夕方、夏だからかまだ日差しは高い。暑いのが嫌いな俺にとってはまさに苦痛だ。
俺は自分の寮で強い日差しを受けながら出かける支度を済ませて外に出る。
抽選会が終わって自分の寮に戻ってぐうたらしてると、小町から前に行ってた本戦出場の祝賀会をやるから来いと連絡が来た。
俺は『明日の対戦相手は強敵なのに大丈夫なのか?』と疑問に思って聞いてみたら『作戦考えてたら頭が痛くなったから気分転換だよ』と言ってきた。まあ苛ついている時は碌な作戦は浮かばないからと納得した。
集合場所は偶然にも鳳凰星武祭初日にオーフェリアとシルヴィの三人で飯を食ったレストランだった。あそこなら迷わず行けるし飯も美味かったから文句はない。
そんな事を考えながら最寄りの駅に歩いていると……
「あれ?比企谷?」
正面から見知った2人組が来た。何でこいつらがここに?
「天霧にリースフェルトか。奇遇だな」
「そうだね。比企谷はどうしてここに?」
「それはこっちのセリフだ。俺はこの近くに住んでるからともかく、ここはレヴォルフの生徒が多いからお前らが来る所じゃないぞ」
俺が住んでいる場所は比較的治安が良いがレヴォルフの生徒が多く住んでいるので他学園の生徒は余り来ない。
「あ、うん。実は……」
天霧が口を開き説明をしてくる。それによると昼にチンピラに絡まれていたプリシラを助けたらしくお礼に飯に呼ばれたようだ。
「……お前って本当にトラブルに巻き込まれ過ぎだろ?」
「そ、そうかな?」
そうに決まってんだろ。転入初日にリースフェルトに決闘を挑まれたり、サイラスに襲われたり、刀藤と決闘したり、妙な生物に襲われたり、刀藤倒して序列1位になったり、ディルクに狙われるお前は絶対にトラブルに愛されているだろう。
「そうだろ。んでリースフェルトは何でここに?」
「私はただの付き添いだ。タッグパートナーに何かあったら困るのでな」
んな事は気にしなくていいと思うが……
プリシラは優しいし、イレーネも素行は悪いが筋は通すから多分危害を加えてこないだろうし。
「そうか。あいつらのマンションならあそこの4階だぞ」
そう言って後ろにある小綺麗なマンションを指差す。
「そうなんだ。ありがとう。ところで比企谷は何をしてるの?」
「ん?俺は今から中央区の飯屋で妹と中学の知り合いと本戦出場祝賀会に参加するんだよ」
「ほう?小町と戸塚以外の知り合いも本戦に出場するのか?」
「まあな。クインヴェールの雪ノ下、由比ヶ浜ペアと界龍の川越姉弟だ」
「なるほどな。……ん?川越ではなく川崎ではなかったか?」
あ、そうだった。ダメだ。いつも間違えてしまう。やっぱり川越でいいだろ。
「悪い間違えた。お前らは一回戦からイレーネだがあいつは結構強いぞ」
「わかっている。しかしお前は私達より小町達の心配はしないのか?相手はガラードワースの『鎧装の魔術師』と『輝剣』の正騎士コンビだぞ?」
だよなー。はっきり言って四回戦の対戦相手は格上だ。小町と戸塚もコンビネーションは上手いがそれだけで対戦相手に勝てるとは限らない。
「んな事は百も承知だ。だから今から飯食いに行きながらあいつらに策を授ける」
一応相手を出し抜ける策は幾つか考えてきたので今日教えるつもりだ。上手くいったら勝てるかもしれないし。
「ほう……小町からはお前に鍛えて貰っていると聞いていたが本当のようだな」
「まあな。俺は王竜星武祭しか参加しないから暇だったし。……おっと、悪いが時間が迫ってるから俺はもう行く」
「あ、うんまたね」
「ではな」
2人と挨拶を交わし俺はモノレール乗り場に向かって走り出した。
それから30分……
「え〜。本戦出場を祝って……乾杯!!」
レストランにて由比ヶ浜がそう言ってグラスを掲げる。
「「「乾杯!!」」」
「乾杯」
「……乾杯」
グラスがぶつかり音が鳴る。
「……….」
俺はそれをのんびり眺めながらジンジャーエールをチビチビ飲む。
「……ってゆきのんと川崎さんも元気良く言ってよ!!ヒッキーに至っては乾杯してないし!!」
由比ヶ浜がテーブルを叩いて俺と雪ノ下と川なんとかさんに文句を言ってくる。
「……騒がしいのは好きじゃないのよ」
