俺は目を疑った。何故彼女がここに?
再開発エリア繁華街、基本的に不良学生やチンピラ、果てはマフィアが集うこの場所に彼女がいるとは思えない。
俺は改めて目の前の少女に確認を取る。
「えーっとだな。もう一度確認するぞ。お前シルヴィだよな?世界の歌姫の」
違うと少しの期待を込めて聞いてみる。しかし現実は残酷だった。
「うんそうだよ。去年の王竜星武祭で八幡君と戦ったシルヴィアだよ」
……マジか?本当にシルヴィかよ?こんな所にいるなんて完全に予想外だ。
「……話、聞いてもいいか?」
いくらシルヴィが強いからといって、女の子が歓楽街に1人でうろつくのは感心しない。
「……うん。じゃあとりあえずどこかの店に入らない?」
「それなら俺が今いたカフェでいいか?」
あそこの店はとある理由で内緒話をするのに最適だ。
「うん。いいよ」
シルヴィは了承したので俺は1つ頷いてさっきまで居たカフェに入った。
マスターは俺を見ると驚きの表情を見せてくる。理由はアレだろう。女をナンパしたと思ってんだろう。
俺はマスターが口を開く前に、先に自分の口を開ける。
「マスター。二階を借りるぞ。それとこいつにはマスターのおまかせコーヒーで」
そう言って専用の部屋代5000円をカウンターの上に置く。マスターはそれを聞いて驚きの表情からニヤニヤ笑いを浮かべながらコーヒーの準備をする。
「ほうほう。昼に『孤毒の魔女』、夜はナンパした女。あんたも男だねぇ」
「殺すぞ。借りるのは内緒話をする部屋だ。情事をする部屋じゃねえよ」
「じょ、情事?!」
シルヴィは若干赤くなりながら驚いているが一々気にすんな。俺は情事なんてするつもりはこれっぽっちもない。
「まああんたがそんな事するとは思わないけどな」
「ならそのニヤニヤ笑いを止めろ。それより鍵とコーヒー」
「はいはい」
マスターはそう言って鍵とおまかせコーヒーを出してきた。
「んじゃ付いて来い」
「あ……う、うん」
それを受け取った俺はさっき自分が頼んだMAXコーヒーを持って店の奥に歩き出す。そして従業員専用のスペースに躊躇わずに入って階段を上る。
目的の部屋の前に着いたので借りた鍵を借りて中に入る。部屋にテーブルが1つと椅子が4つしかない簡素な部屋だ。
「入ったら鍵をかけてくれ」
シルヴィにそう言って椅子の1つに座る。シルヴィも部屋の鍵をかけてから俺の向かい側に座る。
「このカフェの二階は人に見られたくない事や聞かれたくない事をする時に使う部屋でな。金を払えば普通に借りれる」
「そ、そうなんだ……」
以前イレーネと賭けで稼いだ金を取り扱う際に何度か借りた事もあるから勝手は知っている。中には未成年者がラブホ代わりに利用する部屋もあるらしい。まあ使った事ないからよく知らないけど。
「さて、話を戻すぞ。何でお前が歓楽街みたいな危ない場所にいるんだ?お前の実力なら怖くないかもしれないがここは女子が1人で来る場所じゃないぞ?」
ましてやシルヴィは世界の歌姫だ。こんな所に来たってだけで世間はシルヴィを叩くと思うぞ?
「うん。実は私、人を探してるの」
俺の質問に対するシルヴィの返答はシンプルだった。しかし……
「お前の能力は使わないのか?」
シルヴィは歌を媒介にして自身のイメージを変化させられる。そしてそのイメージを内包する歌を歌えばあらゆる事象を呼び起こせる万能の力だ。以前シルヴィから探知行動や隠密行動も出来ると聞いていたが何でだ?
