窓の外からは風と雨の音が聞こえてくる。現在の時刻は12時半、起きてから5時間以上経っているが未だに雨は続いている。
4月でありながら風も吹いている事から外は相当寒いだろう。
しかし俺がいる病室は熱くて熱くて仕方ない。いや、正確に言うと病室ではなく俺自身が熱いのだろう。
何故なら……
「んっ……ちゅっ……八幡っ……」
オーフェリアが頬を染めながら俺の首に腕を絡めてキスの雨を降らしているからだろう。俺の身体は今オーフェリアの温もり、オーフェリアの柔らかな胸、オーフェリアの情熱的なキスによって身体に熱が溜まっている。
何故オーフェリアがそんなにキスをしているかと言うと、さっきキスしようとした時に材木座が邪魔した事でオーフェリアの箍が外れたようで、材木座が去った瞬間いきなりキスをしてきたのだ。
初めは驚きながらも引き離そうとしたが、夢中でキスするオーフェリアが余りにも可愛過ぎてどうでもよくなってしまった。
その結果、2時間以上キスをしているが仕方ないだろう。
既に俺とオーフェリアの唇は唾液まみれになっているがオーフェリアはそれを一切気にしないで夢中でキスをしてくる。
(俺の恋人は2人ともマジでキス魔だな、おい)
シルヴィもそうだが、数時間ぶっ続けでキスする時点で立派なキス魔だろう。キス魔に立派もクソもないけど。
そう思っていると……
「んっ……八幡……余計な事は考えないで……ちゅっ……」
オーフェリアが不満そうな表情をしてから舌を絡めてくる。まあ確かに今は違う事を考えていたけどよ……普通わかるか?オーフェリアが異常なのか俺がわかりやすいの知らんけど。
てかオーフェリアが可愛過ぎる。余計な事は考えないでってそんな事を言われたら歯止めがきかなくなるわ!ここが病室じゃなくて自室から、即座に押し倒してオーフェリアの服を脱がしていると断言出来る。
まあ今はオーフェリアとのキスを楽しもう。入院中は暇だしな。
「はいよ……んっ……」
「ちゅっ……んんっ……はぁ……」
そう返しながら俺も舌を出してオーフェリアのそれと絡め合う。卑猥な水音が病室に響き、俺達の耳にも届き更に興奮してくる。
そんな感じで暫くキスをしていると……
『比企谷さーん。お昼ご飯の時間です。入っても大丈夫ですかー?』
ドアの向こう側から女性の声が聞こえたので時計を見ると時刻は1時丁度だった。
(どうやら俺達は2時間半もキスをしていたようだ)
しかし俺はそれが長いとは思わない。何せシルヴィが仕事でアスタリスクの外に出る前日はシルヴィと最低4時間はキスしているし。
だがまあ今は……
「んっ……とりあえずオーフェリア、続きは後な」
そう言ってオーフェリアと唇を離してドアに向かって口を開ける。
「大丈夫です。入ってください」
「はーい」
するとおぼんを持った若いナースが病室に入ってきてベッドの前にあるテーブルに置く。見ると米に味噌汁、鮭の切り身に納豆など昼食というより朝食が似合う飯だった。
「1時間後に回収に来ますのでそれまでに済ませるようにお願いします。1人でも食べられますか?」
「はい。利き腕は無事ですので」
「わかりました。何かお困りになったらナースコールをしてくださいね」
そう言ってナースは部屋から出て行った。ドアが閉まる音と同時に腹が鳴る。朝飯も少なかったのでぶっちゃけ腹が減って仕方ない。
だからいざ食べようとテーブルの上を見るとオーフェリアが箸を持って……
「……私が食べさせてあげるわ」
言うなり箸に米を摘んで俺に向けてくる。マジで?オーフェリアのあーんで食べるの?最高じゃん。
「じゃあ頼むわ」
俺がそう言って口を開けると……
「……はい、あーん」
オーフェリアはあーんと言って食べさせてくる。ヤベエ可愛過るわ!
