『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』
シリウスドームにて、実況のABCアナウンサー梁瀬ミーコの声が響くと一拍遅れてステージに大歓声が生じる。
「とうとう決勝かー。チームを組んだ頃は本当にここまで来れるのかと思ったけど……」
「とうとうここまで来ましたわね」
美奈兎とソフィアが感慨深くそう呟く。口にはしてないが柚陽やニーナ、クロエも似たような気持ちだった。
「そうね。結成当初はデコボコチームだったけど、色々あってここまで来れたわ」
言われて全員が過去を振り返る。
美奈兎が49連敗していてある意味クインヴェールで超有名であった事、柚陽が元々星武祭に出る気はなかった事、ソフィアが昔は王竜星武祭一本に絞っていた事、ニーナが鳳凰星武祭のタッグパートナーに切り捨てられた事、クロエが学園の諜報機関の人間である事。
5人は他にも色々振り返る。
チーム・メルヴェイユを倒した後一時クロエと引き離された事、その際にシルヴィアに助けて貰った事、シルヴィアがトレーニングの相手として八幡を紹介した事、その八幡に何度も叩き潰されたり胸やスカートの中に顔を埋められたり揉まれたり事故で頬にキスをし合った事……
『………』
そこまで考えると全員が大小差はあれど頬を染める。事故だとはわかってはいるが、恥ずかしいもの恥ずかしいのである。
「と、とにかく!これが最後だし、全てを出し切るわよ」
クロエが顔を赤くしながら熱から逃げるようにそう締めくくる。対して他の4人はクロエも同じ事を考えていると察して追求するのを止め……
『了解!』
全員で了解の返事をする。それと同時に実況の声が再度流れだす。
『先ずは東ゲート!チーム・メルヴェイユを始め、チーム・トリスタン、準決勝では絶対王者チーム・ランスロットを撃破するなど、今大会で大金星を何度も手に入れたクインヴェール女学院チーム・赫夜ー!』
それを聞いたチーム・赫夜の5人はギュッと顔を引き締めてゲートをくぐる。同時に大歓声が5人に浴びせられる。今までもそれなりの歓声を受けていたが、絶対王者のチーム・ランスロットを撃破したからか昨日までより一際大きな歓声であった。
スポットライトが当たる中、5人はステージに降りて深呼吸をする。ソフィアは既に2度星武祭に参加しているので彼女にとってこれが最後の試合だ。よってこのメンバーでする試合も最後を意味する。
結成して1年、年齢だけ見たら獅鷲星武祭に参加しているチーム……特にガラードワースのチームなどに比べて、チーム・赫夜は若いチームである。
しかしその1年はどのチームより濃厚な1年を過ごしたと5人全員が思っていた。叶うなら恩人や師匠や友人ーーーシルヴィアと八幡とオーフェリアの3人が見ている前で勝ちたいとも思っている。
絶対に勝つ。5人が強く決心している中、再び実況の声が生まれてくる。
『続いて西ゲート!準決勝にてチーム・黄龍と激戦を繰り広げ、見事この場に立つ権利を得た星導館学園チーム・エンフィールドー!』
同時に先程チーム・赫夜の5人が入場した時と同じくらいの大歓声が生まれ、それから少ししてからゲートと繋がっているブリッジから準決勝にてボロボロになって試合に出れない刀藤を除いたチーム・エンフィールドの4人が降りてくる。
同時に若宮達は若干気圧される。チーム・ランスロットに勝ったとはいえ、チーム・エンフィールドもチーム・ランスロットと同等の力を持っているチームだ。
しかし5人は全員折れてはいない。自分達は弱いのだと割り切っているのだから。
(気圧されるのは仕方ない。でも勝ちは絶対に譲らない……!)
