現在、アスタリスクと湖岸都市の間を繋ぐ連絡船の甲板上は地獄と化している。空気が震え、圧倒的な威圧感が放たれている。
その原因は……
「さっきから黙って聞いていれば、人の恋人を随分と言ってくれるわね。そんなに死にたいの?」
俺の隣にいるオーフェリアは圧倒的な星辰力を噴き出しながら絶対零度の視線で葉山と亜麻色の髪の少女を見ながら殺意を向ける。
オーフェリアから放たれる圧倒的な星辰力は俺やシルヴィ、小町をビビらせる。
しかしそれも仕方ないだろう。何せ瘴気を制御する為に力の8割を失ったにもかかわらず、俺やシルヴィよりも数倍以上ーーー少なく見積もっても10倍以上あるんだし。
つまり万全のオーフェリアの星辰力は軽く俺やシルヴィの50倍はあるって事になる。マジで俺の恋人凄過ぎだろ?
そんな事を考えているとオーフェリアの足元の甲板に微かにヒビが入ったのが見えた。マズイ……このままオーフェリアを放置したら船が壊れるかもしれん。
俺がそう思う中、オーフェリアは葉山達に一歩を踏み出す。そして亜麻色の髪の少女に目を向ける。
「……貴女達が棄権したのはその男が八幡を侮辱したから自業自得でしょう。……にもかかわらずそれを八幡の所為にして、挙句の果てに比企谷って苗字がまどろっこしいから?……ふざけてるの?」
「ひっ……!あっ、いや、その……」
少女は涙で顔をグシャグシャにしながら葉山の背中に回って隠れる。
それを確認したオーフェリアは、今度は葉山と向き合う。
「それで?貴方は性懲りもしないで八幡の事をヒキタニ呼び?八幡にも悪気があった訳じゃないんだし許してあげよう?」
「い、いや……その、つい……うっかり」
葉山はビビりながら後ずさるも……
「つい?貴方は苗字をわざと間違えて、自分の非を棚上げするのね?」
オーフェリアも一歩踏み出して葉山との距離を保つ。葉山は震えながら更に後ずさりすると、オーフェリアも更に歩を進める。足取りはゆっくりだが一歩進む度に万応素が激しく吹き荒れる。今にも能力を使いそうでヤバい。
「それに私は前に言ったわよ。次はないって」
言うなりオーフェリアは右手を葉山に向ける。手から紫色の煙ーーーオーフェリアの能力である瘴気が現れてオーフェリアの腕に纏わりつく。
「にもかかわらず貴方達は自らの事を棚に上げて八幡を侮辱した……私が変装していて、八幡の近くに私が居ないと判断したから八幡を侮辱したのでしょう?」
「ち、ちが……俺もいろはも別に悪気があった訳じゃないんだ……」
葉山は必死になって弁解しようとするもオーフェリアは止まらない。
「……つまり貴方達は八幡を侮辱する事を悪い事だと思っていないのね?」
瞬間、オーフェリアは目を細めながら更に星辰力を噴き出す。ヤバい……マジでこいつら死ぬんじゃね?
「い、嫌だ……!」
「は、葉山せんぱぁい……」
2人は悲鳴を上げながら後ろに下がる。その際に2人のズボンから金色の液体が零れているが、今の俺はそれを馬鹿にする気にはならない。
何せこのまま放置したらオーフェリアは躊躇いなく2人を殺すだろう。
そしたらその衝撃で連絡船は吹き飛び乗員は湖に落ちるだろう。さっき船の中で小さい子供もいたので下手したら溺死するかもしれん。
別に目の前にいる葉山達2人がどうなろうと構わないが、こいつらの所為でオーフェリアが殺人者になったり、無関係に乗員に迷惑を掛けるのは避けたい。だから何とか止めないといけない。
そう思っている中、オーフェリアは葉山達に向けていた右腕を上げる。ヤバい、『塵と化せ』が来る……!
そう判断した俺は急いで自身の影に星辰力を込めて……
「呑めーー影の禁獄」
そう呟く。すると……
「っ……!八幡……」
.
