俺は今呆気に取られている。
理由は簡単。宿敵であるヴァルダと相対して、その際に洗脳されそうになったが予想外の人物が助けてくれたからだ。
その人物は……
「お袋……?!」
俺の母親である比企谷涼子だった。しかしいつものように怠そうな雰囲気は微塵も出しておらず、殺意を剥き出しにしながらヴァルダを見ている。
「よう馬鹿息子。覇軍星君と戦ったり女装したり、妙な奴と戦ったりと中々学園祭を楽しんでるみたいじゃん」
お袋は俺の方を見ずにそう言ってくるが……
……ちょっと待て。女装したりって……もしかしてバレたのか?!
最悪だぁぁぁぁっ!よりによって親にバレるとか死ねるわ!しかもお袋にバレたって事は小町にもバレてるかもしれない!マジでどうしよう……
(って、それに関しては今は後回しだ)
女装については何とかして誤解を解くつもりだが今は後だ。
「……お袋は何でここにいるんだ?」
先ず第一に気になった事を聞く。俺はお袋から学園祭に行くなんて連絡を受けてないし、こんなVIP専用の観覧席が多い階層で偶然会うとは思えない。
「ああ。さっき一般用の観覧席で空いている席を探してたら、専用の観覧席にいるシルヴィアちゃんに見つかったみたいで一緒に見ませんかって連絡が来たんだよ。そんでその階層に行ったらあんたがあのクソジャリと戦ってピンチになってたって訳」
ヴァルダをクソジャリ呼ばわりって……やっぱりお袋怖過ぎる……
そう思っているとヴァルダが視線を俺からお袋に向ける。
「そこをどけ。用があるのは比企谷八幡であって貴様ではない。洗脳の邪魔をするな」
「あん?だったら私を倒してから洗脳するんだな」
お袋はヴァルダに低い声でそう返す。その身体からはビリビリとした威圧感が放たれていて、思わず喉を鳴らしてしまう。
(マジかよ……お袋の威圧感からして暁彗やシルヴィより遥かに強いぞ……!)
初めて見る本気のお袋の威圧感。あのヘルガ・リンドヴァル隊長とやり合える実力というのはマジみたいだ。
「お袋……多分奴のネックレスは頭や精神に干渉するタイプの純星煌式武装だ。射程距離が短いのが欠点だが、あいつの身体はシルヴィの師匠でハイスペックだから気を付けろ」
「……シルヴィアちゃんの?あいつの身体はって事は精神を乗っ取られてるって感じ?」
「ああ。シルヴィがずっと探している人間なんだ。でも殺すつもりで行った方が良いけどな」
奴くらいの実力者なら手加減はしない方が良い。殺すつもりで行って漸く倒せるって所だろう。
「元からそのつもりだ。とりあえず八幡、お前は足手まといだから前に出んな。戦いたいんだったら援護に徹しな」
……その通りだな。今の俺が前衛に居ても足手まといだ。
(仕方ない、俺はとにかくヴァルダの動きを制限する事に集中しよう)
そう思いながら俺は後ろに下がり自身の影に星辰力を込める。これでいつでも影から攻撃出来る。
それと同時にお袋はポケットから緑色のマナダイトがはめ込まれた指ぬきグローブを取り出して自身の両手に装着する。
すると指ぬきグローブから光の刃が左右からそれぞれ3本、計6本の光の刃が虚空から伸びた。
(……出たなお袋の煌式武装『狼牙』、直で見るのは初めてだな)
かつてお袋がアスタリスクにいた頃に愛用していた煌式武装で、王竜星武祭決勝でも使っていたお袋の相棒と言っても良い煌式武装。
お袋が『狼牙』を構えるとヴァルダも似たような構えを取りお袋と向き合う。お互いに様子を見て一瞬でも隙を見せるのを待っているのだろう。
しかしどちらも強者、簡単に隙を見せる筈もない。そうなると長期戦になるが、ヴァルダとしては他の人が来たらマズいだろうから……
「……!」
短期決戦で仕留める為にお袋に突っ込む。ヴァルダは『無理に攻めずに敵の隙を探る』戦術ではなく『多少無理な攻めをしてでも相手の隙を作る』戦術を選んだようだ。
そして首のネックレスから黒い輝きが見える。それと同時にお袋の顔が若干歪むものの……
「はっ!」