「あたしも雪ノ下と同じ」
「俺は鳳凰星武祭に参加してないから」
「もう!3人ともノリ悪いし!!」
いやお前なら俺達がノリ悪いのを知ってるだろ?俺も騒がしいのは好きじゃないし。
「はぁ……全くごみいちゃんったら……」
「ごみいちゃん言うな。つーかお前は初戦から正騎士コンビと当たるってのに元気過ぎだろ」
俺がそう返すと小町は苦い顔をして目を逸らす。
「うっ……ほ、ほらアレだよ!試合前なんだし景気付けしとかないと!」
「まあ構わないが……それについてだが、俺も幾つか策を考えてきたが後で聞くか?」
「え?!本当に?!お兄ちゃんありがとう!!」
小町は一転して笑顔になり俺に詰め寄ってくる。現金な奴だな……
「えーっ?!小町ちゃんズルい!ヒッキーあたしにも教えてよ!」
由比ヶ浜はそう言って制服を引っ張るがそれは止めろ。最近オーフェリアは怒ると俺の制服を引っ張ってきて伸びてるし。
「いやいや、お前らの四回戦の相手は雑魚だからいらないだろ?」
組み合わせでは雪ノ下、由比ヶ浜ペアの枠は四回戦の相手が雑魚だからかなり当たりだろう。五回戦で川崎ペアと当たり準々決勝では小町達か正騎士コンビのどちらかと当たるだろう。
「え?ヒッキー本当?」
「多分な。五回戦の川崎に勝てるかわからないけどな」
まあ小町達にしろ、雪ノ下達にしろ、川崎達にしろ決勝に上がるのは無理だと思うがな。準決勝で当たると思うのは天霧、リースフェルトペアか界龍の双子あたりだ。はっきり言って今のこいつらじゃ勝てないだろう。
「……私が目指しているのは優勝のみよ。だから準々決勝で負けるつもりは毛頭ないわ」
そう言って雪ノ下は不敵な笑みを小町達に向けてくる。すると川崎が雪ノ下をギロリと睨んでいる。まあ川崎ペアは五回戦で当たるがそれに勝つと言っているような物だからな。それは理解できるが飯食ってる場所で揉めるな。
「いやー、雪乃さんには悪いですけど優勝は天霧さん達かアルルカントの擬形体のどっちかだと小町は思うんですけど」
「出場者がやる前から投げるなバカ」
そう言って小町の頭にチョップをする。
「だって〜天霧さんは冗談抜きで桁違いだし。勝てるビジョンが全く見えないし」
「まああいつは強いだろうからな」
「八幡なら天霧君に勝てる?」
戸塚がそう聞いてくる。ふむ……俺が天霧にか……
「保証はないが多分勝てる」
少なくとも今の天霧には負けないだろう。何でも斬る『黒炉の魔剣』は俺にとって最悪の相性だが、天霧にはリミットがある。アレを何とかしない限り俺には勝てないと思う。
「準決勝だの準々決勝の話は後にしろ。次の相手はただでさえ格上なのに余計な事を考えてたら100%負けるぞ」
「う、うん。わかったよ」
小町が反省していると料理がやってきた。それを確認すると全員が一度話を止めて料理が目の前に置かれるのを見守った。
そして料理が全て置かれると食事が始まった。
「……ほーん。俺が去った後にそんな事がなぁ……」
飯を食いながら俺がいなくなった後の総武中の話を聞いている。何でも葉山グループのメンバーの1人が同じグループのメンバーに振られたり、葉山と組んでいた一色って奴がノリで生徒会長にさせられたりと面倒な事件が起こりまくったようだ。
「てか雪ノ下は依頼とか受けなかったのか?」
「ええ。どれも奉仕部の理念から外れていたから」
「正しい判断だな。んなもん受けたら碌な事にならないし。てか前から思っていたが俺の知り合いアスタリスクに来過ぎじゃね?」
雪ノ下は中学の頃から高校生になったらアスタリスクに行くと言っていたが他の連中がアスタリスクに来るとは思わなかった。
「だってヒッキーもゆきのんもアスタリスクに行って私だけ置いてきぼりとかあり得ないし!」
「あたしは中学の終わりに界龍からスカウトが来たから。学費免除とか待遇が良かったからね」
「僕は八幡と会いたかったら!」
「お、おう。そうか……ありがとな」
「ヒッキーデレデレし過ぎだから!」
「この男……戸塚君に対しては相変わらずね……」
いやだって戸塚可愛いんだもん。これは揺らぎない事実だから仕方ないな。
そんな事を考えていると端末が鳴りだした。誰だ?
