学戦都市でぼっちは動く   作:ユンケ

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番外編:比企谷八幡のいない中、恋人2人は……(後編)

ショッピングモールの中にある喫茶店の周囲は人が100人以上いるにもかかわらず静寂に包まれている。それによってショッピングモールに流れる音楽が大きく響いている。

 

喫茶店の中にいる人間も周囲にいる人間も、喫茶店の中のある一席、より正確に言うとその席の近くに立っている1人の少女を見ている。

 

その少女は世界で最も有名な人物と言われている少女だ。

 

稀代の歌姫にして世界の頂点に立つ史上最高のアイドル

 

クインヴェール女学園の生徒会長にして不動の序列1位

 

前シーズンの王竜星武祭の準優勝者

 

その名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルヴィア・リューネハイム……!」

 

何処からともなくそんな声が聞こえる。

 

その声には驚愕の色が混じっているが、オーフェリアは当然の事だと判断した。

 

(……それにしても、シルヴィアは本気で怒っているわね)

 

第三者からしたらそこまで怒っているようには見えないが、ずっと一緒にいるオーフェリアからしたらシルヴィアがかなり怒っている事が直ぐに理解出来た。

 

そう思いながらオーフェリアはシルヴィアを見ると、八幡を侮辱していた亜麻色の髪の女子やガラードワースの女子生徒らは呆気に取られた表情を他の人同様に浮かべている。

 

そしてそんな中シルヴィアの口が開く。

 

「それで?さっき君は八幡君が卑怯な手を使って『覇軍星君』を倒したって言ったけどさ、何を根拠にそう言ったのかな?」

 

シルヴィアがそう口にするとガラードワースの女子生徒らは再起動してシルヴィアから目を逸らす。しかしシルヴィアはその内の一人、亜麻色の髪の女子からは目を逸らさない。

 

亜麻色の髪の女子……一色いろはは居心地が悪そうに身を捩るがシルヴィアは目を逸らさずに一色を見続ける。

 

「私もあの試合を見たけど、八幡君が卑怯な手を使っているとは思わなかった。もし君が八幡君が卑怯な手を使ったって言うならどんな手を使ったのか教えてくれないかな?」

 

「え、えーっと、それは……」

 

一色は口籠る。当然だ、元々彼女は自身の所属する学園の生徒会長に叱られた鬱憤を八幡を侮辱する事で晴らそうとしていただけなのだから。

 

まさかシルヴィア・リューネハイムのように有名人がこんな場所に居て自分の話を聞いていると思わなかった一色は冷や汗をダラダラと垂れ流す。

 

「えっと……それは……」

 

一色はしどろもどろな事しか口に出来ない。そんな彼女を見てシルヴィアはため息を吐く。

 

「……その様子じゃ八幡君を貶す為に言ってみたいだね」

 

シルヴィアの口調は穏やかだ。しかしシルヴィアの話を聞いている人はその口調の奥に強い怒りの色が混じっている事を理解した。

 

しかし人々はそれと同時に彼女がそう言って怒るのも仕方ないとも理解した。

 

前シーズンの王竜星武祭準決勝で比企谷八幡とシルヴィア・リューネハイムは戦ったが、あの試合は長い星武祭の歴史の中でも10本の指に入るくらい人気のある試合である。

 

世界で最も万能と評される魔女と世界で最も多彩と評される魔術師の戦いは、どちらが勝ってもおかしくない試合で見る者全てを興奮させたのだ。

 

そしてその試合の当事者からしたらもう1人が貶されていたら怒るのは必然だろう。

 

周囲の人が一色に侮蔑の眼差しを向ける中、シルヴィは……

 

「別に君が彼をどう思うのかは自由だけどさ、口に出すのは止めてくれないかな?私からしたらライバルがデマによって馬鹿にされるのは凄く嫌な気分になるから」

 

そう言って一色達ガラードワースの生徒に背を向けてオーフェリアの方を向く。

 

「ゴメンねオーフェリア。正直気分が悪くなったから店を出ない?」

 

シルヴィアが手を合わせ申し訳なさそうにしながらそう口にする。対してオーフェリアは……

 

「……そうね。でもその前に」

 

