学戦都市でぼっちは動く   作:ユンケ

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午後の試合を前に比企谷八幡は……

『そんでよ、後一歩の所で純星煌式武装を使われて負けたんだよ!あー……マジで苛つく!』

 

「だからわかったって。つーか俺今から昼飯を食う所なんだよ。愚痴なら俺の試合が終わってから幾らでも聞いてやるから後にしろ」

 

シリウスドームの廊下にて、俺は飯を食いに行く途中にイレーネから電話を受けて愚痴を聞かされている。

 

イレーネは午前中にカペラドームにて若宮と激突して僅差で敗北した。序盤はイレーネが押していたが、押し切る前に若宮が純星煌式武装『重鋼手甲』を使って逆転したのだった。

 

「てかベスト16なら学園から充分な褒賞金ーーーそれこそ俺への借金も返済出来て完璧な自由になれんだからそれで我慢しとけ。というか喚いても結果は変わんないんだし」

 

星武祭で本戦に出場出来た選手は学園から様々な特典を貰える。優勝すれば統合企業財体からありとあらゆる願いを叶えられる権利を貰えるが、大抵の選手の願いは本戦出場によって学園から与えられる特典で叶うくらいだ。

 

俺なんて前シーズンの王竜星武祭でベスト4になって特典の賞金でMAXコーヒーを実質飲み放題だし。

 

そしてイレーネはベスト16。俺が立て替えた借金も返せるくらいの金は貰えるだろう。

 

『そりゃそうだけどよ……やっぱり悔しいんだよ!今日お前の試合が終わったら愚痴に付き合えよ!』

 

「別に構わないが、その前にヴァイオレットの見舞いに行かせろよ」

 

ヴァイオレットは午前の試合でロドルフォに敗退した。その際に両手両足を爆破されたので治療院に運ばれたので見舞いに行きたい。不幸中の幸いなのは顔面や全身を爆発されなかった事だろう。

 

ロドルフォが女好きの性格で良かった……これが女に興味ないレヴォルフのチンピラから容赦なく全身を爆発させていただろうし。

 

『そういやロドルフォの奴と戦った女もお前の弟子だったな。まあそんくらいは鎌わねぇよ』

 

「はいよ。んじゃ飯食うからまたな」

 

言いながら空間ウィンドウを閉じて、俺はシリウスドームを後にして近くにあるカフェに向かう。

 

すると幸いな事にちょうど一席が空いたので遠慮なく座る。そしてウェイトレスさんにサンドイッチとコーヒーを頼んでから空間ウィンドウを見る。

 

午前の4試合は全て終了して、あと2時間もしないで午後の試合が始まる。

 

ちなみに午前の試合でベスト8入りが決まったのが天霧、ロドルフォ、ノエル、若宮、それと小町の不戦敗によって不戦勝となったレナティ だ。

 

そんで準々決勝の相手は天霧とロドルフォが戦うのは決まっていて、ノエルの対戦相手はシルヴィか雪ノ下陽乃、若宮の対戦相手は暁彗か梅小路のどちらかだ。

 

残ってる試合は俺とリースフェルト、暁彗と梅小路、シルヴィと雪ノ下陽乃の3試合だ。

 

(今日の試合でリースフェルトに勝ったら次はレナティ……マジで怠いな)

 

レナティの試合は勿論見ているが、圧倒的な機動力と攻撃力で予選の3試合全てを10秒以内で終わらせている。しかも戦い方は殆ど遊び半分で底はまだまだ見えない程だ。言っちゃ悪いが小町が万全な状態で挑んでも勝ち目は薄いのは間違いない。レナティの実力はネイトネフェルより上だろうから。

 

そんな事を考えている時だった。

 

「相席しても良いか?」

 

いきなりそんな声が聞こえてきたので顔を上げると……

 

(おいおい、リースフェルトかよ……)

 

そこに居たのは1時間半後にぶつかるリースフェルトだった。時間から考えるにコイツも同じく昼食を食べに来て、混雑している所で俺を見つけたから相席を頼んだのだろう。

 

