俺は今頭を痛めている。
理由は簡単。俺達の近くで面倒事が起こっているからだ。
視界の先では巌のような体軀をした男が怒りを帯びた瞳で星導館学園序列5位の『華焔の魔女』ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトを睨んでいた。
対してリースフェルトは全く相手をしていないように見える。
「おい小町。あのデカイのは誰だ?」
とりあえず事情を知ってそうな小町に聞いてみる。
「えーっと、うちの序列9位のレスター・マクフェイルさんだよ」
「ふーん」
「八幡……適当過ぎるよ」
「そこまで興味ないからな。お前ら以外で星導館で興味があるのは刀藤綺凛、クローディア・エンフィールド、リースフェルトぐらいだからな」
強い奴を見ると何となくわかるがあのマクフェイルって奴はそこまで強くないだろう。
「リースフェルトさんも?確かにリースフェルトさんは強いけど……お兄ちゃんにとっては刀藤さんや生徒会長に並ぶの?」
小町は不思議そうに聞いてくる。小町の言う通りリースフェルトは今言った刀藤綺凛やクローディア・エンフィールドに比べたら弱いと思う。……いや、あの2人が桁違いなのか。
特に刀藤綺凛は中1で序列1位を手にした怪物だ。しかも使う武器がただの日本刀なのがヤバい。もしも彼女が純星煌式武装を持って2年後の王竜星武祭に挑んだらオーフェリアとも良い勝負が出来るかもしれん。
いや……今はリースフェルトについてだったな。
「いや実力についてはそこまで興味ない。単にオーフェリアの昔馴染みって事でな」
「え?!そうなの?!」
「まあな。前にオーフェリアから聞いた。それより何であのデカイのはリースフェルトに絡んでんだ?」
オーフェリアの話は今はいい。本題に戻ろう。
「うーん。僕は今年入学したからわからないや。小町さんは知ってる?」
「あ、うん。去年の序列戦なんだけど……」
そう言って小町は空間ウィンドウを開いて動画を見せてくる。そこにはリースフェルトが炎を駆使してマクフェイルを追い詰めている動画があった。
「去年の序列戦で当時序列5位だったマクフェイルさんが17位だったリースフェルトさんに負けたから……」
大体わかった。要するに一度冒頭の十二人から落とされた恨みだろう。俺も落とした連中に恨まれていたからよくわかる。
それよりも言いたい事がある。
「てかおい。動画を見る限りマクフェイルそこまで強くねーじゃん。こいつ本当に序列5位だったの?」
これなら星導館が前シーズンで実質最下位なのも仕方ないだろう。同じ序列5位でも界龍の趙虎峰やガラードワースのパーシヴァル・ガードナーとは雲泥の差だ。いくら1位と2位が強いからってマジで星導館大丈夫か?
「うーん。まあそこは言わないで欲しいな」
小町が苦い顔をしている。てか小町が去年リースフェルトより先にマクフェイルに挑んでいたら序列5位は小町だったんじゃね?
「まあまあ。でも小町さん。一度負けたくらいであそこまで怒らないと思うんだけど」
「ああ。それね。その後にリースフェルトさんに2回挑んで負けたから」
「だからリースフェルトに序列戦で挑めないから決闘にこだわってる、と」
「そうそう」
公式序列戦は同じ相手、同じ序列へ指名出来るのは2回までだ。つまりマクフェイルは公式序列戦ではリースフェルトを指名出来ない。だから決闘にこだわってる訳だ。
「大体の事情は理解した。その上で聞くがアレは放置して大丈夫か?」
見るとマクフェイルがリースフェルトに詰め寄っていてリースフェルトがあしらっている。
「大丈夫でしょ?ぶっちゃけ星導館の人は見慣れてるし」
どんだけふっかけてんだマクフェイルの奴は?
「それはわかったけど天霧君は大丈夫かなぁ?」
戸塚は心配そうに言っているが……天霧だと?
