準々決勝も2試合が終了した。
第1試合である俺とレナティの試合は一進一退の攻防を繰り広げて、最後にはお互いに限界が来たのでじゃんけんで勝敗を決める事になり、俺のパーがレナティのグーを打ち破った。
第2試合である天霧とロドルフォの試合は終始ロドルフォが有利であったが、最後の最後に天霧が『黒炉の魔剣』を使って万応素を焼き斬ってロドルフォが能力を使えない状態にして逆転勝利した。
そんで残りは2試合。
第3試合はプロキオンドームにて『覇軍星君』武暁彗と『拳忍不抜』若宮美奈兎の試合が、第4試合カペラドームにて『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムと『聖茨の魔女』ノエル・メスメルの試合が行われる。
この2試合は魎山泊の生徒が壁を越えた人間に挑む試合であって非常に興味深い。王竜星武祭に参加した魎山泊の生徒で壁を越えた人間を倒したのはネイトネフェルを倒した小町だけだ。
若宮とノエルが暁彗とシルヴィ相手にどこまでやれるか、はたまた勝てるかどうか気になる所だ。
そんな訳で俺は恋人の1人であるオーフェリアを連れてプロキオンドームに来ている。出来ればもう1人の恋人のシルヴィも一緒に行きたいが、シルヴィはカペラドームにて第4試合があり集中する為に1人になりたいそうなので居ない。シルヴィが居ないのは残念だが、自分の我儘にシルヴィを振り回すわけにはいかないからな。
そう思いながらも俺は若宮の控え室に到着したのでインターフォンを押す。
「若宮、俺だ。今時間あるか?」
『直ぐ開けるね!』
若宮の声が聞こえたかと思えば直ぐにドアが開くので中に入る。するとそこには予想通り若宮以外にもチーム・赫夜のメンバーもいて……
「八幡さん!準決勝進出おめでとうございます!」
「なっ……!八幡……」
フェアクロフ先輩が満面の笑みで俺に抱きついてきて、それを見たオーフェリアが一瞬驚きの表情を浮かべるも、直ぐに俺をジト目で見てくる。
言いたい事はわからんでもないが、俺を責めるのは違うからな?フェアクロフ先輩から抱きついてきたし、フェアクロフ先輩を見る限り俺の後ろにいるお前にに気付いてないようだし。
「先程の試合、見ましたわ。最後のじゃんけんには驚きましたが……素晴らしい試合でしたわ!最後の拳と拳のぶつかり合い!泥臭いと思う人は多いと思いましたが、凄く格好良かったですわ!」
言いながら抱きしめる強さを強めてくる。同時に背後から感じる視線の力が強くなる。どうしろと?俺にどうしろと?若宮達4人は一切助ける素振りを見せないし薄情な奴らだ。
ともあれ、先ずは離れて貰わないとな……
「ど、どうもっす。それはわかりましたがそろそろ離れ「準決勝も楽しみにしてますわ!相手は八幡さんと相性最悪の天霧綾斗ですが、八幡さんなら勝てると信じてますわ!また私に格好良い姿をお見せくださいまし!」あ、はい……」
離れてくれと言おうとしたが、その前にフェアクロフ先輩は俺の言葉に被せて激励をしてくるので普通に返事をすることしか出来なかった。ちくしょう、マジで可愛過ぎる……
内心ドキドキしていると……
「……八幡、そろそろ離れて」
「うおっ!」
「きゃあっ!」
オーフェリアが俺の首根っこを引っ張ってフェアクロフ先輩から距離を取らせる。
「……八幡の馬鹿。それにしてもソフィアも八幡にくっつき過ぎじゃないかしら?」
「あら?私は単に八幡さんの勝利を祝っただけでいやらしい気持ちで抱きついた訳ではありませんわよ」
フェアクロフ先輩がドヤ顔を浮かべながらそう口にする。対するオーフェリアはジト目をやめない。
「……つまり他意はないと?純粋に八幡を祝っただけ?」
「ええそうですわ」
「……そう。じゃあ聞くけどもしも八幡から抱きつかれたらどうするのかしら?」
「もちろん抱き返します……はっ!」
「やっぱり他意があるじゃない……」
「え、えーっと……」
オーフェリアがフェアクロフ先輩に詰め寄り、フェアクロフ先輩は引き攣った笑みを浮かべて目を逸らす。どうなってんだあれは?てか俺がフェアクロフ先輩を抱きしめるだぁ?そんな事はないだろ?
