「………だったら私の寮で夕食食べる?」
……は?
「えーっとだな……オーフェリア。それはどういう意味だ?」
オーフェリアの真意を聞き出す。女子が自分の寮に男子を誘うのは普通にダメだからね?
「……?どういう意味って私の寮で夕食を食べないかって誘っただけよ」
いや、まあ……そうだけどさ。
「いやいや。女の子が男を簡単に自分の寮に誘うなよ。下手したら襲われるかもしれないだろ?」
まあ俺は警備隊のお世話になりたくないから襲わないけど。
するとオーフェリアは特に表情を変えずに口を開ける。
「八幡にそういう事をする度胸があるとは思えないわ。それに八幡じゃ私に勝てないし」
それを聞いて納得した。特に後者。オーフェリアを襲っても返り討ちになるだろう。
それより気になっている質問をする。
「でも何で俺を誘うんだ?」
正直言ってオーフェリアから飯の誘いがくるなんて本当に思わなかった。
「……八幡にはお昼にご馳走になったからそのお礼のつもりよ」
ああ……なるほどな。
納得したので本題に戻る。
女子からの誘い。本来なら間違いなく断るだろう。しかし今日はリースフェルトとオーフェリアについて話した為かオーフェリアの誘いについては断りづらい。
(……まあ、飯くらいで楽しい時間になるとは思えないが……受けるか)
そう判断して俺は口を開ける。
「わかった。悪いがご馳走になっていいか?」
「ええ。じゃあ付いてきて」
オーフェリアはそう言って歩き始めたのでそれに続いた。にしても女子寮に行くのがバレたらヤバイから気をつけないとな。
オーフェリアが住んでいる場所はレヴォルフの中ではなく外縁居住区にある学生寮だった。俺が借りている寮とは雰囲気が違うが中々豪華な外観だ。
「……上がって」
「邪魔するぞ」
オーフェリアに案内された部屋の中に入る。部屋の中には必要最低限の家具と棚に幾つかの本があるくらいで女子にしては割と殺風景な部屋だ。
(……まあ俺の部屋も似たような感じだし、これなら気楽に過ごせるな)
俺の部屋はオーフェリアの部屋に大量の本とパソコンを加えた様な部屋で割と似ている。だから気苦労する事はないだろう。
「…今から作るから少し待ってて」
オーフェリアはそう言って棚からエプロンを取り出してつけている。
(オーフェリアのエプロン姿って………何つーか良いな)
オーフェリアがつけているのはピンク色のシンプルなエプロンだった。オーフェリアがエプロンをつけるなんて今までイメージ出来なかったが実際に見てみると……予想外に似合っていて驚いた。
「何か手伝うか?」
オーフェリアが料理を作っているのにボケーっとしてるのは悪い気がするのでとりあえず聞いてみる。
「別にいいわ。退屈だったらそこにある本でも読んでていいわよ」
そう言われたので本棚を見てみる。そこにはファッション誌などは一切なくあるのは小説だけだった。今更だが本当に女子らしくない部屋だな。
いくら読んでいいと言われても女子の私物に触れる度胸はないので端末を操作して今日レヴォルフで発行された新聞を読み始める。賭けのオッズや歓楽街のおすすめスポットが掲載されている新聞を発行するのは六学園でもレヴォルフだけだろうな。
そんな事を考えながら暫くの間新聞を読んでいるとチーズの良い匂いが辺りに充満し始める。
その匂いを嗅ぐと同時に端末から目を離す。ヤバい、何だこの食欲をそそる匂いは?
そう思っているとオーフェリアが2つの食器を持ってきた。
「お待たせ」
テーブルの上に置いた食器を見るとそこには熱々のグラタンがあった。見るからに美味そうだ。涎が出てくる。
「じゃあ食べましょう」
そう言ってオーフェリアは俺の向かいに座るので俺も端末の電源を切ってオーフェリアと向き合う。
「じゃあいただきます」
「……どうぞ」
オーフェリアに了承を得たので一口食べる。
すると目を見開いてしまう。
(……美味ぇ。何だこれ。俺トマト嫌いなのにこのトマトソースは普通に食えるぞ?!)
正直言って美味い以外の感想はない。てかマジで予想外だ。言っちゃ悪いがオーフェリアって料理するイメージないし。
「美味いなこれ」
オーフェリアを褒めると、オーフェリアはいつもの表情でパクパク食べている。
「……そう?ずっと昔に習った料理よ」
「ずっと昔に?て事は孤児院にいた時か?」
俺がそう聞くとオーフェリアは顔を上げて俺を見てから息を吐く。
「……ユリスに聞いたの?」
「ああ。今日偶然会ってお前の事を聞いた」
オーフェリアはいつもより少し悲しげな表情を浮かべ俺に話しかけてくる。
「……そう。ユリスは諦めてなかった?」
オーフェリアの質問は『リースフェルトは私を連れ戻すのを諦めてないのか?』という意味だろう。
「ああ」
「……やっぱりね。もう私の運命はここにあるのに……」
オーフェリアはそう言ってレヴォルフの校章に手を当てる。
「まああいつは絶対に諦めないと思うぞ」
何せグランドスラムを目指す奴だ。諦めるとは思えない。
「無理よ。ユリスじゃ私の運命は覆せない。……仮に覆せたとしても昔の様には戻れない」
ん?覆せたとしても戻れないだと?
