オーフェリアの家で夕食を取った翌日
いつも通り学校に行く。教室に入ると授業間近なのに半分くらいしか生徒はいなかった。流石レヴォルフ、学級崩壊同然の状態が普通とはな……
「あ!八幡さんおはようございます」
そう言って笑顔で挨拶をしてくるプリシラはマジで天使。まさに掃き溜めに鶴だな。癒される。
「おはよう。今日って宿題あったっけ?」
「はい。数学の課題が……って逃げちゃダメです!」
プリシラが俺の服を掴んでくる。
「離せプリシラ。俺は頭が痛いから保健室に行かなきゃいけないんだ」
「数学の課題を忘れたんですよね!数学は四時間目ですから今からやれば間に合います!」
「えー。頼む写させて」
レヴォルフは六学園の中では成績が悪いが俺の数学はその中でも下位クラスだからやる気がしない。次の星武祭で優勝したら『学校の授業から数学を除外する』って願うべきか?
「ダメです!宿題は自分でやらなければ意味がありません!さぁ座って!」
ダメだ。やっぱりプリシラは怒ると怖い。イレーネがプリシラには頭が上がらないと言う気持ちがよく分かる。
「さあ、急いでやりましょう!」
いつの間にか椅子に座らされた俺はそんな事を考えながら授業開始までプリシラに見張られながら数学の課題をやり始めた。
「……って事があったんだよ」
「……そう。お疲れ様」
昼休みになりベストプレイスに向かった俺はオーフェリアに愚痴っている。オーフェリアはいつものように悲しげな表情をしながら俺の話を聞いて相槌をうっている。
「そういえばオーフェリアって成績良いのか?」
そう尋ねるとオーフェリアは端末を開いて俺にデータを見せてくる。それによるとオーフェリアの成績は上位20人の内の一人だった。
「マジかよ……しかも数学は90点超えかよ」
「八幡はどうなの?」
そう言われて思わず顔が引き攣った様な気がする。しかしオーフェリアは見せたんだ。俺のを見せないってのは筋が通らないだろう。
息を吐きながら端末を開いてオーフェリアに昨年の学年末試験のデータを見せる。
「……数学が酷いわね」
昨年の学年末試験の結果は総合成績は300人中上位50位以内に入っているが数学はワースト10に入っているからな。
「まあな。おかげでレヴォルフに入ってからはテスト後は毎回補習だ」
しかも高等部からは留年があるからな。このままだとマジでヤバい。
そう思っている時だった。
「じゃあ私が八幡に数学を教える?」
オーフェリアから予想外の提案をされて呆気にとられてしまう。当の本人は特に気にした様子もなく話し続ける。
「この成績だと長期の休みには補習漬けになるでしょうし……」
はっきり言うな。わかっていても傷付くからね?
「それに……八幡と一緒に過ごすのは楽しいし」
あのー、オーフェリアさん?男子にはっきりと言うのはやめてください。その気がないってのは理解出来るけど普通の男子は誤解しちゃうからね?俺は大丈夫だけどね。
まあ成績の良いオーフェリアなら教え方も上手そうだし構わないが……
「じゃあ期末試験2週間くらいになったら頼む」
オーフェリアが俺と過ごして楽しいと思うなら一緒に過ごすのも吝かではない。リースフェルトが望んでいるだけでなく、俺もオーフェリアと過ごす時間は楽しいし。
「そう……わかったわ……ふぁあ」
オーフェリアは頷きながら小さく欠伸をしてくる。珍しいな。
「お前が欠伸なんて珍しいな。寝不足か?」
「……ええ。昨日眠っていたら彼から呼び出しが来て……」
彼とはレヴォルフの生徒会長のディルク・エーベルヴァインだろう。全くあのデブは時間を考えろよ。
「……午後の授業まで後1時間くらいある。俺が起こしてやるから少し休め」
「……いいの?」
「構わない」
深夜にわざわざ仕事をした奴が少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。
「……じゃあ肩、借りてもいい?」
そう言うなりオーフェリアは俺の肩に頭を乗せる。……いや、まあ……寝ろと提案した手前強く言えないがよ……無防備過ぎだろ?
「……好きにしろ」
「んっ……」
オーフェリアはそう言って瞼を閉じる。そして10分もしないで寝息を立て始めた。
戦闘中は凄く怖いが……寝ている時は本当に普通の女の子みたいだな。出来ることなら起きている時も普通の女の子になって欲しいな。
俺はそう思いながら昼休み終了のチャイムが鳴るまでオーフェリアを眺め続けた。
「ふぁぁぁー。今日も疲れた」
あれから4時間、全ての授業が終わったので俺は帰りがてらコンビニに入りお菓子と飲み物を買い始める。
オーフェリアは昼休み終了の際には大分すっきりした様子だったので安心した。てか俺も寝ちゃって2人で遅刻しかけたくらいだったし。
(……っと。これで全部か。値段は……大体三千円くらいか。少し買い過ぎたか?)
一瞬、そう思ったが首を横に振る。こまめに買いに行くのは怠いしこれでいいか。
そう思いながらレジに並んで買った品を店員に出す。さて買い終わったらスーパーで食材でも……ん?
