学戦都市でぼっちは動く   作:ユンケ

262 / 324
4回戦が終わり、各陣営は……(後編)

『模擬戦終了!勝者、雪ノ下陽乃!』

 

 

界龍第七学院、冒頭の十二人専用トレーニングルームにて模擬戦終了を告げる機械音声が響き渡ると雪ノ下陽乃は息を吐き、仰向けで床に倒れていたセシリー・ウォンは上半身だけ起こす。

 

「いやー、やっぱり陽姉は強いよー。2年前に比べて格段に強くなっているね」

 

「当たり前だよセシリー。でないと私に自由はないんだから」

 

陽乃はセシリーを起こしながらそう返事をする。2年以上前にはセシリーは陽乃相手に1割から2割の勝率を出していたが、2年前すなわち陽乃がオーフェリアによって一時的に力を奪われた後に自由を奪われてからは一度も勝てていない。セシリーも努力はしているが陽乃の努力はセシリーのそれを大きく上回っていた。

 

「だよねー。でもそろそろ休みなよ。これ以上やって怪我したら明日の試合絶対に負けるよ?」

 

セシリーの言葉に陽乃は若干眉を寄せる。陽乃の明日の対戦相手は自分から自由を奪った比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンの恋人。それだけで陽乃の胸に黒い感情が浮かび上がる。

 

しかしそれは一瞬ですぐその感情を吹き飛ばす。忌々しいとは思っているが実力は本物。

 

過去の王竜星武祭では陽乃はシルヴィアと当たる前にオーフェリアに敗れているので相対した事はないが間違いなく強いだろう。ネットでの評価もシルヴィアの方が上回っている。

 

そんな彼女があり相手な以上、鍛錬のし過ぎはないが、セシリーの言っている事も理にかなっている。もしもこれ以上鍛錬をして怪我なんてしたら、明日の試合は一方的に負ける可能性が高くなる。だから怪我する前にしっかり休息を取るのは正しいだろう。

 

色々考えた結果……

 

「……わかったよ。でもあと1戦だけお願い」

 

「はあ〜、わかったよ。ただし明日の試合、絶対に勝ってね?」

 

セシリーはため息を吐きながらも開始地点に向かう。

 

「もちろんだよ。明日の試合だけじゃなくて以降の試合も勝つつもりだよ……!」

 

それを聞いた陽乃は友人に感謝しながらセシリー同様に開始地点に立つ。今回の王竜星武祭が自分にとって最後の星武祭である以上、優勝出来なかったら自由は一切無くなるのだ。

 

陽乃はその事に恐怖を覚えながらも呪符を取り出してからセシリーに向かって突撃を仕掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、聖ガラードワース学園の女子寮では……

 

『試合終了!勝者、沙々宮紗夜!』

 

ノエル・メスメルが5回戦で当たる紗夜の4回戦の試合を見ている。彼女が戦った相手はアルルカントの『双頭の鷲王』カーティス・ライト。煌式遠隔誘導武装に乗って高速機動戦をする男だが、ノエルの見立てではカーティスは自分と同じく魎山泊の人間と思っている、

 

そんな彼を割と一方的に倒した紗夜は壁を越えた人間ではないとノエルは考えているが……

 

(使ってる煌式武装も計算に入れたら壁を越えた人間とも良い勝負が出来そうだなぁ……)

 

紗夜の煌式武装はどれも高威力で1発でも食らえば即気絶するだろう。

 

その上4回戦では大砲タイプの煌式武装だけでなく、1分間に数千発の光弾を放つ煌式武装や近接高火力戦闘用の杭打式の煌式武装もあった。それらは先の鳳凰星武祭や獅鷲星武祭で使って来なかったので王竜星武祭に備えて新しく調達したものと判断出来る。

 

(特にあの杭打タイプの煌式武装の破壊力は桁違い……私の聖狼修羅鎧も破壊出来るかもしれない。確実に勝つ為にアレを使った方が……いやいや、それはダメ……?)

 

ノエルには切り札がある。それはノエルの能力の極致とも言える技であり、ガラードワース最強のアーネストを倒した事もあるし、他の壁を越えた人間も倒せる自信がある。

 

普段内気なノエルだがその技に関してだけは強い自信があり、紗夜に使えば瞬殺出来る自信があるが……

 

(アレはシルヴィアさんとの試合に取っておきたい……)

 

仮にノエルが紗夜を倒して準々決勝に進出したら戦う相手はシルヴィアか陽乃になるが、ノエルはシルヴィアが勝つと思っているが。

 

そしてノエルとしてはシルヴィアと当たるまでは切り札を使いたくないと考えている。明日の紗夜戦で使えば楽に勝てると思うが、シルヴィアに奥の手を見せる事になり準々決勝での勝率は大きく下がる。

 

かといって切り札を温存していては紗夜の相手は厳しいというのが本音だ。切り札抜きで紗夜と戦った場合、勝てる可能性は充分にあるが負ける可能性も充分にあると考えている。

 

一瞬だけ弱気になるも直ぐに頬を叩いて弱気な自分を吹き飛ばす。

 

(こんな所で弱気になっちゃダメ……!シルヴィアさんの所まで上がらないといけないんだから……!)

