試合開始のゴングが鳴り響いた直後だった。
(……っ!)
俺と10メートル以上離れた場所にいた暁彗が一瞬で距離を詰めて拳を放ってきた。
狙いは俺の腹、その速度は正に超一流。おそらく冒頭の十二人でも見切れない人間もいるだろう。
だが……
「ぐうっ……!」
腹に当たる直前に俺は左手をパーにして暁彗の拳を受け止める。それによって腕には痛みが走る。
(舐めんな……!確かにあんたの拳も速いし痛いが、こっちも星露の拳をうけまくってんだよ……!)
星露との実戦練習の際に、星露は基本的に開始直後に距離を詰めて拳を放ってくる。あいつの拳を何度も受けたおかげで、暁彗の拳も見切れる事が出来た。
そう思いながら俺は全身から星辰力を放出して
「殴れ、影籠手」
右手に真っ黒ーーー影の籠手を纏わせて暁彗の顔面目掛けて右ストレートを放つ。
すると暁彗は空いている左手で俺の拳を受け止める。それによって両者の腕は封じられている状態となる。
この状況を打破する為には……
「おらぁっ!」
「破っ!」
俺が蹴りを放つと向こうも放ってくる。どうやら考えている事は一緒のようだ。
そう思っているとお互いの足がぶつかり合い……
「ぐっ……!」
俺が後ろに吹き飛ぶ。
当然の帰結だ。単純な身体能力なら向こうの方が遥かに上だ。寧ろ開幕直後の殴り合いは運が良かっただけだし。
(痛ぇなおい……!)
内心舌打ちをしたがら俺は空中で体勢を立て直して……
「纏えーーー影狼修羅鎧」
地面に映る俺の影が地面から起き上がり俺に纏わりつく。
全身が影に覆われたのを自覚すると同時に暁彗がこちらに突っ込んでくるので、俺は迎え撃つとばかりに分厚い鎧に覆われた拳を放つ。
対する暁彗も俺の拳に向けて拳を放つ。すると……
「……!」
「……!」
お互いの拳がぶつかり合い、その衝撃によって桁違いの轟音が生まれ、両者の足元がクレーター状に凹む。
それによって再度腕に痛みが走る。見ると暁彗も若干眉を寄せている事から多少の痛みはあるのだろう。
俺は追撃をかけるべく、
「影の刃群」
自身の纏う鎧から大量の影の刃を出す。その数約150、その全てが暁彗の全身に襲い掛かる。
対して暁彗は至近距離でその全てを防ぐのは無理と判断したのか、俺の拳とぶつけている自身の拳を引いて、後ろに跳ぶ。
それを見た俺は間髪入れずに暁彗との距離を詰めに向かう。圧倒的な強者を相手に様子見は厳禁、とにかく攻める事が重要だ。
そう思いながら走り暁彗との距離を10メートルを切った時だった。後ろに跳んだ暁彗が地面に着地して長さ2メートルくらいの棍を取り出してくる。棍にはマナダイトがない事から煌式武装でない事がわかる。
そして暁彗との距離を5メートルを切って、俺が追撃の拳を振るおうと構えを取ると同時に暁彗が手に持つ棍を振るってきた。
すると……
「……っ!」
いきなり轟音が響いたかと思いきや、いきなり俺の右腕に衝撃が走り、上に跳ね上がる。
(何だ……?今何が起こったんだ?)
疑問符を浮かべるもそれも一瞬で、隙ありとばかりに暁彗が距離を詰めて棍を振るう。すると今度は左腕に衝撃が走り、右腕同様上に跳ね上がる。
そして……
「破っ!」
俺の腹に蹴りを放とうとしてくる。両腕を跳ね上げられた俺には腕を使って防御するのは不可能。ならば……
「はぁっ!」
腹に大量の星辰力を込めて受けて立つ選択を取った。すると、
「……っ!」
腹に圧倒的な衝撃が走り、全身に襲い掛かる。星辰力を込めるのが遅かったらゲロを吐いていただろう。
暁彗の蹴りを食らって3メートルほど後ろに下がる。そして防御の構えを取ると向こうは追撃の構えを見せてこない。こっちのカウンターを警戒したのか?
