん。私達は誰よりも八幡君を愛してる。八幡君は?」
シルヴィはそんな事を聞いてくるが、
「愚問だな。俺にとって2人は食事と同じで、生きていく上で必要不可欠な存在だな」
2人が居なかったら俺は徐々に衰弱して、やがて死ぬだろう。俺にとっては生きていくのに必要な物は衣食住に加えてシルヴィとオーフェリアもあるだろう。
「ふふっ、上手い例えだね。私も八幡君がいない人生なんて考えられないよ」
「……大好き」
そう言いながら2人は俺の肩に頭を乗せてくる。
俺が2人の髪の柔らかさと女の子特有の匂いを感じて幸せな気分になっていると…….
『うわー、バカップルにも程があるでしょ?というか壁を殴りたくなるから3人揃って小町の前で惚気ないでよ』
小町が俺の様に目を腐らせながら呆れていた。お前のその顔は可愛くないから止めろ。
「す、すまん。とりあえず明日も早いしもう切るぞ」
これ以上電話をしていたらまた言われそうだし、そろそろ切った方が良いだろう。
『ほーい。じゃあまた明日』
小町がそう言うと空間ウィンドウが閉じたので、俺は端末を近くにあるテーブルの上に置いて恋人2人と向き合う。
「じゃあ寝ようぜ」
俺がそう言うと2人は俺の肩から頭を離してからベッドに入って……
「「おやすみ八幡(君)」」
ちゅっ……
俺の両頬にそっとキスを落としてから両サイドから抱き枕のように抱きついてきた。
頬に感じた柔らかい感触に対して幸せを感じた俺は、
「ああ、おやすみ」
そう言って2人の頭を撫でながら襲ってくる睡魔に逆らわず、ゆっくりと眠りについた。眠りにつくまでは2人の柔らかな温もりを感じ幸せな気分だった。
湖上を渡る春の風は温かく身体を心地良くしてくれる。
「そういやこの船に乗るのはアスタリスクに来た時以来だな」
そんな事をしんみりと呟く。
現在俺はアスタリスクと湖岸都市を繋ぐ連絡船に乗っている。甲板から後ろを振り向くと、高層建築が剣山のように見えるアスタリスクの姿が威風堂々と見える。
逆に船の進行方向の先には、アスタリスクの玄関口でもある湖岸都市が微かにしか見えない。
船から降りたら高速鉄道に乗って一気に千葉に向かう予定だ。
「小町は冬季休暇の時は国内旅行だったから3ヶ月ぶりかな?シルヴィアさんは2週間前に京都でライブがあった時は飛行機を使ったんですか?」
「ううん。その時は船でアスタリスクを出たよ」
「……私は自由になる前は基本的に海外には行っていたけど、日本には余り行っていないわね」
甲板で俺が久しぶりに実家に帰る事を呟くと妹と恋人2人が各々の意見を口にしてくる。
ちなみにシルヴィとオーフェリアは有名過ぎるので変装をしていて、俺と小町は変装をしていない。シルヴィから貰った変装用のヘアバンドが壊れてしまったからだ。
その所為で甲板にいる人からはチラチラと見られているがこればっかりは仕方ないだろう。
閑話休題……
「まあオーフェリアの場合事情が事情だから仕方ないだろ。これから日本の有名な場所に行こうぜ。それに約束通りディスティニーランドに連れてってやるよ」
リーゼルタニアに行った時にオーフェリアと約束したからな。
「……覚えてくれていたのね?」
「当たり前だ。お前が行きたいって自分の願いを口にするなんて珍しいからな」
「そうかもしれないわね。じゃあこの4人で行きましょう?」
「うん。いいよ」
「あー、小町は遠慮しておきますね。3人の邪魔をする程無粋じゃないですし………3人のイチャイチャっぷりを見て砂糖を吐きたくないですから」
小町が目を腐らせながらそう言ってくる。
「後半が本音だろ?てかそんなにイチャイチャしてないからな?」
「ほーん。じゃあお兄ちゃん、2人と何回キスしたか教えてよ」
あん?2人としたキスの回数だと?ヤバい、言いたくない。俺は数えてないが軽く100000は超えているだろうし。
そう思っていると……
「……私は八幡と171258回して、その内29756回は八幡からされたわ。シルヴィアは?」
「えっと……確か私は124763回して、その内21368回八幡君からされたね」
オーフェリアとシルヴィは即答する。
「えぇぇぇぇ?!」
