獅鷲星武祭準決勝当日
獅鷲星武祭も後3試合で幕を閉じる。しかしその3試合は今までの試合よりも白熱した試合になるだろう。
今俺は2人の恋人を連れてシリウスドームに向かっているが、道行く人達からは隠しきれない興奮が見て取れる。
まあ大半の人間が俺と繋がりを持つチーム・赫夜が負けると思っているだろう。悔しいが残った4チームの中でチーム・赫夜が総合力で劣っているのは事実だし。
しかしこの世には絶対はない。そしてあいつらを見ていると何かをやってくれそうだと思ってしまう。だから俺は少しでもあいつらの力になりたいと思っている。
そんな事を考えていると、いつの間にかシリウスドームに到着していた。今は午前9時でチーム・赫夜が出る準決勝第一試合まで3時間近くあるが、ドームには沢山の人が居て今か今かと待ち望んでいるのがわかる。
そんな観客を見ながら俺はチーム・赫夜の控え室に向かって歩き出す。集合時間は9時半なので余裕で間に合うだろう。まあ赫夜のメンバーの大半が真面目だから既に控え室にいる可能性はあるが。
暫く歩くとチーム・赫夜の控え室に到着するが、直ぐにパスカードを使わずに端末を取り出して電話をする。空間ウィンドウには若宮美奈兎と表記されていて、直ぐに小動物のような雰囲気を醸し出す少女が映る。
「もしもし若宮か?」
『あ、比企谷君!いきなり電話してどうしたの?』
「いや、丁度控え室に着いたんだが、今ドアを開けて大丈夫か?」
一昨日はいきなり開けた結果、チーム・赫夜の5人のバスタオル姿(内2人は全裸)を見たからな。同じヘマはするつもりはない。
そう判断して若宮に聞いてみると……
『ごめん。ちょっと待ってくれない?さっきソフィア先輩が飲み物を溢して丁度着替えてるんだ。ソフィア先輩が着替え終わったらこっちから開けるね』
若宮はそう言って通話を終了するが……
「危なかった……」
思わずそう呟いてしまう。見れば両隣にいる恋人のオーフェリアとシルヴィはウンウン頷いていた。
「良かったよ。ここで八幡君がいきなりドアを開けてたら今夜も搾り取ってたよ」
「いやいや、流石に搾り取りすぎじゃね?」
最大で6回もヤる時もあるが、アレは結構キツイんだよなぁ……翌日腰が痛くなるし
「……嫌そうに言ってるけど、八幡だって後半は楽しんでるじゃない」
「まあ……否定はしないけど」
返す言葉もない。確かに後半は深夜でテンションがおかしくなるからか結構楽しんでるのは事実だ。翌日に恥ずかしい思いをするけど。
そんなアホな事を考えているとドアが開いた。
「お待たせー、もう大丈夫だよ」
若宮の声につられて控え室に入ると、赫夜の5人が揃っていた。フェアクロフ先輩を見れば上着を着ていなかったが制服の上着を汚したと思える。まあシャツに校章を付ければ試合には影響はないし大丈夫だろう。
とりあえず今は本題に入ろう。
「サンキューな。とりあえず最初に聞くが全員体調はどうだ?」
1番重要な事を聞く。特に若宮とアッヘンヴァル。この2人は一昨日の準々決勝で俺の能力やフェアクロフ先輩の能力を使って肉体に負荷が掛かったから心配だ。ぶっちゃけ2人が万全じゃなかったら勝率が3%から0.01%以下に落ちるだろう。
対する2人は……
「私は大丈夫!昨日一日中寝たら元気になったよ!ニーナちゃんは?」
「わ、私も大丈夫……!」
若宮は元気良く手を上げて、アッヘンヴァルは小さく握り拳を作って元気である事をアピールする。
「私も大丈夫ですわ」
「私もです。昨日はゆっくり休めましたので」
「私も大丈夫ね。昨日八幡とのシミュレーションが終わってから直ぐに寝たし」
他の3人も各々元気である事を伝えてくる。良し、とりあえず勝つ為の最低条件はクリアしたな。こっちが万全じゃないと勝ち目はないだろう。
「なら良い。そんじゃ最後の作戦会議をするから座ってくれ」
言いながら俺とフロックハートは並んで端末を取り出して準備をする。そしてフロックハート以外の赫夜のメンバーと俺の恋人2人が椅子に座るのを確認すると同時に空間ウィンドウを開く。
「先ずはこれを見ろ。昨日俺とフロックハートが試算したチーム・ランスロット戦のシミュレーション結果だ」
