シリウスドームに打撃音と獣の雄叫びが響き渡る。普通の人間なら大抵驚き忌避をするが、今シリウスドームにいる人間は打撃音と獣の雄叫びを聞いて興奮し続ける。
観客のボルテージが更に上がり続ける中、シリウスドームのステージの中心では……
『殴り合いです!ステージの中心にて鎧を纏った比企谷選手と黒騎士選手が凄まじい殴り合っております!なんという激しいぶつかり合いだぁ!』
俺こと比企谷八幡は鎧を纏いながら、同じように鎧を纏う黒騎士という男と殴り合っていた。
互いに黒い鎧を纏って殴り合うなんてかなり珍しい光景だろう。基本的に能力者は白兵戦をしないし、鎧を纏う能力者もそこまで多くないし。
「ギイイイイイイイイイッ!」
すると黒騎士は先程俺が跳ね上げたブロートソード型煌式武装を拾って、泥を纏わせて巨大な大剣を再度生み出すが意味がわからん。さっき跳ね上げたから言えるがあの大剣じゃ影狼修羅鎧を突破するのは……っ!
そこまで考えた時だった。唯一泥が纏われていない場所ーーーマナダイトから強い光を感じる。間違いない、流星闘技をするつもりだ。
俺が顔を上げると、黒騎士は大剣を大きく振り上げて……
「ガアアアアアアアア!」
そのまま振り下ろす。すると巨大な斬撃が俺に向かって襲いかかる。まるで月牙◯衝みたいな技だ。
しかし黒い斬撃じゃないので怖くはない。俺の鎧を打ち破りたかったら黒騎士自身が月牙にならないと勝てないだろう。
そんなアホな事を考えながらも俺も右の拳に星辰力を込めて斬撃を殴りつける。そっちが流星闘技を使うなら俺も使わせて貰う。
そして俺の拳が斬撃とぶつかると右腕に若干衝撃を感じるが……
「おらっ!」
俺は無視して、そのまま斬撃を横薙ぎに振り払う。すると俺の真横に斬撃が飛んで行った。ステージの床には斬撃の痕がついているが、俺には関係ない。斬撃を飛ばしたのは黒騎士だし。
まあそれはともかく……向こうは流星闘技を使ったばかりなので向こうは直ぐに流星闘技を使うのは無理だろう。
そう判断した俺は即座に黒騎士との距離を詰めて、黒騎士の手にある大剣を力の限り殴りつける。すると刀身の半分が鈍い音と共に吹き飛んだ。その事から泥の量によって硬度に差がある事を理解する。
俺は追撃をするべく黒騎士の顔面に殴りかかるが、その前に黒騎士が泥で刀身を作り上げて、その刀身で俺の拳を受け止める。それによって衝撃が生まれて俺達の足元にクレーターが出来上がる。しかしそれでも尚、俺は互いの武器を交えていた。
そんな中、俺の胸中には苛立ちが生まれていた。
(くそッ、マジでウザすぎる……)
鎧は硬すぎるし、関節技の対策は鎧から棘を生やすという形で出来ているしガチでやり難い。影狼修羅鎧を纏った状態で関節技をかけようとするが、その場合小回りが利きにくい。てか無理やりやってこっちが関節技をかけられたら嫌だから無理な攻めはしない。
しかし厄介なのが例の泥。さっき俺は泥を纏わせていたブロートソード型煌式武装の刀身をぶっ壊したが、泥を纏わせる事で直ぐに使えるようにした。
その事から鎧を壊しても直ぐに再生する可能性が高い。そうなったらこっちの体力が削られてピンチになる。
(さて、どうしたものか……影神の終焉神装か影狼神槍なら鎧が再生する前に倒せると思うが、両方とも……特に後者は使いたくない)
前者は俺の最強の技だから、こんな早くに見せたくない。早く使ってはデータを取られる可能性が高いし。
後者は星辰力の消耗が大き過ぎるし、槍を作っている間は鎧を解除しないといけない。槍を作っている時にやられる可能性は高いし、万が一槍を外したら即負けに繋がる。
どうしたものか……ん?待てよ。アレならいけるかもしれないな。
一つだけ案が浮かんだから試してみる事にした。もしこれが駄目なら影神の終焉神装を使って倒そう。
そうと決まれば……やるか。
俺は息を吐いてから黒騎士を見据えて何度目かわからないが突撃を仕掛ける。
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
すると黒騎士は再度吠えて、泥で出来た大剣を振り下ろしてくるので俺は一歩横に避けてから大剣の横っ腹を殴りつける。今度は黒騎士の手から離れなかったが、軌道は大きく逸れて充分に時間を稼げた。
安心しながら俺は右腕を構えて……
「はぁっ!」
力の限り黒騎士の鳩尾を殴りつける。それに対して黒騎士は多少仰け反りはしたが、奴の鎧を砕くには至っていない。
しかしそれは予想の範囲内だったので今度は左手で同じ箇所を殴る。すると黒騎士はまた仰け反る。鎧はまだ砕けない。
「ギイイイイイイイ!」
再度右手で殴ろうとした時だった。黒騎士は吠えながらさっき俺が軌道を逸らした大剣を横薙ぎに振るい……
「ぐっ……!」
そのまま俺の鳩尾に叩きつける。鎧は砕けてはいないが、衝撃は完全に殺しきれずに伝わってきて胃液が口元まで込み上がってくる。
しかし俺はそれを無視して右腕を使って黒騎士の鳩尾を殴りつける。するとさっきより手応えを感じた。ヒビは入ってないが、もう直ぐ壊れそうだ。
(後一発……!)
