清水の舞台を後にした我とエルネスタ殿は経路に沿って進み、そのまま地主神社を通り過ぎて音羽の瀧に向かう。
地主神社は清水寺の境内に位置する神社で、縁結びの神様として有名だが、既に我とエルネスタ殿は縁が結ばれている上、観光客によって大変混雑しているので行く必要性を感じないのでスルーした。
音羽の滝に流れるのは清水寺の名称の由来となった霊水だ。学生時代の我なら『飲めば悪を倒す為の力を得られる!』とガブ飲みしそうである。
「ねえ将軍ちゃん。あの滝の水を飲むみたいだけどさ。なんのご利益があるの?」
そんな風に昔の自分を考えていると、我の腕に抱きつくエルネスタ殿が話しかけてきた。
「確か向かって左から順に学業成就、恋愛成就、延命長寿だった気がするな」
「なるほど……うわ」
エルネスタ殿は我の説明を聞いたかと思えば突如引き攣った笑みを浮かべる。視線の先には滝があるので我も見てみると、白衣を着た女性が大五郎の空ボトルを持って恋愛成就の水を汲みまくっていた。
(まさかあのような人がおるとは……平塚女史以外にもいるとは思わなかったぞ)
学生時代に生活指導を担当していた平塚教師、彼女は未だに結婚出来ずに教職をしている。中学の時に音羽の滝で大五郎の空ボトルを用意して恋愛成就の水を汲み過ぎて注意されたと聞いたが、まさか彼女以外にもいるとは予想外である。
しかし平塚教師は生涯独身で終わりそうであるな……
同時刻……
「はぅっ!」
「どうしたんですか平塚先生?!」
「い、いや……なんというか、いきなり心を抉られて……」
総武中の職員室にて悲鳴が鳴り響いていた。
そんな事を考えながらも暫く並んでいると……
「あー!隼人君、恋愛成就の水飲んだー!」
「隼人君さ、誰かに恋してるん?」
「いや、出会いが欲しいからだよ」
前からそんな声が聞こえてきたので見れば、丁度水を飲む場所で金髪の学生が沢山の女子に囲まれていた。
(名前や見た目といい……若い頃のあの男を思い浮かべてしまうな)
以前八幡を闇討ちしたあの男に……いや、それは目の前の彼に失礼だな。彼は見る限り星脈世代ではないし。
そんな風に考えている時だった。突如我の頭に電流のようなモノが走るイメージが生まれ……
「んっ!何故か我の開発した煌式武装が悪の手に渡った気が!」
思わずそう呟いてしまう。何故か今、フードを被って見た目がわからない連中が夜に我の開発した使い捨て巨艦型煌式武装をぶっ放す光景が浮かんだ。何だ今の光景は?
「何言ってんのさ将軍ちゃん。それより音羽の瀧の水だけどどれを飲む?」
対してエルネスタ殿は呆れた表情を浮かべながら我を見てくる。……とりあえずさっき思い浮かんだ光景については気にしないでおこう。今は昼だから多分気の所為だし。
「うーむ……学業は社会人だから要らんし、恋愛についても結婚してるから……長寿の水であるな」
長寿については運も必要であるからな。
「だよねー。私も将軍ちゃんと長く一緒に居たい長寿だね。じゃあレッツゴー」
言いながらエルネスタ殿は腕を組んだまま恋人繋ぎをしてくる。エルネスタ殿の予想外の行動に、我の顔は熱くなってくる。
「わかったからいきなり手を引っ張るでない!」
「えー?良いじゃん、昨日は一杯愛し合ったんだし」
我の言葉に対してエルネスタ殿は楽しそうに笑っているだけだ。これを崩すのは厳しい……何だかんだエルネスタ殿を止めた回数は少ないのだから。
「いや、まあ、そうだがな……しかし普段破天荒なエルネスタ殿が子兎の様に怯えるとは思わなかったわい……まあ可愛かったけど」
我はしどろもどろになりながらも何とかそう返す。実際に食べる直前のエルネスタ殿は涙目で不安そうな表情であった。そしてそれが更に我をそそらせた。
「う、うるさいよ!初めてだったからしょうがないじゃん!それより!ほら!早く行くよ!」