それを聞いた小町は人目を気にせず大きな声を出す。しかし俺も同じ気持ちだ。それなりにキスをしているのは自覚があるが、まさか300000回近くとは……
てかよく覚えてるな!ここまで愛が重いとちょっと怖いぞ。
「お、お兄ちゃん。そんなにキスしたの?!というか2人共よく覚えていますね?!」
すると、
「……ええ。だって八幡とするキスは1回1回違いがあるから」
「だよね。でもその全てが幸せな気分にしてくれるキスなんだよね。私達にとって八幡君とのキスは食事のように生きていく上で必要不可欠になっちゃったみたい」
「……お兄ちゃん、2人の愛に応えるのは大変かもしれないけど頑張ってね」
小町は物凄い優しい目をしながら俺の肩を叩いてくる。確かに2人の愛は凄く重い。俺みたいな奴が応えきれるかはわからない。
しかし、
「わかってる」
俺は頑張って応えるつもりだ。2人の愛は重いが、俺はその愛が好きだ。背負い切れるなら背負いたい。2人と過ごす時間は何よりも幸せな時間なのだから。
それは2人を同時に愛すると決めた時から揺らいでいない。俺にとって2人はかけ替えのない存在なのだから。
そんな事を考えている時だった。
「葉山せんぱ〜い。私船酔いしちゃったので甲板に来てくださ〜い」
「ははは……」
聞き覚えのある声が聞こえたので後ろを振り向くと……
「げ」
そこには葉山と鳳凰星武祭で葉山と組んでいた女子がいた。
それを見た俺はヤバいと感じた。見ると小町はヤバいといった表情を浮かべている。何故なら……
「……」
隣にいるオーフェリアが葉山を見てドス黒いオーラを出し始めたからだ。これを見たシルヴィもドン引きし始めた。
俺達がオーフェリアのオーラにビビっていると、向こうも俺達に気が付いたようだ。
葉山は俺を見て一瞬鋭い目を向けてからいつもの笑みを浮かべ、隣にいる女子は俺に近づいてくる。その表情は見るからに怒っている。
そして距離を2メートルまで切ると、
「漸く会えましたね!あの時からずっと文句を言いたかったんですよ〜!」
いきなり俺に指を突き付けてきた。
……は?こいつは何を言っているんだ?見るとさっきまでドス黒いオーラを出していたオーフェリアを始め、小町やシルヴィもポカンとした表情を浮かべている。
「……何の話だ?」
いきなり怒られた俺は理解出来ずに目の前にいる女子に質問をする。
すると少女は、
「決まってるじゃないですか〜!先輩達の所為で葉山先輩が倒れて今シーズンの鳳凰星武祭失格になったんですからね〜!」
目を細くしながら文句を言ってくる。
……ああ。そういや葉山が俺をヒキタニ呼びしたらオーフェリアがブチ切れて葉山を気絶させた結果、あいつは不戦敗したんだったな。
てか何で俺?元はと言えば葉山がわざと名前を間違えたのが悪いんだし、アレやったのオーフェリアだからね?
俺が呆れる中、目の前にいる女子は更に詰め寄ってくる。
「貴方ががまどろっこしい苗字だから葉山先輩が間違えただけなのに、葉山先輩は『孤毒の魔女』に気絶させられて……その所為で3回しかない貴重な星武祭の出場権を一つ失ったんですからね」
明らかに言いがかりだ。ハッキリ言って理不尽極まりない。
しかし俺は目の前にいる女子の言いがかりに対して怒ってはいない。いや、怒りの感情はあるが、それ以上に………
「…………」
隣にいるオーフェリアがブチ切れないか不安であるからだ。今はまだ星辰力を噴き出していないが俺にはわかる。今のオーフェリアは噴火直前の火山と同じ状態だ。後一度きっかけが出来たらオーフェリアは大噴火するだろう。
(クソッ……!こうなるんだったら初めからオーフェリアに変装をさせなきゃ良かったぜ!)
そうすりゃ向こうも近寄って来なかっただろうし。
そんな事を考えている時だった。
「まあまあいろは。ヒキタニ君だって悪気があった訳じゃないんだし、許してあげよう」
葉山が爽やかな笑みを浮かべながらそう言ってきた。
ヤバい、俺と小町とシルヴィがそう思った瞬間だった。
「………殺すわ」
オーフェリアが圧倒的な星辰力を周囲に噴き出しながら、変装用のヘッドホンを取りそう呟いた。
……終わった