「さて……そろそろ準決勝第2試合が始まるな」
クインヴェールの地下にあるトレーニングステージにて、俺は恋人のオーフェリアとシルヴィ、深く関わるようになったチーム・赫夜の5人と明日の対策を練りながらそう呟く。
「そうだね。開始5分前だし一旦作戦会議はお休みにしよっか」
シルヴィがそう言うと空間ウィンドウを開く。先程俺は事故によって頬にフェアクロフ先輩のキスを受けて、オーフェリアとシルヴィは不機嫌になっていたが、今はもう大丈夫そうだ。
まあさっきまで2人にキスをされまくったからだろう。俺を恥ずかしい目に遭わせる為にチーム・赫夜の前で。
その際にチーム・赫夜の反応と言えば、若宮は顔を覆い、アッヘンヴァルとフェアクロフ先輩は顔から煙を出して倒れ、蓮城寺は苦笑をして、フロックハートはブラックコーヒーを飲みながらゴミを見る目で俺を見てきた。
『さあ!いよいよ準決勝第2試合です。既にあのチーム・ランスロット相手に大金星を手に入れたクインヴェール女学園のチーム・赫夜と頂点を争うことになるのは、果たしてどちらのチームなのか!先ずは東ゲート!今期の鳳凰星武祭を制したタッグを擁するチーム・エンフィールドー!』
実況の声と同時に東ゲートが開き、エンフィールドを先頭に5人がステージに現れて空間ウィンドウからも大歓声が伝わってくる。
『今回のチームリーダーはエンフィールド選手のようでありますな。噂によると昨日ちょっとしたトラブルから治療院に担ぎ込まれたらしいのですが、どうやら試合に支障はなさそうであります』
解説はそんな事を言っているがアレはちょっとしたレベルじゃないからな?まあトラブルの内容は知らない方が良い内容だけどな。
実際にこの場にいる面々で知ってるのは俺とシルヴィとオーフェリア、後はクインヴェールの諜報員のフロックハートだけだろう。現に他の4人は不思議そうな表情を浮かべながら解説の意見を聞いているし。
しかしエンフィールドを見る限り基礎的な戦闘には支障がなさそうだ。まあ今回の対戦相手が対戦相手だから無茶はすると思うけど。
『そーしてそして!西ゲートから姿を現したのは、その全員が冒頭の十二人!チームメンバー各々が攻撃手を務める今大会屈指の攻撃型チーム!『覇軍星君』武暁彗率いる界龍第七学院のチーム・黄龍ー!』
そして西ゲートから暁彗を先頭に界龍の制服を着た5人がステージに現れる。両チーム共に凄い迫力でチーム・ランスロットに勝るとも劣らない。
『こちらのチームリーダーは武選手でありますな。準々決勝ではチーム・ヘリオンのチームリーダーとエースの二人を撃破するなど圧倒的な力をみせつけましたね』
『その上、道士として高い実力を持つセシリー・ウォン選手に高い格闘技術とアスタリスクNo.2の速度を持つ趙虎峰選手も極めて優秀な選手であります!』
『まあアスタリスク最速の『影の魔術師』比企谷選手は能力有りでの速度であって生身の速度は趙選手の方が上ですね』
ああ、そういやネットではアスタリスク最速は影狼夜叉衣を纏った俺で次点に虎峰の名前が挙がっていたな。まあ実況の言う通り生身なら虎峰の方が遥かに上だろう。加えて影狼夜叉衣には使用中肉体に掛かる負担が大きいし。
そんな事を考えていると
『ん?』
『どうしました、柊さん?』
『いえ、趙選手の足元……あれは……』
足元?俺は空間ウィンドウを見ると、虎峰がブリッジからステージに向かって飛び出し宙を舞う。
そして地面に着く直前にくるりと身体を回転させた後、足の裏からオレンジ色光を放つと空中で再度跳ね上がった。虎峰の足を見れば脛まで覆う奇妙な形の鋼靴があり、甲の部分には深いオレンジ色のマナダイトが埋め込まれていた。
それを見た俺は嫌な予感に駆られる。あの動き、オレンジ色のマナダイト、それらから察するに……
「マジか、あの野郎、『ヘルメスの翔靴』を持ち込みやがったのかよ……!」
思わず口に出してしまう。最悪だ……よりによって1番渡って欲しくない相手の手に渡っちまったよ。
「マズイわね……『天苛武葬』が『通天足』を使うなんて鬼に金棒ね……」
同じようにフロックハートも冷や汗を流しながらも険しい表情で空間ウィンドウを見る。
「え?その『ヘルメスの翔靴』とか『通天足』って何?」
若宮が質問をしてきた。俺がそれに答えようとすると、その前にフロックハートが口を開ける。
「界龍が所有する純星煌式武装よ。元々はレヴォルフにおいて『ヘルメスの翔靴』と呼ばれていたんだけど、界龍に渡った後に調整されて『通天足』って名前になったの」
あ、名前が変わったんだ。流石諜報員だけあってフロックハートの言葉は重みがあるな。
