「単刀直入に言うぞ。これ以上オーフェリアに関わるな。てめぇがいてあいつが腑抜けたら迷惑なんだよ」
シリウスドームの廊下にて、うちの学園の生徒会長であるディルク・エーベルヴァインは俺にそう命令してくる。その表情はこの世の全てを嫌悪している表情だ。
随分といきなりだな。まあ俺の返答は一つだけだ。
「断る。俺がお前の命令を聞く義理はない」
俺がオーフェリアと関わりを無くすのはオーフェリアが俺に絶交を告げる時だけだ。俺はオーフェリアと過ごす時間は楽しいと思ってるので、少なくとも俺からあいつに絶交を告げる事はないだろう。
俺がそう返すとディルクは忌々しそうな表情で俺を睨み舌打ちをしてくる。
「ちっ、ふざけやがって……」
ふざけてるだと?
「ふざけてるのはお前の方だ。オーフェリアがどんな事を考えてようがそれはオーフェリアの自由だ。お前が関与していい事じゃねぇよ」
「はっ。アレは俺の物だ。俺がどう使おうとてめぇには関係ねぇよ」
「黙れカス。さっきから黙って聞いてりゃオーフェリアを物扱いしてんじゃねぇよ。あいつは唯の女の子だ」
「……本気で言ってんのか?あの怪物を女の子呼ばわりするなんてイカレてんのか?」
「……あ?」
俺はそれを聞いて本気でキレそうになった。
圧倒的な力を持っている上に他人と殆ど関わらないから怪物呼ばわりされているが、俺はそれが間違いだと知っている。
オーフェリアは普通に笑ったり拗ねたり怒ったりする何処にでもいる普通の女の子だ。
まあ相手の考えを無理やり変えさせるつもりはない。どうせ変わらない人間が殆どだし。
「オーフェリアを女の子扱いするのがイカレているなら俺はイカレていて結構だ。それより話を戻すぞ」
そう言って一つ区切り口を開ける。
「俺をオーフェリアと関わらせたくなかったら俺を屈服させてみろよ。生徒会長のお前ならうちの学園のルールは知ってるよな?」
そう言って影の刃を5本ディルクの首元に突きつける。
「ひぃぃぃぃ!」
1本も突きつけられていない星脈世代の樫丸が涙目でビビっているのに対して、非星脈世代のディルクは特に驚きを見せない。
レヴォルフでは校則は無きに等しく、外からは個人主義者の巣窟と呼ばれているが一つだけ唯一絶対のルールがある。
『強者への絶対服従』
レヴォルフにおいては力こそが絶対だ。幾ら悪い事をしようが力がある者なら許される。逆に正しい人間でも弱かったらそいつが悪とされる事もあり得る。
力と言っても腕っぷしの強さと権力の強さの2種類がありディルクが持っているのは権力の強さだ。
とはいえ、俺はディルクの下に就いていないし一般生徒なので権力で争うつもりはない。逆に向こうも非星脈世代なので決闘で俺と争うつもりはないだろう。
そういう訳で土俵が違うから俺とディルクは今後もどっちが上か争う事はないだろう。というかする気もない。
つまり俺がディルクにオーフェリアの扱いについて咎める事は出来ないが、ディルクもまた俺を咎める事は出来ないって事だ。
「……ふん。やってみろよ。俺を刺した瞬間てめぇは終わりだろうがな」
ディルクは特に表情を変えずに俺を挑発する。
星武祭の間は防御障壁がある場所以外での決闘は禁止だ。もちろんシリウスドームの廊下で暴れたりしたら警備隊に捕まるだろう。
その上ディルクは非星脈世代だ。星脈世代が常人を傷付けたら基本厳罰に処される。俺がディルクを殺したら俺は間違いなく死刑になるだろう。
もちろん俺もそれを理解しているので刺すつもりはない。軽く脅すつもりで出したがまさか顔色一つ変えないとはな。この事からディルクはアスタリスクの闇をかなり見てきた事が簡単にわかる。
お互いに無言になり睨み合っている時だった。
「こんな場所で揉め事は止めてもらいたいね、双剣の総代に『影の魔術師』」
そう言われると同時に影の刃が全て斬り落とされた。
凛とした声が聞こえたので声のした方向を向く。
そこには貴公子然とした青年がいた。整った顔立ち、癖のない淡い金髪、身に纏う白を基調とした清廉な制服といい、見る者全てを魅了する雰囲気を醸し出している。
しかし少しでも見る目がある者ならその整った顔の奥に鋭利な刃が潜んでいる事に気が付くだろう。
アーネスト・フェアクロフ
聖ガラードワース学園の生徒会長にして序列1位、『聖騎士』の二つ名を持つ男。過去に獅鷲星武祭で二連覇を成し遂げ、来年で三連覇は殆ど確実と言われる程の実力者。
そしてその男の手にあるのはガラードワースが誇る純星煌式武装『白濾の魔剣』
聖剣とも呼ばれる純星煌式武装は任意の物体だけを選んで斬る事が出来る物で純星煌式武装の中でもかなり凶悪な物だ。俺の影の刃は生半可な武器じゃ斬れないが『白濾の魔剣』なら可能だろう。
