「実は『大博士』に関することなんだけど……」
天霧のその言葉だけで俺は面倒、もしくは厄介な話と理解した。
『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズはアルルカントの学生でアルルカント創立以来の天才と評されている。
そして俺の恋人の1人であるオーフェリアを普通の人間から世界最強の魔女に変えた女である。最近は感情豊かになったオーフェリアだが、昔は実験の所為で全てに対して興味を失っていた。そのこともあって俺は彼女を嫌悪している。
また彼女は天霧に対して、天霧の姉ちゃんの意識を取り戻す事を餌に昔かけられたペナルティの解除を要請したのだ。
その際に天霧は姉ちゃんの意識を取り戻す為に『大博士』にかけられたペナルティを解除したのだが、天霧の様子を見る限り何かあったのだろう。
「それで?『大博士』となんかあったのか?」
「実はペナルティを解除する前に彼女に2つの条件を出したんだ」
「だろうな。あのイカレ女相手に何の制限もしないのはバカ極まりないからな。で?その条件の穴を突かれたりでもしたのか?」
「うん……俺が出した条件は『実験を行う際は全ての情報を公開する』、『人体実験を行うときには被験者との完全な同意を得る』の2つなんだ」
まあ大体予想通りの願いだな。しかしその程度の条件であの女が止まるとは思えない。アルルカントにいる知り合いーーー親父や材木座からは『大博士は完全に狂っている』と断言するくらいだ。
「だからオーフェリアみたいな借金のカタで連れられて来た連中を使ったのか?」
そう思って聞いたが……
「それが……彼女は自分自身を被験者にすると言ったんだよ」
「……っ!なるほどな……」
確かに自分自身を被験者とするなら天霧にどうこう言われる必要はない。『大博士』は納得しているのだから。
しかし……だからと言って自分自身を被験者にするとは……本当に狂ってやがるな。
「……話はわかった。要は『大博士』の研究で誰かが不幸になると思っていて、一度不幸になったオーフェリアの彼氏の俺に対して後ろめたい感情が湧いた、と?」
「まあ大体そんな感じかな。姉さんを取り戻した事については後悔してないけど……」
感情的には納得してないんだろうな。しかし俺には案がある。
「だったら星武祭に出れば良いだろうが」
「え?!い、今なんて言ったの?」
「だから星武祭に出れば良いだろって言ったんだよ。んで優勝してもう一度ペナルティを掛ければ良いじゃねぇか」
一番合法的で確実で手っ取り早いのはそれだ。『大博士』を殺したり、奴の持つ研究所をぶっ壊すのは犯罪だからな。
「で、でも……それじゃあユリスの邪魔に……」
あー、そういやこいつはリースフェルトの為に鳳凰星武祭や獅鷲星武祭に出ていたんだったな。てか天霧とリースフェルトって付き合ってないの?リーゼルタニアに行った時は結婚の話も出たみたいだけど、結婚しろよ。
まあそれはさておき……
「大丈夫だろ。リースフェルトがアスタリスクに来た理由は孤児院を救う為、国を変える為、オーフェリアを連れ戻す為の3つで、もう全部叶ってるじゃねぇか」
「あっ……!」
オーフェリアは俺が自由にしたし、孤児院は鳳凰星武祭で優勝した事で救われて、リーゼルタニアは獅鷲星武祭で優勝した事でヨルベルトさんの権利ーーー王権の拡大に成功している。
「つまりリースフェルトにとって絶対に叶えたい願いはない。だからリースフェルトと一緒に『大博士に再度ペナルティを掛ける』という願いを叶える為に王竜星武祭に出れば良いだろう」
リースフェルトの性格からして事情を聞いたら納得して、その願いを叶える為に王竜星武祭に参加すると俺は思う。加えて俺も絶対に叶えたい願いはないので天霧に協力出来るだろう。
仮にもし、俺、天霧、リースフェルトが大博士から研究を剥奪する為に王竜星武祭に参加すれば、成功確率は高くなるだろう。
「なるほど……とりあえず後でユリスに相談してみるよ」
「そうしろそうしろ。ま、お前が出てきたとしても優勝するのは俺だがな」
願いを大博士に対して使うのに対して不満はないが、優勝については譲るつもりはない。前回の王竜星武祭でシルヴィに負けた悔しさは今でも残ってるし、俺が優勝して願いを叶えるつもりだ。
「ははっ……もしも出る事になったらお手柔らかに」
「あー、まあ善処する」
口ではそう言ったがお手柔らかに挑んだら負けるだろう。
単純な戦闘力なら俺の方が天霧より上だと自負しているが、ありとあらゆる存在をぶった斬る『黒炉の魔剣』を持つ天霧とは相性が悪過ぎる。ぶっちゃけ一瞬でも手を抜きたら即座に負けに繋がると確信している。
「っと、俺はだいぶ飯を取ったし戻るわ」
「あ!俺もユリス達を待たせちゃ悪いし戻るよ。アドバイスありがとう」
「おう、じゃあな」
俺達が互いに一礼して各々の女が待つ席に向かって歩き出した。
「あ、お帰り八幡君」
「……遅かったわね。まさかとは思うけどラッキースケベは「してねぇよ!」……なら良いわ」
席に戻ると恋人2人が出迎えてくれた。エンフィールドは居ないようだが、リースフェルト達の席に行ったのだろう。
てかオーフェリアさん、最初にラッキースケベをしたかどうかを確認するって酷くない?
