『武暁彗、校章破損』
『試合終了!勝者シルヴィア・リューネハイム!』
その声は聞こえると同時にシルヴィアは荒い息を吐きながらよろめく。光の衣や身体強化の加護があったとはいえ暁彗の拳を何発も受けたので、肉体はかなり消耗していてマトモに動けなかった。
顔は笑顔であった。恋人との約束通り決勝に進出出来たのだから。
「大したものだ。最後の一撃は実に見事だったぞ」
暁彗は苦笑を浮かべながらシルヴィアに近寄るも、シルヴィアは思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。
(いやいや……平然と動けるって凄過ぎでしょ?)
見る限り暁彗もダメージは大きいが平然と動けている。これは生身のスペック差である事をシルヴィアは嫌でも理解してしまう。
「ありがとう。でも勝てたのは運が良かっただけだよ」
シルヴィアはそう言うが、実際本当に運が良かったと思っている。今回は偶々シルヴィアの方が早く校章を破壊したがもう一度戦ったら逆の結果になる可能性は充分あり得るし、校章の破壊が勝利条件に無く蝕武祭のように勝利条件が相手の死や気絶ならばシルヴィアは暁彗に負けていただろう。
「ならばその運を引き寄せたお前が凄いだけだ」
言いながら暁彗は手を差し出してくるのでシルヴィアも手を差し出して握手をする。
「今回は俺の負けだ。お前は今回の王竜星武祭が3回目の星武祭だから、星武祭で当たることはないがいずれ借りは返す」
暁彗はそう言って握手を解いて踵を返してゲートに向かう。それに対してシルヴィアは……
「いやいや。もう貴方と戦うのは嫌だなぁ……」
苦笑を浮かべながら暁彗が退場するのを見届けてからステージの床に大の字に倒れるのであった。
「決勝の相手はシルヴィアね……」
「ああ。漸くだ。漸く3年前のリベンジが出来る」
プロキオンドームのシルヴィの控え室にて、俺とオーフェリアはテレビに映るシルヴィを見ながらそう呟く。
準決勝のシルヴィと暁彗の試合はまさに一進一退の攻防を繰り返した実に見事な試合だった。勝つか負けるかわからないクロスゲームはいつ見ても興奮する。
「……どっちが勝つか私は楽しみだわ」
「俺が勝つ……っと、それよりも迎えに行こうぜ」
テレビを見ればシルヴィはボロボロになりながらも退場し始める。今から迎えに行けば取材陣に捕まる前に合流出来るだろうしな。
「……そうね。行きましょう」
オーフェリアから了承を得たので俺達はテレビを消して控え室を後にしたのだった。
3分後……
「お疲れ様シルヴィア」
「良い試合だったぞ」
「ははっ……どうも、ありがとう」
ゲートに向かうとシルヴィがよろよろしながらも笑みを浮かべて手を上げてくる。致命傷は受けてないようだが相当体力を失ったようだ。これはシルヴィにこれ以上歩かせる訳にはいかないな。
「シルヴィ、医務室まではこれに乗っていけ」
そう判断した俺は影に星辰力を込めて影の絨毯を生み出す。絨毯はフワフワと浮きながらシルヴィの横に浮かぶ。
「ありがとう……じゃ、遠慮なく」
シルヴィは俺に礼を言うと絨毯の上に乗ってそのまま横たわる。その事から相当消耗したのが改めて理解出来る。
「どういたしまして。っても明日の試合は大丈夫なのか?」
「多分大丈夫。何度か攻撃を受けたけど身体強化された状態だったり、見に光の衣を纏った状態だったし戦闘に支障はないよ」
つまりは体力切れという訳だ。まあ暁彗を相手にすれば仕方ないだろう。
「だから明日は多分出れるから安心して」
「そうか。ならば心置きなくリベンジをさせて貰うとしよう」
「いやいや、私が勝つからリベンジは諦めなよ」
シルヴィは横になりながらも不敵な笑みを浮かべてくる。ちくしょう、普通に可愛すぎるわ……
内心そう思いながらも俺達は医務室に向かった。そして直ぐに治療をした結果医者によると明日の試合は特に問題なく行えるようで安心した。ボロボロの状態のシルヴィに勝った所で嬉しくもなんともないからな。
同時刻……
『くそっ!何で俺はこんな所に!比企谷の奴、ここから出たら正義の名の下に殺してやる……!そうすれば会長やノエルちゃん、シルヴィアさん達も目を覚まして俺を称えてくれる筈だ!』
「はぁ……今は懲罰房にいるから動けないが出所後も監視を付けないといけないな……」
聖ガラードワース学園の生徒会室にて、その部屋の主人であるエリオット・フォースターは懲罰房の看守から渡された記録を見ながら、会長に就任して以降相棒となった胃薬を飲みながらため息を吐く。既にエリオットの胃には何度も穴が空いていて次に空いた時は手術して金属製の胃にすると決めている。
