「あ、いたいた」
界龍第七学院の校門に向かって歩いていると目的の人物4人ーーー天霧とリースフェルト、沙々宮と刀藤が校門前に立っていた。
向こうも俺達に気がついたのかこちらに近寄ってくる。距離が3メートルを切ると同時にエンフィールドが4人の内の1人である天霧に話しかける。
「お待たせしてごめんなさいね綾斗。学園祭は楽しんでいますか?」
「うん。午前中はクインヴェールに行ったけど楽しかったよ。ところでクローディア、そっちの3人は……?」
そう言って俺達を見てくる。そういや天霧には変装している時の俺を見せてなかったな。
「俺だよ、俺俺」
「その声……もしかして比企谷?」
「もしかしなくても比企谷だ」
「へぇ……凄い変装だね。全然わからなかったよ。じゃあそっちの2人は……」
「はい。比企谷君の恋人のランドルーフェンさんとシルヴィアの2人ですね」
エンフィールドがそう言うと4人は驚きの表情を見せてくる。いくら変装をしているとはいえ、まさかこんな所で世界の歌姫と会うとは思わなかったのだろう。
そんな4人を他所にシルヴィは笑顔で挨拶をする。
「初めまして、シルヴィア・リューネハイムだよ。よろしくね」
シルヴィが挨拶をすると先ずは先頭に立つ天霧が受け答えする。
「あ、どうもご丁寧に。俺は天霧綾斗、よろしく」
「よろしく〜。少し遅いけど鳳凰星武祭優勝おめでとう。試合を見たけど、どの試合もカッコ良かったよ。もしもグランドスラムを目指すなら王竜星武祭で君と戦うのを楽しみにしてるよ」
「あ、うん。ありがとう……それと王竜星武祭には出る予定はないんだ」
シルヴィがそう言うと天霧は若干照れながら返答する。天霧の奴、後ろでリースフェルト達がムスッとしているのを気付いてないのか?
「……ユリスは解りやすいですね。ところで比企谷君は嫉妬してないんですか?」
するとエンフィールドがそんな事を聞いてくる。それを聞いた俺は天霧以外の星導館のメンバーに自己紹介をしているシルヴィを見る。
……確かに少し前の俺ならシルヴィにカッコ良かったと言われた天霧に対して間違いなく嫉妬していただろう。
しかし……
「特に嫉妬してないな」
あの夜、俺は2人を抱いた後何があっても2人を信じると決めたからな。それにシルヴィは誰に対しても誠実だから天霧を褒めたのも純粋に褒めていて、含む物はないだろうし。
「そうですか、余程信頼しているようで羨ましいですね」
「ああ、俺はあいつらを信じてるからな……っと、挨拶も終わったみたいだぜ」
見るとシルヴィと星導館のメンバーの挨拶は終わっていて、シルヴィはオーフェリアと話している。少し離れた場所でそれを見た俺とエンフィールドは互いに一つ頷き6人の元に歩き出す。
「挨拶も終わったようですし、行きましょう。出来る限り良い席を取りたいですから」
エンフィールドがそう口にするとイベントに参加する俺とオーフェリア以外は強く頷き、界龍の校門をくぐった。
界龍第七学院の外観はアスタリスクの六学園の中で最も特徴的だろう。
敷地全てを中華風の建造物が埋め尽くし、迷宮のようにそれらが全て回廊で繋がっている。
そして建物と建物の間には風雅な庭園や広場が点在し、地図がなければ絶対に迷うだろう。
広場では巨大な龍の人形を複数人が操りながら踊ったり、刃物を自由に振り回し曲芸をこなしている集団がいて拍手を浴びている。
「これは凄いね……何というか凄く盛り上がってる……」
天霧が感嘆の声を上げる。
「まあ界龍は他と校風が違うからだと思うよ」
「シルヴィの言う通りだな。界龍の校風は混沌、序列1位がイかれてるのもあってか余り纏まりがないんだよ」
「界龍の序列1位って……万有天羅だよね?」
「ああ。多分あいつはお前の事を気に入ってるから気を付けた方が良いぞ」
あの戦闘狂は多分というか絶対に天霧の事を気に入っている筈だ。今回界龍に入ったが、間違いなくちょっかいをかけてくるだろう。
「はは……前にリンドヴァル隊長にも言われたから肝に銘じるよ」
「リンドヴァル隊長?警備隊隊長がお前と接点があるとはな……」
あの人、基本的に大仕事しかしないイメージなんだが。
「あー、うん。ほら、姉さんの件でね」
「……?あー、そういやお前の姉ちゃんの捜索はあの人がやったんだったな。そういや見つかったのは知ってるが、今日は姉ちゃん一緒じゃないのか?」
もしかして蝕武祭に参加していたから警備隊に捕まったのか?
「うん。実は見つかったのは見つかったんだけど……姉さんが自分自身に封印を掛けて目が覚めてないんだ」
マジかよ……折角会えたのに可哀想過ぎだろ。てかこいつはどんだけ厄介の星の下に生まれたんだ?
