「ヴァルダ……!」
目の前にいる相手ーーーヴァルダを視界に入れた瞬間、俺は後ろに跳び自身の影に星辰力を込める。
(何でこいつがここに……!シルヴィに連絡……いや、こいつを前にそんな事をする余裕はない……!)
一度軽く手合わせをしたが奴のネックレスは危険だという事は理解している。その上もしもヴァルダがシルヴィの師匠であるウルスラ・スヴェントなら体術も相当に優れている筈だ。
こいつの前でシルヴィに連絡なんてして隙を見せたら即座に潰されるだろう。
そう判断した俺はシルヴィへの連絡を諦めて目の前で佇んでいるヴァルダを見据える。
対するヴァルダは特に戦闘体制に入っていない。様子見なのか俺ごとき何時でも潰せると思っているのかは判断出来ない。
とりあえず少し探ってみるか。
「ようヴァルダ……元気そうで何よりだぜ」
俺が話しかけると予想に反して向こうも口を開ける。
「そうでもないな。以前貴様に付けられた傷を見る度に忌々しい記憶を思い出す」
そう言ってヴァルダはロープに隠れていた右手を見せてくる。その右手には大きな傷が付いていて見るからに痛々しい。以前俺がシルヴィを助ける為に放った影狼神槍による傷だろう。
(ヤベェ……いくらシルヴィを助ける為とはいえ、シルヴィの師匠の腕に消えない傷を付けちまったよ)
ヴァルダからウルスラさん本人を取り返したら土下座をしないといけないようだ。
「そうかい。んで俺に何の用だ。こっちも暇じゃないんでな手短に頼む」
俺がそう口にするとヴァルダも口を開ける。
「いやなに、珍しく范星露が表に出たので我々の計画に勧誘しようと向かっていたらお前に会ってな。そのついでにお前も勧誘しておこうと思っただけだ」
星露?……ああ、確かあいつ裏でグラン・コロッセオに関わっていると噂されていたがどうやらマジなようだな。
にしてもあいつを勧誘するのは止めた方が良いと思うぞマジで。引っ掻き回すのが目に見える。
しかし俺を勧誘すると言ってくるとは予想外だ。オーフェリアを奪った俺を?
一瞬だけ疑問に思ったが直ぐに理解した。おそらく向こうの本当の狙いはオーフェリアだろう。
俺から見てもオーフェリアはかなり俺に依存していると思う。俺がヴァルダの仲間になればオーフェリアも付いてくると考えたのだろう。
事実、その案は間違っていないと思う。シルヴィはともかく、オーフェリアは俺が行くと言ったら付いてくるだろう。
だが……
「話にならねぇな」
一蹴する。俺がこいつら、ディルク達と組むなんて絶対にあり得ない。少なくともシルヴィは俺とオーフェリアがこいつらと組んでも絶対に組まないだろう。その時点で論外だ。
そして何より俺自身、オーフェリアやシルヴィに対して危険な事に巻き込みたくないからな。
俺がヴァルダの勧誘を蹴ると当の本人は……
「だろうな。それが普通の反応だ。だから……」
ヴァルダが一息吐いた次の瞬間だった。
「ぐっ……」
ヴァルダの首にあるネックレスの意匠が黒い輝きを放つと同時、俺の頭に猛烈な頭痛が襲いかかる。
気を失いそうな程の痛み、昨日戦った暁彗の拳とは別ベクトルでヤバい痛みによって膝をついてしまう。
するとヴァルダは俺に近寄って
「貴様を洗脳して我らの仲間にする。そうすればオーフェリア・ランドルーフェンも再び我らの物になるだろうからな。貴様個人も優秀な人材であるからな」
……野郎!ハナから断るのを理解して力づくで俺を勧誘するって訳か……!
(冗談じゃねぇ!あいつを、オーフェリアをまた自由のない世界に行かせてたまるか……!)
あいつを自由のない世界に戻すのだけはあってはいけない。最近になってオーフェリアは笑うようになって楽しい時間を過ごしているのだ。それを俺の弱さが原因で失わせる訳にはいかない……!