シルヴィアに了承の意を示すと同時に立ち上がり、シルヴィア同様にヘッドフォンを外す。するとオーフェリアの髪が栗色から真っ白になって……

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 

一色は青い顔を更に青くしながら悲鳴をあげる。そして一色と一緒にいたガラードワースの女子生徒を始め周囲でシルヴィアを見ていた野次馬達は戦慄した表情を浮かべる。

 

それも当然の反応であろう。まさかシルヴィア・リューネハイムの連れが世界最強の魔女だとは誰も予想出来る筈もない。

 

オーフェリアはそんな反応を無視してシルヴィアの横に立つ。そして一色に殺意の籠った瞳を向け……

 

 

「……馬鹿は死ななきゃ治らないって言うけど、どうやら本当みたいね。いい加減八幡を侮辱するのは止めてくれないかしら?次貴女が八幡を侮辱するのを聞いたら星脈世代から普通の人間にするわよ」

 

そう口にしながら手を向ける。

 

「えっ……あっ……!」

 

それによって一色は怯えながらテーブルの下で失禁してしまう。オーフェリア個人としてはここで彼女の息の根を止めたいのが本音だが、そうした場合シルヴィアにも迷惑がかかったり、八幡の命令に背く事になるので手は出さない選択を選んだ。

 

オーフェリアは一色が失禁している事に気付く事なくため息を吐いてシルヴィアに話しかける。

 

「……もう出ましょうシルヴィア。少し人が集まり過ぎてるわ」

 

そう言いながら辺りを見渡すと、いつの間にか野次馬の数は増えていてその数は300を超えているだろう。これ以上集まると色々面倒そうである。

 

「そうだね。行こうオーフェリア」

 

そう言ってシルヴィアが頷くと2人はゆっくりと一色らから身体を逸らして喫茶店を後にした。前には沢山の人が居たが2人が近寄るとモーセが海を割るかのように左右に開いたので、2人は遠慮なく真ん中を通過して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

「ふぅ……」

 

「……休憩目的で喫茶店に入ったのに余計に疲れたわ」

 

ショッピングモールの屋上で再度変装をしたシルヴィアとオーフェリアは大きくため息を吐いた。

 

アレから2人は変装を解いたので周囲から見られまくったが人が余り使わない隅っこ手洗いに逃げて再度変装をした。それによって漸く騒ぎは収束した。

 

しかしそれは表面上の話だ。

 

2人はまだ知らないがネットでは既にシルヴィアとオーフェリアが一緒にショッピングモールで買い物をしている事で話題となっている。

 

また喫茶店での揉め事も誰かが記録したらしく、『ガラードワースの生徒がシルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンを怒らせた』とタイトルの動画が動画投稿サイトにupされて、5分もしないで再生回数1000万回を突破した。

 

ちなみにこの動画を見たクインヴェール女学園理事長ペトラ・キヴィレフトと聖ガラードワース学園生徒会副会長レティシア・ブランシャールは胃に痛みが発生して胃腸薬を大量に買ったのは言うまでもないだろう。

 

閑話休題……

 

「それにしてもシルヴィアが私より早く突っかかるなんて思わなかったわ」

 

オーフェリアはそう口にする。

 

「まあね。八幡君が卑怯呼ばわりされたのは我慢出来なくてね」

 

シルヴィアは膨れっ面をしながらオーフェリアの言葉に頷くのでオーフェリアも同じように頷いた。

 

実際オーフェリアも八幡が侮辱された時は我慢出来なかったのだから。彼が卑怯だと言うなら自分やシルヴィア、武暁彗と相対してみろと思ったくらいだ。

 

「……それは私も同感よ。それよりこれからどうするの?帰る?」

 

オーフェリアがそう尋ねると、それと同時にシルヴィアの端末が鳴り出した。シルヴィアはポケットから端末を取り出して空間ウィンドウを開くとバイザー姿の女性が映っていた。

 

「あ、ペトラさん。どうしたの?」

 

『どうしたのじゃありませんよシルヴィア。先程ネットを見ましたが、貴女は無闇に正体をバラさないでください』

 

それを聞いたシルヴィアは途端に苦い表情になる。まるでイタズラがバレた子供のような表情だった。

 

「あー、ゴメンね。でもライバル扱いしたから彼女だとは思われないと思うよ?」

 

『ええ。動画を見る限り仲が良いとは思われるかもしれませんが恋人とは思われないでしょうね。もしもこの件に関してマスコミが来ても……』

 