若宮達4人は空間ウィンドウを見るとウンザリしたような表情を浮かべる。
「酷過ぎる……」
アッヘンヴァルの言葉に控え室にいる全員が頷くが仕方ないだろう。何せ戦闘パターンを最終的に300パターン出した結果、勝ち目のあるパターンは全部で8パターンーーーーつまり勝率は3%を下回っている。
「ええ。そしてその8パターンもやり方に違いはあっても基本コンセプトは正面突破よ」
チーム・ランスロットはチーム戦に特化した獅鷲星武祭の中で究極なチームだ。チームメンバー5人を統合して融合させたチームだ。もしもこちらのチームから1人でも突出したら、そいつは間違いなくなす術なく負けるだろう。総合力で劣っている以上それは愚策だ
「ですが、チームの練度はこちらが劣っているので正面突破は厳しいのでは?」
「そこを何とかするのが作戦だ。一応俺とフロックハートは作戦を立ててきたが聞いてくれ」
「わかりました」
蓮城寺の問いにそう返事をすると頷いてくるので俺はフロックハートと目を合わせてから頷く。
「ありがとう。じゃあ先ずは向こうの動きから説明するわ」
フロックハートがそう言って空間ウィンドウを操作するとチーム・ランスロットの5人が映る。
「チーム・ランスロットのフォーメーションは、前衛にリーダーのアーネスト・フェアクロフと制圧力の高いライオネル・カーシュ、中盤に支援能力の高いレティシア・ブランシャールとケヴィン・ホルスト、後衛に防御不能の攻撃を持つパーシヴァル・ガードナーといつものパターンだと思うわ」
「基本的にブランシャールとパーシヴァルは前に出ないで、ケヴィンさんは状況に応じてライオネルさんと組む……が、先に言っておくがパーシヴァルの校章は狙わなくて良い……ってのが俺とフロックハートの考えだ」
「え?防御不能の攻撃を持つガードナーさんは狙わないの?!」
俺達の言葉に若宮が口を開ける。気持ちはわからなくない。パーシヴァルの『贖罪の錘角』は危険だし潰すべきだと考えるのも仕方ない。
……が、
「それは止めておいた方が良い。パーシヴァルを叩く場合は前衛2人とケヴィンさんはともかく、ブランシャールは避けては通れないから倒すのは無理だろう」
空間ウィンドウにこれまでのチーム・ランスロットの試合を映す。ケヴィンさんは偶に前に出る時はあるが、ブランシャールは徹底して前に出ずに支援に徹している。つまりパーシヴァルの元に行くにはブランシャールを倒さないといけないのだ。
しかしブランシャールも3年前と違って桁違いに腕を上げているので突破するのは厳しい。その上パーシヴァルがブランシャールの援護をしたら赫夜のメンバーの1人は確実に落ちて、タダでさえデカい総合力の差が更にデカくなるだろう。
「それはわかりましたが、パーシヴァル・ガードナーを無視するのは少々危険ではなくて?」
「まあな。だがフロックハートの能力を使えば若宮達が戦闘中でもパーシヴァルの攻撃のタイミングがわかる」
「ええ。だから私は基本的に柚陽と一緒に後ろで前衛の援護をして、状況によってはソフィア先輩か美奈兎か八幡の能力をトレースして前に出るわ」
まあフロックハートはチームリーダーだから余程の事がない限り前衛に出ないだろう。
「なるほど……では前衛はどうしますの?」
「先ずライオネル・カーシュは機動力の高い美奈兎が。彼は制圧力は高いけど、武器が巨大だから詰め寄れば充分に勝機はあるわ」
「うん、わかった!」
「んでアッヘンヴァルは若宮の援護。ただしケヴィンさんが前に出たらケヴィンさんの相手をしろ。ケヴィンさんの防御力はガラードワーストップだから、フロックハートの能力をガンガン使って圧倒的な手数で倒せ」
「で、でもそれじゃあ明日の決勝は……」
「決勝の事は勝ってから考えろ。チーム・ランスロット相手に出し惜しみをする余裕はない」
確かにフロックハートの能力をガンガン使えば翌日は筋肉痛になる可能性が高い。しかしそれを恐れて出し惜しみして負けたんじゃ話にならないからな。
「わ、わかった!」
俺がそう言うとアッヘンヴァルは小さく頷く。表情を見る限り真剣だし、これで試合中に躊躇うことはないだろう。