俺の影がオーフェリアの身体に纏わりつき、30秒もしないでオーフェリアは真っ黒な立方体に包まれる。
俺の切り札の内の一つだ。影の中に星辰力を凝縮させて相手を閉じ込める封印技で、5分間だけはどんな人間でも破れない技だ。あの星露ですら破れなかった技だ。
まあ5分間封印出来ても、その間こっちも閉じ込めた相手に対して干渉が出来ないけど。基本的にこの技は俺がピンチの時に相手を閉じ込めて、逃げたり体勢を立て直す為の時間を稼ぐ技だからな。
まあそれはともかく、オーフェリアは今から5分そこから出て来れないので今の内に……
「目覚めろーー影の竜」
そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。
それを確認した俺は未だにガクガク震えている2人を無視して、立方体に包まれたオーフェリアを影竜に乗せてから、小町とシルヴィに話しかける。
「お前らも乗れ。俺達はこの連絡船や高速船を使わずに影竜に乗って帰るぞ」
こいつらも総武に通っていたのだから、帰り道は殆ど一緒で船を降りた後も一緒になる可能性は高い。
そうなったらまたオーフェリアがブチ切れて赤の他人に迷惑を掛けるかもしれないが、それは避けるべきだ。
それだったら俺達は影竜に乗って葉山達とは別の手段で帰省した方がお互いの為になるだろう。
「だよね……うん、その方が良いね。行こっか小町ちゃん」
「そうですよねー。じゃあお兄ちゃん、乗せて貰うよ?」
俺の意見を聞いたシルヴィと小町は一つ頷いてから影竜に乗る。4人全員が影竜に乗ったのを確認した俺は影竜に指示を出す。
すると影竜は雄叫びを一つ上げると翼を広げて大空へ飛び立った。その際にチラッと連絡船の見たら2人は漏らしたまま甲板上で気絶しているのが目に入った。
そんな醜態を晒している2人に内心同情していると、小町が息を吐く。
「ふー、やっぱりオーフェリアさんは怒ると怖いねー。ていうかお兄ちゃん、あの金髪の人、鳳凰星武祭の時にアレだけ痛い目に遭ったのに……バカなの?」
その顔には呆れの色が混じっていた。
「知らねえよ。てか俺は疲れたよ。しかもフェアクロフさんにも謝らないといけないし」
事情が事情だからフェアクロフさんは怒らないとは思うしな。てかあの馬鹿共はフェアクロフさんに注意されたんじゃなかったのかよ?
とりあえず学園祭の時に菓子でも持っていくか。
「え?アーネストに?」
するとシルヴィが意外そうな表情を浮かべながら尋ねてくる。
「ああ。以前葉山にオーフェリアがブチ切れた時にその事についてフェアクロフさんと話したんだよ。そん時に今後はオーフェリアがブチ切れる前に止めて欲しいって頼まれたんだよ」
にもかかわらず俺は止める事が出来ず、オーフェリアはブチ切れてしまった。これについては謝らないといけないだろう。
「あ、その事についてアーネストと話したんだ。アーネストは怒ったの?」
「いや、こちらが悪かったと頭を下げてきてビビった」
「ふーん。でも今回も向こうに非があるんだし怒られないでしょ?……私も少し腹が立ったし」
そう言ってシルヴィは不機嫌そうな表情を浮かべながら、既に豆粒のように小さく見える連絡船を見た。
「オーフェリアはちょっとやり過ぎだと思うけど、オーフェリアが言った事は私も同意かな」
シルヴィは頬を膨らませながら怒っているが、お前のそれは可愛いだけだからな?