「私の能力でもある程度範囲を絞らないと無理だよ。対象範囲によって消費する星辰力も違うしね」
「それはわかった。で、アスタリスクに反応は……」
「あったよ。けどそれだけ。今私がわかるのは探している人がアスタリスクにいる事だけ」
なるほどな。アスタリスクにいるのがわかっている、しかしそれ以上はわからないからわざわざ足で探しているのか。
これでシルヴィがしょっちゅう変装して外出している理由が理解出来た。
しかしまだ腑に落ちない。
「んじゃ何で再開発エリアを探してるんだ?普通に考えて探すなら行政エリアの主要施設だろ」
探知系の能力は設備が整っていれば無効化出来る。アスタリスクだと今言った行政エリアの主要施設や学園の中枢部、ホテルのVIPルームなどが該当する。
対して再開発エリアの歓楽街には探知系の能力に対する防衛設備が余り整っていない筈だ。わざわざ再開発エリアを探す理由がわからない。
俺がそう尋ねるとシルヴィの顔に陰が生じる。それを確認した俺は慌てて訂正する。
「いやすまん。言いたくないなら言わなくていい。少し踏み込み過ぎた」
これはシルヴィの問題だ。部外者の俺が無闇に踏み入っていい問題ではない。
「ううん。私は気にしてないから聞いて大丈夫だよ。それに八幡君なら周りに言いふらさないだろうし」
正確には言いふらす相手がいないだけどな。まあ今は真面目な話をしているし口にはしないけど。
「そうか。まあでも話したくないなら言わなくていいぞ」
俺がそう返すとシルヴィは首を横に振ってから口を開ける。
「……私が探してる人は……『蝕武祭』に出場してたみたいなの」
「……っ!」
正直返す言葉がなかった。予想以上にヤバい案件だった。
蝕武祭
星武祭では物足りない屑共が作ったとされる非合法・ルール無用の武闘大会。ギブアップは不可能で、試合の決着はどちらかが意識を失うか、もしくは命を失うかによって決まる。確か星猟警備隊隊長、ヘルガ・リンドヴァルによって潰された。
しかし……まさかシルヴィの探してる人が蝕武祭に参加してるとは……
「だから再開発エリアは1番有力な場所なんだ」
シルヴィは俺の顔を見ながらそう言ってくる。まあ蝕武祭に参加する連中がいるとしたら再開発エリアみたいな場所だろう。
「……なるほどな。だから歓楽街にいた訳か?」
「……うん」
「お前がここにいた理由は理解した。でも何で蝕武祭に?お前の知り合いに蝕武祭に関わるような屑がいるとは思えないが」
蝕武祭の噂については何度か聞いた事があるがどれも胸糞悪くなる話だ。作り上げた人物にしろ、観客にしろ、参加する学生にしろマトモな人間とは思えない。
「それが全くわからないんだよね。蝕武祭については私にも殆ど情報が入って来ないし。ベネトナーシュに調べて貰うとW&Wにも知られちゃうから余り頼りたくないし」
ベネトナーシュはクインヴェールの運営母体の統合企業財体『W&W』の保持する諜報機関だ。シルヴィがベネトナーシュを使うという事は統合企業財体に情報が筒抜けになる、この辺りはレヴォルフもクインヴェールも変わらないのだろう。
全く……シルヴィも随分と面倒な事に巻き込まれてるな。
「……ふぅ。で、これ飲んだらまた探しに行くのか?」
「まあね。と言ってもペトラさんに怒られるから1時間くらいかな」
となると9時くらいには歓楽街を後にするのだろう。
「……そうか。もしお前さえ良ければ俺も付いてっていいか?」
「……え?」
「何だよその顔は?」
「いや……だって八幡君が自分から提案するなんて……明日は雨かな?」
可愛い顔してキョトンとするな。ぶっ飛ばしたくなる。
「ほっとけ。まあアレだ……知り合いが蝕武祭に関わっている人を調べるなんて危ない事してちゃほっとけないし、お前みたいな可愛い女子が1人だと歓楽街は面倒だしな」
歓楽街の連中は基本的に男で女に目がない。知り合いがそんな場所で危険な事をしてるのを放っておくほど俺は薄情ではない。
俺がそう返すとシルヴィは少し驚いたような顔をして目をぱちくりしてから口を開ける。
「ふーん。じゃあお願いしてもいいかな?星武祭がやってる時の歓楽街って結構面倒だしね」
まあ星武祭の開催期間中はアスタリスク外部から人がやってくる。その為警備隊の取り締まりも厳しくなっている。よって歓楽街を仕切るマフィアも見回りを増やしていてぶっちゃけウザいし。
「ああ。ってもお前がかなりヤバい場所に行きそうになったら止めるぞ」
歓楽街の奥では麻薬とか普通に売ってる場所もあるし。
「わかってるよ。流石にそこまでは無茶しない。警備隊に取り調べを受けたくないし」
そう言ってシルヴィはコーヒーを全て飲み切って立ち上がる。俺もそれを確認して立ち上がる。
「じゃあ行こっか。今日は中心部のカジノあたりを調べるからエスコートよろしくね」
中心部のカジノか。まああの辺りはよく行ってるから問題ないな。
「はいはい。じゃあ行くぞ」
「うん。あ、そうそう……」
シルヴィは一区切りして俺に笑顔を見せてくる。
「さっきは可愛いって言ってくれてありがとう。八幡君に言われるとは思わなかったよ」
……は?いきなりなんだ?