別にリースフェルトと相席する事に不満がある訳ではないので……

 

「好きにしろ」

 

「そうか。では遠慮なく相席させて貰おう」

 

言いながらリースフェルトは俺の向かいに座って、ウェイトレスに注文をする。だったそれだけの事なのに凄く華があって美しかった。流石は王女と言ったところだろう。

 

暫くしてから俺達のテーブルに料理を置かれたので食べ始める。そしてリースフェルトが紅茶を含んだ瞬間に……

 

「ところでリースフェルトよ、愛しの天霧は一緒じゃないのか?」

 

「ぶふっ……!」

 

軽くおちょくると、リースフェルトは案の定咽せた。下品吹き出すような事は無かったが、それ故に息苦しそうだ。

 

暫くリースフェルトは呼吸を整えると、顔を赤くしながら俺に詰め寄ってくる。

 

「な、なななな何を言っている?!私と綾斗はそんな関係じゃ……!」

 

いや、真っ赤になった挙句完全に否定してない時点で完璧にホの字じゃねぇか。材木座とエルネスタもそうだが、さっさと付き合えよ。

 

「あー、悪かった。んで結局天霧は?」

 

「はぁ、はぁ……綾斗ならアルディの一撃を食らった時に骨に異常がないか確かめに治療院に行っている」

 

リースフェルトは未だに息苦しくしながらも説明をする。言われてみれば納得だ。モロにアルディのハンマーを受けたのだし確認はしておくべきだろう。

 

「そうかい……にしても今年の王竜星武祭はマジで疲れるわ……」

 

「まあお前の場合、ハズレくじを引きまくりだからな」

 

リースフェルトの言う通りだ。予選の3回戦では黒騎士、本戦最初の4回戦では『大博士』と壁を越えた人間2連戦とは嫌がらせのように思えてしまう。

 

「その点お前は羨ましいぜ、今のところハズレと当たってないし」

 

「いや、今から1時間半後にお前と言うハズレと戦うな」

 

「人をハズレ呼ばわりすんな。寧ろ当たりだろうが。今の俺は影神の終焉神装を使えないんだぞ?」

 

「むっ……影神の終焉神装とは昨日の試合で使った技か?」

 

「そうそう。医者から今日は絶対に使うなって言われてんだよ」

 

まあ自分でも使ったらヤバいと思うけど。影狼修羅鎧はともかく、高速機動戦を得意とする影狼夜叉衣も比較的危ないだろう。

 

「ふむ……そう考えたら当たりかもしれないな。……比企谷」

 

「何だよ?」

 

「高等部に進学してからお前には何度も世話になった」

 

「何だよいきなり?俺は自分のやるべきことをやっただけで世話したつもりはねぇよ」

 

「お前がそう思ってなくとも私はそう思っている。オーフェリアの件にしろ、フローラの件にしろ、孤児院の襲撃の時とお前には感謝しても足りないくらいだ……だが」

 

リースフェルトは一度区切ってから俺を見る。

 

「今回は勝たせて貰うぞ。一度くらいお前に勝ちたいからな」

 

「……やってみろ。言っとくが俺が万全の状態から程遠いからって易々と勝てると思うなよ?」

 

確かに影神の終焉神装が使えないのは痛いが、アレを使えなくてもそう簡単に負けるつもりはない。俺も星露と週に一度は戦っているんだし、生身でも充分に強くなった自負がある。

 

「そのつもりだ。私もお前達壁を越えた人間に勝つ為に地獄を経験したんだ。易々と負けるつもりはない」

 

あ、やっぱりこいつも地獄を見たんだな。俺はノエルとヴァイオレットを通じて星露の鍛錬を見たがアレは壁を越えてない人間にはまさに地獄だった。リースフェルトの言葉から改めて魎山泊の鍛錬は地獄だという事を理解してしまう。

 

(やれやれ……5回戦も一筋縄では行かなそうだな)

 

