『ここでアルディ選手の一撃が天霧選手の鳩尾に叩き込まれたぁ!』
『当たる直前に星辰力を込めたからそこまでダメージはないだろう。寧ろ厄介なのはあの水色のハンマーだな』
「ふむ……おそらくアレは『ダークリパルサー』を改良したものだろうな……って、エルネスタ。お前はいつまで拗ねているんだ?」
アルルカントの専用観戦席にてカミラ・パレートは呆れた表情を浮かべながら、隣に座りながら顔を赤くして頬を膨らませているエルネスタに話しかける。
「別に拗ねてないよ〜だ。単に将軍ちゃんが馬鹿だと思ってるだけだよ」
言いながらもエルネスタは表情を変えずにそう口にするとカミラは呆れたようにため息を吐く。
何故エルネスタがこんな態度を取っているのかはカミラも知っている。昨日エルネスタは材木座に可愛いと言われて、照れ隠しで材木座をどついた。
その時に材木座は何故どつかれたのか理解出来なかったので、今日の朝エルネスタに馬鹿正直に聞いたら、エルネスタは昨日のやり取りを思い出して材木座に強く当たったのだ。
(全くこいつらは……本当は仲が良いのだから素直になれば手っ取り早いんだがな……)
これはカミラだけでなく材木座とエルネスタ以外の『獅子派』と『彫刻派』の人間も同じように考えている。2人は小さなキッカケさえあれば直ぐに付き合うだろうと。
そのキッカケは、材木座とエルネスタは普段喧嘩でコミュニケーションを取っているので中々見つからない。だからこそ今回のやり取りはキッカケを生み出すと思っていたが.材木座がストレートに言い過ぎたから、エルネスタは素直になれなかった。
カミラは内心呆れ果てていて、エルネスタは不満タラタラの表情を浮かべていた。
(将軍ちゃんの馬鹿……食堂で答えられない質問について馬鹿正直に尋ねてくるなんて……本当にデリカシーがないんだから)
エルネスタは怒りながら今日の朝の食堂のやり取りについて思い出す。
ーーーなあ、エルネスタ殿。昨日は何故いきなり我をどついたのだ?差し支えなければ詳しい事情を教えて貰いたいーーー
それによって更なる怒りを生み出しながら……
ーーーいや、その……我、今までエルネスタ殿の笑顔を見てきたが……今の笑顔は今までの仮面じみた笑顔ではなく、普通の女子の可愛らしい笑顔と思っただけだーーー
ーーー友であるなーーー
昨日のやり取りについても思い出し、恥ずかしさと嬉しさも生み出す。3つの感情が混ざり合ってエルネスタは……
(本当に……将軍ちゃんは馬鹿なんだから……)
とても優しい笑顔でステージにいる材木座の友であるアルディを見つめだす。それを見たカミラは不思議そうな表情を浮かべる。
(今、何があったのだ?エルネスタの中の怒りが薄まったようにも見える。それに、これはまるで……)
恋する乙女のようだった。
そこまで考えたカミラはこれ以上考えると試合を見る方を疎かになりそうと判断して、エルネスタと材木座に関する事について考えるのをやめて、ステージの方に視線を向けたのだった。
『ここでアルディ選手の一撃が天霧選手の鳩尾に叩き込まれたぁ!』
「良しっ!良いぞアルディ殿!」
レヴォルフの専用観戦席にて実況のそんな声が聞こえると、隣に座る材木座は握り拳を作りながら立ち上がり喜びを露わにする。まあ気持ちはわからんでもないな。自分の代理人が優勝候補筆頭の1人相手にリードしたんだし。
「ところで材木座。アレって『ダークリパルサー』のハンマー版か?」
さっきの天霧の表情を見る限り苦悶に満ちていた。その事からあのハンマーは『ダークリパルサー』の能力を基にして作られた煌式武装と思える。
「うむ。我が開発した『ダメージングハンマー』、効果は『ダークリパルサー』と同じで超音波を生み出す煌式武装だが、使い勝手はこちらの良いだろう」
言いながら材木座は空間ウィンドウに表示して俺に渡してくるので見れば『ダメージングハンマー』の情報が載っていた。
それを見てみると大体の情報がすぐにわかった。簡単に言うと……
①超音波の威力は『ダークリパルサー』の5割
