学戦都市でぼっちは動く   作:ユンケ

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4回戦が終わり、各陣営は……(前編)

「うがぁぁぁっ!悔しい悔しい悔しいぃぃぃぃぃっ!」

 

治療院にて、俺は可愛い妹の可愛くない呻き声を聞いている。妹の小町はベッド上で叫びまくっている。

 

 

「わかったから少し落ち着け。喚いた所で5回戦に出れないという事実は変わらないだろう」

 

「そ、そうだけどぉ……!」

 

俺がため息混じりにそう言うと小町は不満タラタラの表情を浮かべながらも黙り込む。

 

今日の4回戦で小町はネイトネフェルに勝利した。ギリギリとはいえ、壁を越えていない小町が壁を越えたネイトネフェルを倒したのだからそれについては本当に凄いと思う。

 

しかしその勝利の為の代償は大きかった。

 

肋骨と右腕の骨が折れ、『迅雷装』の酷使によって全身に多大なダメージを受けて、『迅雷装』の代償によって脱水症状一歩手前となり、流星闘技の失敗による爆発で右腕全体を焼け焦がすなど、星脈世代でも完治するまでに時間がかかる程のダメージを受けたのだ。

 

結果として小町は試合終了と同時に意識を失い治療院に運ばれて、ヤン院長は治癒能力による治療が必要と判断して小町に治癒能力を使用した。

 

そしてそれは小町の5回戦のステージに上がる権利を失った事を意味する。星武祭で負った傷を治癒能力者に回復して貰った場合、その時点で星武祭への参加資格を失う。

 

つまり小町は敗退扱いされるということだ。一応ネイトネフェルを倒したので結果はベスト16という形になるが、俺と戦う事を望んでいた小町からしたら納得のいかない結果だろう。

 

「まあアレだ……俺と戦いたいなら王竜星武祭が終わったら戦ってやるよ」

 

壁を越えた人間に勝てたんだ。兄として妹が望む事を叶えてやっても良いだろう。

 

「え?!本当に?!嘘だったらお兄ちゃんの黒歴史シルヴィアさんとオーフェリアさんに教えるよ!」

 

「恐ろしいことを言うな。戦ってやるからそれはマジで止めろ」

 

「約束だよ!」

 

「はいはい。戦ってやるから先ずは身体を治せ」

 

「ほーい……あ、そういえばお兄ちゃん」

 

「何だよ?」

 

「お兄ちゃんは身体は大丈夫なの?お兄ちゃんも4回戦で相当無茶したじゃん」

 

小町が心配そうに俺をーーー正確に言うと肩から先がない左肩を見ながらそう言ってくる。

 

小町の言う通り、俺も相当無茶をした。『大博士』が強過ぎたとはいえ影神の終焉神装を使い過ぎたし、最後の一撃を放った際に義手は耐えきれずにぶっ壊れてしまった。

 

「義手はオーフェリアが装備局に頼んで予備を用意してるから問題ない。肉体については微妙だな」

 

何せ影神の終焉神装は当然で、医者からは影狼修羅鎧と影狼夜叉衣も使わない方が良いと言われたし。

 

「そっか……大変だと思うけど頑張ってね」

 

おーい小町ちゃん。気持ちは嬉しいけど俺の相手は星導館の人間だよ?

 

一瞬そう思ったが気にしない事にした。俺だって獅鷲星武祭ではクインヴェールのチーム・赫夜を応援したし、ノエルも今回の王竜星武祭1回戦で自分の学園に所属する葉山ではなく俺を応援してくれたし。

 

『面会時間終了10分前です』

 

そこまで考えていると治療院全体にそんな放送が流れる。どうやら今日の見舞いはここまでのようだな。

 

「じゃあ小町。またな」

 

「ほーい、お見舞いありがとうね」

 

小町は手を振ってくるので俺も小さく会釈をして病室を出る。とりあえず見舞いは終わったし早くレヴォルフに行って義手を取り付けないとな。

 