俺は予想外の人物の登場で一瞬驚くが口を開ける。
「……これは俺とあいつの問題です。フェアクロフさんは口を出さないでくれませんか?」
俺がそう返すもフェアクロフさんは首を振る。
「そういう訳にはいかないんだよ。秩序の守護者たるガラードワースの代表として、そしてこの聖剣を預かる『聖騎士』としてもこの状況を見逃す事は出来ない」
まあ予想通りの返答だ。つーかフェアクロフさんじゃなくても普通の人間なら止めにかかるだろう。シルヴィあたりでも止めるだろうし。
しかもフェアクロフさんの実力は本物だ。俺が勝てるかわからないからディルクとはこれ以上話すのは無理だろう。
ディルクもそれを理解しているのかフェアクロフさんを一睨みしてから舌打ちをする。人に嫌われる態度をとるのはブレないな……
「ちっ……行くぞころな」
ディルクはそう言って俺達に背を向けて歩き出した。
「わっ!ま、待ってください会長!そ、それじゃあ!し、失礼します!!」
さっきまで腰を抜かしていた樫丸は慌てて立ち上がり俺達に頭を下げてから転びそうになりながらもディルクの後を追っていった。
2人が曲がり角を曲がって見えなくなった所で息を吐きフェアクロフさんに話しかける。
「……まあ、その、アレです。迷惑かけてすみませんでした」
そう言って軽く頭を下げる。さっきはああ言ったがあそこで止めてくれたのは感謝している。フェアクロフが居なかったらずっと睨み合いになっていただろう。
「僕は僕の役目を果たしただけだよ。だから頭は下げなくていいよ」
そう言われたので頭を上げる。フェアクロフさんの顔を見るとディルクがいた頃に見せていた冷酷な顔は無くなっていて人の良さそうな顔になっていた。
(……前から思っていたがこの人の内側は怖い気がする)
普段から高潔な人なのは知っている。しかし一度箍が外れたら間違いなくヤバい気がする。
もちろん根拠はないのでそれを口にする事も顔に出す事もしないが。
「ただこういった事は今後は控えて欲しいな」
「そっすね。わかりました」
最近どうもオーフェリアの事になると少し感情的になるんだよな。今後は気をつけた方がいいだろう。
「わかってくれるなら僕はこれ以上その事に関しては言及しないよ。それと比企谷君」
「はい。何でしょうか?」
まさかここでいきなり名前を呼ばれるとは全く思ってなかった。とりあえずさっきの件についてのお咎めについてじゃないだろう。
「君に聞きたい事があるんだ。少し時間を取らせて貰ってもいいかな?」
俺に聞きたい事だと?理解できん。仮にもガラードワースの生徒会長が、折り合いの悪いレヴォルフの一般生徒である俺に聞きたい事があるとは思えない。
返事に悩んでいるとポケットにある端末が鳴り出した。誰だよこんな時に?
フェアクロフを見ると笑顔で頷いてくる。どうやら出ても大丈夫のようだ。
俺は一礼して端末を開けるとシルヴィから『遅いけど大丈夫?』とメールが来ていた。
あ、そっか腹壊してから、樫丸の書類を拾う手伝いをしたり、ディルクと対峙したり、フェアクロフさんと話してるからな。端末の時計を見るとシルヴィとオーフェリアと別れて20分近く経っていた。そりゃ気になるよな。
とりあえずシルヴィに『すまん。急用が出来たから遅れる。後30分もしないで戻れると思う』と返信して端末をポケットに入れる。
「すみません。とりあえず話は聞きますが30分以内に済ませていただけるとありがたいんすけど」
「10分もかからないと思うから大丈夫だよ。とりあえず座ろうか」
そう言われたのでフェアクロフさんの視線の先に目を向けると席があった。
俺は一つ頷いて席に座る。今更だがガラードワースの代表とレヴォルフの序列2位が向かい合って座ってるって端から見たら凄い光景だな。
フェアクロフさんの仲間である冒頭の十二人、通称『銀翼騎士団』がいなくて良かった。もしもいたら間違いなく煩い事になるだろう。特に生徒会副会長の『光翼の魔女』レティシア・ブランシャールあたりは頭が固いからな。良かった良かった。
「それで聞きたい事とは何ですか?」
生徒会長であろう人がわざわざ俺に聞きたい事があるとは想像出来ないんだが……
疑問に思っている中フェアクロフさんが一つ頷いて口を開ける。
「実は鳳凰星武祭に出場したうちの生徒で一回戦で棄権した人がいるんだ。それでうちの学園では君とミス・ランドルーフェンが悪いと噂されているんだが真実を聞かせてくれないかな?」
……ああ。そんな事もあったな。そりゃ生徒会長のフェアクロフなら聞きたいよなうん。
てかどうしよう?真実は知っているが理由が恥ずかしくて言いたくないんですけど?