「純星煌式武装……ちなみに能力は?」
「名前の通り、空を飛ぶ能力ですよフェアクロフ先輩」
「あー、それは確かに嫌な相手に渡ったね」
シルヴィが引き攣った笑みを浮かべると全員が険しい表情になる。
『ヘルメスの翔靴』改め『通天足』は能力だけ見ればそこまで強くない純星煌式武装だが、使い手が能力の高い拳士の場合驚異的な効果を発揮するでもある。
生身ならアスタリスク最速の虎峰が持つのはフロックハートの言う通り、鬼に金棒だろう。
(てかマジでチーム・エンフィールドが勝たないとヤバイな……)
チーム・赫夜はチーム・ランスロットとの戦いでボロボロだ。その状態でフェアクロフさんに匹敵する暁彗や強力な力を得た虎峰、高い星仙術を使うセシリーや高いコンビネーション能力を持つ双子がいるチーム・黄龍に勝つのは、言っちゃ悪いが無理だと思う。
士気が下がるから言わないが、もしも決勝の相手がチーム・黄龍なら若宮達が勝つ確率は0.0001%あるかないかだろう。
チーム・赫夜が優勝するにはチーム・エンフィールドがチーム・黄龍を打ち破り、その際にチーム・エンフィールドがボロボロになってないと厳しいだろう。それならまだ出し抜ける可能性はあるし。
そんな事を考えている間にも……
『さあいよいよ試合開始時刻になりました!決勝にてチーム・赫夜と覇を競うのはチーム・エンフィールドか?!はたまたチーム・黄龍か?!』
実況が試合開始時刻が迫っている事を口にする。同時に全員が各々の持つ武器を構える。まあ虎峰は拳士だから手には何も持ってないけど。
そして並び方を見るに、天霧と刀藤は暁彗と、リースフェルトと沙々宮はセシリーと虎峰、エンフィールドが双子とやり合う算段だろう。
それは間違っちゃいない。封印が全部解除された天霧ならともかく、今の暁彗を1人で相手をするのは無理だろう。エンフィールドが双子の足止めだろうし、リースフェルトと沙々宮が前シーズン鳳凰星武祭準優勝コンビ相手にどこまでやり合えるかが勝敗にかかるだろう。
そして遂に……
『獅鷲星武祭準決勝第二試合、試合開始!』
試合開始の合図が告げられてステージに動きが生まれる。さてさて……あいつらはどこまでやれるやら……
試合が始まって5分……
『…………』
全員が無言で、それでありながら険しい表情を浮かべている。理由は簡単。今まさに試合中だが、その試合はまさに激闘の一言だからだ。
試合の流れは予想通りでステージでは3つの戦いが生まれている。
1つはステージの中央にてチーム・黄龍のリーダーの暁彗とチーム・エンフィールドのエースの天霧と刀藤の戦い。これは様子を見る限り暁彗が押していて天霧と刀藤が何とか食らいついている。
2つはチーム・エンフィールドのリーダーのエンフィールドと界龍の双子の戦い。といっても戦いというよりはエンフィールドが自分を囮にして双子の足止めをしている感じだ。おそらく双子の幻術による援護を制限する算段だろう。
そして最後、3つ目の戦いは……
『咲き誇れーーー硝煙の炎爆花!』
『この程度……って臭っ!何ですかこの臭いは?!』
リースフェルトが放つ小さい火球が虎峰の近くで爆発して、同時に虎峰は苦しそうな表情をしながら鼻をおさえる。
3つ目の戦いはステージの中央にて試合の主導権を握る為に行われているリースフェルトと沙々宮VSセシリーと虎峰による2対2の試合だ。
と言っても既にセシリーの校章はリースフェルトに破壊されて、沙々宮は虎峰の一撃で気絶したのでリースフェルトと虎峰のタイマンとなっている。
本来なら昨日銀河とやり合って疲れているリースフェルトが不利だが予想に反して虎峰と互角に渡り合っている。
その理由だが……
「アレ絶対に貴方が教えた技でしょ、八幡」
「ああ、そうだ。と言っても正確に言うと俺との戦いの中であいつが編み出したんだよ」
フロックハートはジト目を向けて俺を見てくるので素直に認める。はい、俺がリースフェルトに色々と仕込んだからです。
リースフェルトは良くも悪くも馬鹿正直過ぎる。サポート系の技を持ってるも基本的には攻撃寄りの技が殆どだ。
リースフェルトの使用する能力の特性は炎。炎能力者は相手を焼くのが基本的だが、俺から言わせればそれはお利口さんでしかない。
炎の特性が相手を焼くのは間違ってないが焼く以外にも色々ある。焼いて一撃で戦闘不能にするのではなく、焦がして相手の動きを徐々に鈍らせたり、炎から生まれる硝煙や臭いで相手に不快感を与えたりと色々ある。
だから俺は実戦を通してリースフェルトに視野の狭さを教えたが……
(能力の発動タイミングといい……少し強くし過ぎたか……?).