「前にわざと八幡君の苗字を間違えて痛い目に遭ったのに、それを棚上げして比企谷って苗字がまどろっこしいとか、八幡君に悪気はなかったとか……オーフェリアが怒らなかったら私が文句を言っていたよ。というか八幡君は怒らなかったの?」
シルヴィはそう聞いてくる。確かに理不尽な言い掛かりに対して怒りはあった。あったが……
「怒りはあったが、それよりいつオーフェリアがブチ切れるか不安だったな」
「「あー」」
小町とシルヴィは納得したようにそう呟く。こんな事になるのを知っていたら、初めからオーフェリアに変装をさせなきゃ良かった。そうすれば向こうも突っ掛かって来なかっただろうし。
そんな事を考えているとオーフェリアを包んでいた立方体が崩れ始めた。どうやら5分経過して封印が解除されたのだろう。
そう思いながら立方体を見ると、遂に立方体は崩れ落ちてそこからオーフェリアが出てくる。見るとオーフェリアの周囲から星辰力を出ておらず、悲しげな表情を浮かべていた。どうやら封印されている間に少しは落ち着いたようだ。
良かった、そう思っているとオーフェリアは悲しげな表情のまま俺に抱きつき、
「……ごめんなさい八幡。また怒りに呑まれて八幡に迷惑を掛けてしまったわ」
そう言って謝ってくる。気の所為か瞳は潤んでいるようにも見える。
俺が言葉を返そうとしたがその前にオーフェリアの口が開く。
「怒ったら八幡に迷惑を掛けるとわかっていたのに……我慢出来ずに怒ってしまったわ。本当にごめんなさい……!」
涙を零しながら俺に謝ってくる。その顔は止めろ。何か俺が悪い事をしているみたいだし。
しかし俺はそれを口にしないでオーフェリアを優しく抱き返す。
「落ち着けオーフェリア。俺は別に怒っていない。やり過ぎだとは思ったが俺の為に怒ったんだろ?だったら俺はどうこう言うつもりはない」
実際俺は怒っていない。寧ろ俺なんかの為にあそこまで怒ってくれて若干嬉しかったし。
「……本当?私の事嫌いになっていない?」
「なるわけねーだろ。その程度で嫌いになる人間なら、初めから付き合ってねぇよ」
オーフェリアが俺のことを嫌いになる事はあるかもしれないが、その逆は天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。
「だからお前もそんな悲しそうな表情は止めろ。後、俺の為にあそこまで怒ってくれるのは嬉しいがあんまり暴力で解決しようとすんな」
あんな三下を潰して警備隊に捕まったんじゃマジで笑えないからな?
それを聞いたオーフェリアは考える素振りを見せてから、
「……一応頑張ってみるわ」
そう口にする。とりあえず「無理」と言われなかったから良しとしよう。今は無理でもこれから少しずつ変わっていけばいいだろうしな。
「それでいい。ゆっくりでいいから頑張れ」
「……ええ」
オーフェリアはそう言って悲しい表情から優しい笑顔になって俺の胸に顔をスリスリしてくる。
そんな可愛らしいオーフェリアを前に俺や小町、シルヴィは千葉に着くまで苦笑しながらオーフェリアを見続けた。
1時間後……
影竜に乗った帰省した俺達は遂に自宅の真上に着いた。下を見ると中学2年まで住んでいた家が目に入る。自宅を見るのは約2年ぶりだが、殆ど変わらず、記憶のままだった。
「んじゃ自宅周辺に広場はないし、ここで降りてくれ」
俺がそう言って指を鳴らすと影竜が消えて俺達は地面に落下する。とはいえ俺達は4人とも星脈世代なので地面に落ちてもダメージはないから問題ない。
こうして家の前に着いた俺はインターフォンを押そうとした。しかしその直前にシルヴィとオーフェリアが若干緊張しているように見えた。
「どうしたんだお前ら」
「あ、うん。私達の交際を認めて貰えるのかなぁって思っちゃって」
「……迷惑を掛けないようにしながら頑張るわ」
2人とも若干緊張しながらそう言ってくるが、別にそこまで緊張しなくても……
「別に緊張なんてする必要ねーよ。親父は適当にスルーしときゃ良いし、お袋もメチャクチャ怖いけど問題起こさないなら雷落ちないだろうし、いつものように過ごせば問題ない」
「そうそう。お母さんに認めて貰えばお父さんがいくら反対しても意味ないから」
小町はそう言ってインターフォンを押す。そう、お袋が交際を認めてくれるなら万事解決だ。何せ比企谷家のカーストはお袋≧小町≧ペットのカマクラ>>>>>>>親父≧俺なのだから。毎回思うが俺と親父の立場弱過ぎだろ?