端末を開くとオーフェリアからだった。オーフェリアがメール?珍しいな。
疑問に思いながらメールを見ると絶句してしまった。そこには……
『八幡、今鼻の下をのばしていた?』
ただ一言、そう表示されていた。
その後の記憶は覚えていなかった。
「ヒッキーってば!!」
いきなり衝撃が走ったので辺りを見渡すと俺以外の全員が立ち上がっていた。
「由比ヶ浜?どうしたんだよ?」
「どうしたんだよじゃないよ!さっきか何度も呼んでるのに返事しないし!もう解散の時間だよ!」
何?!もうそんな時間かよ!!
由比ヶ浜に指摘されて漸く思い出した。そうだ……オーフェリアから来たメールを見てから俺は……
つーか何でオーフェリアは俺の鼻の下がのびているのがわかったんだ?怖過ぎる……
「わ、悪い。完全にボケっとしてた」
マジか。しかも俺の前にある飯はいつの間にか無くなっていた。無意識に飯を食べていたのか?
「もう……ちゃんとしてよね」
由比ヶ浜の愚痴を聞きながら俺も立ち上がり自分の分の金を出して店を出る。
「小町ちゃんとさいちゃんは大変だろうけど一回戦頑張ってね!」
「はーい」
「頑張って準々決勝まで行くからね」
「ええ。受けてたつわ」
「もう準々決勝まで行く気みたいだけど準々決勝に行くのはあたし達だから」
「ま、負けないっす!」
鳳凰星武祭参加者6人は全員やる気満々のようだ。さてさて、どうなるやら……
「じゃあ次は鳳凰星武祭が終わってから会おうね!」
由比ヶ浜と雪ノ下はそう言ってクインヴェールの方向に行くモノレールがある駅に歩いて行った。
「姉ちゃん。俺達も帰ろうぜ。お兄さんもありがとうございました」
「だからてめぇにお兄さんと……いや、なんでもありません」
文句を言おうとしたが姉の睨みによって沈黙してしまう。怖い、怖いですからね?
「全くあんたは……いくよ大志」
そう言って2人も界龍の方向に行くモノレールがある駅に向かっていった。
「じゃあ戸塚さん、帰ろっか」
「待って小町さん。八幡から明日の試合のアドバイス」
「あ!そうだった!!」
このアホ……肝心の事を忘れてんじゃねぇよ。
「全く……一応聞くが祝賀会に来る前に対戦相手の2人のデータは見てきたな?」
「うん。改めて見ると自信がなくなっちゃったよ」
戸塚は不安そうな表情を浮かべる。
「今大会初の格上との試合だから仕方ない。とりあえずお前らが立てた作戦を説明してくれ」
「うん。戸塚さんはフォースターさんの足止めをして、その間に小町が『冥王の覇銃』でレムスさんを倒す作戦なんだけど……」
細かい部分の作戦が思いつかないようだ。まあ格上相手だと作戦を立てるのは難しいからな。
「まあお前らが勝てるとしたらそれが1番の方法だな。それをこれから更に綿密に計画する必要がある」
そう言って戸塚を見る。
「戸塚、お前は今までの試合だと盾を飛ばして近寄らせず、相手が近寄ってきたら散弾型煌式武装を展開して発砲していたな?」
「うん」
「明日の試合では初めから散弾型煌式武装を起動してガンガン撃て。近寄ってきてから起動するのじゃ間に合わない。近寄ってきたら迎撃じゃなくて、近寄らせない事を重視しろ」
今までの試合のやり方だと起動する前に負けるだろう。いくら腕を上げていても戸塚は素人に毛が生えたくらいの実力だ。エリオット・フォースターには厳し過ぎる。
「わ、わかった」
「良し。次に小町」
「な、何?」
「試合が始まってから暫くは逃げ回って戸塚と距離をとれ」
「どういう事?」