予想以上の成長に思わず内心でそう呟いてしまう。恐らく星武祭が始まってからも鍛錬をしたのだろう。リースフェルトの実力についても上方に修正しないといけない。
そう思う中、リースフェルトは虎峰に自身の煌式武装を向けて……
『綻べーーー彼岸の却炎華!』
同時に地面に突き刺す。すると間髪入れずに虎峰の足元から朱く燃え盛る曼珠沙華が花開く。
『その程度!』
虎峰は『通天足』を纏った足で曼珠沙華を蹴り飛ばす。曼珠沙華は細かな塵となって散華する。しかし……
『ぐ……!』
次の瞬間、虎峰は苦しそうな表情を浮かべて地面に倒れ込む。何だありゃ?俺も見たことない技だ。
疑問に思っていると……
「曼珠沙華……彼岸花は有毒植物。ユリスは植物の特性を能力に織り込んだみたいね」
植物に詳しいオーフェリアがそう呟く。なるほどな……リースフェルトは基本的に炎の能力を植物に模して発動している。それに植物の特性を加えてもおかしくない。
しかし俺も知らないって事は星武祭が始まってから編み出したのか?
(もしくは王竜星武祭で強者と相対する時に編み出したのか、だな)
いずれにしろ無防備の状態で毒を受けた虎峰にリースフェルトの相手は無理だろう。現にリースフェルトを前にして地面に倒れ込んでいるままだし。
そんな虎峰にリースフェルトは……
『咲き誇れーーー六弁の爆焔花!』
火球を放ち、そのまま虎峰の身体を吹き飛ばす。
『趙虎峰、校章破損』
リースフェルトは撃破を確認すると同時に小さい火球を再度生み出してエンフィールドと戦う双子を牽制しながら暁彗の所に向かう。今のところエンフィールドは双子と互角に対して、天霧と刀藤の2人でも押されているのだから当然と言えば当然だろう。
試合は終盤に持ち込んできたのを理解して思わず前のめりになって空間ウィンドウを見る。見れば暁彗が刀藤の防御を崩して天霧を狙おうとする。
しかし同時にリースフェルトが持っている煌式遠隔誘導武装を全て暁彗の顔面や足に狙いをつけて放った事により暁彗の追撃は止まる。ナイスフォローだ。遊撃手としてリースフェルトはかなりの腕になっているのがわかる。
それによって刀藤は体勢を立て直し、天霧の横に並ぶ。その後ろにリースフェルトが立ち3対1となる。
しかしそれでも暁彗の相手をするのは厳しいと思う。今の暁彗は強い。見た所新しい技術はないが、基礎戦闘能力は俺と戦った時に比べて大分上昇している。
さてさて、決勝に上がるのはどっちやら……願わくばチーム・エンフィールドに勝ち上がって貰って欲しいものだ。
チーム・赫夜が僅かでも優勝する確率が上がる為にも。
そう思いながら空間ウィンドウを見ると戦いが始まっている。恐らく長くは続かないだろう。
『咲き誇れーーー赤円の灼斬花!』
空間ウィンドウに映るリースフェルトはそう叫び手に持つ細剣型煌式武装を暁彗に向けると周囲から大量の炎の戦輪が20近く現れて暁彗の校章に向かって襲いかかる。
対する暁彗は手に持つ棍をバトンのように回転して全て吹き飛ばす。校章が破壊されたら負けな以上当然の判断だが、僅かに隙が出来たのは紛れもない事実で……
『はあっ!』
『たあっ!』
その隙に天霧と刀藤が距離を詰めにかかる。対する暁彗はリースフェルトの牽制攻撃を全て防ぐと同時に……
『急急如律令、勅!』
地面から炎の壁を生み出す。同時に天霧が刀藤の前に出る。『黒炉の魔剣』を持った自分が出た方が良いと判断したからだろう。
そして即座に『黒炉の魔剣』で炎の壁を一閃する。しかしそれは囮のようで、
『破っ!』
『ぐうっ!』
暁彗を地を這う程に身を低くして、天霧に突撃を仕掛け天霧の右腕に拳を放つ。『黒炉の魔剣』に攻撃するのは危険と判断して天霧本人を狙ったのだろう。
見れば天霧は右腕に星辰力を込めているのがわかる。しかし完璧に防ぐのは無理だったようで『黒炉の魔剣』は天霧の手から離れる。
『終わりだ……!』
暁彗は強い口調でそう言うと、地響きが起こるくらいの一歩を踏み出して天霧の校章を狙いに行く。
これは暁彗の勝ちだ。
そう思ったが……
「何っ?」
暁彗の拳は空を切った。見れば天霧は先程炎の壁を囮にした暁彗同様に地を這うように身を低くしていた。
(マジか?!あのタイミングで回避しただと?!)