②刀身そのものが超音波である『ダークリパルサー』と違って、インパクトの瞬間に超音波を放つので相手に当てなくても超音波を浴びせられる。効果範囲は『ダメージングハンマー』から半径3メートル
③超音波の発生装置はハンマーの内部にあり、ハンマーそのものは超音波で出来ていないので受け太刀が可能
……って、感じだ。
ぶっちゃけ近接戦に特化した人間からしたら最悪の相性だろう。半径3メートルとか結構デカい。
しかしそれだけなら少し厄介や煌式武装ってだけでそこまで脅威ではない。問題なのは『ダメージングハンマー』を持っているのが、防御障壁や、防御障壁の形状を変えたり飛ばしたり出来る煌式武装も持つアルディだという事だ。
防御障壁、『マグネット』、『スプレッダー』、『ダメージングハンマー』
以上の4つの煌式武装を装備したアルディは間違いなく壁を越えた人間と渡り合えるだろう。
現にステージでは綾斗がアルディから離れて、防御障壁を分割して散弾のように放つアルディの猛攻に防戦一方となっている。
今の所は先程『マグネット』の一撃を食らった以外は攻撃を避けているが……
(超音波の影響で動きがドンドン鈍くなってるな)
天霧の動きは徐々に鈍くなっている。まあ今の天霧の体内には超音波が流れていて、星辰力で防御したとはいえ鳩尾にハンマーを食らったんだし、鈍くなっても仕方ない。
今の所は全て回避しているが、長くは続かないのは間違いない。そして1発でも食らえば天霧の動きは更に鈍り、そこからは完全な蹂躙となるだろう。
しかもアルディはカウンターを警戒して天霧に近付かずに遠距離戦に徹している。
天霧は1発攻撃を食らう前に何とかしないといけないだろう。でなきゃ負けを意味する。
(さて……どうなるやら。俺としちゃ天霧が負けてくれるとありがたいんだがな……)
アルディも厄介だが、俺からしたら『黒炉の魔剣』を持つ天霧の方が厄介だし。
そこまで考えていると丁度防御障壁の散弾攻撃をギリギリ回避した天霧が動きだすが……
『おおっと?!ここで天霧選手、『黒炉の魔剣』を自分の額にかざしたっ!これは一体?!』
『まさか……』
実況の言う通り、天霧は自身の額に『黒炉の魔剣』をかざしている。マジで何をやっているんだ?ヘルガ隊長はわかったみたいだが、俺にはわからん。
頭に疑問符を浮かべているとステージに熱波が走った。
「むぅんっ!」
アルディの掛け声と共に大量に分割された防御障壁が綾斗に襲いかかるが、辛うじて回避する。
しかし……
「はぁ……はぁっ……」
綾斗は疲弊していた。色々と理由はあるが先程受けた超音波だろう。獅鷲星武祭決勝で『ダークリパルサー』を受けた綾斗はアレと同種類の超音波と理解出来た。
その時の頭痛に比べたらマシだが、あの時とは状況が大きく違っている。あの時戦ったのは近接戦に特化した美奈兎だったので頭痛に耐えながらもカウンターで勝てたが、今のアルディは遠距離戦に徹しているので碌に近付けない。
このままだといつか嬲り殺しになると綾斗は理解している。1発食らったら連鎖が続きそのまま負けに繋がるだろう。
どうするべきか悩んでいると……
(……もしかしてアレなら……)
綾斗の頭に1つの案が生まれた。上手くいくばこの状況を打破出来る案が。
失敗すれば自分は負けるだろう。頭痛に苛まれている状態では天地がひっくり返ってもアルディに勝てないのだから。
そう思うと同時に綾斗は『黒炉の魔剣』を頭に近付ける。
『おおっと?!ここで天霧選手、『黒炉の魔剣』を自分の額にかざしたっ!これは一体?!』
『まさか……』
実況と解説の声が聞こえる。ヘルガは何をやろうとしたのか直ぐに理解したようだ。綾斗はそれを当然だと思った。何せヘルガは1年前に似たような行動を見たのだから。
「何を企んでいるかは知らんが……これで終わらせるのである!」
言うなりアルディは防御障壁を展開して『スプレッダー』で大量分解をする。
そしてアルディが『マグネット』を振るおうとするが、その前に……
「ふっ……!」
その前に『黒炉の魔剣』が震えたかと思えば真っ赤な熱波がステージを走り抜ける。
それによってアルディは思わず『マグネット』を振るう腕を遅める中、綾斗は大きく息を吐いて……