「ん?リースフェルトの連れの男が天霧なのか?」
「うん。同じクラスの友達だから間違いないよ」
ほう。あいつが……
随分大人しそうな顔をしているな。直で見るのは初めてだがあいつがリースフェルトを押し倒して胸を揉むとは……まさに人は見かけによらないな。
内心感心している時だった。
「ふざけるなっ!言うに事欠いて、このオレ様がこそこそ隠れまわってるような卑怯者共と一緒だと?!」
再び怒声が聞こえたので振り向くと……マクフェイルの奴が天霧の襟首を掴み上げていた。マクフェイルの顔は憤怒に染まっているが天霧の奴は何をやったんだ?状況から察するにマクフェイルを挑発したんだと思うが。
少し気になったので声を聞いてみる。
「いいだろう、だったらまずはてめぇから叩き潰してやるよ」
「おっと、あいにくだけど俺も決闘をする気はないよ」
「あぁ?」
「受ける理由がないからね」
マジか。挑発して決闘を蹴るとか中々強かだな。てかこれ絶対マクフェイルブチ切れるだろうな。
すると俺の予想が当たった。
マクフェイルは天霧を突き飛ばして天霧に殴りかかろうとする。ヤバイな完全に切れてやがる。
その時だった。
「天霧君!」
戸塚が悲しそうな顔で悲鳴をあげて立ち上がる。おそらくマクフェイルを止めようとしているのだろう。
しかし今からじゃ間に合わない。マクフェイルは既に拳を振り上げている。
それを認識すると同時に俺は思考に耽る。
マクフェイルが天霧を殴る→天霧が傷つく→天霧の友人である戸塚が悲しむ→俺が怒る→マクフェイルを殺す→殺人罪で星猟警備隊に捕まる→小町や戸塚に嫌われて離れ離れになる→絶望して自殺する
(……ヤバい。死んでたまるか!)
その計算が成り立つと同時に俺は自身の影に星辰力を込める。間に合え!間に合わないと俺が死んでしまう。
「影よ」
俺がそう言うと影が動き出す。そして……
「ぐうっ!!何だこの黒いのは?!」
マクフェイルの拳が天霧に当たる寸前に俺の影がマクフェイルの両手両足を拘束して動きを止める。よし、これで天霧は傷つかないから戸塚が悲しまずに済む。
安堵の息を吐く中マクフェイルの叫び声が聞こえてくる。
「くそがっ!こんなもん……!」
無理やり引きちぎろうとしているが無駄だ。俺の星辰力が込もった影はかなり頑丈だからな。
「悪い。ちょっとあいつら店から出してくる」
息を吐きながら席を立ち歩き出して5人がいる場所に行く。
「おいお前ら、煩いから黙れ」
近寄りながらそう言うと5人が俺を見てくる。
「あぁっ!関係ねぇ奴はすっこんで……お、お前は?!」
マクフェイルは俺を睨んできたが直ぐに驚きの表情を見せてくる。見ると他の4人も似た表情を見せてくるが目立ち過ぎるのも考えものだな。
「なっ……なっ…なっ……『影の魔術師』」
「な、何でレヴォルフ最強の男がこんな所にいるんだよ?!」
マクフェイルの後ろにいる太った男が指をさしてくるが人を指さすなって母ちゃんに習わなかったのか?
「俺がどこにいようと関係ないだろ。それよりさっきからギャーギャー煩えんだよ。久々に妹と友人に会って幸せな気分を害してんじゃねぇよ」
舌打ちをしながらマクフェイルの拘束を解く。今のこいつに天霧を狙うって考えはないだろう。
「それとだな。星導館で鳳凰星武祭に参加する生徒が闇討ちされてる事やそこにいる『華焔の魔女』が狙われてるのは知ってるがな、こんな場所で喧嘩売ってると犯人の同類とみなされるぞ?」
以前小町からリースフェルトは天霧が転校した日とその後に2度襲われたと聞いた。その事から犯人はリースフェルトを狙っているのがわかる。だからリースフェルトに因縁をつけているマクフェイルが疑われても仕方ないだろう。
俺がそう返すとマクフェイルの怒りの矛先が俺に向かう。
「ふざけんな!!そいつと言いオレを卑怯者と一緒だと?!」
マクフェイルは天霧を指差しながら切れているが天霧も同じ事を言ったのかよ?
