「後20分か……」
星導館学園、生徒会室にて比企谷小町は巨大な空間ウィンドウを見ながらソワソワする。
「あらあら。小町さんはお兄さんのことが心配なのですか?」
小町が今いる部屋の主のクローディアはコロコロと笑いながら尋ねる。その周囲には先の獅鷲星武祭で優勝したチーム・エンフィールドのメンバーが揃っていた。
「別に緊張することもないだろう。比企谷もオーフェリアもシルヴィア・リューネハイムも気圧される事はないだろう」
「……というか、世間が幾ら反対してもあの3人が別れるとは思えない」
小町の右隣に座るユリスは呆れ顔を、左隣に座る紗夜は無表情を浮かべている。小町はユリスとはオーフェリア関係で比較的仲が良く、紗夜とは高速機動銃士と大艦巨砲戦士で相反する戦闘スタイルからライバル関係を築いている。
2人の言葉に対して小町は首を横に振る。
「いえ、そうではなくて……記者の人は十中八九お兄ちゃんを悪く言うと思いますが、その時にオーフェリアさんがブチ切れないかが心配なんです」
『あー』
小町の言葉にチーム・エンフィールドの5人が納得したような声を出す。
「ま、まあ多分テレビの前でキレることはないんじゃないかな?」
「そ、そうですよ。それをやったら世間からの風当たりが強くなりますし……」
「まあ、そうですね……」
綾斗と綺凛は小町を励ますようにそう言ってくる。もちろんそれは小町も考えている事だ。
(流石にオーフェリアさんも一回や二回なら大丈夫だとは思うけど……)
10回や15回兄を悪く言われたらキレそう……というのが小町の考えである。
(お願いだから記者はお兄ちゃんのことを悪く言い過ぎないでね……マジで)
小町な胃の辺りに手を置きながら会見が始まるのを待ち続けた。尚、途中でクローディアから胃薬を差し出された際は、ありがたく受け取って飲んだのは言うまでもないだろう。
同時刻……
「後20分か……」
クインヴェール女学園学生寮最上階のミルシェの部屋にて、ミルシェは空間ウィンドウを開いてから胸に手を当てて深呼吸をしながらそう呟く。
「ま、今更外野がどうこう騒いでも仕方ないんだし、落ち着いて酒でも飲んどけ」
「いやいや比企谷先生!未成年にお酒を勧めないでください!」
ソファーに座る涼子がワインをミルシェに渡そうとするとマフレナが慌てて止めに入る。
「相変わらずマフレナは頭が固いなぁ〜。私は小学校の時から飲んでたぜ〜。ミルシェだって飲みたいだろ〜?このワイン200万したんだぜ?」
「200万?!そんな高いワインをガブガブ飲んでるのー?!」
予想外の値段にモニカは思わず声を上げてしまう。見れば他の4人も差はあれど驚きを露わにしていた。
「ん?ほらアレだ。あんたらや美奈兎ちゃん達が活躍したからボーナスを貰ったし、賭けで大勝利してなー。今の私の懐はあったかいんだよ」
涼子はチーム・エンフィールドの優勝に2億賭けた。そしてチーム・エンフィールドのオッズは1.52倍、すなわち涼子の懐には3億以上の金が入ったのだ。
加えてルサールカのベスト8入りとチーム・赫夜の準優勝のボーナスもあって涼子の懐はかなり温かくなっている。そんな訳で涼子は一本数百万のワインを大量に持ち歩いてありとあらゆる場所で飲んでいるのだ。
「っと、いつのまにか10分を切ってんじゃねぇか」
涼子の呟きにルサールカは驚きを消して空間ウィンドウを操作してテレビをつける。チャンネル操作はしない。どの番組も会見の様子を放送するのだから。
「さてさて……あいつらはどうなるやら……って、言っても結末は大体予測出来るけどな」
「そうですねー。絶対に別れる事はないですよ」
「たりめーだろ?あのバカップルが別れるだぁ?」
「そんな事、落星雨が降ってもあり得ないに決まってんじゃん!」
「……寧ろ会見でも平然とイチャイチャしそうね」
「あ、あはは……」
この場にいる6人は全員、3人が別れる事はない、人目があっても平然と愛を囁き合う3人が別れるなどあり得ないと確信を抱いている。
問題があるとすれば……
「記者の連中がウチの馬鹿息子をdisりまくってオーフェリアちゃんがキレないか心配だぜ」
涼子の呟きにルサールカの全員がコクコクと頷く。それを見た涼子は新しいワインボトルを取り出して景気付けするかのようにグビグビと飲み出した。
同時刻……
「後20分……お願いだから引退しないで……!」
聖ガラードワース学園女子寮にて、一色いろはは顔を青くして、ガタガタと震えながら空間ウィンドウを開く。
一色は逆恨みから八幡を困らせるべく、八幡とシルヴィアとオーフェリアの関係を暴露した。
暴露した当初は一色の目論見通り、世間では八幡を悪く評価されていて、当事者の一色は内心大笑いしながらネットを見ていた。その時の時間は一色にとって本当に幸せで、可能なら永遠に続けばとさえ考えていた。
しかしその幸せも長く続かなかった。
獅鷲星武祭が終わってから、一色は理事長室に呼ばれて何事かと思ってきたら……
ーーーよくもあの3人の関係をバラしてくれたな
ーーーもしも会見でシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をしたらどうしてくれる?