「はっ!」
そのままアルディに突っ込む。先程までとは打って変わって圧倒的な速度で。
『ここで天霧選手、先程とは打って変わって圧倒的な速度でアルディ選手に詰め寄る!さっき額に『黒炉の魔剣』をかざしていたがアレが関係しているのか?!』
『おそらく天霧選手は『黒炉の魔剣』で超音波そのものを焼き切ったのだろう』
『ちょ、超音波をですか?!え、いや、いくらなんでもそれは……!』
『信じられないかもしれないが、実際に天霧選手の速さを見れば答えは出ているだろう。天霧選手は鳳凰星武祭で『覇潰の血鎌』の能力そのものを焼き切ったし、不可能ではあるまい』
ヘルガの言う通り。綾斗は『黒炉の魔剣』を使って体内にある超音波を焼き切ったのだ。
普通はそんな考えを思いつかないかもしれないが、ヘルガの言う通り『覇潰の血鎌』の能力そのものを焼き切ったり、姉の遥はヴァルダによって自身の記憶に上書きされていた部分を焼き切ったのを見た綾斗には思いつけたのだ。
だから実行に移したところ大成功。多少の倦怠感は残っているが超音波が体内から無くなった事で綾斗は本来の速さを取り戻した。
「むぅぅぅっ!まさか体内にある超音波を焼き切るとは予想外……だが吾輩を負けるわけには行かないのである!」
言いながらアルディは『マグネット』を振るい大量の防御障壁を射出するも綾斗はそれを一瞥して……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
『黒炉の魔剣』に星辰力を大量に込めて刀身を分割してない状態のアルディの防御障壁と同じくらいの大きさにすると、それを地面に突きつけて盾のように構える。
すると『黒炉の魔剣』に触れた小さな防御障壁は一瞬で溶けて、それ以外の防御障壁は綾斗の真横を通り過ぎていった。
そしてそれが通り過ぎると同時に綾斗は『黒炉の魔剣』を元の大きさにして再度距離を詰める。防御障壁を展開するまで後2秒あるが、それなら綾斗がアルディとの距離を詰める方が早い。
「まだまだである!」
アルディは戦意を滾らせながら『ダメージングハンマー』を振るう。もう一度頭痛を与えて『黒炉の魔剣』で焼き切る前に倒す算段である。
『ダメージングハンマー』が一際強く輝いた時、アルディが『ダメージングハンマー』を振り切る前に綾斗が『黒炉の魔剣』を振るい……
「なっ?!」
そのまま『ダメージングハンマー』から放たれる超音波だけを焼き切った。それによって『ダメージングハンマー』はただのハンマーと化して、隙だらけだ。
アルディは慌てて防御障壁を展開するも……
「天霧辰明流剣術奥伝ーーー修羅月!」
綾斗は即座に『ダメージングハンマー』からアルディの胸にある校章を見ながら高速で突き進み、すれ違いざまにアルディの校章を防御障壁ごとぶった切った。
『材木座義輝、校章破損』
『試合終了!勝者、天霧綾斗!』
こうして2年半ぶりに行われたリベンジマッチは2年半前と同じ技を使った綾斗の勝利で幕を下ろした。
『ここで試合終了!天霧選手、序盤は押されていたものの『黒炉の魔剣』の特性を活かしての逆転勝利!』
「アルディ殿ぉぉぉぉぉぉっ!良く戦った!良く戦ったのである!貴様は我の誇りだぁぁぁぁぁぁっ!」
レヴォルフの専用観戦席にて材木座の雄叫びが響き渡る。本来なら煩いから黙らせると思うが、今回だけは思い切り叫ばせる事にした。
最後は体内にある超音波を焼き切るという事が原因で逆転を許したが、アルディの戦いは見事の一言だった。だからアルディの友人である材木座が叫ぶとのを致し方ないと判断して好きなだけ叫ばせる事にしたのだった。
暫く材木座は叫ぶとやがて息を吐いてから俺を見る。
「済まん八幡よ。我は今からアルディ殿の様子を見に行かねばならんのでこれで失礼する。思い切り叫んで済まなかったな」
「別に構わない。じゃあな」
俺がそう言うと材木座は一礼して去って行った。それにしても初戦からこれって……前回の王竜星武祭より遥かにレベルが高いな……
そう思いながらアルディと天霧がステージから去っていくのを眺めたのだった。