我がそう返すとエルネスタ殿は真っ赤になって我の手を強く握って歩きだす。
「痛っ!エルネスタ殿、強く握り過ぎである!」
一応我も星脈世代であるから余裕で耐えられるが結構痛い。その事からエルネスタ殿は相当力を込めているのだと容易に推察できる。
「知らないよ!将軍ちゃんのバカ!」
エルネスタ殿は我の言葉を一蹴して前にと歩き出す。全く……昔に比べて随分と女の表情を浮かべるようになったな。
そんな事を考えながらエルネスタ殿に引っ張られていると、周囲の人が一斉にブラックコーヒーを飲みだす。側から見れば結構異常な行為だ。もしかしてこの音羽の滝では並ぶ間にブラックコーヒーを飲む作法でもあるのか?(*単純に2人のやり取りを見てブラックコーヒーを飲みたくなっただけ)
そんな風にエルネスタ殿に手を強く握られること10分、いよいよ我達の番となったので、エルネスタ殿が先に柄杓を持って長寿の水を取り飲み始める。飲む度にエルネスタ殿の喉がコクコクとなって妙にエロく見えてしまう。
「ぷはっ!冷たくて美味しい……はい将軍ちゃん」
言いながらエルネスタ殿は柄杓を渡してくるので、我も同じ長寿の水を飲む。エルネスタ殿の言うようにヒンヤリとしていて……ん?
(待てよ、これって間接キスではないのか?)
思い返せば確かに間接キスだ。我は除菌済みの柄杓を取らずエルネスタ殿から直接受け取ったのだから。
(な、なんだか妙に恥ずかしいであるな……)
普通のキスやディープキスも経験済みだが、何故か妙に恥ずかしい。この気持ちは絶対にエルネスタ殿に知られないようにするべきである。でなきゃ絶対にからかってくるだろう。
そう思いながら我が柄杓を置き場に置こうとすると……
「ねぇねぇ、今のって間接キスだよね?」
エルネスタ殿が全てわかっているかのようにニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言ってくる。
「そうであるな。それよりも後がつかえているから早く「私との間接キスはどうだった?」……」
やはりエルネスタ殿は良い性格をしておるな。わざわざ我の口から聞かせようとするなんて。
しかし向こうがそう来るならこっちにも考えがある。
「まあ良かったな……しかし、昨夜淫らになったエルネスタ殿のキスに比べたら物足りないのである」
我が笑いながらそう言うと、エルネスタ殿は顔からニヤニヤ笑いを消して、代わりに怒りと羞恥が生まれる。
「それは言わないでよ!将軍ちゃんの馬鹿!」
「貴様が先にからかったのが悪い」
偶には我だって主導権を握りたいからな。こんくらいは言っても良いだろう。
「だからって昨日の事を言うなんて……義輝の馬鹿……」
「ぐはっ!」
エルネスタ殿がジト目で我の名前を呼ぶと思わず吹き出してしまった。昨夜の営みでも名前呼びは経験したが、普段アダ名呼びしているエルネスタ殿が名前呼びをするのは破壊力がある。加えて赤面+ジト目だ。最早我にエルネスタ殿の一撃を防ぐ力は無かった。
「にひひ〜、将軍ちゃん可愛いね。良し良し」
エルネスタ殿はジト目を消して勝ち誇った顔で我の頭を撫で撫でしてくる。くそっ……やっぱりエルネスタ殿には勝てる気がしない。まさにカカア天下だ。
「わかったから頭は撫でるな。後がつかえているから行くぞ」
「はーい」
人前で頭を撫でられるなんて恥ずかし過ぎるわ。我は街中でディープキスをする八幡と違って羞恥心が馬鹿になってないからな。
我は未だに笑い続けるエルネスタ殿を引っ張りながら音羽の滝を後にしたのだった。
それから数時間、我とエルネスタ殿はとにかく楽しんだ。南禅寺や銀閣寺に行ったり、食べ歩きをしたり、煌式武装の専門店に行ったり、京料理を食べたりと様々な事をしたが、その全てが楽しかった。