「なるほどな。だから今回の獅鷲星武祭で優勝して姉ちゃんを目覚めさせる腹か?」
「うん。だから今回、比企谷の試合を見に界龍に来たんだ。『覇軍星君』はデータが少ないから参考にさせて貰うよ」
そういう事なら俺も全力を出さないとな。まあ元々赫夜の為に全力を出す予定だったが、その気持ちが更に強まった。
「ま、精々頑張れ…….っと、受付はあそこか。悪いが俺とオーフェリアはここで別れる」
「……また後で会いましょう」
「うん、じゃあ2人とも頑張ってね」
「2人とも負けるなよ……まあオーフェリアは負けないと思うが」
「楽しみにしていますよ」
「が、頑張ってください!」
「……期待している」
そんな感じで星導館の面々から激励を受けた俺は会釈をしてからシルヴィを見る。するとシルヴィは笑顔のまま俺に近寄り……
「んっ……」
俺の首に腕を絡めて、そのまま唇を重ねてきた。
『なっ?!』
シルヴィの後ろにいる星導館の面々は驚きの表情を浮かべる。あの普段は笑みを絶やさないエンフィールドですら驚きの表情を浮かべている。
まあ仕方ないだろう。いくら変装しているとは目の前で世界の歌姫がキスをしているのだから。
暫くキスをされていると、
「んっ……頑張ってね」
艶のある表情を見せながらそう言ってくる。キスをされてからそんな風におねだりされたら……
「わかってる。勝ってくるからな」
期待に応えないといけないだろう。
俺はシルヴィの要求を受け入れ、オーフェリアと共に受付に向けて再度歩き出した。
5分後……
「あー、緊張してきた」
控え室に案内された俺は軽いストレッチをしながらそう呟く。オーフェリアは違う控え室にいてここにはいない。
シルヴィには勝ってくるとは言ったが、実際の所厳しいだろう。相手は星露の一番弟子だし。こちらも持っている全てのカードを切らないと負けるだろう。
(とはいえ……出来る事なら影神の終焉神装は使いたくないな……)
アレは処刑刀やヴァルダを倒す為に開発した技、出来るならこんな目立つ場所では使用したくないし。
まあアレはヤバくなったりしたら使おう。幸い星露との修行の際に新技を1つ編み出したし、影狼修羅鎧と影狼神槍とその新技が破れたら使おう。
方針を決めた俺は意識をストレッチに集中しようとした時だった。
「比企谷選手、次出番ですので入場ゲートに案内します。付いてきてください」
界龍の制服を着たスタッフが控え室に入ってきてそう言ってくる。
「わかった。今直ぐ行く」
「はい。それとこちらを。試合の時に使用される擬似校章です」
言うなり界龍のマークの付いた校章を渡される。
(なるほどな……俺本来の校章が壊れたら学園祭を回る祭に支障が出るから擬似校章を準備したのか)
「どうも」
界龍の気遣いに感謝しながら俺は胸に龍がマークされている校章を取り付ける。いつもは双剣がマークされている校章を付けているので結構不思議な気分だ。
そう思いながら俺は控え室を後にした。
控え室から出て廊下を歩く。そして歩くにつれて歓声が大きくなってくる。ステージに近づいている証拠だ。
暫く歩いていると……
「ここが入場ゲートか」
目の前に開いている巨大な門が目に入る。そしてその真下ではクインヴェールの生徒が界龍の序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンと戦っている。しかし試合は殆どセシリー・ウォンが攻めていてクインヴェールの生徒は防戦一方となっている。後2分もしないでケリがつくだろう。
「はい。実況が比企谷選手の名前を告げたら、比企谷選手はゲートをくぐってステージに降りてください。試合に関して何かご質問はありますか?」
「いや、さっき渡されたルールブックを見る限りわからない所はないな」
見たところ普通の決闘と同じルールだし。強いて言うならば制限時間があり、それを過ぎれば引き分けとなるくらいだろう。
ルールについては特に文句はない。学園祭のイベントである以上制限時間無しでやったら後半の人は参加出来なくなる可能性も充分にあり得るので制限時間を設けるのは当然だろうしな。
「そうですか。では自分は失礼します。ご武運を」
そう言ってスタッフの人は去って行った。
そしてスタッフが見えなくと同時に歓声が一際大きくなったのでステージを見るとクインヴェールの生徒が膝を付いていた。
『ここで試合終了!ウォン選手、最後まで危なげない見事な試合運びでした!』
やはり界龍の冒頭の十二人は星露の弟子だけあって強いな。確かあいつも獅鷲星武祭に出るみたいだしマークしとかないとな。
そう思いながらステージを見ると両選手が退場ゲートに向かっている。クインヴェールの生徒は悔しそうに、セシリー・ウォンは嬉しそうな表情をしているのは必然だろう。