「あ、あーん」
俺は口に入った米を口にする。すると何故かいつも食っている米より美味い気がする。これはオーフェリアのあーんによって美味さが増加したからだろう。
そうなると他の料理も期待が出来るな……
そう思いながら口を開けると今度は納豆を口に入れてきたが、これも旨味が増していた。ああ……本当に幸せだな。
結局全ての料理を食べ終えるのに40分くらいかかったが至福の時間であったのは言うまでもないだろう。
昼食を終えると雨が上がった。未だに曇っているがさっきまで煩かった雨の音は一切無くなっていた。
「じゃあ下げますねー」
そしてそれと同時にさっき昼飯を運んできたナースがまた病室に入ってきて俺が食べた昼食を下げて行った。
そしてドアが閉まると同時に……
「……八幡」
オーフェリアが俺に近寄って甘えてくる。キスはしてきていないが顔には艶がある。それによって俺の顔を熱くしてくる。
「……何だオーフェリア?」
そう言ってオーフェリアのサラサラな髪を撫でるとオーフェリアはくすぐったそうに目を細める。
「……何でもないわ。ただ八幡と一緒にいられて幸せと思っただけよ」
「……そうか、俺もだな」
ここにシルヴィがいれば言うことないんだが、こればっかりは仕方ない。
そう思いながらオーフェリアの髪を撫でると3日あった学園祭で溜まった疲れが徐々に無くなっていくのがわかる。一昨日の暁彗との戦い、昨日のヴァルダと処刑刀との戦いによって出来た疲労をオーフェリアが消しているように思えてくる。
「……ええ」
オーフェリアはそう言ってからくすぐったそうに顔を動かしてくる。
今日はずっとオーフェリアとイチャイチャしよう。そう思ってオーフェリアの頬をプニプニしようとした時だった。
「邪魔すんぞー」
「お前はノックをしろ馬鹿者!」
聞き覚えのある呑気な声で聞いた事のない怒声が耳に入ったので俺はオーフェリアから離れて病室の入り口を見る。
するとそこにはお袋と星猟警備隊隊長のヘルガ・リンドヴァルがいた。
(……ああ、そういや昨日事情聴取をするとか言っていたな)
「固い事言うなって、よーす八幡。元気そうで良かったぜ。オーフェリアちゃんも見舞いありがとなー」
「……まさか『孤毒の魔女』がいるとはな」
「まあ息子の恋人だし。超可愛いぜー」
そう言ってお袋はオーフェリアの頭をワシャワシャする。対してオーフェリアはくすぐったそうに目を細める。
(にしても王竜星武祭二連覇した3人が一箇所に集まるとはな……)
長い星武祭の歴史の中で王竜星武祭を二連覇したのは3人しかいないが、その3人が同じ病室にいるのはある意味ニュースだろう。
そんな事をしみじみ考えているとお袋が……
「ほいよ。見舞い品の果物と退屈しのぎ用のゲームな」
近くのテーブルに置いてくる。
「サンキュー。んじゃ早速事情聴取って訳っすか?」
俺がそう言ってからヘルガ隊長を見る。
「ああ。その前に自己紹介をしておこう。ヘルガ・リンドヴァルだ」
そう言って手を出してくるので、手を握り返すと彼女の手から圧倒的な星辰力を感じる。オーフェリアの禍々しい星辰力やお袋の荒々しい星辰力と違ってかなり研ぎ澄まされたものだった。
「どうも、比企谷八幡です。いつもお袋がご迷惑をおかけしております」
「待て馬鹿息子。その紹介に悪意があるだろ?昔はともかく今は別にそこまで迷惑をかけてないぞ?」
「ほう……?一昨日には界龍で行われる息子の試合を見に行くと言って勤務中の私を無理やり連れ出した挙句に酒を勧めた馬鹿は何処の誰だろうな……?」
ヘルガ隊長は額に青筋を浮かべながらお袋を睨む。対してお袋は口笛を吹きながら……
「いいじゃんよー。警備隊隊長でクソ忙しいって思ったから息抜きの為に連れ出した私の気遣いを理解しろよなー」
「お前の行動の所為でいつもの職務より疲れたわ!学生時代の頃と全然変わっていないなお前は……!」
……うわー、噂には聞いていたがこの2人本当に相性が悪いな。マジでヘルガ隊長御愁傷様だなオイ。
「うん、ドンマイ」
ヤベェ……この状況でドンマイって言えるお袋の精神凄すぎだろ?ヘルガ隊長がブチ切れないか心配だ。てか頼むから病室で暴れないでくれ。暴れるなら誰もいない無人島でお願いします
「今直ぐ逮捕してやろうか……?」
「あー、怖い怖い。それより八幡に事情聴取しなくていいのかー?」
「全くお前は……まあそれもそうだな。では比企谷君、済まないが昨日の事について聞いても大丈夫か?」
ヘルガ隊長は一度ため息を吐いて怒りを発散させて俺の方を向いてくる。
「はい。先ず昨日俺の腕を斬り落とした奴ですが、奴自身は処刑刀と名乗っていましたね」
とりあえずニュースになった原因の男の名前を出す。するとヘルガ隊長は
「……処刑刀だと?それは本当か?」
鋭い目付きをしながら俺に再確認をしてくる。彼女の身体からは強いプレッシャーが漂っている。その強さは本気のお袋や処刑刀に匹敵するそれだった。