「酷くないわよ。八幡は本当にエッチだから」
「だよね。影を操る以外にラッキースケベをする能力を持っていると思っちゃうくらいだよ」
だから心を読むのは止めてください。しかしラッキースケベを沢山やったのは事実だから否定しきれない。
「んなわけないだろうが。大体エロいのは否定しないが、俺が自発的にエロいことをするのはお前らだけだからな?」
ラッキースケベは何度もやっているが全て事故で、自発的にやったことは一度もない。つーかやったらガチでぶっ殺されるだろう。やるつもりはないけど。
「……うん、知ってる」
「……ごめんなさい。八幡に悪気はないのはわかってるけど、つい……」
「謝る必要はない。俺がラッキースケベをやりまくってるのは事実だし」
「「それもそうね(だね)」」
だからと言って即座に言われるのもどうなんだ?まあ別に気にしてないけど。
そう思いながら持ってきた料理を全て平らげる。高級ホテルの料理だけあって本当に美味かった。機会があったらまた食いたいものだ。
そして食後の紅茶を飲んでいるとシルヴィが口を開ける。
「じゃあ後夜祭のメインイベントのダンスをしよっか。八幡君はどっちから踊る?」
シルヴィにそう問われるが悩んでしまう。俺からしたら2人と踊れるなら順番なんて気にしないし。
仕方ない……
「んじゃコイントスで決めるか。表が出たらシルヴィが先、裏が出たらオーフェリア……で、良いか?」
俺が貨幣を取り出しながら2人に問うと、2人とも特に反論することなく頷いたので問題ない。
んじゃ早速運命のコイントスをするか…
「よっと」
恋人2人が見守る中俺はコインを宙に弾く。弾かれたコインは空中で回転して、やがてテーブルに落ちてチャリンチャリーンとコイン特有の音を出す。さてさて、結果……
「表……シルヴィアが先ね」
テーブルに置かれたコインは表、つまりシルヴィからだ。
「じゃあ八幡君、よろしくね」
「……ああ」
言いながらシルヴィは立ち上がり手を差し出してくるので俺はシルヴィの手を握って立ち上がる。
そして中央の方に向かって歩き出すと、周りにいた人間がモーゼの海割りのように広がって俺達に道を作る。多少……いや、メチャクチャ恥ずかしいが我慢だ。
ドキドキしながら生まれた道を歩くと幾つもの視線を感じる。中には知り合いの視線も混じっていた。穏やかな視線、面白そうなものを見る視線、呆れの色が混じった視線、羨ましそうな視線、明らかに侮蔑の混じった視線、etc……
そんな視線を感じながらもホールの中央に俺達は立つ。同時に今流れている曲が終了して次の曲が流れ始める。タイミング的には最適だろう。
するとシルヴィがもう片方の手を差し出してくるので俺も手を差し出して握る。義手だからムードがぶち壊しだがその辺りは気にしない。
そんな事を考えているとシルヴィが回り始めるので俺も同じ速度で回り始める。その際に音楽のリズムに合わせて体を揺らしたりしながら。
回転をしながらも周囲に目を配り、他にダンスを踊っている人とぶつからないように注意しながら身体を後ろに傾ける。同時にシルヴィがこちらに覆い被さるように前のめりの体勢をするので、シルヴィを支えながらシルヴィの顔に自身の顔を寄せる。
同時に辺りからは歓声が上がる。周りからしたら俺がシルヴィとキスをしているように見えても仕方ないだろう。事前にダンスの映像を見てある程度動きについて予習はしたが、実際にやると結構恥ずかしいな……
しかし俺は今……いや、永遠にシルヴィのパートナーなんだ。この程度で恥ずかしいなんて思ってはいけないな。だから俺は心に蓋をして恥じらいの感情を出さないようにしてから、そのままシルヴィを支えながら回るのを再開する。
するとシルヴィも楽しそうに笑いながらも俺に合わせて様々な動きを見せながら回り出す。
そんなやり取りが3分くらい続くと、俺達が踊り始めた時にホールに流れ始めた曲が終了したので、俺は回るのを止めて……
「あっ……」
そのままシルヴィを抱き寄せる。するとシルヴィは一瞬だけ驚くも……
「八幡君……大好きっ」
ちゅっ……
直ぐに笑顔になって抱き返してキスをしてくる。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
すると次の瞬間、辺りから歓声が上がる。それはまさに音爆弾と言っていい。イャンクックをビビらせる事も可能だろう。全くこいつは……いきなりキスをしてくるとは予想外だ。
だが、まあ……
「俺もだよ……んっ」
虫除けはしておいた方が良いだろう。さっきまでシルヴィに対していやらしい視線を向けていた男もいたし。