そんな事を料理を食べるのを再開する。もう直ぐ戦う相手がいるのに不思議と焦る事なく、穏やかな時間を過ごす事が出来たのが意外だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから1時間20分後……

 

「さて、そろそろ行きますか」

 

リースフェルトと飯を食った俺はリースフェルトと別れた後、控え室に戻って軽いストレッチをしたり、リースフェルトの戦闘記録を見ていた。

 

そんで試合10分前になったので控え室を後にした。今からチンタラ歩いていけば入場ゲートには試合開始5分前には着くだろう。

 

そう思いながら選手専用通路を歩いている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷!」

 

いきなり後ろから声がしたので振り向くと……

 

「随分な挨拶だな、葉山。人として恥ずかしくないのか?」

 

そこには1回戦にて俺に敗北した葉山がいて俺の胸倉を掴んで壁に叩きつけてくる。痛いなオイ。

 

すると葉山は憎悪と憤怒が込められた目を向けてくる。

 

「黙れ!卑怯な手を使うだけじゃ飽き足らずに『華焔の魔女』に八百長を頼む奴に言われたくない!お前の方こそ人として恥ずかしくないのか?!」

 

「八百長?何の話だ?」

 

「とぼけるな!昼に彼女と一緒にいただろう!その時に彼女に負けるように頼んだに決まってる!」

 

うわ面倒だな……まあ確かに対戦する者同士に一緒に飯を食っていたら、人によっては星の売り買いをしていると思われても仕方ないかもしれないな。

 

だが……

 

「してねーよ。単に飯を食っただけだ」

 

これは事実だ。バレたら間違いなく面倒な事になるし、それ以前にリースフェルトの性格からして星の売り買いなんて絶対にしないだろう。

 

しかし……

 

「嘘を吐くな!どうせ今までの試合も八百長で勝ったんだろ?いい加減に認めろ!」

 

葉山は俺の言葉を一蹴する。ヤバい、試合前なのにガチで苛ついてきた。

 

「だからしてねぇって。じゃあ聞くが俺は1回戦で八百長をするようにお前に頼ん「比企谷、少し黙れよ」おいおい。言い返せないからって暴力か?」

 

「煩い。俺の時は洗脳でも「何をしてるんですか……?!」の、ノエルちゃん?!」

 

途中で声が割り込んできたので見れば俺達の横には午前中にベスト8に進出したノエルがいて、怒りを露わにしながらこちらにやってくる。

 

「これから試合を行う選手に暴行を加えようとするなんて何を考えているんですか!秩序の代行者たるガラードワースの品位を更に落とすつもりですか?!」

 

ノエルはそう言ってくるが、ガラードワースで秩序の代行者たる人間って俺の知る限り少ないんだよなぁ。少なくとも学園の4割を占めていた葉山グループの人間は違うだろうし。

 

(てかノエル、更に落とすって言ったが、これって葉山の所為だよな……?)

 

内心呆れるなか、葉山は俺の胸倉から手を離してノエルに顔を向ける。

 

「待ってくれノエルちゃん。俺はただ秩序の代行者として比企谷の八百長を止めようとしただけなんだ。あの屑を止めるだけであって間違った事はしてないし、ノエルちゃんも比企谷にかけられた洗脳を解いて一緒に比企谷の愚行を止めよう!」

 

いやいや、洗脳って何だよ?俺にそんな能力ねーよ。どんだけ被害妄想が激しいんだよ?