そう思いながら暁彗の棍を見ると、棍に巻きついていた物が燃えていて、やがて燃え尽き灰になった。俺はそれの正体を知っている。アレは確か……
「呪符……確か名前は刧力符だったか?」
「……いかにも。効果は単純でただ衝撃を放つだけの呪符だ」
前シーズンの王竜星武祭で雪ノ下陽乃がオーフェリアとの試合で使っていたので思い出せた。
今回暁彗は俺の腕に衝撃を放ち、腕の動きを制限してから蹴りを放ったのだろう。シンプルな作戦だが、作戦の実行者が桁違いの実行者だと恐ろしいものと化す。だから先ずはあの棍を暁彗の手から離さないといけない。
そう判断した俺は自身の影に星辰力を込めて……
「湧き上がれーーー影蝿軍」
そう呟くと影から大量の虫ーーー影で作られらた蝿が現れる。その数は千を優に超えている。
「行け!」
俺がそう叫ぶと影蝿は蝿が飛ぶ時に出る不快な音を出しながら一斉に暁彗に襲い掛かる。とは言っても影蝿は相手の集中力を削ぐ技であって殺傷能力はない。
対して暁彗は刧力符を巻きつけている棍を振るう。すると轟音と共に空中に衝撃が走り、一気に100匹近い影蝿を叩き潰し強制的に俺の影に戻す。
しかしまだ900以上の影蝿が残っている。生き残った影蝿は暁彗の耳元に飛んで行き不快な音を出しまくる。
これには無愛想な暁彗も堪らないようだ。不快な表情をしながら……
「急急如律令、勅!」
片手で印を切る。すると暁彗の周囲に業火の壁が噴き上がり、俺の視界から暁彗が見えなくなる。
瞬間、俺は走り出す。前方では影蝿が火に炙られて、そのまま俺の影に戻るかどうでもいい。影蝿はハナから捨て駒だ。
そして俺は炎の壁を前にして……
「おぉぉぉっ!」
無視して壁に突っ込んだ。俺の影狼修羅鎧は炎を防ぐ事は出来ても熱までは防ぎ切れないので全身に熱を感じる。
だが知った事か。ここで躊躇っているようでは奴の棍を奪う事は出来ないのだから。
そう思いながら俺は身体を襲う熱に耐えながら炎の壁を突き破り……
「はぁっ!」
壁を突き破った先にいる暁彗を視界に捉え、手に持つ棍目掛けて渾身の一撃を叩き込む。
影狼修羅鎧による圧倒的な力の一撃。さしもの暁彗でも無理だったようだ。棍は暁彗の手から離れ遥か彼方に飛んで行く。これで厄介な刧力符付きの棍に警戒する必要は無くなったな。
しかしその安堵も束の間、目の前にいる暁彗が蹴りの構えを見せてくる。これは避けれないな……
そう判断した俺は……
「せあっ!」
右拳を強く握り暁彗の顔面に放つ。
防御や回避ではなく迎撃を選択した。暁彗の蹴りに対しては今からじゃ対処出来ないので暁彗にダメージを与える事にした。ダメージを与えなきゃ勝てないしな。
そして……
「クソがっ……!」
「ぐっ……!」
俺の拳が暁彗の顔面に当たると同時に暁彗の蹴りが俺の右足に当たる。それによって暁彗は鼻血を出しながら後ろによろめき、俺は足に衝撃が走って地面に倒れてしまった。
(あの野郎……比較的装甲の薄い足を狙いやがったな……)
影狼修羅鎧は各関節部分と足の部分の装甲は薄い。前者は体を動かしやすくする為、後者は蹴りの速度を落としたくないからだ。
しかし悔しがっている場合ではない。俺は足にかかる痛みを無視して急いで起き上がる。何故なら……
「破っ!」
暁彗が距離を詰めて攻撃しようとしてきているからだ。
暁彗が足を大きく踏み込みながら掌打を放ってくるので、俺の迎撃とばかりに拳を放つ。それによって再度足元にクレーターが出来るが、俺達はそれを無視して攻撃を止めない。
暁彗が踏み込んだ右足を軸に身体を回転させて俺の右足に足払いをかけようとしてくる。
対して俺は影狼修羅鎧の足の裏から影の杭を生み出して地面に突き刺す。それと同時に暁彗の足が俺の足に当たるが地面に影の杭を刺したから足払いは失敗する。
暁彗の攻撃が失敗したのを確認した俺は反撃とばかりに拳を放つ。
しかし拳が暁彗に当たる直前に、
「急急如律令、勅!」
暁彗が片手で印を切る。
それと同時に俺の拳が暁彗にに直撃したーーーかに見えたが、同時に暁彗の姿は陽炎のように揺らいで消えた。
俺はこれを知っている。これは確か……
(俺が初めて星露と戦った時に使った技、そうなると……)
俺が顔を上げると空中から10人の暁彗が虚空から現れて、一斉に俺に襲いかかってくる。
流石星露の一番弟子だけあって行動パターンも似てるな。だが……
「その対策は出来てんだよ……影の刃軍」
鎧の全身から400の刃を出して、その内300の刃を10人の暁彗に向けて攻撃した。未だに幻術を見抜くのは無理なので本物を見抜くにはこれしかない。
するとその内の1人の暁彗が腕を振って影の刃を破壊した。それと同時に他の暁彗9人が消えた。どうやらあいつが本物か……
以前星露と戦った時は影の刃を破壊している星露に直接右ストレートをぶちかましたが……
「捕まえろ!」
今回は確実に攻撃を当てる。
そう思いながら俺は残った100の影の刃を本物の暁彗に向けて飛ばし、両腕両足に巻きつくように攻める。
暁彗は再度迎撃として腕を振るって影の刃を破壊する。しかし……
(隙が出来た、今なら……!)