疑問に思っていると家の中からドタドタ聞こえてきて、
「おかえり小町!」
親父が満面の笑みで小町に抱きつこうとしてくる。親父の目には俺の事は見えていないようだ。しかし俺はそれに対して特に苛立つ事なく親父を見ていると……
「お父さん、いきなり抱きつこうとしないでよ!」
「げほぉ?!」
小町は回避すると親父の脇腹に蹴りを放つ。ちょっと小町ちゃん?気持ちは解るけど、再会直後に蹴りを放つの放つやり過ぎじゃね?
疑問に思っている中、親父は後ろに吹き飛びながらも、即座に起きて小町に近寄る。
「相変わらず容赦ないな!まあとにかく元気そうで何よりだ!あ、そうそう!鳳凰星武祭見たぞ!ベスト8おめでとうな!」
蹴られたというのに随分と元気でマシンガントークをするな。しかも楽しそうに。これはつまり、
「なるほど、親父はマゾって事か……」
俺がしみじみ呟くと、親父は漸く気が付いたようにこちらを向いてくる。
「何だ。お前も帰ってきたのかよはちま……」
そこて親父は絶句した。視線は俺の横、変装しているシルヴィとオーフェリアに向けられていると判断が出来る。
シルヴィとオーフェリアが軽く会釈をするも、親父は絶句したままだ。
「おい親父……」
客が来てんだからシカトすんな、そう言おうとした時だった。
親父はハッとした表情になってから、
「ちょっと来い八幡!」
いきなり俺の手を引っ張って3人から距離を取る。3人がポカンとしている中、親父は俺に耳打ちをしてくる。
「どういう事だ?!いきなりあんな可愛い子2人も連れてきて!」
「あ、いや、そのだな……」
恋人2人です。そう言いたいが、説明の仕方としては論外だ。
どう説明するか悩んでいると……
「八幡!俺は美人な女は美人局か悪党商法の手先だから気をつけろと口を酸っぱくして言っただろうが!」
「てめぇマジでぶっ殺すぞ!」
何でそんな発想になるんだよ?!俺はどんだけ信用されてないんだよ!
俺が内心ブチ切れている中、親父は未だに信用し切れずにいる。
「いやだってお前だし」
「それで納得しちまいそうなのが腹立たしいな……マジで違うからな」
「本当か?絶対だな?金を賭けるか?」
「何で息子と賭けをやろうとしてんだよ?てかその話をあいつらの前でしたらお袋にエロ本の存在をバラすからな?」
そしたらお袋の雷が親父に落ちるだろう。それを見ながらMAXコーヒーを飲むのは想像するだけで愉快だろう。
「おい馬鹿止めろ!てかそれやったらお前が家に置きっぱなしにしたエロ本の存在を連れ2人にバラすからな!」
「おい馬鹿止めろ!」
それやったらマジで殺される。この前もこっそり買ったAVバレて半殺しにされたし。
そんな事を考えていると、
「馬鹿はお前ら2人だ。ボケェ」
いきなり頭上からそんな声が聞こえ、俺と親父は同時に固まる。
それと同時に……
「がはっ!」
「げほっ!」
腹に衝撃が走り俺と親父は地面に膝を付いてしまう。この声に、腹に伝わる痛み……間違いない。
恐る恐る上を見上げると……
「久々に帰省したかと思ったら、連れを放置して馬鹿な会話をしてるとは良い度胸だなぁ、八幡」
我が家の首領にして、元レヴォルフ黒学院序列1位『狼王』比企谷涼子ーーー俺の母親が蔑んだ瞳で俺と親父を睨んでいた。