俺がキスを返すと再度歓声が上がる。やっといてアレだが、結構恥ずかしいな。
そう思いながらも俺はシルヴィの手を引いて元の席に戻る。同時に席に座っていたオーフェリアが拍手をしながら立ち上がり、俺の手を握ってくる。
「……2人とも本当に良かったわ。私もあんな風に踊りたいわ」
「もちろんだ。じゃあ行くぞ」
「……ええ」
「楽しみにしてるから頑張ってね」
「「ああ(ええ)」」
シルヴィから激励を受けながらも俺はオーフェリアを連れて再度ホールの中央に向かう。
「……じゃあ八幡、よろしく」
オーフェリアは若干恥ずかしそうに手を出してくるので、俺も手を伸ばしてオーフェリアの手を握る。
そして音楽に合わせて互いに回り始める。シルヴィの時と違ってオーフェリアの動きはぎこちないが……
(可愛い……)
一生懸命頑張ろうとしているオーフェリアの仕草はとても愛らしくて、俺をドキドキさせる。しかしそれも仕方ないだろう。少し前まであらゆるものに対して何の感情も抱かなかったオーフェリアが、頑張ろうとしているのだ。これでドキドキしない男は間違いなくホモだろう。
そう思いながらもオーフェリアを抱き寄せようとすると……
「あっ……!」
その前にオーフェリアが自分の足を俺の足にぶつけて尻餅をついてしまう。同時にスカートの中から青色の布ーーーショーツが目に入る。
一瞬ムラっとするも、直ぐに切り替えてオーフェリアを立たせる。他の野郎にオーフェリアの下着を見せてたまるかってんだ。
「大丈夫か?怪我はないか?」
「ええ……迷惑をかけてごめんなさい。シルヴィアだったら転ぶことはなかったのに……」
オーフェリアはシュンとしながら謝ってくる。本当に愛し過ぎるな……
「気にするな。誰にでも失敗はある。それよりも続きをやろうぜ。さっきよりゆっくりと回るからな」
というかドジっ子オーフェリアを見れて大満足だし。
言いながら俺はオーフェリアと距離を詰めながらゆっくりと回りはじめる。するとオーフェリアも身体を傾けたり、手の位置を変えたりしながらゆっくりと回り出す。
それから踊り続けたが、オーフェリアは何度かリズムを崩したり、足をよろめかせるも一生懸命頑張って踊り続けた。
そして曲が終わると、オーフェリアは自身の手を俺の手から離して……
「ありがとう八幡……大好き」
俺の首に手を回してシルヴィ同様、キスをしてくる。
『おぉぉぉぉぉぉぉっ!』
再び大歓声が沸き起こる。どうでもいいがオーフェリアもシルヴィも平然と沢山の人に囲まれてもキスをするようになったな。学園祭初日のプールの一件で慣れたのか?
まあ俺の返事は変わらないがな。
「俺も……お前とシルヴィを愛している」
どんな事があってもこれだけは変わらない自信がある。オーフェリアとシルヴィ、2人と一生ともに歩むという事だけは。
そう思いながら俺は大歓声に包まれながらもオーフェリアにキスを返したのだった。
その後俺達は後夜祭本来の目的ーーー他校生との交流をした。その際に俺はクインヴェールのチーム・赫夜の5人、星導館のチーム・エンフィールドの女子4人、ガラードワースのブランシャールとメスメル、界龍の星露、アルルカントの材木座が紹介したエルネスタとリムシィなどの女子と踊ったが、その時のオーフェリアとシルヴィからのジト目が痛かった。
尚、オーフェリアとシルヴィは殆ど女子と踊った。例外としてフェアクロフさんとは踊ったがフェアクロフさんなら大丈夫だと判断して何も言わなかった。あの人ガラードワースの鑑でガチの紳士だし。
また葉山がシルヴィをダンスに誘った時はガチで殺意が芽生えたが、シルヴィがハッキリと断ったので殺意を表に出さずに済んだ。まあその後に葉山に睨まれた時にもう一度殺意が芽生えたけど。
そんなトラブルも起こりかけたが、特に大きな問題は起こらずに後夜祭は終了した。
そして……
「はぁ……明日から後始末の仕事があるんだよなぁ……」
「面倒ね」
帰宅した俺達は一緒に風呂に入り、今から寝るところである。
「大変だろうけど、頑張ってね」
「ああ……って訳で寝ようぜ」
朝から仕事なのでそろそろ寝た方が良いだろう。後夜祭も楽しめたが、割と疲れたし。
「ええ、じゃあ……」
言うなりオーフェリアが目を瞑って顔を寄せてくる。シルヴィもオーフェリアの意図に気付いたのか目を瞑って顔を寄せてくるので俺も顔を寄せて……
ちゅっ……
3人で唇を重ねた。それによって俺達3人は一連托生だという事を改めて理解する。
その結果俺達は眠りにつくまでずっと3人でキスをし続けたのだった。