俺は内心喝を入れ、頭に走る痛みを無視して後ろに跳びヴァルダのネックレスから放たれる黒い輝きから逃れる。
奴との距離は約10メートル。倦怠感は若干あるもののそれだけでかなり楽になった。あの力の有効範囲はかなり短いようだ。
なら距離を取らせない。俺は自身の影に星辰力を込め……
「影の刃軍」
自身の影から100を超える刃をヴァルダに向けて放つ。狙いは奴の両腕と両脚だ。殺したらシルヴィを悲しませるかもしれない故だ。
対するヴァルダは黒い光を両手に集約させる。すると直ぐに巨大な扇子へと形を成す。
そしてヴァルダがそれを振るうと辺りに衝撃が襲いかかり影の刃軍は全て吹き飛ばされた。
しかしそれは予想済みだ。シルヴィの師匠である以上この程度で倒せるなんて微塵も思っていない。
だから……
「啄め、影鴉」
再度影に星辰力を込め影の鴉を召喚して、今度はヴァルダの上下前後左右ありとあらゆる方向から攻める。
対してヴァルダは……
「無駄だ」
扇子を分解したかと思いきや、周囲に黒い輝きを放ち影鴉を一瞬で吹き飛ばす。
舐めている訳ではない。俺の狙いは……
「はぁっ……!」
腰からナイフ型煌式武装黒夜叉を抜いてヴァルダに投げ放つ。狙いはヴァルダの首、より正確に言うとヴァルダの首に付けてあるネックレスの紐の部分だ。
向こうも俺の意図に気付いたのか目を見開きながらも回避する。
「……なるほど、初めから狙いはこれだったか。だが、一度失敗した以上無理だと思え」
そう言ってこちらを警戒するような構えを取る。ちっ。奴からあのネックレスを奪えればどうにか、少なくとも例の黒い輝きは使えなくなったかもしれなかったのに……
さて、どうするか……とりあえず時間を稼げばシルヴィやオーフェリアが俺を探しに来るかもしれん。幸い今俺がいる場所はシルヴィ達がいるクインヴェール生徒会用観覧席は同じ階層にある。もしシルヴィ達が探し始めたら合流出来るだろう。
そう思っているとヴァルダが口を開ける。
「解せぬな。先程から分厚い鎧や我を傷つけた槍も使わないが……我を舐めているのか?それでは勝てないぞ」
まあ我としてはそれで構わないが、と言ったのを聞いて内心舌打ちをする。
(使わないんじゃなくて使えないんだよ。まあ、バレたらヤバいから口にはしないが)
今の俺のコンディションは昨日の暁彗との戦いで身体はまだ軋む上、星辰力も回復しきっていないので万全じゃない。よって影狼修羅鎧を始め、影狼夜叉衣に影狼神槍、影神の終焉神装も使えない。
いや、影狼修羅鎧と影狼夜叉衣は使えないこともないが、使っても1分以上は使えないだろう。しかも使ったら星辰力は殆ど0になり負けて洗脳されるだろう。博打にしては少々リスクが高過ぎる。
しかしだからといって今の状態で戦っても勝てないのは明白だ。奴の言う通り本気じゃない万全の状態でない俺が勝つのは無理だろう。
だが引くつもりはない。鳳凰星武祭以降ヴァルダの調査はしているが、今日まで全くと言って良いほど情報が入らなかったのだ。ここで逃すと次に何時会えるかわからない以上逃したくない。
(てかそれ以上に逃げられる気がしないんだけどな)
奴の実力からしてそう簡単に逃げられる訳はない。影の中に逃げようにもその前に攻撃を食らう可能性があるし。
(……こうなったら引き気味に戦ってクインヴェールの生徒会用観覧席まで誘導して3人がかりで挑むか?)