 

ノエルは今日の4回戦が終わって、八幡達と別れる際にシルヴィアがノエルに話しかけてきたのだ。

 

『ノエルちゃん、準々決勝まで上がってきてね。ノエルちゃんがどれだけ八幡君の事を想ってるのか見極めたいから、ね』

 

その時のシルヴィアは笑顔だったが、目が真剣だった。それを見たノエルはシルヴィアに挑みたいと強く思った。

 

ノエルが八幡に対する恋心を自覚したのは去年の4月ーーー八幡が高3になった頃で、八幡がシルヴィアとオーフェリアの2人と付き合いだしたのは2年半前の夏ーーー八幡が高1になって数ヶ月の時だ。

 

自分の好きになったのは彼女持ちの人間ーーーそれも2年近く仲良く付き合っている人間だ。そんな彼に愛して貰える立場になれるのは桁違いに難しいだろう。もしもノエルが第三者の立場なら絶対に無理と思える程に。

 

でもノエルは諦めたくなかった。既に彼に心を奪われた彼女は諦めたくなかった。彼の事は本当に大好きだからノエルは諦めたくなかった。

 

(シルヴィアさんが私を認めてくれるかはわからないけど、無様な試合をしたら認めてくれる訳ないし……決めた!)

 

ノエルは明日の試合で本当にピンチにならない限り切り札を使わない事にした。やはりアレはシルヴィアとの戦いに取っておきたい。

 

「そうなると明日の試合に備えて何か新しい策を練らないと……!」

 

言いながらノエルは更に2つ空間ウィンドウを開く。1番左には自分自身の戦闘データを、中心には先程から見ていた紗夜のデータを、一番右には自身の師匠である八幡の戦闘データが表示される。

 

ノエルはそれを見て紗夜との戦いに備えるのだった。明日の5回戦に勝つ為、準々決勝でシルヴィアで万全の状態で相対する為に。

 

そして……

 

(決勝まで上がって八幡さんと戦いたい……!)

 

無論八幡が決勝まで上がれる保証はない。八幡と反対のブロックだが、そこには綾斗、レナティ 、ロドルフォと当然のように壁を越えた人間がいるのだから。

 

しかしノエルは半ば確信していた。八幡は決勝まで上がる存在である事を。

 

だからこそノエルも決勝に上がりたいと考えていた。ノエルがいるブロックにもシルヴィアや暁彗、冬香や陽乃がいるにもかかわらずに、だ。

 

ノエルは改めて強い決意をしながら開いた空間ウィンドウに映るデータを見始めた。

 

尚、データ収集は日が変わる直前まで行い、その時に話しかけてきたレティシアと雑談している際に『頑張って八幡と結婚したい』と言ってしまい、レティシアを驚天動地させたのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、レヴォルフ黒学院の装備局では……

 

「処置、完了しました」

 

「どうもっす」

 

白衣を着た女性ーーー装備局にて俺の義手を用意してくれた女性がそう言うので義手を動かす。

 

今日の試合で俺は『大博士』と戦い、勝つ為に全ての力を賭けた結果義手が粉々になったのでこうして修理をしている。激闘を終えてから義手の装備、ハッキリ言ってかなり疲れる。自分の欲望に正直になれば今直ぐ自宅のベッドで寝たいのだが、5回戦は明日なのでそうも言っていられない。

 

何しろ明日の対戦は相手はリースフェルトだ。魎山泊で鍛えられた人間だし間違いなく強いだろう。

 

加えて明日の俺は今日の激闘の反動で万全の状態からは程遠いだろう。医者からも影神の終焉神装は絶対に使うな、使えば今後の日常生活に支障が出る可能性が高いと言われたし。

 

「どうですか?違和感は感じないですか?」

 

「大丈夫です。それより装備についてですが……」

 

「問題ありません。前回と同じ装備を入れておきました」

 

「どうもっす」

 

言いながら俺は立ち上がる。義手の装備も終わったし帰ってリースフェルトの戦闘データでも見るか。

 

一応アスタリスクで最も多彩な能力者と言われている俺だが、今は実質的にリースフェルトだろう。俺は星露との戦いによって今は近接戦に特化したスタイルだから、リースフェルトの方が多彩な攻めを出来るだろう。

 

加えて俺はボロボロになっている……普通にヤバイな。まあ諦めるつもりは毛頭ないけど。『大博士』を負かしたから奴の野望は止められたが、それは目標の一つであって、俺にはまだ優勝するという目標があるので負ける訳にはいかない。

 

そう思いながら装備局を出ると端末が鳴り出したので見れば……

 

「材木座?」

 