しかしその2人に加えてオーフェリアや星露のプレッシャーも味わった事のある俺は特に萎縮しないで頷く。
「はい。実は以前にもやり合った事があるんですがそん時に名乗っていましたから」
俺がそう言うとお袋がヘルガ隊長の肩を組んで話しかける。馴れ馴れしいな……
「おーいヘルガ。処刑刀って誰だよー?場合によっちゃ私がブチ殺すから教えろよー」
「肩を組むな。それに殺すと言っている人間に教えられる訳ないだろう」
うん、間違いなく正論だな。てか俺が殺すからお袋は手を出さないで欲しい。
そう思っていると……
「……いえ、お義母さんの手を煩わせる事はないわ。八幡に害を与える人間は私が殺すわ」
……オーフェリア、お前もかよ?!お袋にしろオーフェリアにしろ病室で殺すって言うなよ。
まあそれはともかく……
「すみませんヘルガ隊長。教えていただけないでしょうか?俺自身奴とはもう一度戦う予感がするんです」
理由はないが奴とはまた相見える気がする。その時に備えて少しでもいいから情報が欲しい。
そう言って頭を軽く下げる。するとヘルガ隊長は暫く俺を見てからため息を吐いて……
「……処刑刀は蝕武祭の専任闘技者の1人だ」
奴の正体を口にする。
なるほどな……蝕武祭の専任闘技者ならあの強さも納得いく。蝕武祭は一部の統合企業財体のお偉いさんなどの金持ちも見ているから専任闘技者も強い奴が選ばれるのは当然のことだ。
そしてそれが本当なら天霧の姉ちゃんを倒したのは間違いなく奴だろう。蝕武祭の専任闘技者で天霧と同じ封印をかけられている奴以外とか考えられない。おそらく天霧の姉ちゃんが負けると同時に封印をかけたのだろう。
そんな風に思考に耽っている時だった。
「私からも聞きたい事があるのだが良いか?」
ヘルガ隊長が俺に話しかける。
「はい、何でしょうか?」
俺がそう尋ねると……
「君はさっき以前にもやり合った事があると言っていたが……何故そんな状況になったんだ?」
そう聞いてくる。
瞬間、自分の顔から血の気が引いたのを理解した。否、してしまった。
(マズい……これを話したら誘拐事件の真相がバレてしまう……)
鳳凰星武祭の時、ディルクは天霧を潰す為にフローラを誘拐した。そして俺は誘拐犯を捕まえる事で邪魔をして、誘拐を公表しない代わりにオーフェリアを自由にしろと取引を持ちかけた。するとそうはさせまいと処刑刀が絡んできたのだ。
その結果、何とか逃げてオーフェリアを自由にする事は出来たが世間では誘拐事件があった事は広まっている。
そして犯人はカジノを運営しているマフィアと公表されている。
しかし実際の犯人は違っている上、その上誘拐犯にしろ証拠のボイレコにしろ既にディルクに引き渡していて、誘拐犯を捕まえるのは絶対に不可能なのだ。
それを馬鹿正直に言ったら間違いなく面倒なことになるだろう。
マジでどうしよう……いや。
一瞬悩んだが正直に話す事にした。今から納得出来る言い訳を作るのは無理だし、仮に出来たとしてもこの人が相手じゃ誤魔化すのは無理だろうからな。
そう判断した俺は口を開ける。
「はい。実は……」
3分後……
「って、感じです。この事から俺が処刑刀と戦った理由がわかると思います」
俺は全てを話した。エンフィールドと裏で組んでいる事、ディルクが天霧を潰そうとしているから色々な対策をした事、誘拐事件が起こった時に俺が解決した事、その際に誘拐犯と証拠を使ってディルクと交渉した事、そして処刑刀が妨害してきた事、何とか切り抜けてその後にディルクと取引して誘拐犯と証拠を渡した事全てを話した。
「……なるほどな。マフィアグループが犯人でないと踏んではいたが……そういう事だったのか」
それを聞いたヘルガ隊長は呆れた表情を浮かべてため息を吐く。
「マジか?!お前も中々ヤンチャだなぁ!どんだけオーフェリアちゃんの事が好きなんだよ?!」
対してお袋は驚きと笑いを顔に表しながら俺の肩を叩いてくる。
「笑い事じゃないからな?全く……もっと早くに言ってくれれば良かったものを……」
いやだってなぁ……こんな形でバレるとは思わなかったしな。
「すみませんでした。それで俺の処分は……」
何せ捜査本部は真犯人は他にいると捜査をしている中、真犯人を捕まえられないように取引したのだ。下手したら一種の捜査妨害になるだろう。
「……とりあえず誘拐犯事件の担当本部で話し合ってみる。こんなケースは初めてだから何とも言えないな」
ですよねー。こんな事があったのは有史以来一度もないと思うし。
すると……
「えー、無罪放免で良いだろ?犯人は捕まえられなくても結果的に被害者を助けたのは八幡なんだし。私の顔に免じて許してくれよー?」
「お前の顔があると寧ろ罪が重くなるからな?まあその点については考慮しておく」
そう言うと端末が鳴る音が聞こえたので何かと思えばヘルガ隊長のポケットからだった。
「少し失礼……やれやれ」
彼女は端末を見るなりため息を吐くがどうかしたのか?