俺は影を操り鎧の左腕の部分だけを大きくしながら、左手の義手に星辰力を注ぐ。
これは流星闘技を放つ為だが、義手を使って流星闘技を使う場合、俺の義手は本来の大きさの3倍となる。だから鎧の左腕の部分を大きくしないと義手が鎧の中で壊れてしまう可能性があるので、大きくしたのだ。
そして暫くして義手から力を感じ始める。鎧があるから見えないが義手に埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝いたのだろう。
だから……
「おらあっ!」
俺は黒騎士の鳩尾に最大出力の衝撃波を放つ。するとピシリと音がして、俺が殴った箇所の部分の鎧が剥がれる。ったく、本当に頑丈な鎧だな……
内心苦笑しながら俺は拳を黒騎士の鳩尾に更に深く減り込ませようとしたがそうは問屋が卸さなかった。
「ギギィィィィィィィッ!」
「ちっ……!」
黒騎士は腕を振り回して俺の顔面を殴りつけながら距離を取る。鎧越しながら全然痛くはないが……
「やっぱりな……」
問題はそこではなく……
『おおっとぉ?!比企谷選手が苦労して破壊した鎧が再生したぁ?!』
『頑丈な鎧に加えて再生能力……これほどの選手がガラードワースにいたとはな。能力を加味すれば序列1位なれてもおかしくないだろう』
目の前にいる黒騎士ーーー正確に言うと黒騎士の鳩尾の辺りを見れば、虚空から泥が生まれて俺が破壊した箇所を修復していた。予想はしていたがやはり修復が出来たか……
内心黒騎士の能力に呆れていると黒騎士は手に持つ大剣に今以上に泥を加えて、最終的には30メートル以上の大剣となる。
そしてマナダイトの光を強くしながら刀身を地面と平行に向けながら構える。おそらくさっきの飛ぶ斬撃を横振りで放つ算段なのだろう。獣みたいに叫びまくっている癖に意外と頭がキレるな。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
そんな事を考えていると黒騎士が一歩踏み出して大剣を振るおうとしてきたので……
「残念だが……お前の負けだ」
「ギイッ?!」
そう言って俺が手をパーにしてから、直ぐに握り拳を作ると黒騎士の動きが止まった。
『な、何だ?!ここで黒騎士の動きが突如止まった〜?!これは比企谷選手の仕業かぁ〜?!』
実況がそう叫ぶが俺の仕業である。まあ観客には何が起こったかわからないだろうけど。
そう思いながら俺は更に拳を更に強く握ると……
「ガアアアアアアッ!ギアッ!ギィィィィッ!」
黒騎士は地面に倒れ込みのたうち回り始める。見るからに痛そうだ。まあ実際に痛いだろうけどな。
暫くの間黒騎士が地面でのたうち回っていると、手足の先から身に纏っていた泥が剥がれ始める。能力者は強い痛みを感じると能力の維持が難しくなるが、それが原因だろう。
黒騎士が暴れ回る間にも泥は徐々に剥がれていき、遂に鎧が全て剥がされて生身の黒騎士が露わになった。
全身が影に締め付けられている状態で。
同時に観客席からは騒めきが生じる。一部からは納得の声も聞こえてくる。
『あ、アレは比企谷選手の影……ですか?』
『ああ。先程比企谷選手が黒騎士選手の鎧の一部を壊した時に仕込んだと思える。外側から鎧を破壊するのではなく、仕込んだ影を使って内側から黒騎士選手本人を攻撃して能力の維持を妨げたのだろう』
ヘルガ隊長の言葉通りだ。外側から鎧を壊しても泥によって直ぐに修復されると思った俺は鎧の中に影を入れて暴れさせる作戦を立てた。
結果は大成功。一度鎧を壊した後に左腕に纏わせた影の一部を鎧の内側に送り込み、網のように広げて黒騎士の身体を縛り付けて今に至る。
さて……そろそろ終わらせるか。既に決着はついたようなものだし、早めに終わらせないとブーイングを浴びせられる可能性もあるし。
そう思いながら俺は握り拳を更に強く握ると、未だに喚いている黒騎士を締め付けている影が更に強く締め付け……
『黒騎士、意識消失』
『試合終了!勝者、比企谷八幡!』