ラッキースケベによって何回か抱きしめたのは事実だがアレは事故で、自発的に抱きしめた事は一度もないからな。
まあそれはともかく……今はあの2人の諍いを止めないとな。
内心ため息を吐きながらも俺はオーフェリアとフェアクロフ先輩の仲裁に入ったのだった。
それから3分後……
「んで若宮よ。調子はどうなんだ?」
オーフェリアとフェアクロフ先輩の仲裁に入って疲れた俺は本来の目的である若宮の様子を確認する。
「体調は大丈夫。けど緊張は無くならないよ」
若宮は落ち着かずにそわそわするが仕方ないだろう。準々決勝にて若宮が戦う相手は界龍の序列2位『覇軍星君』武暁彗だ。準々決勝に残った面子の中でも上位クラスの実力者だ。
一昨日の5回戦では同じ界龍の序列4位『神呪の魔女』梅小路冬香との戦いでは星辰力を効率的に変質させる錬星術って技を使って激戦を制した。
錬星術については詳しく知っているわけではないが、星辰力を防御に特化した星辰力に変えればありとあらゆる攻撃を弾き、攻撃に特化した星辰力に変えれば素手で純星煌式武装と打ち合えると思える程に凄まじい技である。
若宮が勝てる可能性は1パーセントを切っているだろうし緊張するのも致し方あるまい。
しかし多少緊張を解さないと勝率は0になるだろう。格上相手に最上のパフォーマンスを発揮出来ないようじゃ話にならないし。
「気持ちはわからんでもないが少しは落ち着け。マッ缶飲むか?」
「いや、それは甘いから良いや」
美味いのに勿体ない奴め。
「落ち着きなさいって美奈兎、確かに『覇軍星君』は桁違いだけど、貴女はそれ以上の桁違いと戦ったのよ」
フロックハートがそう言ってくる。それ以上の桁違いとは間違いなく星露だろう。
「そうですよ。後3回勝てば優勝なんですから前向きに行きましょう」
「ここまで来たならしのごの言っても意味がないですし最善を尽くしなさいな!」
「だ、大丈夫だって!美奈兎も努力したんだから!」
そうだろうな。若宮の身体を見ると相当鍛えられたのがわかる。魎山泊のメンバーだけあってノエルやヴァイオレットと同じくらいのフィジカルを持っているだろう。
(こういうのを本当の努力なんだよなぁ……)
俺を逆恨みするどっかの誰かは誰よりも努力したとか言っといて、普通にクソ弱かったからなぁ……てかアイツは何を根拠に俺が洗脳しているって考えているんだ?
そんな事を考えていると……
pipipi……
テーブルの上にある端末が鳴り出す。同時に若宮は顔を引き締めてからアラームを止める。
「じゃあ時間だから行ってくるね」
若宮はそう言ってから握り拳を作ってやる気満々アピールをしてくる。ノエルとは別の意味で癒される存在だなぁ……
まあそれはともあれ激励の一つはした方がいいだろう。普通激励するのは若干恥ずかしいが、若宮とはそれなりの付き合いだし激励はするべきだろう。
「若宮」
「ん?なにかな八幡君?」
「頑張れよ」
「もちろん!」
どうやら話してる間に緊張が解けたようだ。これなら特に問題なく最高のパフォーマンスを発揮出来るだろう。
「勝って夢に近づきなさい美奈兎」
「美奈兎さんなら勝てますわ!」
「落ち着いて最善を尽くしてください」
「きっと勝てる……!」
「……頑張って」
「ありがとう皆、また後で!」
言いながら若宮が控え室から出て行った。それを確認したフロックハートはテレビの電源を入れる。するとまだ誰も居ないプロキオンドームのステージが映し出される。
「相変わらず試合が始まってないのに凄い熱気だな」
「うん……ちなみに八幡、美奈兎が『覇軍星君』に勝てる可能性はどれくらい、かな?」
アッヘンヴァルがそんな事を聞いてくるが……
「良くて1パーセント、低くて0.1パーセントくらいだな」
純星煌式武装を使った若宮の実力は壁を越えた人間に届き得るが、暁彗は壁を越えた人間の中でも上位クラス。錬星術の効果がどれくらいかは知らないが5回戦の梅小路との戦いが暁彗の全力ならそのくらいだろう。
俺が正直に言うと赫夜のメンバーの雰囲気は重くなる。ハッキリとした数字を言われたからか?