「どうしたヘルガー?何か面倒事かー?」
「ああ。違う件だが急な呼び出しがあった。済まないが比企谷君、今回の件についてはまた後日で構わないか?」
「あ、はい。大丈夫っす」
「そうか。では私はこれで失礼する」
そう言うとヘルガ隊長は一礼して病室から去って行った。
「相変わらずヘルガは忙しそうだなー」
「他人事だがお袋も忙してしていた原因だろ?」
「細かい事は気にしない気にしない。それにしてもあんたも無茶やるねー」
まあ確かにな……割と無茶をしたのは否定しない。だが……
「……だが俺は後悔していない。オーフェリアを自由に出来たんだから」
もしも過去に戻って結末を変える事が出来ても俺は変えないだろうと断言出来る。恋人2人と幸せに過ごせる今は本当に気に入っているのだから。
そう口にするとオーフェリアが口を開ける。
「……八幡、もしも八幡に罰を与えられたら私は王竜星武祭で優勝してその罰を消すわ。私を自由にする為に動いてくれたんだから」
「……オーフェリア」
「私にとって八幡は何よりも大切なの。もしも私と八幡を引き離すものがあるならそれらは全て破壊するわ。……どんな手段を使っても」
いや、あのオーフェリアさん?そう言ってくれるのは嬉しいですけど……
(最後!最後怖過ぎますからね?!)
最後の言葉を言った時なんて目から光が消えていたし。最近オーフェリアがヤンデレになりかけている気がして不安で仕方ない。たとえヤンデレになっても受け入れるつもりだが、出来るならノーマルのオーフェリアが良い。
「おーおー、愛されてるねぇ八幡」
お袋はニヤニヤした表情を俺に向けてくる。殴りたい、あの笑顔。
そんな事を考えていると腹痛が襲ってきた。変な物は食ってないがどうしたんだ?
「済まん、ちょっと腹が痛いから手洗いに行ってくる」
「……手伝いはいるかしら?」
「いや大丈夫だ。昨日お前らが帰ってから1人でトイレに行けたし」
そう言って俺は立ち上がり、病室のドアの取っ手に手をかけて開ける。
ドアが開けながら歩こうとした時だった。
「うおっ……!」
ボケーっとしていたからか、自身の左足を右足に当てて、思わず前に倒れてしまった。
すると……
「……え?」
「ひ、比企谷さん?!」
見覚えのある顔から聞き覚えのある声が聞こえると同時に俺はそちらに倒れこんだ。
「痛ぇ……ん?」
倒れた事で痛みを感じていると視界が真っ暗になっていた。そして顔には温かい感触が、右手に柔らかい感触があった。何だこりゃ?
とりあえず起き上がってその正体を確かめようとしたら……
「……んっ」
「ちょっ、ちょっと……!」
身体を起こそうとすると右手にある柔らかい感触がビクンと跳ね、上の方から光が見えて、それによって視界にはその光と紫色が見えた。
それを認識した瞬間、俺は再度血の気が引いたのを自覚した。柔らかい感触に紫色……以前も体感した事だから直ぐに理解してしまった。
慌てて起き上がるとそこには……
「ひ、比企谷さんのエッチ……」
「貴方のそれはわざとなのかしら……?」
恥ずかしそうに身を捩るチーム・赫夜のメンバーであるフェアクロフ先輩と顔を真っ赤にして睨むフロックハートがいた。
その左右では同じチームメンバーである若宮と蓮城寺とアッヘンヴァルがいつもの事のように苦笑していた。
その光景からは俺は理解した。
俺はズッコケてからフェアクロフ先輩の胸を揉み、顔をフロックハートのスカートの中に潜り込ませてしまったのだ。
「だーはっはっはっ!!マジか?!マジかよ?!我が息子ながらやるなぁ!」
「…………八幡のバカ」