お袋がそう叫んで左手に装備している『狼牙』を振るう。すると『狼牙』から緑色の光が生まれ、光が一際輝くと白い斬撃が『狼牙』から放たれる。
その斬撃は一直線にヴァルダに向かっていき、当たる直前で消え失せ次の瞬間……
「ぐっ……」
「小癪な真似を……!」
不快な音が生まれ、俺の頭に頭痛が走る。見るとヴァルダも少しだが不愉快そうな表情を浮かべている。
(これが『狼牙』の左の力……高密度の超音波の斬撃)
『狼牙』は左右で効果が違い、右は普通の斬撃、左は超音波の斬撃を放つ能力を持っている。先程ヴァルダか使ってきたネックレスに比べたら大分マシだがそれでも充分な威力だ。
超音波の斬撃は相手の隙を作るという点では強力だが、『狼牙』は鉤爪型と中々使う機会のない煌式武装なのでお袋以外にマトモに使っているのは見たことがない。
そんなヴァルダを見たお袋は今度は右手に装備している『狼牙』を振るう。今度は普通の斬撃で狙いはヴァルダの首にあるネックレスだ。
高速で放たれた斬撃は首にあるネックレスに埋め込まれているウルム=マナダイトと思われる石に直撃する。
すると石からは苦悶のような音が聞こえて、黒い輝きが弱くなった。おそらくウルム=マナダイトに当たったので出力が鈍ったのだろう。
そう思った瞬間、お袋は瞬時にヴァルダとの距離を詰めて蹴りを放つ。
対するヴァルダは自身の手でそれを防ごうとするものの、ぶつかる直前にお袋は即座に蹴りの軌道を変えてヴァルダの足に蹴りを入れる。
「悪いがその純星煌式武装を使える隙なんて与えないよ」
そして間髪入れずに左の『狼牙』を振るって超音波を放つ。それによって俺とヴァルダには再度頭痛が走り、黒い輝きには揺らぎが生じている。
さっきウルム=マナダイトに当たって輝きが弱くなった事などから、奴の純星煌式武装はウルム=マナダイトに直接干渉される事や集中力を乱される事に弱いのか?
お袋は学生時代から『狼牙』の超音波対策として特殊なピアスを耳に付けているから効かないが俺やヴァルダからしたら厄介極まりないものだ。
「調子に乗るなよ……!」
ヴァルダは不快な表情を浮かべたまま神速の拳を放ってくる。シルヴィの師匠だけあってシルヴィの拳とそっくりだ。
だが……
「遅い」
お袋は特に表情を変えずにその拳を左手でいなして、右の『狼牙』を振るって斬撃を放つ。
対するヴァルダは身を屈めてそれを回避すると同時に後ろに跳ぶ。おそらく一度体勢を立て直して、例のネックレスを使うつもりだろう。
だが……
「させねぇよ、影の鎖」
体勢を立て直させる訳にはいかない。俺は自身の影から黒い鎖を大量に顕現してヴァルダの動きを封じに向かう。
影の鎖は一直線にヴァルダの四肢を捉えようと動く。
「小癪な……!」
ヴァルダは舌打ちをしながら自身の身体に星辰力を纏わせ回転する事で影の鎖を全て破壊する。時間にして1秒もないだろう。50を超える鎖を1秒以内に全て破壊したのは素直に凄いと思う。
……が、お袋が目の前にいる状態で1秒の隙は大き過ぎるだろう。
お袋は瞬時にヴァルダとの距離を詰めて足を振り上げる。対するヴァルダはネックレスを光らせ黒い輝きを放つ。それを見た俺は焦りの感情が浮かんだ。
(ヤバい……!)
あの輝きの強さからして、かなりの頭痛が来るだろう。さっき俺も食らったがマトモに思考をする事が出来なかったし。
そう判断した俺は自身の影にお袋を引っ張りヴァルダから距離を取らせるように命令した時だった。
「……っ!痛ぇな……!」
何とお袋は苦悶の表情と声を露わにしながらも、動きを鈍らせることなくヴァルダに蹴りを放ち切った。
「馬鹿なっ……!」
これにはヴァルダも予想外だったようで驚きの表情を浮かべながら、轟音と共に後ろに吹き飛んで壁に激突した。
それと同時にお袋は後ろに跳んで俺の横に立ち、頭に手を押さえてよろめく。その表情は苦痛に満ちている事ならヴァルダの黒い輝きを無理して耐えた事が簡単に理解出来た。
(お袋は暫く動かす訳にはいかないな……だから俺が……!)