「んな落ち込むなって。大体俺の妹も勝率3パーセント以下にもかかわらずネイトネフェルを倒したんだし、第2の金星が生まれるかもしれないだろ?」
「そ、そうですわよね!」
フェアクロフ先輩がテンションを上げながらそう言うと雰囲気が大分マシになる。良かった、この空気の中で試合を見るなんて絶対に嫌だからな。
(しかし……口にはしないが若宮が優勝するのは厳しいだろうな)
これについてはガチだと思う。今のところ敗退していない俺、天霧、若宮、暁彗、シルヴィア、ノエルの6人の中で優勝出来る可能性が1番低いのは若宮だ。
これは実力云々の話ではない。小町がネイトネフェルを倒した事から若宮も壁を越えた人間に勝てる可能性は充分にある。
にもかかわらず俺が勝てないと断言するのは若宮の持つ純星煌式武装『重鋼手甲』の代償にある。
『重鋼手甲』の代償は睡眠。使用時間に応じて長大な睡眠時間を必要とするもので、これがトーナメント戦である星武祭では最悪の相性なのだ。場合によっては24時間以上睡眠を必要とするが、そうなったら次の試合には間に合わず失格になってしまう。
若宮が持てる力を全て使って戦えば暁彗に勝てる可能性はあるが、間違いなく代償の睡眠時間は桁違いのモノとなり翌日の準決勝には出れないだろう。
仮に試合に間に合っても暁彗との戦いでは間違いなく満身創痍になってマトモに動けないだろうから優勝するのは厳しい……と、俺は考えている。それを言ったら間違いなく空気が重くなるだろうから言わないけど。
(とはいえ今は応援に集中しよう。実際の所何かしら奇跡が起こるってこともあり得るからな)
そんな事を考えながらもテレビを見ていると……
『さあいよいよ時間でーす。このプロキオンドームで行われる準々決勝の試合はクインヴェール女学院所属『拳忍不抜』若宮美奈兎選手と界龍第七学院所属『覇軍星君』武暁彗選手の激突だぁ!』
『両者共に拳を武器にしている珍しい組み合わせやなぁ』
確かにそうだな。拳を武器にする選手はいるが、準々決勝で拳士同士の激突を見るのは初めてだし。
「それにしても美奈兎って化けたわよね」
「いきなりどうしたフロックハート」
「だって2年前まではアスタリスク最弱扱いされていたのよ。それがここまで化けるなんて誰も予想出来ないわよ」
『ああ……』
フロックハートの言葉に俺達全員が納得する。まあ確かに……アスタリスク最弱の学園と言われているクインヴェールで前代未聞の49連敗をしていた若宮が、今や獅鷲星武祭準優勝、王竜星武祭ベスト8入りと好成績を残したのだ。こんなの誰も予想出来なかっただろう。
(しかも壁を越えてない人間がだからな。そう考えると再度奇跡を起こしそうだな)
そんな事を考えていると、いつのまにかステージに若宮と暁彗が立って握手をしていた。どうやら俺が考え事をしている際に2人とも入場したようだ。
とりあえず今は考え事をしないで試合に集中するか。
「よろしくお願いします、暁彗さん!」
プロキオンステージにて、ステージに降りた美奈兎は同じようにステージに降りた暁彗に手を差し出す
「ああ。こちらこそよろしく」
対する暁彗は握手を返さないのは礼に反すると判断して美奈兎の手を握る。同時に美奈兎の手からこれまで積んできたであろう努力を感じ取った。
暁彗は美奈兎が星露に稽古を付けて貰っていた事は聞いているが、予想以上に鍛えられている事に若干驚きの感情を抱いた。
「師父に鍛えられた実力、見せて貰うぞ」
「あっ、やっぱり魎山泊を知ってるんですか?」
「ああ。他所の学園の人間を鍛えていると聞いた時は驚いたがな」
「あはは……まあ普通驚きますよね。私からしたら鍛えて貰って感謝してますけど」
「くくっ……師父は手加減と思えぬほどのギリギリまでを攻めてくるからな。お前も苦労しただろう」
「はい」
暁彗は自分も経験した星露との鍛錬を思い出して笑いながら美奈兎に尋ねると美奈兎は苦笑気味に頷く。実際の所、美奈兎は星露との鍛錬で何度も吐きそうになったくらいだ。
美奈兎は地獄のような修行を思い出しながらホルダーから純星煌式武装『重鋼手甲』の発動体を取り出して起動する。同時に美奈兎の両手を肘まですっぽりと覆う巨大な銀色の手甲が顕現する。
「それではそろそろ時間なので開始地点に行きましょう。私は暁彗さんより弱いですが勝たせて貰います!」
言いながら美奈兎はがちんと手甲をかち合わせる。
「望むところだ。俺も比企谷八幡に借りを返したいのでな、勝ちを譲るつもりはない」
暁彗が王竜星武祭に参加した理由は色々あるが、最大の理由は星露を除いたら初めて自分に敗北を与えた八幡に借りを返す為である。
互いに強い決意をしながらも開始地点に向かう。暁彗は特に武器を取り出さない。獅鷲星武祭では棍を使っていたが、今大会では無手での戦闘を貫いている。
「さあいよいよ開始時間だ!準決勝に進むのはクインヴェールか、はたまた界龍か?!」
実況の声がプロキオンドーム全体に響く中、美奈兎と暁彗は構えを取って臨戦態勢を取る。
そして……
『王竜星武祭準々決勝第3試合、試合開始!』
機械音声が試合開始を告げて試合が始まった。