「わかってるわかってる。否定すればいいんでしょ?……嫌だけど」

 

『シルヴィア……』

 

それを聞いたペトラは呆れた表情を浮かべるもシルヴィアは表情を変えない。

 

「だって嘘とはいえ、八幡君との恋人関係を否定したくないんだもん」

 

『我慢しなさい。それが出来ないなら約束通り彼と別れ「絶対に嫌。八幡君と別れるくらいなら死んだ方がずっと良い」……ならわかってますね?』

 

「わかってるよ。もしも今後質問が来たらハッキリと否定するよ」

 

『結構。それと場合によってガラードワースの方とも話をするかもしれませんので』

 

そう言ってペトラは通話を切ったのでシルヴィアは端末をポケットにしまった。

 

「……アイドルも大変ね」

 

「まあね。まあ仕方ないって事で割り切るしかないよ」

 

「……そう。でもシルヴィア。もしも世間に私達の関係が知られてクインヴェールが私達を引き裂こうとしても死なないで。貴女が死ぬなんて私も八幡も望んでいないわ」

 

これはオーフェリアの本心だ。当初は八幡を奪われないか危惧していたが、3人で恋人関係になってからはオーフェリアにとってシルヴィアは八幡同様かけがえのない存在となっている。シルヴィアが死んだら自分は悲しむだろうとオーフェリアは確信していた。

 

それを聞いたシルヴィアは若干目を見開いて驚きを見せるが、直ぐに優しい笑顔を浮かべる。

 

「……うん。ありがとねオーフェリア。そう言ってくれて嬉しいな」

 

「……別に。もしもバレて向こうが引き裂こうとしたら、私が王竜星武祭で優勝して願いを使って邪魔する連中を叩き潰すわ」

 

そう言いながらオーフェリアはポケットから待機状態の『覇潰の血鎌』の発動体を取り出して手の中で遊ばせる。その事からオーフェリアが本気で実行しようとする事をシルヴィアは理解した。

 

「まあそれ以前の話としてバレないように最善を尽くすよ。バレたらその時に考えるよ」

 

「一応聞いておくわ。もしもバレても別れるつもりはないわよね?」

 

「当然」

 

「……ならいいわ。八幡には貴女が必要なのだから」

 

「それはオーフェリアもだよ」

 

 

そう言って2人は軽く笑い合う。その顔には幸せの感情しか映っていなかった。

 

ショッピングモールの屋上から聞こえる2人の笑い声は暫くの間辺りに響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

シルヴィアは元気よく自宅に帰宅した。それに続くかのようにオーフェリアが静かに家に入った。

 

屋上で軽く笑い合ってから6時間、2人は当初の予定だった甘い物巡りをして、治療院に行ってスタッフに対して手術成功のお守りを八幡に渡すように頼んだり、ウルスラの見舞いに行ってから外で夕食を食べて帰宅したのだ。

 

「……今日は八幡がいないから嫌な日だと思っていたけど、結構楽しかったわ」

 

「そうだね。明日は朝一で八幡君のお見舞いに行こうね。成功してればいいんだけど」

 

「きっと大丈夫よ。仮にもしも失敗したなら私達が八幡の左手になって支えればいいのだから」

 

それを聞いたシルヴィアは笑顔で頷く。

 

「……うん。そうだね。私達は八幡君の隣で支えないとね」

 

「ええ。今日は明日に備えて早く寝ましょう。私結構疲れたわ」

 

「私もちょっと疲れたな。今日はシャワーだけでいいや。オーフェリアは?」

 

「私もシャワーだけで良いわ。シャワーを出たら直ぐに寝ましょう」

 

オーフェリアはそう言うとシルヴィアと一緒に自室のクローゼットから下着と寝巻きを取り出して風呂場に向かう。

 

風呂場に着いた2人は服を脱いで下着姿になる。シルヴィアは清楚なレース付きの白い下着で、オーフェリアはシンプルな薄い水色の下着を着けていた。

 

「………確かに大きくなってるね」

 

シルヴィアがオーフェリアの胸を下着越しに見ながらそう呟くと、オーフェリアは顔に熱が溜まり始めるのを理解した。

 

「……恥ずかしいから言わないで」

 

