「……そういう訳で、義手を作る方が合理的だが異論はないか?」
「わかりました、よろしくお願いします」
アスタリスク中央区にある治療院、そこの病室の一室にいる俺は院長であるヤン・コルベルの話を聞いて了承する。
学園祭最終日である昨日、俺は処刑刀に左手を斬り落とされて入院する事になった。イベントが行われていたシリウスドーム、それもステージ以外で戦闘を行われた上、レヴォルフの序列2位である俺の腕が斬り落とされた事によりネットではかなり騒がれている。
ニュースを見た所、何故か俺達が戦っている箇所を記録する監視カメラの映像だけ無くなっていたらしい。その事から奴らのバックには相当厄介な連中がいると思われる。
そして俺の左手首から先の部位は警備隊に回収された。
しかし院長によると切り口がボロボロになっていて普通にくっつけると日常生活に支障が出るので義手にした方が良いと言われたので俺は義手にする事を選んだ。
「ふんっ……これから2日かけてお前に義手を付ける。その後日常生活に支障が出ないように訓練をして、それが出来たら退院だ」
治療院の首領である院長がこう言った以上、訓練が完了するまでは退院出来ないという事になった。
そう思っていると院長が病室から出ようとしているので俺は慌てて止める。
「あ、院長。1つ良いですか?」
「何だ?」
義手を作る際に俺はどうしても頼みたい事がある。それは……
「義手には是非小型銃型煌式武装や毒針を仕込んでいただきたいのですが」
「知らんわ!」
院長は怒鳴って病室を出て行った。
ダメか……義手と言ったら仕込み武器がお約束なのに……
若干、いやかなりガッカリしながら窓を見る。外は昨日までと違って大雨が降っていた。その雨は学園祭が終わるまで我慢していて、今我慢が解き放たれたようにも見える。
(やれやれ……とりあえず義手が出来るまで時間あるし本でも読むか)
昨日オーフェリアが面会の時に持ってきてくれた文庫本を手に取って読み始めようとした時だった。
「……八幡、お見舞いに来たわ」
横からドアが開く音が聞こえたので振り向くと恋人の1人であるオーフェリアが手荷物を持ってやって来た。
それを見た俺は本を置いてオーフェリアを迎える。
「おう、来てくれてありがとな」
「恋人が怪我してる以上当然よ。それとシルヴィアは夕方に来るって言っていたわ」
「そうか、わかった」
まあシルヴィは今日雑誌の取材と統合企業財体のお偉いさんへの挨拶と色々忙しいからな。学園祭を楽しむ為に3日も休みを取った以上仕方ない。寧ろそんな多忙の中、見舞いに来てきれると知ってこの上なく嬉しい。
「ええ、それで八幡、腕については……」
オーフェリアは口を濁して聞いてくる。別にお前が気にする事じゃないんだが……
「ああ。義手を作って貰う事にした。何でも俺自身の腕だと日常生活に支障が出るらしいし」
「……そう。でも少し残念ね」
「あん?何がだ?」
「だって義手にするって事は……その、結婚指輪が……」
あー、確かに結婚指輪は左手にはめるのが通例だ。義手になったらはめるのは無理だろう。
「わ、悪かった。そこまで考えが行かなかった」
俺がそう謝るとオーフェリアが慌てて首を横に振る。
「あ……ごめんなさい。八幡は悪くないから謝らなくて良いの。寧ろそんな小さい事を残念と思った私が悪いんだから」
「いや、女子にとってはそういうの重要なんだろ?本当に悪かった。なんなら今から義手の制作を止めるように「い、いいの。本当に気にしないで」……オーフェリア」
「お願いだから本当に気にしないで。それによく考えたら指輪が無くても私とシルヴィアは八幡と赤い糸で結ばれている事には変わりないのだから問題ないわ」
オーフェリアはそう言ってくるが……
「この馬鹿野郎……!そんな恥ずかしい事を言うなよ!」
顔が熱くて仕方ないんだが……!