機械音声が俺の勝利を告げる。するとワンテンポ遅れて観客席から大歓声が生じる。本戦出場が決まったからか、1回戦と2回戦で勝った時よりも一段と大きい歓声だった。
『ここで試合終了!Cブロックから本戦に出場するのはレヴォルフ黒学院の比企谷選手だぁー!』
実況の声を聞いた俺は息を吐く。黒騎士は予想以上の強さだった。コイツの能力については結局わからなかったが、序列1位になれてもおかしくない実力だった。まさか予選からこんな敵に当たるとはな、本当についてないぜ……
内心ため息を吐きながら俺は気を失った黒騎士に背を向けてゲートに向かって退場した。
彼の勝利によって、彼の知り合いは様々な反応をした。
「やったー!八幡君が勝ったよ!」
「当然ですわ!八幡さんなら本戦に出場すると信じていましたわ!」
「あのね、貴女達……一応八幡は他所の学園なんだからそこまで激しく喜ぶと目立つわよ?」
「ですがクロエさんの顔にも嬉しさが出てますよ?」
「う、うん……クロエは素直になった方が良いよ?」
「貴女達ねぇ……わかったわよ。私も八幡が本戦に出場して嬉しいわよ」
「あ、クロエ可愛い!」
「本当ですわ!これが噂に聞くツンツンデレデレというものですの?!」
「ツンツンデレデレ?ソフィア先輩、それは何でしょうか?」
「ソフィア先輩。その言葉の意味は理解出来ませんが何か不愉快なので言わないでください」
チーム・赫夜の5人はテンションの差があれど喜びを露わにして……
「八幡さん、おめでとうございます……!ふふっ……」
「ノエル……比企谷さんの勝利を祝うのは良いが、以降はTPOを考えてくれよ?もしもガラードワースの学園内で他所の学園、それもウチと仲の悪いレヴォルフの生徒の勝利を祝ったりしたら暴動が起きるし……僕の胃が死ぬ」
「あ……う、うん!ごめんお兄ちゃん!」
ノエル・メスメルは喜びを露わにして、それを見たエリオット・フォースターは最悪の未来を想像して胃の痛みを感じて……
「馬鹿なっ!比企谷の奴、今度はどんなズルをしたというのだ?!俺にもわからないということは相当なイカサマだろ?!」
葉山隼人は己の正義に則った結果、八幡が卑怯な事をしていると決めつけて……
「ぱぽん!流石我の相棒であるな!」
「いやいや、将軍ちゃんが彼の相棒はないでしょ?精々パシリじゃないの?」
「やかましいわこの電波ビッチ!」
「なんですとぉ〜!私の何処がビッチなのかにゃ〜?!」
「ハッ!我をからかう為に水着エプロンをするような女を電波ビッチ呼びして何が悪い!この電波ビッチボッチ!」
「3つ合わせるなんてムカつくなぁ!この剣豪足軽兵!」
「貴様よりによって我を足軽呼ばわりにしよったな!」
「何さ?!それとも剣豪草履取りが良かったかな〜?」
「ふざけるな!我は剣豪将軍、材木座義輝であるぞ!」
「うわ、真顔で言ったよこの人……痛いな〜」
「……よし、こうなったらカミラ殿にデマを流して「させるか〜!」わっ、貴様!いきなり押し倒すとは卑劣なり!」
「カミラにデマを流そうとした将軍ちゃんに言われなくないらね!こうなったら今日こそ決着をつけようじゃないか!」
「望むところだ!今日こそ貴様に引導を渡してくれるわ!」
材木座義輝とエルネスタ・キューネは試合の話から脱線して、毎度のように口喧嘩をしながら徐々に取っ組み合いを始めて……
「ふふっ……やっぱり八幡君が勝ったね」
「……当然よ。私達の夫なのだから」
「うん。でもやっぱり八幡君は格好良いなぁ……」
「……ええ。惚れ直したわ」
「私もだよ。本戦でも私と当たるまでに格好良い所が見たいなぁ」
「……私は2人の活躍を楽しみにしているわ」
「ふふっ……ありがとうオーフェリア」
オーフェリア・ランドルーフェンとシルヴィア・リューネハイムは恋人の格好良い姿を見て頬を染めながら満足していた。
それから1時間半後、予選ブロック全32ブロックの試合が終了して本戦出場者32名が決まった。
王竜星武祭の本番はこれからである。