そう思いながら俺も高くジャンプする。いくら暁彗でも空中で100の刃を破壊している時なら隙がある。
そう確信した俺は暁彗に向けて拳を放つ。
しかしその直後、俺の拳が暁彗の顔面に当たる直接の事だった。
「急急如律令、勅!」
暁彗が片手で印を切る。すると……
「……っ!」
「がはっ……!」
自身の拳に暁彗の顔面の感触を感じると同時に、いきなり足に衝撃が走る。
(下だと?暁彗は横にいるのに?)
痛みによる苦しみを感じながら下を見ると、地面が棘状に隆起していて、俺の足に当たっていた。
(これも星仙術かよ……何て奥が深い……!)
星仙術の汎用性に舌を巻きながら地面に着地する。正面では暁彗も地面に着地してこちらを見ている。
今のところ互角。現在、俺達は倒れるほどではないが軽くない傷を負っている。これが暫く続けばお互いに重傷を負って勝敗が決まるだろう。
しかしそうなった場合俺が勝つかもしれないし、暁彗が勝つかもしれない。勝負だから勝ち負けは絶対ではない事は理解出来るが、その場合リスクのデカイ博打だ。
勝つ為にはこっちが主導権を握って、そのまま押し切るのがベストだ。
(互いにダメージは軽くはないが戦闘には支障はない。力は殆ど同じで、防御力はこっちが上、速度は向こうの方が上だな)
技術は星仙術と能力なので明確に差が付けるのは不可能だから除外する。
(しかしどうしたものか……?)
影狼修羅鎧だけだと勝つのは厳しい。影狼神槍は軌道力の高いの暁彗に当てるのは不可能。
影神の終焉神装は命を削らずノーリスクで使える時間は1分ちょいなので制限時間が1分を切ってからーーー制限時間は後6分なので、後5分してから使うつもりだ。
しかしそれまでにダメージを受け過ぎると、ノーリスクで影神の終焉神装を使える時間が短くなる。
そこまで考えた俺は1つの結論を出した。
(仕方ない……対人戦闘は初めてだが新技を使うか……)
アレは影狼修羅鎧以上に攻撃タイプの技なので戦局を変えるのに向いているだろうし。
そう判断した俺は目の前で構えを取っている暁彗を見据えながら、影狼修羅鎧の上に星辰力を込めて……
「纏えーーー影狼夜叉衣」
そう呟いた。
同時刻……
「よし!行けー!」
「その調子ですわ!ファイトですわ比企谷さん!」
「……でも、相手も強い」
「……そうね。まさか『覇軍星君』の実力とは思わなかったわね」
「そうですね。優勝を目指す以上彼も倒さないといけないですね」
「わかってはいたけど、星武祭で優勝するのは荊の道ね……」
「な、なんですかあれー!どうせマグレに決まってますー!それかズルしたんですよー!!ねー葉山先輩」
「い、いろは……それは……」
「だってあの人、文化祭でも最低な事をしましたし、うちの会長達を唆したんですよ?ズルしたに決まってるじゃないですかー?」
「あー……ま、まあそうかもしれないね……」
「まさか大師兄の実力がこれほどとは……」
「そして大師兄と互角に戦っている『影の魔術師』もやるねー」
「これが大師兄の本気……!」
「師父の如き強さ……!」
「ふーん。比企谷君も王竜星武祭の時よりも数段強くなってるね」
「うち、今から次の王竜星武祭で八幡と戦うのが楽しみやわぁ」
「ほっほ!流石八幡じゃ。やはりあやつが欲しいのぉ……そうじゃ!虎峰!」
「はい師父、何でしょうか?」
「おぬし、確か獅鷲星武祭で優勝した際の願いについてじゃが、確か無いと言っておったかのう?」
「え?は、はい。特に願いは無いですが……」
「では虎峰。もしもおぬし達が優勝した場合、そのときまでに願いが無かったら、八幡を界龍に転校する願いにしてくれんかのぉ?そうすれば儂は毎日八幡と戦える」
「え………えぇぇぇぇ?!」
「さてさて……今の所は互角か」
「お前の息子も中々良い動きだな。とはいえ、今のままでは五分五分だな」
「まあ何とかするでしょ。うちの馬鹿息子、何だかんだ頭がキレるし」
「馬鹿息子なのに頭がキレるのか?……というか酒を飲むな!周りの客に迷惑をかけるな!」
「えー?別にここ飲酒禁止じゃないし。ヘルガも飲もうぜ〜」
「勤務中だ馬鹿者!」
「す、凄い戦いですね……!」
「ああ。獅鷲星武祭では『覇軍星君』、王竜星武祭では比企谷……グランドスラムを目指す私としては両者とも高い壁だな」
「ここで『覇軍星君』のデータが取れたのは良かったです」
「そうだね。もしもデータを取れない状態で彼がいるチームと当たったら……」
「……想像するだけでも嫌」
「八幡君……厳しいかもしれないけど頑張って……!」
「……八幡なら必ず勝つ。頑張って」