会計を待っている間コンビニの外をぼんやり眺めている時だった。
「天霧?」
コンビニの外で先日会った天霧綾斗が全力で走っていた。一瞬顔が見えたが尋常じゃない程焦っている顔だった。しかも向かっている先は再開発エリア。レヴォルフの人間ならともかく、星導館のような学校の生徒が行く場所じゃない。……何か嫌な予感がするな。
そう判断した俺は急いでコンビニを出ようとするが……
「お客様!商品のお受け取りとお会計がまだです!」
店員に呼び止められる。くそっ、このタイミングかよ?!
舌打ちをしながら金を払って商品を受け取る。
コンビニを出ると同時に買った商品を影の中に入れて天霧が走った方向に向けて走り出す。
しかし天霧を見かけてから2分、見つけるのは至難だろう。再開発エリアは廃ビルが結構あるから下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦は出来ない。
となると人に聞くしかない。星導館の学生が再開発エリアを歩いていたら目立つから情報は簡単に手に入るだろう。
そう判断した俺は正面から歩いてくるレヴォルフの男子生徒を捕まえる。するとそいつは怯え出す。
「ひぃっ!ひ、比企谷八幡!」
くそっ。目立つとこういう時に面倒だな。だがそうは言ってられない。
「聞きたい事がある。お前この辺で星導館の制服着た奴を見なかったか?」
俺がそう聞くと男子生徒はキョトンとしている。その様子からカツアゲされると思ったのか?
「せ、星導館の奴って男子生徒か?」
「ああ。見てないか?」
「そ、それなら……再開発エリアの外れにある解体工事中の黒いビルに向かっていたのを見たぞ」
よし、有効な情報を手に入れた。再開発エリアの外れに行く星導館の男子生徒なんてまずいない。となるとそいつが天霧って可能性が濃厚だ。
「すまん」
男子生徒に礼を言って走り出す。何か後ろから「あれ?俺、殺されないで済んだの?」とか言っているが今回はそれどころじゃないから見逃してやる。
あれから3分……
俺はようやく男子生徒に言われた黒いビルを発見した。再開発エリアの外れであるから間違いなく当たりだろう。
そう判断して近寄ってみた時だった。
俺はいきなり総毛立つのを感じた。
原因は……
俺は例の黒いビルを見ると圧倒的な星辰力が光の柱を形成していた。
(……何だ。あの星辰力は?かなりあるぞ)
いつもオーフェリアと戦っているからそこまで驚きはしないが……あの星辰力はアスタリスクでもトップクラスだろう。
理由はない。理由はないが俺はあの星辰力は天霧の物だと思う。それならあのクローディア・エンフィールドが天霧をスカウトしたのも頷ける。
そう判断した俺はこっそりと進み廃ビルに近寄ってみる。そこには……
片手に黒い剣を、もう片手にリースフェルトを持った天霧が武器を持った沢山の人形の攻撃を避けていた。
(……何やってんだありゃ?しかもあの人形……もしかして以前襲ってきた奴か?)
人形は槍や剣、銃やクロスボウなど様々な武器を持っている。数にして100体くらいか?てかそれを1発もくらわないで避けている天霧も中々やるな。
「ふ、ふふふ……よくかわしますね。ですが、逃げてばかりでいいのですか?」
天霧の身体能力に感心していると声が聞こえたのでそちらを見る。すると星導館の制服を着た痩せこけた男が天霧を挑発している。様子を見る限りこいつが人形を操ってんのか?
(だとしたら……小町を狙ったのもこいつか?)
「そうだね。今ので十分わかったよ。あなたの能力で個別に動かせる人形はせいぜい6種類ってところだろう?」
殺意を露わにしている中、天霧がそんな事を言ってくる。
ん?どういう事だ?今来たばかりだからよくわからん。
疑問に思っていると痩せこけた男子生徒は天霧を嘲笑する。それに対して天霧は……
「見ればわかるよ。完全に自由に動いているのは6種類、後はある程度パターン化した動きしかしてない。それも16体くらいまでかな。残りは全部同じように引き金を引いたり腕を振ったりといった単純な動きをしているだけだ」
天霧がそう言うと男は青ざめた顔で震え始める。
試しに人形を見てみると……うん。確かに殆どが単純な作業しかしていなくてマトモに動いていないな。てか6種類16体ってチェスの駒をイメージしたのか?
それにしても攻撃を避けながらそれに気付くとは……本当に興味深い奴だな。この実力なら王竜星武祭も余裕でベスト8以上にいけるだろう。
天霧の観察眼に感心していると……
「くそがああああああ!!」
いきなり男が叫びだした。いきなり変わり過ぎだろ?
しかし狂った人間ほど面倒な存在はないな。そろそろ俺も出るか。
そう判断して俺は自身の影に星辰力を込める。
「影の病」
そう呟くと俺の影は形を大きく変える。
「潰れろ!潰れてしまえっ!!」
男がそう叫ぶと前衛にいる人形が天霧めがけて襲いかかる。
しかし……
人形は途中で動きを止める。人形は無理やり動こうとするが動ける気配はなし。
「な、何だ?何が起こったんだ?!」
男が見るからにテンパりだした。そりゃそうだ。自身の操る100体を超える人形が1体も動かなくなったからなぁ。
見ると天霧とリースフェルトも呆気に取られているのでそろそろ種明かしをするか。
俺は息を吐き物陰から現れる。
3人は俺を見るなり驚いた表情を見せてくる。特に人形使いの男は絶望した表情を浮かべている。
そんな中、俺は殺意の籠った笑みを人形使いの男に見せる。
「よう。お前が人の妹を襲撃した男でいいのか?」
『あれほど殺意のある目を見るのは初めてだった』——後に天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトはそう語る。