「実際お前はリースフェルトより弱いからな。勝つ為に奇襲を仕掛けてもおかしくないと思っただけだ」
ここまで言えば天霧の事は忘れるだろう。そうすれば天霧は傷つかず、戸塚は悲しまないで済む。後は……
「俺がユリスより弱いだと?!あんなもんマグレが続いただけだ!オレ様の実力はあんなもんじゃねぇ!」
目の前でブチ切れているマクフェイルをどうにかしないとな。
てか実際リースフェルトより弱いだろ?
「俺は客観的な事実を言っただけだ。真面目な話リースフェルトに勝ちたかったらその短気を止めろ。でないと一生勝てないぞ」
こいつの戦闘を見たがゴリ押しに拘り過ぎる。状況に応じて引くのを覚えたら勝ち目はあるものを……
しかし俺の意見を聞くそぶりを見せず……
「てめぇ!」
俺に詰め寄ってくる。こいつ彼我の差を理解してないのか?
内心ため息を吐きながら影に星辰力を込める。すると……
「なっ?!」
マクフェイルの周囲に影の刃が展開される。それによってマクフェイルは動きを止めたが後1歩遅かったら串刺しになっていただろう。
「……だからそのバカ正直っぷりがある限りお前は弱えよ」
殺気を出してそう言うとビクリとするがビビり過ぎだろ?でもまあ……これで少しは大人しくなるだろう。
俺が影の刃を解除するとマクフェイルは後ずさる。しかし顔は怒ったままだ。プライドだけは高いな。
「れ、レスター!そんな化け物の言う事なんて聞く必要ないよ!レスターは不意打ちをしないでリースフェルトを倒せるって!」
「そ、そうですよ!レスターさんが決闘の隙をうかがうような卑怯なマネをするはずありません!僕達はレスターさんが真っ向からユリスさんを倒すと信じてますから!」
取り巻き2人が慌てながらマクフェイルをフォローする。てかデブ、てめぇ人を化け物呼ばわりとは良い度胸してんじゃねぇか。マクフェイルもろとも潰すぞ。
「……ちっ!行くぞお前ら!」
マクフェイルは舌打ちをして踵を返し大股で去って行った。はぁ……ようやくいなくなったか。
安堵の息を吐いていると……
「ちょっとちょっとお兄ちゃん!やり過ぎだって!」
小町と戸塚がやって来た。
「いやすまん。割とイラついてた。反省はしてる」
「本当だよ!」
「まあまあ小町さん。天霧君は大丈夫?」
戸塚が小町を宥めながら天霧を心配する。
「俺は大丈夫だよ。それにしても戸塚は『影の魔術師』と知り合いなの?」
「うん。中学の時友達だったんだ!」
やだ、戸塚に友達って思われてるなんて幸せ過ぎるんですけど。
「そうなんだ。俺は天霧綾斗。よろしく」
そう言って手を出してくる。間違いない、リースフェルトを押し倒した時といいこいつはリア充だ。
「……比企谷八幡だ」
適当に返しながら握手をする。
「もー、お兄ちゃんったら!もう少し愛想良くしなよ!」
「俺に出来ると思ってるのか?」
普通に無理だからね?
「ごめんなさい天霧君。お兄ちゃんコミュ症だから」
こいつは何て事を言ってんだ。
「余計な事言わんでいい」
小町に軽いチョップを放つ。
「痛い!」
「あ、あはは……」
小町は涙目になって睨んでいるが自業自得だからな?まったく……
「まあいい。それより飯を食うの再開しようぜ。はっきり言って疲れた」
序列戦に加えてトラブルの発生、これ以上面倒事に巻き込まれたくない。
「あ、うん。じゃあ席に戻ろっか」
戸塚が頷くので席に戻ろうとした時だった。
「待て比企谷八幡。お前に話がある」
いきなり呼ばれなので振り向くとリースフェルトが固い表情で俺を見ていた。
その顔を見て話す内容を理解した。しかもオーフェリアからリースフェルトは頑固だと聞いた事もあるので間違いなく面倒事になると思う。
それこそーーー決闘をするくらい面倒事になるかもしれん。
俺はため息を吐きながらリースフェルトと向き合った。