クロエがそう思いながら前に踏み出すと、チーム・エンフィールドのチームリーダーであるクローディアが同じように前に出てくる。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「優勝は我々がいただきますので」
「それはこっちのセリフよ」
クロエとクローディアは笑顔を浮かべて握手をする。しかし両者の目は微塵も笑っておらず、バチバチと火花を散らして妙なプレッシャーを醸し出していた。
そして握手を解き開始地点に戻ると美奈兎が心配そうな表情を浮かべながら話しかけてくる。
「ねぇクロエ。さっき向こうの会長さんとプレッシャーをぶつけ合ったけど大丈夫?」
他の3人も似たような表情でクロエを見るが、クロエは笑顔で首を振る。
「大丈夫よ。ただ向こうもヤル気がある事を理解出来たわ。相手は遥かに格上……だけど格下が格上に勝てない道理はないのだから落ち着いて行くわよ」
実際に今回の獅鷲星武祭で何度も格上相手に金星を挙げた為、クロエの言葉には説得力があり、若宮達4人も特に抵抗なくクロエの言葉を受け止めた。
『さあいよいよ試合開始の時間です。泣いても笑ってもこれが最後!256チームの内、頂点に立つのはチーム・赫夜か?!それともチーム・エンフィールドか?!』
そしてステージに立つ9人が各々の武器を手にすると実況の声がステージに響き、観客席は一層盛り上がっていく。
大歓声があたかもステージを押し潰すかのように響く中、遂に……
『獅鷲星武祭決勝戦、試合開始!』
最後の試合開始の合図が告げられる。
「咲き誇れーーー赤円の灼斬花!」
「九轟の心弾!」
試合開始と同時に両チームの遊撃手であるユリスとニーナはそう叫び、自身の周囲にそれぞれ炎の戦輪と光の弾を生み出して放つ。他の面々は各々の役割を果たすべく動き出す。
「どどーん」
「させませんよ」
紗夜が放つ高威力のホーミングレーザーを6発放ち、柚陽の放つ流星闘技の矢が放たれてホーミングレーザー相殺させたり……
「はあっ!」
「あらあら……最初から全開ですね」
ソフィアの剣技をトレースしたクロエが肉体にかかる負担を無視斬りかかり、クローディアが『パン=ドラ』を使って巧みに攻撃を防いだりしている。
そしてユリスとニーナが放った遠距離攻撃がぶつかる中……
「はあっ!」
「くっ!」
「わあっ!」
この試合に参加するメンバーの中で最も強い綾斗の一振りがソフィアのサーベルを斬り落とし、返す刀で若宮の校章を狙った一振りを放ってくる。
幸い美奈兎はその前に『黒炉の魔剣』の攻撃範囲内から出るも、データより遥かに強い事を嫌でも理解してしまう。
しかし……
『気圧されちゃダメよ!作戦通りに行って!』
クロエの声が頭に響くと美奈兎ハッとした表情を浮かべて隣にいるソフィアを見る。対するソフィアが小さく頷いたのを確認して……
「やあっ!」
「たあっ!」
2人は敢えて綾斗との距離を詰めにかかる。対する綾斗は『黒炉の魔剣』で迎撃しようとするも……
「なっ?!」
その前に2人が校章に手を当てて守りの体勢となったので思わず『黒炉の魔剣』を引いてしまう。
そんな綾斗の隙を2人が逃すはずもなく……
「貰ったぁー!」
「そこですわっ!」
美奈兎の右ストレートとソフィアの突きが綾斗に襲いかかる。対する綾斗はバックステップで簡単に回避するが……
「まだまだっ!」
「逃がしませんわっ!」
美奈兎ソフィアも高い機動力で綾斗との距離を縮めにかかる。バックステップを使う綾斗と真っ直ぐ走る2人、どっちが早いかは論ずるまでもないだろう。
綾斗は美奈兎の拳とソフィアの剣を持ち前のスピードで回避するも反撃に転ずることが出来ずにいた。