恋人2人に頼むのは情けないかもしれないがそれが今の俺が取れる最善の策だろう。特にオーフェリアの毒、相手の身体や星辰力に干渉する毒があればヴァルダからウルスラさんを取り戻せる可能性もあるし。
となると問題は……
(どうやって誘導するか、だな……)
奴もバカではない。途中で絶対に誘導に気がつくだろう。そうなったら2度と誘導は出来ないだろう。
そう思いながらヴァルダを見る。向こうも色々と手を考えているようだ。
……仕方ない。ここは一気に誘導しないでとにかくゆっくり、ほんの少しずつ誘導しよう。
手持ちの武器は殺傷能力のない超音波弾を放てるレッドバレットだけ。黒夜叉はさっき投げたから手元にはない。結構厳しいな……
そう判断した俺は自身の影に星辰力を込めて
「影の刃軍」
そして……
「影の鎖」
自身の影から影の刃軍と鎖を出して時間差でヴァルダに放つ。それと同時に腰のホルスターからレッドバレットを抜いてヴァルダに向ける。
「小賢しい」
ヴァルダはそう言って再度黒い輝きを両手に集約させて巨大な扇子を作り振るう。すると案の定、影の刃軍は全て破壊される。
しかし影の刃軍は破壊されても影の鎖は時間差で攻めたから壊れてはいない。
扇子を振り切って隙が出来ているヴァルダの両手足に一直線に向かって飛び、そのまま拘束する。
「ちっ……小細工を」
ヴァルダは舌打ちをして鎖を引きちぎろうとする。鎖からはミシミシと音が聞こえてくる。シルヴィの師匠の身体を持っているヴァルダなら簡単に破壊できるだろう。
しかし破壊するまでに少しの隙があるので俺は手に持つレッドバレットの引き金を10回引く。いくら射撃能力が高くない俺でも動きが止まっている標的には当てられる。
よって俺が放った弾丸は全てヴァルダに当たり、若干不快そうな表情を見せてくる。
(やっぱり10発じゃ足りない……後2、30発くらい当てないと戦闘に支障が出ないだろうな)
レッドバレットの超音波弾の威力はフェアクロフ先輩のダークリパルサーに比べて格段に低い。10発当てて乗り物酔いくらいのダメージしか与えられない。
相手の動きを止めるにはもっともっと打ち込まないといけないだろう。
そう思って改めて銃口をヴァルダに向けるも、それと同時にヴァルダが両手足の動きを止めていた影の鎖を引きちぎった。
それと同時に再度影に星辰力を込めようとした時だった。
(早っ!?)
ヴァルダが瞬時に俺との距離を詰めて蹴りを放ってくる。その速度は瞬間移動としか思えない。シルヴィ以上の速さだ。
俺は腕でガードするも、腕に圧倒的な衝撃が走る。パワーも一級品かよ!星露との訓練が無かったら先ず負けていたな。
そう思いながら俺は反射的に蹴りを放とうとするが……
「ぐうっ……!」
頭に激痛が走り動きが鈍ってしまう。見るとヴァルダの首にあるネックレスが黒い輝きを放っていた。
(しまった……!奴の体術に危険性を感じて反射的に反撃しちまった……!)
ヴァルダのネックレスは射程が短いのは知っているので距離を詰められるのは厳禁である。
わかってはいたが、奴の体術を前にして下手な後退は悪手と思ってつい反撃をしてしまった。ここは多少のダメージを覚悟してでも後退するべきだったのに……!
そして動きが鈍った俺の隙を目の前にヴァルダが見逃す筈もなく……
「かっ……!」
俺の鳩尾に拳を叩き込んできた。しかも昨日暁彗に殴られた箇所を。
余りの激痛に気が飛びそうになったが、ヴァルダの拳によって吹き飛ばされた俺は壁に激突した痛みによって気絶するのを免れた。
しかし余り意味はないだろう。何故なら……
「……どうやら本当に全力を出せないようだな」
ヴァルダが既に俺の目の前にいるからだ。一応身体は動かせるが動こうとしたらヴァルダは即座に潰しに来るだろう。
そう思っている時だった。
「ぐうぅぅぅっ……!」
更に頭の中に強い痛みが襲ってくる。まるで頭の中をかき乱しているようで考える事すら至難の技である。
そんな中ヴァルダは俺に手を向けて……
「さて……余り時間に余裕もないし今の内に洗脳をしておくか。オーフェリア・ランドルーフェンについては後日引き入れよう」
そう口にしてくる。
それを聞いた俺は反射的に立ち上がろうとする。それだけはダメだ。オーフェリアをあんな場所に戻してなるものか。絶対に……!
しかし根性論だけではどうにもならず、立ち上がろうとするも更に激しい頭痛がして感覚が無くなってきた。
(畜生……ここまでか……!)
そう思った次の瞬間だった。
「何してんだ、あぁん?」
後ろからドスのきいた声が耳に入ると同時に俺の真横に一陣の風が吹いた。
そして……
「がはっ……!」
轟音とヴァルダの呻き声が聞こえ、間髪入れずに頭から頭痛が消える。まだ倦怠感は残っているが凄く楽になっていた。
頭痛が消えた事に安堵しながら正面を見ると2つの人影があった。
1つは先程まで相対していたヴァルダ。殺意の混じった目をこちらに向けていた。
そしてもう1つは……
「人の息子に手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇの?殺すぞクソジャリ」
俺の知る限り、世界で一番恐ろしいと思う女性、すなわち俺の母親が殺意を剥き出しにしながらヴァルダと向き合っていた。