俺がそう返すもオーフェリアは特に恥ずかしがる事もなく……
「でも事実でしょう?」
ハッキリとそう言ってくる。いや、まあ、確かに……2人以外の人間と結ばれるなんて絶対に嫌だ。そう考えるとオーフェリアの言っている事は的を得ている。
しかしだからと言って「そうだな、俺達3人は運命共同体だ!」ってハッキリと認めるほど振り切れている訳ではない。
「ま、まあそうかもな」
適当に言葉を濁して顔の熱を誤魔化そうとした時だった。
「邪魔すんぞー」
「お姉ちゃんノックしないとダメだよ……あ、八幡さん。お見舞いに来ました」
ウルサイス姉妹が病室に入ってきた。姉のイレーネがズカズカと入り込んで来て、妹のプリシラがペコペコ頭を下げて入ってきた。
向こうは俺の病室に入るとオーフェリアを視界に入れてギョッとした表情を見せてくる。まあいくら自由になったとはいえオーフェリアは未だに恐れられているから仕方ないっちゃ仕方ないが。
だから俺は2人の意識をオーフェリアから俺に向けるつもりで話しかけようとするも……
「よう。てっきり私達が一番乗りかと思ったぜ、『孤毒の魔女』」
その前にイレーネがオーフェリアに話しかける。口調は喧嘩口調だが、これはいつものイレーネの口調だから問題ないだろう。
「……当然よ。私は八幡の恋人なのだから誰よりも早く行かないと気が済まないわ」
「うわ……八幡同様普通に惚気てやがる……バカップル過ぎだろ」
「待てイレーネ。俺がいつ惚気た?」
「あん?てめぇ私と話す時に最低5回はオーフェリア可愛いって言ってるからな?惚気てるじゃねぇか?」
え?マジで?言った自覚がないから無意識のうちに言った事になるんですけど?
内心そう突っ込んでいると、
「……八幡。私の事を可愛いって思ってくれるなんて……私、本当に幸せだわ」
オーフェリアが頬を染めながら俺の右手を引っ張ってくる。何だその仕草?可愛すぎだろ?
「こいつらバカップル過ぎだろ……まあいいや。ほれ」
そう言ってイレーネは何かを手渡してくる。何かと見てみると今日発売のジャンプとコミックスだった。
「見舞い品だ。入院生活は退屈だしそれ読んで暇を紛らわしな。果物とかはプリシラが買ったから、プリシラ」
「あ、う、うん。八幡さん、どうぞ」
そう言ってプリシラは見事な果物かごを渡してくるので近くの机の上に置く。
「いや、わざわざサンキューな」
「勘違いすんじゃねーよ。プリシラが行く気満々だったから付いてきただけだからな!」
「え、お前それツンデ「あぁん?」……何でもありません」
ツンデレと言おうとしたらドスのきいた声を聞かされて思わず敬語になってしまった。でもお前って絶対にツンデレだろ?
「もー、お姉ちゃんったら!八幡さんは怪我人なんだし怒っちゃ駄目だよ!」
流石プリシラ、見事にイレーネを抑えてくれる。まさに天使だな。撫で撫でしたい。
そう思っていると服の袖を引っ張られたので横を見ると……
「…………」
オーフェリアがジト目をしながらこっちを見ていた。嫉妬かよ、てか何で考えている事がわかるんだよ?
「(悪かったって)」
「(……まあ、八幡は病人だから今は怒らないわ)」
良し、とりあえず今は怒られないから良しとしよう。内心安堵の息を吐きながらプリシラからの差し入れを丸かじりする。
「わ、悪かったよプリシラ。てゆーか八幡、お前誰にやられたんだ?お前の腕を斬り落とせる奴なんてアスタリスクでも5人もいないと思うぜ」
「ん?処刑刀って名前の男にやられた。正体は仮面を被っていたからわからん」
「……聞いた事ねーな。で、お前はそいつに恨まれる事でもしたのかよ?」
しまくっています。オーフェリアを奪ったり、ヴァルダからウルスラさんを取り返したりと色々やっています。
しかし俺は……
「まあ色々だ」
適当に誤魔化す事にした。ここで馬鹿正直に話したら2人にも危害が及ぶかもしれないので黙っておくことにした。
イレーネもそれを理解したのか鼻を鳴らして頷く。
「……ふーん。まあ何でもいいが程々にしとけよ。知り合いが死んじゃ目覚めも悪いしな」
「ああ、程々にしとくよ」
今回はウルスラさんを取り返す為に多少無茶をしたが、ウルスラさんを取り返した以上自分から向こうを叩きに行くつもりはない。腕を斬り落とした処刑刀には恨みはあるが、奴と戦うのはしっかり鍛えてからにするべきだしな。
「なら良いけどよ……あ、そういやあんたにも聞きたい事があるんだけど」
イレーネはそう言ってオーフェリアと向き合う。
「……何か用かしら?」
「いや大した事じゃねぇんだがよ、何であんたがアレを持っているんだ?」
アレとはおそらく『覇潰の血鎌』の事だろう。かつて『覇潰の血鎌』を持っていたイレーネとしては気になるのも仕方ないだろう。
「……ああ、アレね。簡単な話よ。アスタリスクに来る前の八幡が貶められる間接的な原因を作った雪ノ下陽乃に絶望を与える為に借りたのよ」
「お、おう。そうか……」
「アホ、お前は馬鹿正直に話すな」
呆れながらオーフェリアの頭に軽くチョップをする。ハッキリと言うな。イレーネも引いているし、プリシラに至ってはガタガタ震えてるしお前の話は怖過ぎるわ。
「……痛いわ」
「やかましい」
俺がそう言うとオーフェリアはジト目を向けてくるが、知らん。てか俺の為に怒ったとはいえアレはやり過ぎだから2度とやるなよ?