そして2人が退場すると同時に実況の声が響く。
『さあ!いよいよ本日の目玉試合の内の1つ!実況の私もこれを待ちわびていました!先ずは東ゲート!前シーズンの王竜星武祭ベスト4!六学園中最も過酷と言われるレヴォルフの序列争いで不動の2位に立ち続ける男、『影の魔術師』比企谷八幡選手!』
実況の声が俺の名前を呼ぶ。出番のようだな。
そう思いながらゲートを潜りステージに降り立つ。それと同時にスポットライトが俺の身体に集中して、俺の名前を呼ぶ歓声が高まる。この盛り上がり……王竜星武祭の本戦に勝るとも劣らないくらいだ。
『そしてそして!西ゲートからは我らが界龍の序列2位!我らが長、万有天羅の一番弟子!『覇軍星君』武暁彗選手!』
そして俺と相対する男の名前が呼ばれると、
「………」
目の前に背の高い男性がステージに降り立つ。
鋭い目付きと精悍な顔立ち、服の上からでもわかる引き締まった強靭な体躯を持つ男。
武暁彗
星露の一番弟子にして、見る者全てに威圧感を与える界龍の序列争いで不動の2位の地位にいる男。星露がいるから2位の座にいるが、星露がいなかったら間違いなく序列1位はこの男の物だろう。
見るだけでわかる。俺が今まで戦った人間の中でもトップクラス、それこそオーフェリアや星露の次、シルヴィと同じくらいと桁違いの実力を持っている。
『アスタリスク最強の男は武選手に比企谷選手、ガラードワースのアーネスト・フェアクロフ選手と評されていますが、その内の2人が戦う場面を目にするのは幸運と言えるでしょう!』
ああ、そういや世間ではそう評価されているんだったな。
しかし俺は王竜星武祭一本に絞っていて、フェアクロフさんは獅鷲星武祭一本に絞っている。そして暁彗は多分だが星露の命令次第なので俺達が戦う事はないとも世間では言われていた。
そう考えたら俺と暁彗の戦いはレアな試合なのかもしれないな。
そう思っていると視線を正面から感じたので暁彗を見る。
「……」
暁彗は無言でこちらを見てくる。ただそこにあるから見たと言った感じだ。
しかし……
(何だこいつ?不気味だな……)
そのあまりに朴訥な目に不気味な感情を抱いてしまう。今まで感じた事のない不思議な目だ。
奴の目の正体を探ろう。そう思いながら実行しようとした時だった。
『さあ!そろそろ試合開始の時間です!果たして果たして勝利を収めるのはどちらなのか!』
実況のそんな声が耳に入る。どうやら目の正体を探るのは無理みたいだ。
そう判断した俺は諦めたように息を吐いて、構えを取り暁彗を睨む。
対する暁彗も俺と同じ様に構えを取る。その構えに一切の隙は見当たらない。これは厳しい戦いになりそうだ……
俺と暁彗の間にビリビリとした空気が流れる中、
『試合開始!』
試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。
「比企谷君、頑張れー!」
「負けたら許しませんわよ!」
「が、頑張れー」
「……貴女達、彼の応援をするのは良いけど、『覇軍星君』の動きは目に焼き付けなさいよ。『覇軍星君』のデータを集めるのが第一なんだから」
「大丈夫だと思いますよ?それにクロエさんが見てますから」
「ふーんだ。あんな卑怯な人、ボコボコにされるに決まってますよ。ねー葉山先輩?」
「あー、いや、どうだろうね?」
「そうに決まってますよ〜。どんな卑怯な手を使ったのか知らないですけど、あの人の所為で会長と副会長にこってり絞られたんですから」
「まあまあいろは。ヒキタニ君達だけじゃなくて俺達にも反省するべき所もあるんだし」
「あんな最低な人を庇うなんて、葉山先輩は本当に優しいですね〜」
「さて、うちの馬鹿息子はどこまでやれるんだか……」
「それは良いが比企谷、私は仕事中なのだが……」
「相変わらずヘルガは真面目だなぁ。まあ固いこと言うなって!これでも私が学生時代の時は良く喧嘩してた仲じゃん」
「ああそうだな。お前が歓楽街でトラブルを引き起こす度に、私がお前を捕まえに向かうという仲だったな」
「良いじゃん。なんだかんだあんたとの喧嘩や追いかけっこ、疲れるけど楽しかったし」
「それはお前だけで私は全然楽しくなかったがな……!今直ぐ捕まえてやろうか……?」
「おー、怖い怖い」
「いよいよ始まりましたね……」
「そうですね。ちなみに皆さんはどちらが勝つと思いますか?」
「……『覇軍星君』の実力はベールに包まれているから何とも言えないな」
「……私は比企谷が勝つと思う」
「何で紗夜はそう思うんだい?」
「勘」
「私も八幡君が勝つと思う。というより勝って欲しい」
「ふふっ、大丈夫だと思いますよ?誓いのキスもしていたのですから」
「もうクローディア〜」
「……八幡、頑張って」