俺と同じようにベスト16に進出した材木座から電話が来ていた。

 

疑問に思いながらも空間ウィンドウを開いて繋げてみると、材木座はいつものウザいドヤ顔でなく神妙な表情を浮かべていた。

 

『八幡か?夜分に済まん。少し相談があるのだが良いか?』

 

「相談?星武祭関係ならお断りだぞ?」

 

幾ら旧知の仲とはいえ、星武祭ではライバルだしおいそれと簡単にこちらの情報を渡すわけにはいかない。

 

『いや。星武祭は関係なくエルネスタ殿についてなんだが……』

 

材木座は一瞬悩んだような素振りを見せてから説明を始める。

 

何でも明日の試合に備えてアルディの武装をチェックしていたらエルネスタがやって来てアルディをどう思っているのかと聞いて材木座が友と答えた。

 

そしたらエルネスタは材木座に今後もアルディと仲良くして欲しいと言ったら材木座は快諾したようだ。

 

『そしたらエルネスタ殿はいつもとは違う可愛らしい笑みを浮かべて礼を言ってきたので、我はその件について指摘したのだ』

 

「指摘って可愛らしい笑みだなって指摘したのか?」

 

『うむ。するとエルネスタ殿は真っ赤になって我をどついてきたのだ。エルネスタ殿が我に手を出すのは基本的に我が挑発した時、もしくは我と口喧嘩した時なのだが、今回は特に挑発も口喧嘩もしてないのに手を出してきたのだ』

 

「……それで?」

 

『今回、エルネスタ殿が我をどついた理由を知りたいのだ?何度考えてもわからんのだ』

 

「………」

 

ヤバい。今直ぐ電話を切りたくなった。神妙な顔をしていたから何を相談してくるかと思えば……

 

(何で俺はこんな時に惚気話を聞かされてんだよ?!エルネスタがどついた理由だと?明らかに照れ隠しだろうが……!)

 

というか何でお前ら付き合ってないんだよ?敵だどうこう言ってるが普通にカップルじゃねぇのかよ?!

 

真面目に聞いた俺がバカだった。同時に材木座の鈍感っぷりには呆れたし少し意趣返しをしよう。

 

「うーむ……俺にはわからんし、そこはやっぱりエルネスタ本人に聞いたらどうだ?」

 

『いや……エルネスタ殿は我をどついた後に直ぐに去って行ったのだ。理由は知らないがそんな反応をした彼女が教えてくれるとは思えないのだが……』

 

「なら何度も聞いてみるんだな。技術者のお前が知らないままってのはアレだろ?」

 

尤もらしい言い訳をする。これで材木座がエルネスタに何度も聞いてくれれば俺的には面白いが流石にそれは……

 

『……うむ。やっぱりそうであるな!わかったぞ八幡。今日はもう遅いから無理だが、明日エルネスタ殿に聞いてくる事にするわ!』

 

え?マジで?本人に聞くの?自分が提案しといてアレだが、マジでやるの?

 

「そ、そうか。んじゃ俺は用事があるし切るわ」

 

『うむ。わざわざ相談に乗って貰って済まなかったな。可能なら貴様とは準決勝で当たりたいものである!さらばだ!』

 

そんな声と同時に通話が終わったので俺は端末をしまう。マジで済まん材木座。

 

内心に罪悪感が生まれるを実感しながら俺は歩き、レヴォルフを出ようとすると……

 

「……お疲れ様、八幡」

 

恋人の1人であるオーフェリアが校門にて待っていた。相変わらず可愛いなぁ……

 

「待っててくれたのか?悪いな」

 

「……大丈夫。私が八幡と一緒に帰りたかっただけだから。それよりも義手はどう?」

 

「問題ない。前回の義手に対して違和感も殆どない」

 

「なら良いわ。5回戦はユリスが相手だけで2人とも頑張って」

 

オーフェリアはそう言ってくる。どうやらオーフェリアは次の俺とリースフェルトの試合では両方応援するスタンスで行くのだろう。それならそれで構わない。オーフェリアがどう応援しようとオーフェリアの自由だし、それ以上に両方とも応援するって事はちゃんと俺を応援してくれるって事だし。

 

「ありがとな。んじゃ帰ろうぜ」

 

言いながら右手を差し出すとオーフェリアはそれを掴んでくる。柔らかな手が俺を幸せにしてくる。

 

「そうね。シルヴィアもそろそろ帰ってるだろうし、2人はゆっくりと休んだ方が良いわ」

 

互いに互いの手を握ってゆっくりと歩く。冬の寒い風が吹くが俺達の握った手から感じる熱が寒さから守ってくれていた。

 

 

それから俺達は帰宅して、既に帰宅していたシルヴィと一緒にいつものように風呂に入って、いつものようにキスをして、いつものように3人で一緒に寝たのだった。

 

 

 

 

そして翌日……王竜星武祭10日目、5回戦の幕が上がる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。