 

「八幡さんは洗脳能力を持ってないです!それに八幡さんを屑って言わないでください!」

 

「俺は事実を言っている!君は騙されているんだ!正気に戻ってくれ!」

 

「私は正気です!大体八幡さんに洗脳能力があるなら三年前の王竜星武祭でシルヴィアさんに勝っている筈です!」

 

「……っ!」

 

ノエルの言葉に葉山が黙り込む。まあ確かに俺に洗脳能力があれば負けはないだろうな。あの時の俺とシルヴィは殆ど互角だったし。

 

「い、いや……それは……そ、そうだ!前回の王竜星武祭以降に目覚めた能力で、比企谷はそれで「いい加減にしてください!それ以上八幡さんを悪くいうなら先程八幡さんの胸倉を掴んで壁に叩きつけていた事を運営委員会に報告します!」っ!ま、待ってくれ!俺は悪くない!それに万が一俺が悪いと判断されたらガラードワース全体が咎められる可能性があるんだ!」

 

「構いません!明らかに葉山先輩が悪いのでガラードワース全体で罰を受けることも考えています!」

 

ノエルは言い切った。それを見た俺は冗談抜きで驚いた。

 

もしここでノエルが運営委員会に報告したら間違いなくガラードワースは罰を受けて評価が下がるだろう。

 

ノエルは元々ガラードワースの下がった評価を上げる為に王竜星武祭に参加しているのだ。にもかかわらず、ノエルは葉山が悪い事をしているのを止める為に報告しようとしている。

 

ノエルこそガラードワースの模範的な生徒だろう。フェアクロフさんが引退したから弱体化すると言われていたガラードワースだが、ノエルみたいなのが生徒会にいるなら大丈夫だろう。

 

「くっ……ここまで洗脳されてるとは……!比企谷!お前の思い通りにはさせない!いつか絶対にお前からガラードワースを守ってみせる……!」

 

葉山はそう言ってから足早に去って行った。あいつはマジで何がしたかったんだよ?

 

呆れていると……

 

「すみませんでした八幡さん……!」

 

ノエルが頭を下げて謝ってくる。別にお前は悪くないのに律儀な奴だな。

 

「別に気にしなくていい。それと運営委員会に報告しなくていいからな?」

 

「で、ですが……「だから気にすんなって」は、はい……」

 

ノエルは納得いかない表情を浮かべながらも小さく頷くが、それで良い。俺自身葉山をウザいとは思うが、だからといってガラードワース全体を責めるつもりはない。

 

もしも俺が運営委員会に報告したら葉山は裁けるが、フォースターやノエルにも迷惑がかかるだろう。そしたらフォースターの胃が爆発しそうだし、ノエルが王竜星武祭に参加した理由も潰れてしまうし黙っているつもりだ。

 

葉山については王竜星武祭が終わってから落とし前をつけさせて貰うがな

 

「そんな事よりも準々決勝進出おめでとさん。まさか影神の終焉神装をモデルにした技も作ってるとは思わなかった」

 

さっきノエルの試合を見たが、ガチで驚いた。魎山泊での鍛錬にて手の内を隠しているのは知っていたが、影神の終焉神装をモデルにした技もあるとは思わなかった。

 

「え、ええと……八幡さんのアレを見て強いと思ったので作ってみました……ダメでした?」

 

「いやいや、それはお前の自由だから俺はどうこう言わない……っと、済まんがそろそろ時間だし失礼する」

 

葉山の所為で余計なロスを食らってしまった。時間的には間に合うが奴に時間を奪われたのはムカつくな。

 

「あ……その前に八幡さん。エールを送りたいので頭を少し下げて、ちょっと目を瞑ってくれませんか?」

 

そんな事を考えているとノエルは真っ赤に、それで不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。

 

「別に構わないが早めに済ませろよ」

 

言いながら目を瞑って頭を少しだけ下げる。何をする気だ?目を瞑って顔を下げるって、訳がわからん。

 

疑問符を浮かべていると……

 

 

ちゅっ……

 

いきなり……に柔らかい感触が伝わってくるので思わず目を見開くと、ノエルが俺の……にキスをしていた。

 

予想外の展開に驚いている中、ノエルは俺から離れて……

 

 

「そ、その……頑張ってください!」

 

そう言ってから走り去って行った。その速さは尋常じゃないくらい速かった。それに対して俺は……

 

 

 

「リースフェルトとやり合う前から顔が熱くなっちまったじゃねぇか……」

 

顔に熱が溜まるのを実感しながらも入場ゲートに向かって歩き出したのだった。


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