「全く……まあアレだ。聞いちまったもんは仕方ないけど余り広めないでくれると助かる」
実際、あの件についてはネットではかなり話題になっている。その話が更に広まったら間違いなく面倒な事になるに決まっている。
「はいよ……んじゃ長居してもアレだし、私らは帰るよ。行くぞプリシラ」
「えっ!あ、うん。では八幡さんお大事に」
「おう、またな」
俺が挨拶を返すと2人は病室から出て行った。それを見送った俺は手に持っている果物を口にする。うん、やっぱり美味いな。
そう思っている時だった。
「……それで八幡、さっきプリシラ・ウルサイスにデレデレしてた事についての説明をお願い」
オーフェリアがさっきの事について説明を要求してきた。
「え……あ、いや、そのだな……」
どうしよう。デレデレしたのは事実だが何で説明しよう。どう説明しても怒られるのが目に見える。
説明について悩んでいる時だった。オーフェリアがいきなりシュンとした表情になる。
「……やっぱり八幡は私みたいな無愛想な女よりあの子やシルヴィアみたいな明るい子が良いの?」
オーフェリアは不安そうな表情を浮かべる。止めろ、俺の前でそんな悲しそうな顔は止めろ。
そう思うと同時に俺は空いている右手でオーフェリアを抱き寄せる。
「……あっ」
「そんな事ない。俺は無愛想だとか愛想が良いとかでお前を選んだんじゃない」
俺はお前が見せるさりげない優しさに惹かれたのだから。
「……八幡」
「……まあ、確かにお前とシルヴィ以外の女子にデレデレしたのは否定しない。だが俺が愛情を注ぐのはお前とシルヴィだけだからな?」
確かに俺はプリシラを始め赫夜のメンバーなど色々な女子にデレデレした事はあるが愛情を注ぐのは後にも先にもオーフェリアとシルヴィだけだ。これについては死んでも揺らがないだろうと断言出来る。
そう言ってオーフェリアを空いている右手で強く抱きしめるとオーフェリアも俺を抱き返してくる。
「……そうよね。ええ、そうよ。よく考えてみたら八幡の実家に行ったあの夜に私達3人の関係は何者にも犯されないものになったのだし」
「……そうだな」
「……ええ」
改めてオーフェリアを見ると不安そうな表情は消えて艶のある表情を俺に向ける。
それを見た俺は……
「……」
オーフェリアの顔に自身の顔を運ぶ。するとオーフェリアも
「……」
目を瞑って顔を運んでくる。
そして俺達はそっと唇を寄せ……
「はぁぁぁぁちぃぃぃぃまぁぁぁぁんっ!貴様の左手が落とされたと聞き、前世からの相棒であるこの剣豪将軍が馳せ参じたのであるっ!」
キスをしようとした瞬間、厨二病を拗らせたデブが病室に入ってきた。
それによって俺とオーフェリアはキスをする前に動きを止まってしまう。
対する材木座も俺達の状態を理解してポカンとした表情を浮かべて……
「あれ?俺とんでもない邪魔をしちゃった?」
素の口調になってそう言ってくる。
瞬間、俺の頭の中とオーフェリアの頭の中からブチリと何かが切れる音が聞こえた。
それと同時に俺達の周囲に星辰力が湧き上がり……
「えっ……?!ちょっ、待っ……!!」
その直後治療院に絶叫が響き渡った。
その後俺は材木座に退院後に無料で義手に武器や煌式武装を仕込んだら許してやると言ったら、材木座が快諾したのは言うまでもないだろう。