しかしその楽しみにも終わりが来る。
「あー、もう終わりか〜。もうちょっと遊びたかったなぁ」
京都駅の新幹線にて、エルネスタ殿は不満ありありの表情を浮かべながら発車を待つ。我としては後2、3日遊びたいが、仕事という存在があって無理なのだ。我もエルネスタ殿も会社で高い地位にいるのだから。
「我も同じ気持ちだが喚いても仕方なかろう。次に旅行する時はもう少し休暇を用意してから行こうではないか」
いざとなったら紗夜殿に我の地位を渡して引退するのも悪くない。
「そうだねー……じゃあ将軍ちゃん。次は沖縄に行かない?」
「沖縄か……良いぞ。我も是非行ってみたい」
「決まり〜。じゃあいつか行こうね……子供が出来たら」
「え、エルネスタ殿?!」
「にひひ〜」
エルネスタ殿の投下した爆弾に思わず焦ってしまう。ふとした瞬間に爆弾を投下するのは止めて欲しい。心臓がバクバク高鳴ってしまう。
「はぁ……頼むから揶揄うのは止めてくれい。心臓が保たんわ」
「ごめんね。でも子供も沖縄に行きたいのは本音かな」
エルネスタ殿は優しい表情を浮かべながらそう言ってくる。
「ま、まあ確かにそれには我も同意だ。だからもしも子供が出来たら沖縄に行くぞ」
実際、子供が出来たら色々な場所に連れて行ってやりたい。八幡を始めとした我の男友達は大小差はあれど全員子供に目一杯の愛を注いでいる。そんな光景を見ていると、我も愛を注ぐべきと思うようになってくるのだ。
「じゃあ私も子供を産むよう頑張るから、将軍ちゃんも頑張ってね?」
エルネスタ殿は蠱惑的な笑みを浮かべながら我の肩に頭を乗せてくる。畜生、八幡じゃないが我の嫁マジで可愛過ぎるわ。
「はいはい。わかっとるわ」
「んっ……」
エルネスタ殿の髪を撫でると、くすぐったそうに目を細める。そんな仕草を見せるエルネスタ殿をもっと見たいと思った我は更に撫でていると、新幹線の発車ベルが鳴りだしてゆっくりと進み出す。
するとエルネスタ殿が頭を我の肩に乗せるのを止めて向かい合う。
「将軍ちゃん将軍ちゃん」
そして顔を近付けて、我が言葉を発する前に……
「大好き〜」
ちゅっ……
いつもの笑顔でキスをしてくる。それによって我は一瞬だけ呆けてしまうが、不意打ちは既に何度かされているので……
「我もだよ」
直ぐにエルネスタ殿に意識を向けてキスを返す。いつまでも意識を飛ばしているだけの我ではないからな。
するとエルネスタ殿は嬉しそうに甘えてくるので我はエルネスタ殿を思い切り甘やかしながらキスを返す。今の我の胸中には幸せしか存在しなかった。
今回の新婚旅行は一泊二日と短い旅行だった。しかしエルネスタ殿と結婚して以降初の旅行であったからか、エルネスタ殿とより親密な関係となり、エルネスタ殿の事をハッキリと好きと思えるようになった。実際にエルネスタ殿と身体を重ねた事もあるしな。
だから我は今後自分の持つ力全てを使って、我とキスをする世界で最も素晴らしい女を幸せにすると心に誓った。
ずっとエルネスタ殿の隣に居たい
ずっとエルネスタ殿の笑顔を見ていたい
ずっとエルネスタ殿の力になりたい
その3つの考えは未来永劫、我の胸から消える事はないと断言出来る。
こうして我とエルネスタ殿の一泊二日の新婚旅行は最高の終わり方で幕を閉じたのだった。
しかし……
「んむっ……ちゅっ……んんっ、将軍ちゃん、もっと、激しく」
新幹線の中でディープキスをするのは恥ずかしいので勘弁して欲しい。さっきから注目を浴びてるし。
(まあエルネスタ殿が激しくと言った以上止める気はないがな)
そう思いながらも我はエルネスタ殿のディープキスに応えるかのようにディープキスをして、終点に着くまでキスを続けていたのだった。
尚、降りる時に我とエルネスタ殿の席に大量の唾液が落ちてあるのは言うまでもない事だろうが、気にしないでおく。