もちろん2人の技術が高いというのもあるが、それだけで封印を全て解除した綾斗を抑え込むのは不可能である。
にもかかわらず、何故2人が綾斗を抑え込むことが出来ているかというと……
『美奈兎さん!順調ですからこのまま一気に攻めますわよ!』
『もちろん!やっぱりクロエと比企谷君の作戦は凄いよ』
2人は頭の中でそう会話を交わして更に距離を詰めにかかった。
前日ーーークインヴェール地下トレーニングステージにて……
「……って感じでアッヘンヴァルはリースフェルトと戦え」
「わ、わかった……!」
八幡の言葉にニーナは小さく頷く。それを確認したクロエも小さく頷くと口を開ける。
「それじゃあ最後ーーーチーム・エンフィールド最強の天霧綾斗についての作戦を紹介するわ」
クロエがそう口にすると『黒炉の魔剣』を持った綾斗が映る。
「もうわかっていると思うけど、天霧綾斗はソフィア先輩に近い剣技を持ちながら『黒炉の魔剣』を持っていて、体術のレベルも一級品の怪物よ」
「そうですね。綾斗さんは天霧辰明流の組討術や槍術、小太刀の使い方を得意としてますね」
綾斗と交流を持つ柚陽が頷くと、美奈兎とニーナとソフィアはゲンナリとした表情を浮かべる。
「うー、わかってはいたけど、改めて聞かされると厄介だなぁ……」
美奈兎がそう呟く。しかし八幡は表情を変えずに口を開ける。
「問題ない。確かに天霧は強いが勝算はある」
「えっ?!本当?!」
「八幡の言うとおりね。天霧綾斗は強いし『黒炉の魔剣』も厄介だけど、『黒炉の魔剣』は時として弱点になるわ」
「……『黒炉の魔剣』に弱点?そんなものあるの?」
八幡と同じようにチーム・赫夜に協力しているオーフェリアが小さく手を挙げて質問をする。オーフェリアとしては『黒炉の魔剣』なら自分の瘴気も斬れると思っているので、特に弱点が思いつかなかった。
その可愛らしい仕草に八幡は苦笑をしながら首を横に振る。
「ああ。『黒炉の魔剣』と戦う際は戦い方が3つある」
「ええ。1つは『黒炉の魔剣』と同格の純星煌式武装を用意する……まあこれは純星煌式武装を持っていない私達には無理だけど」
クロエは冷静に首を横に振る。何でも斬れると評される『黒炉の魔剣』でも同じ純星煌式武装を斬るのは無理だ。(正確には不可能ではないが、斬るのにとんでもない手間がかかるので割に合わない言われている)
「んで2つ目はとにかく遠距離から攻めるだが……これも却下だ。天霧クラスの相手に遠距離戦をする場合生半可な実力では足止めすら無理だ」
「そうね。天霧綾斗を遠距離から足止めをする場合、柚陽クラスの実力の人間を2、3人必要ね」
クロエは八幡の言葉に補足を入れてキッパリと無理と評した。一応クロエの伝達能力を使えば柚陽+柚陽の能力をコピーした美奈兎達……と、いう事も可能だが、それをすると必然的にユリスやクローディアをフリーにするのでリスクが高過ぎるので却下した。
「じゃあ3つ目の戦い方だけって事?どんな戦い方?」
ニーナが手を上げて質問をするので、八幡が口を開ける。
「それはだな……とにかく奴にひっつけ」
そう説明するとソフィアと柚陽は納得しような表情になり、美奈兎とニーナは頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「良い?『黒炉の魔剣』は確かに強力だけど、天霧綾斗は完璧に使いこなせていないわ。四色の魔剣は星辰力を上手くコントロールすれば持ち主に適したサイズにする事が出来るのよ」
言いながらクロエは新しく空間ウィンドウを開く。そこには昨年の鳳凰星武祭決勝の試合でユリスが綾斗の為に『黒炉の魔剣』のサイズを調整している光景が映っていた。そこに映る『黒炉の魔剣』は普段綾斗が使っているそれよりも遥かに小さく持ちやすそうな形であった。