「で、では私は……!」
フェアクロフ先輩の表情が強張る。どうやら自分の戦う相手を理解したようだ。
「ええ。ソフィア先輩はアーネスト・フェアクロフをお願いします。ソフィア先輩以外のメンバーではアーネスト・フェアクロフに手も足も出ないでしょうから」
フロックハートは断言するが、俺も同意見だ。多分フェアクロフさんの相手は妹のフェアクロフ先輩しか出来ないだろう。
理由はフェアクロフさんの持つ純星煌式武装『白濾の魔剣』だ。アレは任意のものだけをぶった斬りそれ以外の物をすり抜ける防御不能の能力を持っているので、対処するには防御ではなくて回避を選ばないといけない。
しかし普通の人は『白濾の魔剣』の能力を理解していても、身体が勝手に反応して防ごうとしてしまうので、厄介なのだ。
その点フェアクロフ先輩は兄妹だけあってフェアクロフさんの剣技に対して理解も深いだろうし、今日まで同じ防御不能の能力を持つ純星煌式武装『黒炉の魔剣』を持つ天霧相手に鍛錬をしていたのだ。フェアクロフさんの相手を出来るのは彼女しかいない。
フェアクロフ先輩も頭が良いのでフロックハートの意見を理解したようだ。緊張した雰囲気を見せながらも頷いた。
「尚、ソフィア先輩は負けない事を最優先にして、負けそうになった場合、『ダークリパルサー』を使ってください」
「わかりましたわ。幾らお兄様でもアレを受けたらマトモに動けなくなるでしょう」
だろうな。俺やシルヴィ、お袋もマトモに動けなくなったし、当てれば勝ちが大幅に近くなるだろう。まあフェアクロフさんクラスの相手に当てるのは至難だと思うが。
「んで蓮城寺はブランシャールの光の翼を撃ち落せ」
「わかりました。ですが全て撃ち落すのは無理だと思います」
だろうな。蓮城寺が一度に正確に放てる矢は8本。対するブランシャールが一度に使う翼は12枚。どんなに撃ち落しても最低4枚は残る。
「それは私がパーシヴァル・ガードナーの攻撃を注視しながら、回避のタイミングを皆の頭に伝えるわ」
「とりあえずフォーメーションについては以上だ。次に作戦に映るが心して聞けよ?」
『はい!』
メンバーから了解の返事が来たので俺は説明を始めた。
その際に幾つかぶっ飛んだ作戦も言ったので赫夜のメンバー(特に作戦を実行する人)は驚きを露わにしていたが、気にしない。勝つ為には奇抜な作戦も必要だからな。それこそ相手の想定の外にあるような奇抜な作戦が。
30分後……
「……これで作戦会議は終わりよ。後は……試合まで1時間半あるから軽いストレッチをしたり各々の担当する相手のデータを見ておいて」
「はーい」
「はい」
「わかりましたわ!」
「う、うん!」
フロックハートが作戦会議の終了を告げる。とりあえずやるべき事は全部やった。後は若宮達が自分が全力を尽くすだけだ。
「じゃあ俺達は観戦室に行くが、頑張れよ」
模擬戦をするならともかく、ストレッチや記録の見直し位なら俺達がいる必要はない。寧ろ居ることで緊張が増すかもしれないし。
「わかった!比企谷君!シルヴィアさん!オーフェリアさん!」
すると若宮が元気良く俺達に話しかけてくる。俺達3人は思わず顔を見合わせながらも、直ぐに若宮の方に向く。
「どうした?」
「私達、必ず勝つね!願いを叶える為だけじゃなくて、統合企業財体が3人の関係にケチを入れない為にも!」
力強くそう言ってくる。確かにW=Wはチーム・赫夜が準優勝以上になれば、俺とオーフェリアがW=Wに就職する事を条件に俺達3人の交際に一切ケチを入れないと言っていたな。
それを考えると思わず笑みを浮かべてしまう。
「……そうか」
「ありがとうね美奈兎ちゃん」
「……期待してるわ」
俺達は礼を言って控え室を後にする。本当に良い奴らだな。付き合いを持ってから1年、色々ラッキースケベはやったが、比較的良好な関係は得られたので是非とも優勝する光景を見せて欲しいものだ。
昨日エンフィールドも言っていたが、可能性に思いを馳せるのも悪くないのかもしれない。
そんな当たり前の事を考えながら俺はクインヴェールの専用観戦室に向かって歩くのを再開した。