ーーー我々、そして他の統合企業財体は大分前から3人の関係を知っていたが、その事を恐れて公表しなかったのだ。
ーーーにもかかわらず、余計な事をしてくれた
ーーー既に他の統合企業財体もお前が暴露した事を把握しているだろう
ーーーもしも彼女が引退宣言をしたら他の統合企業財体は間違いなくガラードワースひいてはEPが3人の関係を暴露したと公表するだろう
ーーーそうなった場合、我々EPは世間から叩かれるだろう
ーーーもしもシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をして、他の統合企業財体が我々が暴露したと公表したならば、世間からの批判を少しでも減らすべくこちらも貴様が原因と公表する予定だ
理事会のメンバーはそれはもうボロクソに一色を罵倒し尽くした。
結果、もしもシルヴィアが引退宣言して、他の統合企業財体が3人の関係を暴露したのはガラードワースひいてはEPと公表した場合、EPは自分らの総意ではなく一色いろはが勝手にやった事と公表する事にしたのだ。
つまり一色にとって最悪の場合、世間から『お前の所為でシルヴィアは引退した』と責められる事もあり得るのだ。
結果今の一色は、ただただシルヴィアが引退しない事を望んでいるだけだった。
しかし心の底では八幡に対する憎悪が増していた。
「私は悪くないのに……シルヴィアさんが引退宣言したらタダじゃおきませんから……!」
一色は瞳に強い憎悪を宿しながら空間ウィンドウを操作してテレビをつけた。
彼女の待つ運命は……
同時刻……
「後20分か……」
「ねぇねぇ、葉山君はどうなると思う?」
聖ガラードワース学園の中庭にて、葉山隼人は沢山の男女に囲まれながら空間ウィンドウを開いて会見を待っている。
「わからない。ただ、彼は2人の女性と付き合っている……これは絶対に許されない事だよ」
「そうだよね!二股かけてるなんて最低だよ!」
「シルヴィアさんについても比企谷八幡が卑怯な手を使って手に入れたんだよ!」
「どうせチーム・赫夜についてもなんか卑怯な手を教えたに決まってるよ!でなきゃ会長達が負けるなんてあり得ないし!」
「これだからレヴォルフの屑は……!」
葉山の取り巻きは次々と八幡の悪口を口にするが、この場にいるリーダーの葉山は止めるつもりはなかった。八幡の在り方全てを認めていないし、チーム・赫夜がチーム・ランスロットやチーム・トリスタンを倒したのも何かズルをしたのだと思っている故に。
(全く比企谷の奴……元々人として間違っているのにレヴォルフに転入してから更に間違うようになったな……今回の会見で自分のした事を反省して本来いるべき場所に戻るべきだ。それでも戻らないなら……力づくで叩き潰してでも戻してやるよ)
葉山は内心でそう呟きながら、取り巻きが生む八幡に対する罵倒を耳にしながら空間ウィンドウに意識を向けた。
同時刻……
「後20分ですわね……」
聖ガラードワースの食堂にてレティシアは胃薬を準備しながら空間ウィンドウを開く。
「そうだね、この会見の結果次第ではウチも相当叩かれるだろうね」
レティシアの向かい側に座りパスタを口にするアーネストがそう呟く。
少し前の2人なら生徒会室の様な場所で見ているが、獅鷲星武祭が終わりチーム・ランスロットの5人は引退したので生徒会室を使用していない。(元々の役職から使用出来ない事はないがアーネストらの生真面目さ故に使用を拒否している)
「全くですわ……!以前の動画の件といい、彼女はどれだけ学園の品格を落とすやら……おかげで私の胃には穴が開きましたわ」
レティシアは言いながら胃薬を飲む。既にレティシアにとって胃薬は相棒そのものである。
「落ち着いてレティシア。薬の飲み過ぎは却って体に毒だから」
それを見たアーネストは苦笑しながらレティシアを宥める。
「そうは言いましても……!」
言いながらレティシアは水を飲んで胃薬を流し込む。レティシアの中では一色は忌避すべき存在である。
以前の八幡を侮辱してシルヴィアとオーフェリアに責められる動画が広まったり、最近ではカジノに入り浸っている噂もありガラードワースの評判は彼女一人の所為で大きく下がっているのだから。
そんな風にプリプリしながら胃薬を飲んでやけ食いをするレティシアはアーネストはため息を吐く。