「アレが天霧にとって最適な形。だけどアレはリースフェルトの協力があって出来たようだ。よってリースフェルトの協力がない状態の『黒炉の魔剣』は取り回しが悪い」
「だから距離を詰めて思い通りに動かせないようにするって事?」
「ええ。加えて『黒炉の魔剣』は何でも斬る能力。距離を詰められた中で無理に振るったりして、私達に重傷を負わせたらその場で失格になるわ」
星武憲章では試合中でやり過ぎる事を禁止されている。もしも無理に『黒炉の魔剣』を振るって致命傷になったら失格になるだろう。
『黒炉の魔剣』は強力だが、強力過ぎる故に状況によっては枷となってしまう純星煌式武装である。八幡とクロエはそこを読んで綾斗と距離を詰める作戦を提案したのだ。
「まあお兄様の『白濾の魔剣』に比べて『黒炉の魔剣』は星武祭では扱いが難しいですから」
ソフィアがそう呟くとようやく事情を理解した美奈兎とニーナも納得したように頷く。
「と、言うわけよ。基本的に天霧綾斗の相手はソフィア先輩だけど、場合によっては美奈兎やニーナが戦う可能性もあるし、その辺りはしっかりと考慮するように」
『了解!』
クロエが念押しするように話すと、クロエ以外のチーム・赫夜の4人は力強く返事をして、決勝前日の作戦会議は終了した。
「あらあら。綾斗の対策はバッチリみたいですね」
ステージの中央にいるクローディアは両手に『パン=ドラ』を持ちながら困ったような表情を浮かべ、襲ってくる拳を回避して返す刀で袈裟斬りを放つ。
「ええ。まあ昨日天霧綾斗の封印が全て解除された所為で美奈兎をこっちから外すことになったけど」
対するクロエは八幡の技術をトレースしてから身を屈めて袈裟斬りを回避して、そのまま『パン=ドラ』を蹴り上げる。そして追撃を仕掛けようか悩んだが……
(無理に攻めたら負けね……)
追撃を止めて距離を取る。追い詰められている状態ならともかく今はクロエとクローディアの戦い、チーム同士の戦いも拮抗している。そんな中チームリーダーの自分が無理に攻めるのは愚策とクロエは判断した。
「それは良かったです。流石に貴女と若宮さんの2人を相手にするのは厄介ですから」
クローディアは余裕のある笑みを浮かべているが、これはハッタリで内心では本当に安心していた。理由は簡単、ルサールカやチーム・黄龍、銀河の実働部隊との戦いで『パン=ドラ』の未来予知のストックが切れそうだからだ。
一方のクロエも悩んでいた。今の所は拮抗しているが、直ぐに戦況が動くと理解しているからだ。昨日の試合でクロエは満身創痍となり、今日も万全ではない。そんな状態で他人の技術をトレースしたら肉体に相当な負荷が掛かる。
そして限界が来たらクロエはなす術なくクローディアに負けると確信を得ている。
(やっぱり博打を仕掛けるべき……とはいえ今はダメ、動くとしたら誰か1人が落ちてから……!)
チーム・赫夜のメンバーが最初に落ちた場合、直ぐに負けに繋がるので、負けに繋がる前に勝負を仕掛ける。
チーム・エンフィールドのメンバーが最初に落ちた場合、その勢いに乗るべく勝負を仕掛ける。
クロエの方針は決まった。
(誰か1人が落ちるまでは無理な攻めをしない。それまではやられない事を最優先に……)
そう思いながらクロエは空中から襲う火の玉をサーベルで一閃してから、クローディアの斬撃を拳で受け流す。
同時に肉体に激痛が走るがクロエは表に出さない。出したらそこを付け込まれる可能性があるのだから。
(何としても勝つ……!自分の為、美奈兎達の為、八幡達の為にも……!)
クロエは肉体に掛かる激痛を無視して不敵な笑みを浮かべながらサーベルを構えてクローディアと剣をぶつけ合った。
決着はもうそんなに遠くない。