幸いヴァルダはお袋の一撃を食らって朦朧としている。今なら……
「影の刃」
俺がそう呟くと影から黒い刃を2本出してヴァルダに放つ。狙いはヴァルダの首にあるネックレスの紐部分だ。
「貴様……!まさか……?!」
向こうもそれに気がついたのか初めて焦りの表情を見せるが……
「遅えよ……!」
俺の影の刃はそれより早く片方は宝石を刺して、もう片方はネックレスの紐を切った。
すると……
「貴様……!この身体を奪うのが目的だったのか……!」
ネックレスから放たれていた黒い光が徐々に弱くなり、それと同時にヴァルダの身体から黒い色をした何かがネックレスのウルム=マナダイトと思われる宝石に吸収されていく。
するとヴァルダの表情は徐々に苦しくなっていくのが見える。理屈はわからんがおそらくヴァルダの精神がネックレスに戻っているのだろう。
ヴァルダからネックレスを切り離せばヴァルダの精神の乗っ取りから解放されると思って紐を切ったが間違ってはいないようだ。
そして……
「……覚えておけ……!次の身体を手にした時は貴様を殺す……!」
その言葉を最後にヴァルダから放たれた黒い色はネックレスに全て吸収されて、ヴァルダはネックレスが地面に落ちると同時にパタリと地面に倒れこんだ。見る限り動く気配はない。
とりあえず今は……
俺は影から手を生み出して倒れている身体を引き寄せる。そして失礼だが胸ーーー心臓がある箇所を触り……
(……心臓は動いているし寝息も聞こえる。とりあえずは生きてるな)
安堵の息を吐いてからお袋の方を向く。
「お袋、大丈夫か?」
そう尋ねる先にいるお袋は未だに苦悶の表情を浮かべていた。
「……何とかね。ただ蹴りを入れる直前に食らった黒い輝きが頭を乱しまくったから身体がフラフラするね」
そう言ってよろめく。どうやらお袋も限界みたいだ。まああの黒い輝きを近距離で食らってその状態で蹴りを放つなんてふざけた芸当をしたから仕方ないっちゃ仕方ないが。
「……とりあえずヴァルダ……じゃなくてウルスラさんを治療院に連れて行かないとな」
「ウルスラってのがシルヴィアちゃんの師匠の名前なの?」
「ああ。そんであのネックレスが精神を乗っ取っているんだと思う」
そう言って俺は影から腕を出して地面に落ちてあるネックレスを取って手元に引き寄せる。
そして改めて左手にあるネックレスを見ると、如何にも機械的で巨大な宝石を中央に配した意匠は不気味で仕方ない。
(だが……これでシルヴィの師匠を取り戻せた)
「とりあえずこいつはどうしようか?」
問題はこのネックレスだ。純星煌式武装と思えるこいつを放置する訳にはいかない。
「んじゃヘルガにでも渡した方が良いんじゃない?」
警備隊長か……まあそれが妥当なところだろう。
「……そうだな。じゃあ渡しに行くか」
「それは私が行くからあんたは彼女をシルヴィアちゃんの所に連れて行きな」
「良いのか?」
「ああ。さっきヘルガと連絡先を交換したし渡しとくよ。ほれ」
お袋はそう言って手を差し出してくるので、俺はお袋に手渡す為にお袋に近寄った。
「それは困るから阻止させて貰うよ」
その時だった。いきなりそんな声が聞こえてきたと思ったら俺の横から一陣の風が吹いた。
俺は反射的に風が向かった先を見ると……
(処刑刀……!)
そこには以前オーフェリアを賭けて戦った仮面の男ーーー処刑刀がいてさっき俺が奪ったネックレスを持っていた。
俺の左手ごと。
それを認識した瞬間、俺は自身の左手のうち左手首から先が無くなっている事を理解して……
「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
大量の出血と共に絶叫を上げた。