「おそらく相性的にお前の相手はドロテオ・レムスになってエリオット・フォースターが戸塚を潰しに来る。だけどもしエリオット・フォースターが足止めに苛立ちを感じて戸塚を後回しにしてお前を狙いに来たら対処できない」
「あー、だから距離をとって直ぐには来れないようにすると?」
「そういう事だ。それと『冥王の覇銃』を使うのは相手がお前に攻撃する時だ。カウンター狙いで撃った方がいい」
ドロテオ・レムスのスタイル的に攻撃している時に最大の隙が出来る筈だ。確実に倒すとしたらそれしかない。
「それはわかったけどレムスさんを倒した後のフォースターさんはどうすればいい?」
「それについては考えがある。試合にはこれを持ち込んで使え」
そう言って俺は小町にある待機状態の煌式武装を投げ渡す。
「お兄ちゃん!これって……?!」
小町が驚きの表情を浮かべて俺を見てくるので頷く。
「エリオット・フォースターは才能はあるがまだガキだ。だから多分引っかかる。それで主導権を握って一気に決めろ」
試合のデータを見る限り騙し合いに向いてないイメージだからな。
「うん。わかった!」
「ありがとう!やっぱり八幡は頼りになるね!」
お、おう……守りたい、この笑顔。
「き、気にすんな。それよりお前らも頑張れよ」
「うん!じゃあ戸塚さん!急いで帰って練習しておきましょう!」
「そうだね。じゃあまたね!」
「おう。またな」
2人が星導館の方向に行くモノレールがある駅に向かっていったのを確認して、俺も自分の寮に帰る為俺が使うモノレールがある駅に向かって歩き出した。
レヴォルフの真ん前にある駅に降りると時計は9時を回っていた。疲れた……
息を吐きながら自分の寮に歩いていると……
「……八幡」
校門からオーフェリアが出てきた。心なしか疲れている、それでありながら嬉しそうに見える。
「おうオーフェリア。ところでさっきのメールは何だよ?」
あのメール見てそれ以降の記憶がないし。
「……何となくそう思ったのよ。それで実際は?」
怖い。怖いからオーラを出さないでくれ。
「い、いや特にのばしてない。それより何かあったのか?」
話を逸らす為に適当な事を言うとオーフェリアはオーラを消して口を開ける。ちょろい、助かった。
「……彼に呼ばれて、今さっきまで八幡に関わるなって言われたのよ」
あー、なるほど。ディルクの野郎、完全に俺の事をオーフェリアのガンと思ってるようだな。
「で、返事は?」
「もちろん断ったわ。でもあんまりしつこいから……」
「しつこいから?」
何を言ったんだこいつは?何か嫌な予感しかしないんだが……
俺の嫌な予感に違わずオーフェリアは爆弾を落とす。
「……八幡と過ごす時間を邪魔するなら、彼にとって本当の意味で私が必要になった時に動かないと言ったわ。そうしたら了承して貰ったわ」
………脅しじゃねぇか!!
怖いんだけど!何?こいつがここまでディルクに逆らうのは初めてだろ?
正直言ってそこまでする程か?俺にそんな価値があるとは思えないんですけど?
「そ、そうか……」
「……ええ。だからこれで八幡が許す限り八幡に甘えられるわ」
そう言ってギュッと抱きついてくる。顔を見るとわかりにくいが確かな笑みを浮かべている。付き合いが長いからオーフェリアは本当に喜んでいるのがわかる。
(……全くこいつは。俺にそこまでの価値はないのに……)
そう思いながらも俺はオーフェリアの笑顔を失わせない為に、オーフェリアの背中に手を回して優しく抱きしめ好きなだけ甘えさせた。
その後抱擁は20分続け、別れようとしたら『……また泊まりに来ない?』と誘ってきたがそれはガチで勘弁して欲しかったので断ろうとしたが、上目遣いで頼まれたので誘いを受けてしまった。