疑問に思いながら記憶を辿ってみると……うん。確かに言ったな。
「あ、いや……それはだな……」
返す言葉がなく、しどろもどろになっているとシルヴィはクスクス笑ってくる。
「ふふっ。照れてる八幡君、結構可愛いね」
だめだ。口でシルヴィには勝てる気がしない。俺はため息を吐きながら敗北を受け入れてカフェを後にした。
それから1時間………
「……見つからなかったな」
歓楽街を出て再開発エリアの出口に着いた俺はため息を吐く。
結局見つかりませんでした。カフェを出た後シルヴィが探しているシルヴィの師匠、ウルスラ・スヴェントの顔写真を見せて貰い中心部のカジノを調べたが手がかりは一切なし。
「まあ私もずっと前から探してるけど全然手がかりが見つからないからそんなに落ち込まなくて大丈夫だよ。それより案内ありがとう。八幡君のおかげで調べにくい所も調べられたよ」
まあカジノの裏側とかは従業員と知り合いになってないと無理だからな。その点で言えば俺に賭け事など色々教えてくれたイレーネに感謝だ。
「でもあんまり危ない事に首を突っ込んじゃダメだよ」
「安心しろ。非合法のカジノとか風俗には行ってない。つーか蝕武祭が関係している人を調べてるお前が言っても説得力ないからな?」
カジノも危ないが蝕武祭に比べたら可愛いものだ。
「そう言われたら返せないなぁ」
「まあ別に構わないが。とりあえず帰るなら送るがクインヴェールまででいいか?」
レヴォルフとクインヴェールは隣同士だから送ってもそこまで時間はかからない。俺が影に星辰力を込めて竜を作り出すとシルヴィは頷く。
「じゃあお願い」
「はいはい。んじゃ乗れよ」
そう言ってシルヴィの手を引っ張り竜の上に乗せる。それと同時に竜が雄叫びを上げて空高く飛び上がる。体に当たる夜風は夏でありながら中々涼しくて心地よい。
そんな事を考えながら俺達は再開発エリアを背にクインヴェールに向けて一直線に飛んで行った。
竜に乗る事3分、クインヴェールの校舎が見えたので竜の飛行速度は下がり校門の真上で停止する。俺は再度竜に地面に降りるよう指示を出す。
地面に降りると竜は雄叫びを上げながら俺の影に戻る。
「送ってくれてありがとう」
「おう。もしまた、カジノやバーの裏側を調べたかったら呼べ。合法な店ならそこそこ顔が利いてるしな」
「わかった。と言っても明日から生徒会の仕事もあるから当分無理だけどね」
「まあ俺は歓楽街でよく遊んでるし見つかったら連絡する」
「ありがとう。じゃあまた夜のデートをしようね」
「ばっ……お前なぁ……」
「ふふっ。やっぱり照れてる八幡君可愛い。またね」
シルヴィはそう言って校門の中に入って行った。それを見送った俺は息を吐く。全く……
それにしても……まさかシルヴィの師匠が蝕武祭に参加しているとはな……シルヴィには割と世話になっているし出来るだけ力になりたいものだ。
色々と重い話を聞いて疲れた。今日は早く寝よう。
そう思いながら俺はクインヴェールを後にして自分の寮に向かって歩き出した。
同時刻、クインヴェールの校門近く
「……ねぇパイヴィ、今の聞いた?」
「聞いたわモニカ。シルヴィアは間違いなくデートって言ってたわ」
「じゃあ春にリーダーが言っていたのはやっぱり……」
「事実かもね。シルヴィアは比企谷八幡と付き合っているかもしれない」
「………」
「………」
ルサールカのメンバー、モニカとパイヴィは無言で顔を見合わせてからハイタッチを交わした。