俺は息を吐いて怒られない程度の速さで早歩きをして治療院を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、クインヴェール女学園専用ステージでは……

 

「とりゃあ」

 

「わわっ!」

 

沢山の生徒が見守る中、クインヴェール最強の教師である涼子がクインヴェール最強の生徒であるシルヴィアと体術のみで戦っていた。最も明日に備えてのウォーミングアップの為、2人とも全力の3割程の力で戦っている。(それでも生徒の9割近くは2人のやり取りを見切れていないが)

 

涼子の放った蹴りをシルヴィアは星辰力を込めた両腕で防ぐも予想以上の衝撃に思わず吹き飛んでしまう。今回シルヴィアは能力抜きで戦っているのでかなり一方的に押されている。

 

同時に涼子は脚部に星辰力を入れて爆発的な加速をして距離を詰める。界龍の拳士が主に使う技術だが涼子も当然のように使える。

 

そしてそのまま吹き飛ぶシルヴィアを追い抜いてから、後ろを向き……

 

「よっと」

 

シルヴィアを抱きとめて……

 

「勝負アリだな。ほれほれー」

 

「ひゃぁんっ!お、お義母さんっ!いきなり止めて……あんっ!」

 

そのままシルヴィアの大きな胸を揉み始め、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら喘きだす。シルヴィアの扇情的な姿に2人の戦いを見ていた生徒らは顔を真っ赤にしてガン見し始める。

 

「おー、前より大きくなってんじゃん。馬鹿息子に揉まれまくって大きくなったのかー?」

 

「そ、そうですけど……やんっ!は、恥ずかしいですっ……!」

 

シルヴィアは涼子に揉まれながらも、自身の恋人に揉まれる姿を想像して顔に熱を生み出した。

 

こうして5回戦に備えてのウォーミングアップは色々な意味で涼子の勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、悪い悪い。ついノリに乗っちまったよ」

 

「つ、次からは止めてください……!」

 

十分後、ステージの控え室にて涼子は酒を飲みながら謝ると、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら涼子を睨むが、涼子からしたら可愛く思えてしまう。

 

「だから悪かったって。でも良いだろ?シルヴィアちゃん、王竜星武祭が始まってから結構気が張ってたし、今回の件で少しは気を緩めたんじゃね?」

 

「うっ……ま、まあ否定はしません」

 

涼子がカラカラ笑いながらそう言うとシルヴィアはそっぽを向きながらも涼子の指摘を受け入れる。

 

実際今回の王竜星武祭は前回に比べて雰囲気が全然違う。オーフェリアという絶対王者がいない為か、選手一人一人の優勝に懸ける思いが一段と増しているのだ。

 

にもかかわらず、八幡や綾斗や暁彗などの壁を越えた人間に加えて、星露に鍛えられた魎山泊のメンバーと有力選手が大量に参加しているので、シルヴィアは知らず知らずの内に気を張っていた。

 

だから涼子のおちょくりは張っていた気を緩める良いきっかけにはなったのは事実であり、それについては感謝をしているが……

 

「だからって……沢山の人がいる場所で胸を揉むのは……」

 

出来れば違うやり方で気を緩めて欲しかったのがシルヴィアの本音だ。

 

「わりーわりー。いやしかしマジで柔らかかったな……若い頃のヘルガや匡子の奴より揉み心地が良かったぜ?」

 

「警備隊長と『釘絶の魔女』の胸を揉めるのはお義母さんだけでしょうね……」

 

シルヴィアは半分呆れ半分驚きの感情を浮かばせながら涼子を見る。対する涼子はヘラヘラ笑う。

 

「いやいや、普通に揉むぞって確認すれば揉ませてもらえるぜ?まあそれは良いや。それより明日からは毎回骨のある奴が出てくんだし頑張れよ?」

 