「全く……大体比企谷さんに洗脳能力があるならレヴォルフで序列1位になってるし、今回の王竜星武祭でボロボロにならずに済んでるだろうに……これだから総武中の生徒は……」
エリオットは再度胃薬を飲む。もはやエリオットにとって胃薬は一心同体のようなものである。外出する時も校章、煌式武装、携帯端末と一緒に持ち歩く程である。
現在六学園の中で唯一名門と称され、秩序を重んじるガラードワースだが、微妙な評価となっている。
理由は簡単、今回の王竜星武祭で葉山隼人と一色いろはが余りにも無様な試合を行なったからだ。
前者の葉山は対戦相手の八幡が5分間攻撃しなかったにもかかわらず何も出来ず、挙句に背中を見せて逃走とガラードワースいや、アスタリスクの生徒として相応しくない行動を見せて、世間からは臆病と叩かれている。
後者の一色は対戦相手の小町に両肩を砕かれてからギブアップをした。それだけなら叩かれないが、試合後に一色は堂々と失禁したのでそれが原因で世間からは無様と叩かれている。
不幸中の幸いなのはノエルが頑張ったからだろう。結果はベスト8で昨日の準々決勝ではシルヴィア相手に見事な試合を見せた。シルヴィア相手に一歩も引かず、執念の果てに後一歩まで追い詰めた事によってノエルの評価は凄く高くなっている。それが無かったらガラードワースの評価は危険だったとエリオットは確信を抱いている。
「ともあれ王竜星武祭も明日で終わり……ノエルが負けてウチの学園が絡むことはないし「会長」……どうしましたか?」
エリオットが独り言を呟くと生徒会室に男子制服を着た女子生徒ーーーガラードワースの序列5位『優騎士』パーシヴァル・ガートナーが入ってくる。役職的にはエリオットの方が上だが、パーシヴァルの方が歳上なのでエリオットは敬語を使っている。
「先程廊下を歩いていたら三浦優美子含め一部の生徒ーーー葉山隼人の拘束について不満を持つ生徒達による不穏な動きを確認しました」
パーシヴァルの言葉にエリオットは胃に手を当てる。またか、またなのか?、とばかりに。
「そうか……ちなみにパーシヴァルさんは彼女らがどう動くと考えていますか?」
「葉山隼人の救出、もしくは彼女らが騒乱の元凶と思い込んでいる比企谷さんに襲撃を仕掛けると思います」
パーシヴァルの言葉にエリオットは内心で頷く。今までガラードワースの内部で行われていた運動を見るに、三浦を含め総武中の人間は葉山を崇拝しているとエリオットは考えている。そしてそんな彼女らがどう動くかも容易に想像出来る。
「パーシヴァルさん。E=Pに連絡をして至聖公会議の人間を彼女らを監視するように申請をお願いします。僕は比企谷さんに連絡をして注意を呼びかけておきますので」
明日は王竜星武祭ーーーそれも歴代最高と言われる王竜星武祭の決勝だ。そんな日にガラードワースの生徒が八幡ーーー決勝に参加する人間に襲撃をしたらガラードワースの評価は間違いなく地に堕ちるだろう。エリオットとしてはそれは絶対に避けたいと考えている。
「わかりました。それと風紀委員にも監視の要請をしておきます」
それはパーシヴァルも同じ意見のようで小さく頷き、一礼してから生徒会室を後にした。
それを見送ったエリオットは王竜星武祭が始まってから何百回目かわからないため息を吐きながら手元にある書類を片付け始める。
「さて……早く仕事を終わらせて連絡をしないとな」
『……という訳です。一応彼女らには監視はしてますし、比企谷さんの実力なら問題ないかもしれないですが、気を付けてください』
「わかった。わざわざ済まないな」
俺は空間ウィンドウに映るフォースターに軽く頭を下げる。シルヴィの治療が終わって自宅に戻って自室でぐうたらしていたらフォースターからホットラインによる連絡が来たのだ。何事かと思えば葉山グループの幹部が不穏な動きをしているらしいから注意をしろとの事だった。
『いえ。それにしても総武中の生徒って問題を起こし過ぎじゃないですか?』
「否定はしない」
葉山グループは自身らがトップカーストであることを自覚して自分勝手な行動をしていたり、文化祭実行委員の大半は己の役割を放棄して遊び呆けているような問題児だからな。
「ともあれ話はわかった。万が一闇討ちを仕掛けてきたら反撃しても良いな?」
葉山グループのメンバーはムカつくが自分から喧嘩を売る気はない。しかし向こうが仕掛けてくるなら一切の容赦なく潰すつもりだ。
『その辺りはお任せします』
「なら良い。んじゃ明日の閉会式でな」
各学園の生徒会長は基本的に閉会式の参加を義務付けられているからな。フォースターとは明日の閉会式で絶対に会う。まあ俺とシルヴィは準優勝以上は決まっていて必ず表彰されるから話す時間はないだろう。