「どういう事だ。仮にリースフェルトがお前に勝ったらリースフェルトに従うんだろ?」
「……ええ。でも私の体は汚れて花を触る事も出来なくなって皆に否定される存在になったの。だから元通りの関係には戻れない」
汚れているとはオーフェリア自身から湧き上がる瘴気の事を言っているのだろう。花ってのはよく分からんが昔好きだったのだろう。
しかし俺の考えは違う。
「別に戻れない事はないだろ?」
俺が思っている事を口にするとオーフェリアは目を見開いて俺を見てくる。
「何を……?」
「だから関係が戻らないとは限らないだろ。俺が思うにリースフェルトは『周りからお前が化物と言われようがそんなもの関係ない!』って言うと思うぞ?」
というか絶対にそう言うと思う。少なくともリースフェルトは絶対にオーフェリアを否定しないだろう。殆どの人は知らないが俺もオーフェリア・ランドルーフェンは優しい事を知っている。
だから……
「リースフェルトだけじゃなく俺もお前を否定するつもりはない」
「……信じられないわ」
オーフェリアは悲しげな表情のまま首を振る。多分今まで化物扱いされていたせいか、その辺りは信じられないのだろう。
「……そうか。じゃあ証拠を見せてやる」
「……え?」
オーフェリアが不思議そうな顔をしているのを確認しながら俺は残っているグラタンを食べ終えてオーフェリアと向き合う。
「オーフェリア、悪いが手袋を取ってくれないか?」
「……本気で言ってるの?」
「ああ」
俺がそう言うとオーフェリアは理解に苦しむとばかりの表情を浮かべながら右手に付けている手袋を外した。
手袋を外すとオーフェリアの美しい白い肌が現れる。それと同時に白い肌から揺らめくように瘴気が立ち上る。
「外したわよ。……それでどうするの?」
オーフェリアが質問してくるが決まっている。俺がオーフェリアを否定してない事を証明するだけだ。
俺はオーフェリアの手を一切躊躇わずに掴んだ。
それによって腕に激痛が走り腕も変色しているが知った事じゃない。
「……っ!?」
オーフェリアを見ると信じられない物を見たような表情をして驚いていた。何だよ、お前もそんな顔するのかよ。瘴気による痛みの強さよりそっちの方が驚いたぞ。
オーフェリアの表情の変化に驚いていると、半ば強引に手を振り払われる。
顔を上げるとオーフェリアは未だに驚いた表情をしながら外した手袋を再度付けていた。
付け終わると同時にオーフェリアは自身の体から瘴気を出して俺の手に当てる。それによってさっきまであった痛みがみるみる無くなり腕の色も元に戻る。その事から今オーフェリアが出した瘴気は俺が腕に触れた瘴気を打ち消す効能があるのだろう。
腕の色が元に戻ると同時にオーフェリアは俺に話しかけてくる。
「……八幡正気?何を考えているの?」
若干落ち着いたものの未だに驚いた表情を浮かべているオーフェリア。
「何を考えているって俺はお前を否定しないって証拠を見せただけだ。問題なく触れるなら否定してない証明になるだろ?」
俺がそう返すとオーフェリアは目をパチクリしながら俺を見て、やがてため息を吐く。
「……八幡って馬鹿?」
「おいこら。そんなキョトンとした顔で言われると腹立つから止めろ」
ぶっちゃけ結構イラってきたぞ。
「だって……私の体を知っていて、それでも触ってくるとは思わなかったわ」
「まあそうかもな。でもこれで俺はお前を否定してないって証明になったか?」
「……それは」
オーフェリアは黙る。
大体こいつの体は好き好んでこうなった訳じゃない。だから俺はオーフェリアを悪と否定するつもりはない。否定されるべきはアスタリスクに来る前に馬鹿やりまくった俺みたいな存在だ。
「……まあそれでもお前が『比企谷八幡は私自身を否定している』と思っているならこれ以上は言わない。ただ、俺はお前と過ごす時間は楽しいと思ってる。これだけは事実だ」
そう言って俺は立ち上がる。
「……帰るの?」
「飯も食い終わったしな。警備隊や風紀委員に見つかったら面倒だしそろそろお暇するべきだろう」
そう返して鞄を持って玄関に向かうとオーフェリアも後を付いてくる。
「じゃあなオーフェリア。飯美味かった」
そう言ってドアを開けようとした時だった。
服を引っ張られる感じがしたので振り向くとオーフェリアが俺の制服の裾を掴んでいた。
「オーフェリア?」
突然の行動に驚きながらもオーフェリアの行動の意図について尋ねてみる。
「また来てくれる?」
「……え?」
「……私も八幡と過ごす時間は楽しい。だから……」
オーフェリアはそう言って黙るが言いたい事は理解した。
俺自身オーフェリアと過ごすのは嫌じゃない。そして……
ーーオーフェリアにも楽しい時間を作ってやってくれないかーー
リースフェルトとの約束もある。だから……
「ああ。また呼んでくれ」
断る理由はないな。俺はオーフェリアの誘いを了承した。
俺がそう返すとオーフェリアは普段連んでいる俺以外には分からないと思えるくらい小さい、それでありながら本物の笑顔を見せてきた。
「……ありがとう。じゃあまた学校で」
「ああ。また学校でな」
いつも別れの時に使う挨拶を交わして俺はオーフェリアと別れた。
オーフェリアの寮を出て自分の寮に歩いている中、俺は不思議な高揚感に包まれていた。
それが何なのかは分からないが不思議と気分は良かった。