涼子が笑いながらも真剣な声音でそう呟くとシルヴィアの顔も自然と引き締まる。シルヴィアは今日まで4回戦った。その際に多少梃子摺る事もあったが殆どは一方的な勝利であったが、5回戦からは壁を越えた人間とぶつかるのだ。

 

後4回勝てば優勝だが、シルヴィアは優勝するには最低3回壁を越えた人間と戦わないといけないと考えている。

 

そして明日が第1戦。界龍の序列3位『魔王』こと雪ノ下陽乃。今までの実績は王竜星武祭に2度出場して準優勝とベスト4が1回ずつで負けた試合はオーフェリアに負けた試合と、シルヴィアと同じ記録である。

 

そしてオーフェリアの逆鱗に触れて一度全ての力を奪われた女でもある。オーフェリアは未だに彼女を毛嫌いしているが、シルヴィアはそこまで憎んではいない。

 

八幡がアスタリスクに来る前の文化祭についての話は聞いている。その時の彼女の言動について思う所はあるが、シルヴィアにとって1番許せないのは相模であった。自分の仕事を放棄した挙句に尻拭いをした八幡の事を悪く言ったのだから。

 

閑話休題……

 

そんな訳でシルヴィアは陽乃を憎んでいる訳ではないので、憎しみによって視野が狭まるという事はないとシルヴィアは判断している。

 

だから涼子の言葉に対して……

 

「もちろんです。誰が相手でも一切の油断をしないで全力を尽くして優勝します」

 

力強く返事をした。雪ノ下陽乃だろうと武暁彗だろうと天霧綾斗だろうと、そして恋人である八幡にも負けたくないのだ。

 

そう、シルヴィアは誰よりも負けず嫌いであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アルルカントアカデミー『獅子派』の専用ラボでは……

 

「将軍ちゃ〜ん。邪魔するよ〜」

 

エルネスタは材木座のラボに入る。ラボは大型の機械で埋め尽くされていて、床にはどこから何を繋いでいるのかわからないようなケーブルが束になって広がっている。

 

大抵の人はこれを見て気圧されるが、エルネスタの場合は違う。自分の所有するラボも似たようなものであるから。

 

そして唯一開けたスペースから材木座が現れてエルネスタの元に歩く。

 

「何の用であるか?」

 

「ん〜。ほら、前に『彫刻派』が『獅子派』に頼んだ煌式武装関係の書類」

 

「ああ。わざわざ済まんな。というか言ってくれれば部下に取りに行かせたぞ」

 

「良いって。元々カミラにも用があってそのついで。それより将軍ちゃんは明日に備えて武器のチェックかな?」

 

エルネスタの視界の先にはバラバラとなった煌式武装ーーーアルディの使用する『マグネット』と『スプレッダー』があった。加えて見覚えのない武器もあるが状況から見て、まだ試合で見せていない奥の手とエルネスタは推測した。

 

「うむ。明日の相手は天霧殿であるからな。アルディ殿は鳳凰星武祭での借りを返したいとやる気になっておるし、我もアルディ殿の為に出来る事はやっておきたいのである」

 

だから材木座は一度アルディの持つ武器を隅々まで調べて、改良出来る箇所は全て改良する気でいた。

 

「そっか……ねぇ将軍ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」

 

そんな材木座に対してエルネスタは珍しく神妙な表情をしながら材木座に話しかける。

 

「何であるか?急に改まって?」

 

「前から思ってたんだけどさ……将軍ちゃんはアルディの事をどう思ってるかな?」

 

「……済まん。質問の意図が読めないのだが」

 

「そんな難しく考えなくて良いから。思った事を素直に言って」

 

エルネスタはいつもの無邪気な笑顔ではなく真顔で材木座に話しかける。それを見た材木座はいつもの揶揄いではなく、真剣に質問しているのだと理解する。

 

だから材木座も真剣に答える事にした。

 

「友であるな」

 