同時刻……
「「あ」」
材木座がアルディを迎えに行こうと星武祭参加者の専用通路を歩いていると曲がり角でエルネスタと遭遇した。
「おっ、将軍ちゃんお疲れ〜」
最初に話しかけたのはエルネスタだった。朝に見せた怒りは既に無くなっているかのように穏やかな声で話しかけてくる。
「前半は押していたが残念だったな」
「エルネスタ殿にカミラ殿か。2人もアルディ殿の様子を見に来たのか?」
「まあね〜。それと将軍ちゃんがへこたれてないか様子を見に来たにゃ〜」
「ふん。我がこの程度でへこたれる訳がなかろう。敗北にへこたれてる暇があるなら新たな煌式武装を作るわ」
「まあ何度もへこたれずに小説を書いているお前なら当然か」
カミラの言う通り、材木座はアルルカントに入学してから3年近く経過して何百回も書いた小説がつまらないと言われてもへこたれずに書き続けている。幾ら星武祭とはいえ、一度の敗北で折れるはずがないだろう。
「まあ将軍ちゃんならそうだろうね。もしも泣いていたら慰めてあげようと思ったけど杞憂だったみたい」
「泣くか!我一応高3だぞ!」
「にゃはは〜、ごめんごめん」
材木座のツッコミにエルネスタはケラケラ笑う。いつもなら口喧嘩に発展する2人だが、材木座は負けた事によって、エルネスタ無意識のうちに材木座に気遣って特に揉めるつもりはなかった。
「ま、それよりもアルディを迎えに行こうよ。最後の剣士君の一撃でボディにダメージを受けただろうしね」
「まあ駆動する分には問題ないが早めに直すに越したことはないだろう」
「うむ……それと、エルネスタ殿」
「ん?何かにゃ?」
「その、何であるか……朝は済まなかったな。事情については分からないが、あそこまで怒るという事は相当不愉快だったのだろう?改めて謝罪する」
言いながら材木座は頭を下げる。材木座はエルネスタの暴行はやり過ぎだとは思ったが、あそこまでやるという事はエルネスタ自身が相当気にしている事だと思って謝罪する。
それを聞くと同時にエルネスタの中には若干の呆れが生まれる。
「(本当に将軍ちゃんって鈍感で甘いよね〜)……別に。私もちょっとやり過ぎだし謝るよ、ごめんね。でも今後は聞かないで欲しいな〜?」
いくら面の皮が分厚いエルネスタでもそっち方面の話には疎く、照れ隠しである事を説明するのは無理である。
「う、うむ。今後は気をつける」
「オッケー、それじゃあアルディの所に行こうか。話を聞いて準決勝の参考にもしたいしね」
レナティと綾斗が当たるとすれば準決勝だ。当然対策をしなくてはいけないのでアルディからも話を聞いておきたいのがエルネスタの本音だ。
「だろうな……エルネスタ殿」
「ん?何かな?」
「レナティ殿が天霧殿と当たるには、準々決勝で八幡と当たるが……頑張って勝ち上がるがよい」
「?意外だね、てっきり私だけじゃなくて八幡ちゃんを応援すると思ったよ」
これは純粋な疑問だった。エルネスタは材木座は日頃口喧嘩している自分より相棒と公言している八幡を応援すると思っていた。
すると……
「まあ確かに、八幡は相棒だが……エルネスタ殿が夢を叶える為に今回の王竜星武祭に懸けた思いは知っているからな。エルネスタ殿は敵であるが、出来れば報われて欲しいと思っている」
材木座が星武祭に出場した理由は上層部からの命令、『獅子派』会長の責務を果たすため、自分の開発した武装が壁を越えた人間に届くかなど色々あるが、自分自身よりエルネスタの方が情熱を持っていると材木座は考えている。
材木座にとってエルネスタは敵であるが、擬形体に懸ける思いは本気で、常に頑張っている事を知っているので報われて欲しいと思ってエルネスタに激励するも……
「はぁ〜?!はぁ〜?!な、なななな何をいきなり言ってるのかな?!へ、変な事を言わないでよ!将軍ちゃんの馬鹿っ!」
途端にエルネスタはテンパりだしてアルディがいるであろう方向に走り去って行った。
残ったのはエルネスタの行動を理解出来ずにいる材木座と……
(お前らさっさと付き合ったらどうだ……?)
心底呆れた表情を浮かべるカミラだった。