俺だけでなくこの場にいる全員が驚く中、天霧は腰にあるホルダーから予備の煌式武装を取り出して暁彗に斬りかかる。
が、暁彗も驚きの表情を浮かべたものの直ぐに後ろに下がって回避して即座に拳を振るう。
しかし天霧はそれをブレード1本で簡単に受け流し、即座にカウンターの突きを放つ。今まで見た突きよりも速く、そして鋭く。
対する暁彗は腕で防ぐが腕からは血を流して完全に防ぐことは出来てないようだ。しかしそんな暁彗を他所に天霧は既に剣を引いていて袈裟斬りを暁彗に放つ。
いつの間にか天霧は暁彗相手に有利に試合を運んでいた。
「な、何ですのアレは!?」
フェアクロフ先輩が思わずと言ったように叫ぶが、俺も同感だ。さっきまでより動きも剣技も別人のようになっている。
(もしや最後の封印が解けたのか?だとしてもこれは……!)
冗談抜きで強い。『黒炉の魔剣』無しで暁彗相手に押しているのだから。もしも『黒炉の魔剣』を持っている状態なら俺でも勝てないかもしれない。
そこまで考えている中、遂に天霧は暁彗の持つ棍を暁彗の手から弾き飛ばし、校章に狙って突きを放とうとする。
……が、
『ぐああああああ!』
その直前に天霧の周囲に魔法陣と紫色の鎖が現れてその身体に絡みつく。
(例のタイムアップだと?)
聞いた話じゃ1時間近くは大丈夫と聞いたが……もしかして3つ目の封印はまだ完全に解除されてなくて、今までは限定的に解除していたのか?
疑問に思う中、天霧の周囲にあった魔法陣と紫色の鎖は直ぐに無くなるも、天霧の身体は鈍い。おそらく今の天霧の実力は全ての封印がある状態ーーー序列入りも厳しいレベルだろう。
そんな中、暁彗は動く。
『万全のお前と戦えないのは残念だが……今度こそ終わりだ』
暁彗はそう言って天霧の斬撃によってボロボロになった拳を放つ。これが王竜星武祭なら天霧の負けだっただろう。
が……
「させません……!」
刀藤がその前に暁彗の横から斬りかかる。それを見た暁彗は天霧を狙うのを中断して刀藤に裏拳を放つ。
それによって暁彗の右腕は更にボロボロになり、刀藤の日本刀は砕け散る。
しかし刀藤はそれを気にすることなく、突き進む。そこには迷いはない。日本刀は完全に壊れている訳ではないのでそれを使って校章を狙う算段だろう。
対する暁彗は空いた左拳で刀藤を狙う。この距離なら星仙術を使うより体術の使用の方が早いからと推測出来る。
『咲き誇れーーー大紅の心焔盾!』
が、刀藤の前にリースフェルトの生み出す炎の盾が生まれる。それが暁彗の拳に当たると、一瞬だけ暁彗の拳の速さが鈍くなるも……
『はあっ!』
直ぐに盾を破壊して刀藤の腹に拳が叩き込まれ、刀藤の口からは血が出る。うん、アレは痛そうだ。
しかし……
『今ですーーー綾斗先輩!』
刀藤は口から血を流しながらも笑みを浮かべて暁彗の拳を抱き抱えそう叫ぶ。
それを見た暁彗はハッとした表情を浮かべるも……
『はぁぁぁぁっ!』
既に天霧はブレードを振るっている。封印の影響だと思うが、さっきに比べて剣速は遅く、鋭さもない。おそらく全て封印された時の状態なのだろう。
しかしこの状態なら暁彗が防御に回るより……
『武暁彗、校章破損』
『試合終了!勝者、チーム・エンフィールド!』
俺の予想通り、暁彗が防御に回るより天霧が暁彗の校章を破壊する方が早かった。
それによって決勝で若宮達チーム・赫夜とぶつかる相手が決まったのだった。