そう言い切った。材木座自身アルディと一緒に煌式武装の開発や星武祭の研究をしたり、アルディにアニメを教える事を楽しく思っているのでそう答えた。

 

「そっか……」

 

それを聞いたエルネスタは心から喜びを感じた。エルネスタの夢は、自分の手で人と等しい存在を創る事と、擬形体が人間と同じ権利を得る事である。

 

前者は自分のコントロール下になく強制停止装置も備わっていないレナティを開発した事で叶った。

 

しかし後者は中々思うようにいかない。自分の部下は擬形体の存在を認める事はあっても人間より下だと思っている。

 

一番の友人であるカミラも大切だが最終的に決別をする運命である。

 

カミラの目標は『究極の汎用性』、つまり誰にでも使いこなせる武器を作ることだがそんな武器は存在しない。どんな武器でもそれを扱う人間によって性能が変わるのだから。

 

だからカミラは人間ではなく、擬形体に武器を扱わせるべきと考えている。どんな複雑な武器でも擬形体なら自在に扱う事が可能だろうから。

 

そこまでならエルネスタと同じ道だが、カミラは自我があっては人間と同じだから、擬形体に自我はあってはならないと考えている。人間と同等の存在を創る事を目標としているエルネスタとは相反する考えだ。

 

エルネスタ自身カミラの目標を馬鹿にするつもりはないが認める事は出来ない。

 

だからこそエルネスタは材木座のアルディを友と言う発言を、アルディを綾斗に勝たせてやりたいと言う発言を聞いた時は心から感動した。

 

エルネスタは自分の夢は誰からも理解されないと思っていたし、それならそれで良いとも思っていた。第三者から理解されなくても知った事じゃないとばかり。

 

しかし改めて材木座とアルディのように人間と擬形体が仲良くしているのを見れば嬉しく思った。

 

「ねぇ将軍ちゃん……今後もアルディとは仲良くしてあげてね?」

 

「?エルネスタ殿の発言の意図はよくわからんが、我としてはそのつもりであるぞ」

 

「そっか……うん、ありがとうね将軍ちゃん」

 

エルネスタは心から感謝を込めて礼をする。彼女自身材木座の事は敵だと思っているが、同時に自分の理解者でもあると思えたので礼をする。

 

「っ……」

 

すると材木座は顔を赤くしながら後退りする。それを見たエルネスタは頭に疑問符を浮かべる。

 

「どうしたの将軍ちゃん?いきなり後退りして」

 

エルネスタが問いかけると材木座は悩みながらも渋々口を開ける。

 

「いや、その……我、今までエルネスタ殿の笑顔を見てきたが……今の笑顔は今までの仮面じみた笑顔ではなく、普通の女子の可愛らしい笑顔と思っただけだ」

 

するとエルネスタはポカンとした表情を浮かべるも……

 

「はぁっ?!い、いきなり何を馬鹿な事を言ってるのさ将軍ちゃんは?!」

 

「い、いや、我は客観的な事実をぶふっ?!」

 

直ぐに顔を真っ赤にしながら材木座をどつく。それによって材木座は尻餅をついて地面に倒れる。

 

「書類渡したからもう行くから!じゃあね将軍ちゃん!」

 

エルネスタは材木座に背を向けてラボから去っていった。ラボのドアが閉まると材木座は起き上がり頭に疑問符を浮かべる。

 

「……何であったのだ?」

 

その問いに答える人間は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くもう!全くもう!将軍ちゃんってばいきなり馬鹿な事を言って!」

 

エルネスタは肩を怒らせながらアルルカントの廊下を歩く。それを見た他の生徒はモーセの海割りの如くエルネスタに対して道を作る。

 

そんな彼らはエルネスタの初めて見せる表情を見て驚いていた。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

「本当に……馬鹿っ」

 

今のエルネスタの顔は誰よりも女の子らしい顔だったからだ。


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