本来ならレティシアの行為を咎めるべきかもしれないが、レティシアの気持ちもわからないでもないし、やけ食いと言っても上品な食べ方なのでアーネストはレティシアを咎めなかった。
「やれやれ……お願いだから平和に終わって欲しいものだよ」
アーネストはため息を吐きながら窓の外ーーー今回会見が行われるホテル・エルナトに視線を向けたのだった。
同時刻……
「後20分か……」
ホテル・エルナトの一室にて、俺は恋人のオーフェリアとシルヴィ、シルヴィのマネージャーのペトラさんの4人で待機している。ある意味で星武祭より緊張する。ステージでの戦いは何百と経験しているが、会見での戦いは初めてだからな。
対してシルヴィとペトラさんは慣れているから特に緊張したようには見えない。オーフェリアも神経が図太いからか気にせずお菓子を食べている。
どうやら緊張しているのは俺だけのようだ。どうせなんと言われようと別れるつもりはないが煩く言われるのは勘弁して欲しいからな。
内心そう呟いていると、俺の右手に柔らかい感触を感じたので顔を上げると……
「………」
「……」
オーフェリアとシルヴィが優しい笑顔で俺の手を握ってくる。それを認識すると俺の中にあった緊張は雲散霧消されて、温かいものが染み込んできて幸せな気分になる。
(ありがとな、2人とも)
目で2人に礼を伝えると2人は小さく頷く。やはり俺達は言葉を交わさなくてもお互いの気持ちが理解出来るようだ。そこまで関係が進んだとわかると嬉しくて仕方ない。
2人の手から伝わる愛情に心が温かくなっていると、ドアをノックする音が耳に入る。
「どうぞ」
ペトラさんがそう口にするとスーツ姿の男性が入ってくる。
「失礼します。会見開始時間10分前となりましたので、会場へ移動をお願いします」
ついにきたか……まあ問題ない。俺はたった今2人から愛情の温もりを貰ったんだ。俺の前に敵はない。
「わかりました。じゃあ行くわよ」
「あ、ゴメン。ペトラさん先に行ってて。30秒したら直ぐに行くから」
シルヴィがそう返事をすると、スーツの男性は頭に疑問符を浮かべ、ペトラさんは呆れ顔を向ける。
「……わかったわ。ただし1分しても来なかったら乗り込むから。さ、行きましょう」
「え?い、良いんですか?」
「構いません。寧ろここに居ない方が良いです」
ペトラさんは戸惑うスーツの男性にそう口にすると男性を引っ張る形で部屋から出て行った。
同時にシルヴィは俺とオーフェリアを艶のある目で見てくる。ここまで来ればシルヴィの行動の意図も読める。
それはオーフェリアも同じようで目を瞑って顔を寄せてくる。対してシルヴィも顔を寄せてくるので、俺も2人の方に顔を寄せる。
そして……
ちゅっ……
3人でそっとキスをする。俺の唇の右側からはシルヴィの、左側からはオーフェリアの唇の柔らかい感触が伝わってくる。
10秒くらい唇を重ねた俺達は顔を離す。これで更に元気が出てきた。
「じゃあ行こうか」
「ああ(ええ)」
シルヴィの言葉に頷いた俺とオーフェリアは頷いて3人一緒に部屋を出た。
すると少し離れた場所に男性とペトラさんが居たので早歩きで追いつく。
「準備はしてきたわね?」
ペトラさんは呆れ顔を向けてくる。この準備とはキスの暗喩だろう。だとしたら……
「「「はい(うん)(ええ)」」」
「……そう」
ペトラさんはため息を吐いてから背を向けて歩くのを再開するので俺達もそれに続く。
それから少し歩くと豪華な装飾が備わった格式高い扉が目に入る。男性の足が止まった事や中から人の気配を感じることから……
「会見はこちらで行います。準備が宜しいですね?」
やはりか。しかし準備は2人とキスをした時点で万端だから問題ない。
俺達4人が頷くと男性がドアを開けるので俺達は中に入る。同時に無数のフラッシュが俺達を襲う。こうなる事はわかっていたが、予想以上のフラッシュに目を細めてしまう。王竜星武祭準決勝が終わって取材を受けた時よりも遥かに多いフラッシュだ。
しかし俺達は特に気圧される事なく椅子に座る。座る順番はペトラさん、シルヴィ、俺、オーフェリアの順に座った。記者からすれば左から1番左にペトラさんがいるように見える。
俺達4人が座ると……
「ではこれより、比企谷八幡さんとシルヴィア・リューネハイムさん、オーフェリア・ランドルーフェンさんの3人の交際についての会見を執り行います」
司会の男性がそう告げて会見が始まった。いよいよだな……