「ごめんごめん。でも良いなぁ。八幡君はおっぱい星人だから私も大きくなりたいなぁ」

 

シルヴィアは不満そうにそう呟く。2人は八幡が巨乳好きだという事を知っている。今は全て破棄したが八幡の持っていた成人向け雑誌や映像データでは巨乳モノが多かったからだ。

 

しかしオーフェリアは笑顔で首を横に振る。

 

「……大丈夫よシルヴィア。八幡の1番好きな胸は私とシルヴィアの胸なのだから」

 

「そうなの?」

 

「ええ。前学校で昼食を食べている時に八幡に『八幡は巨乳好きだから胸を大きくした方が良いのか』って聞いたら『確かに俺は巨乳好きだが1番好きな胸はお前とシルヴィの胸だ』って言っていたから」

 

「そ、そっか……えへへ」

 

それを聞いたシルヴィは顔を赤らめながらニヤける。好きな人が1番好いている胸は自分の胸と言われて嬉しい感情が生まれたからだ。

 

「……ええ。だから無理して大きくするなんて事は考えない方が良いわよ」

 

「そっか。うん、そうだね。ありがとう。それじゃあ入ろっか。今日は八幡君に変わって洗ってあげるね」

 

「……お願い。私もシルヴィアの身体を洗う?」

 

「うんお願い。それじゃあ……」

 

「……ええ」

 

2人は軽く笑い合いながら風呂場に入った。

 

そしてその後2人はお互いに身体の隅から隅まで洗いあって、風呂場に嬌声が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ電気を消すわね」

 

風呂から出た2人は寝巻きを着て、いつも3人で寝るベッドの上に乗る。

 

「うん、お願い」

 

シルヴィアがそう言うとオーフェリアは電気のスイッチを押す。すると部屋の電気は消えて、部屋は月明かりが照らされ薄暗い状態となった。

 

電気を消したオーフェリアはシルヴィア同様に布団を掛けるも……

 

 

「……何か大切な事を忘れている気がするわ」

 

そう言ってもどかしい気持ちになる。理由はわからないがいつもと違う感じにオーフェリアは戸惑っていた。

 

するとシルヴィアが口を開ける。

 

「多分アレだよ。お休みのキスをしてないからだと思うよ」

 

仕事でアスタリスクの外によく行くシルヴィアはこのもどかしさを何度も経験しているから知っているが、毎日お休みのキスをしているオーフェリアはシルヴィアの意見に納得した。

 

「……なるほど。間違いなくそれだわ。それにしてもシルヴィアは良く耐えているわね」

 

オーフェリアはシルヴィアに畏敬の眼差しを向ける。八幡とのお休みのキスを1ヶ月以上もお預けだなんてオーフェリアからしたら拷問よりも地獄である。

 

「……何とかね。だからアスタリスクに帰ってきた時はいつも歯止めがかからなくて八幡君に甘えちゃうんだよね」

 

「……そう。それにしてもこれはキツいわね。何とか出来ないかしら?」

 

オーフェリアは苦痛に塗れた表情を浮かべる。するとシルヴィアは……

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……今日は私とする?」

 

オーフェリアにそう尋ねる。

 

「……え?」

 

「だから今日は八幡君とじゃなくて私としない?別に私達はもうキスをしてるんだし」

 

実際2人は既にキスをしている。夜八幡と夜の営みをする際に、理性を失った八幡が2人の百合を見たいと要求してくる時もあり、その時に2人はキスをした事もある。

 

だから……

 

「……じゃあお願いして良いかしら?」

 

オーフェリアはシルヴィアの提案を受けた。オーフェリア自身お休みのキスをしないと寝れないと判断したからだ。

 

(それに……シルヴィアとのキス、悪くないし)

 

しかしオーフェリアはそれは恥ずかしいので口にしない。

 

「もちろん。じゃあ……」

 

そう言ってシルヴィアは目を閉じて顔を近づけてくる。それに対してオーフェリアはシルヴィアの肩を掴み同じように顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「んっ……」」

 

そっと触れるだけのキスをする。2人の吐息が互いの顔に当たりくすぐる。

 

2人はゆっくりと離れてお互いの顔を見て……

 

 

 

 

 

「お休み、シルヴィア」

 

「うん。お休み、オーフェリア」

 

互いに笑顔を見せてから抱き合って眠りについた。


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