『はい。それでは失礼します』
フォースターはそう言うと通話を切るので俺は空間ウィンドウを閉じて端末をテーブルの上に置いてベッドに倒れ込む。
(本当に面倒だな……とりあえず明日は人目の多い場所にいるようにして、入場する時は影に潜って移動しよう)
万が一闇討ちをされて怪我でもしたらシルヴィに負けるからな。警戒するに越した事はない。それと念には念を入れて黒猫機関にも護衛を頼んで……でもあいつらは餌代が高いからなぁ……
面倒な事態に内心ため息を吐いているとドアをノックされる音が聞こえてくる。
「どうした?」
『……八幡、ご飯が出来たわよ』
言われて時計を見れば7時前と飯の時間になっていた。どうやら家に帰ってから大分時間が経過していたようだ、
「わかった、今行く」
言いながらドアを開けるとエプロンを着けたオーフェリアが立っていた。
「行きましょう。それと八幡……さっき誰と電話していたの?」
「あん?フォースターと明日の件についてな」
「明日の件?閉会式に関する事?」
「まあそんな所だ」
勿論嘘だ。実際は葉山グループの幹部が俺に襲撃を仕掛けてくる可能性があるからと注意を促されたのだが、馬鹿正直に言うとオーフェリアがブチ切れそうだから閉会式に関する事にしておく。というかオーフェリアとシルヴィをこれ以上葉山グループのメンバーと関わらせたくない。
そんな事を考えながら一階に降りると豪華な料理が並んである。普段はオーフェリアとシルヴィの2人(偶に俺も含めた3人)で料理を作るが、今回はオーフェリアが俺とシルヴィを休ませるべく一人で作ってくれた。
「……シルヴィア、ご飯が出来たわよ」
美味そうな料理に口内に唾液が生まれる中、オーフェリアは一階の和室に入ってそう言うと、少ししてからシルヴィが欠伸をしながらリビングにやってくる。大方疲れが溜まっていたから休んでいたのだろう。
眠そうなシルヴィだが、オーフェリアの作った料理を見ると目を見開いて笑みを浮かべる。
「凄いご馳走だね……ありがとうオーフェリア」
「気にしないで。明日の決勝で八幡とシルヴィアには頑張って欲しいから」
オーフェリアが優しい笑みを浮かべて椅子を引くので俺達は座る。俺の右にはオーフェリアが、左にはシルヴィが座って……
「「「いただきます」」」
3人で同時に挨拶をして王竜星武祭期間中の最後の晩餐を始めたのだった。
その時に俺が食べたオーフェリアの料理はこれまで食べたどの料理よりも美味であって食うだけでやる気と力が漲ってきた。料理が身体を作ると言うが、オーフェリアの料理はまさにそれであろうと思ったのだった。
それから4時間後……
「んじゃ寝るぞー」
そう言って電気を消す。
俺達は夕飯を食った後、いつものようにテレビを見たり本を読んだり、キスをしたり、一緒に風呂に入り、今から一緒に寝る。
普通に考えたら明日大舞台で戦う俺とシルヴィが一緒に過ごすのは変かもしれないが、平常とは違う行動を取って違和感を感じ、明日のパフォーマンスが悪かったら嫌だと判断していつも通りに過ごしたのだった。
俺がベッドに入ると左右から2人が抱きついてくる。
「……八幡君。明日はよろしくね」
2人の柔らかい感触を堪能しているとシルヴィがいつもの口調でそんな事を言ってくる。それに対する返事は決まっている。
「ああ。よろしくな」
3年ぶりにシルヴィと戦うのだ。今から楽しみで仕方ない。リベンジをしたいってのもあるが、あの時の試合は数少ない満足した試合だった。可能なら明日も3年前と同じように満足した試合をしたいものだ。
「……私は明日、美奈兎以外の赫夜のメンバーと一緒に観るけど、私達は中立だから2人とも頑張って」
どうやらチーム・赫夜は中立の立場のようだ。他校の俺も応援してくれるのは嬉しいが、自分の学校の生徒会長だけを応援しないのをクインヴェールの生徒にバレたら面倒だろうな……
まあ今は良いや。それよりも言いたいことがある。
「オーフェリア」
「……何かしら?」
「俺達の応援、よろしくな」
「……っ、もちろんよ」
オーフェリアが笑顔で頷くのを確認すると、今度はシルヴィを見て……
「シルヴィ」
「何かな?」
「明日は良い勝負にしようぜ」
「もちろん!」
シルヴィもオーフェリアと同じように笑顔で頷く。良かった、これならどんな結果になろうとも、きっといい試合になるだろう。
(さて……最後の試合、全力で楽しむ為にも早く寝ないとな)
俺は安心しながらゆっくりと瞼を閉じる。睡魔がやって来たので逆らうつもりはなかった。
すると俺の意識は薄くなって次第に真っ暗となったのだった。
そして翌日……
王竜星武祭14日目
遂に決勝戦が始まる