『ドロテオ・レムス、意識消失』
そんなアナウンスは流れ会場は大きく盛り上がる。まあ冒頭の十二人同士の戦いの決着がついたから当然とも言える。
しかし俺は余り喜べない。何故なら……
『ここで比企谷選手の純星煌式武装が炸裂しレムス選手を撃破ぁ!!しかしレムス選手の最後の一撃に比企谷選手も軽くないダメージを受ける!』
『校章は破壊されてないですし意識もありますがアレは痛そうッスね』
実況の言う通り、小町はドロテオの馬上槍による最後の一撃をモロにくらってステージの壁に吹き飛ばされてぶつかった。
ステージを見ると何とか起き上がっていたが若干フラフラしていて万全の状態とは程遠いと言っていいだろう。
そんな中更に悪い状況となってしまう。
『僕を相手に余所見をするのは良くないですよ』
『くっ…!』
小町から割と離れている場所ではエリオットが戸塚の放つ散弾や盾を破壊や回避をしながら距離を詰めている。
状況と会話から察するに小町が吹き飛ばされた時に戸塚は余所見をしてしまい集中力を乱したのだろう。能力は集中しなければ効果を発揮しない。格上相手に余所見するのは悪手だ。
しかし俺は戸塚を責めるつもりはない。俺は訓練の時にコンビネーションの練習や能力を伸ばすようにしていたが、メンタル関係については殆どしていなかった。
仲間がやられても狼狽えない、これは当たり前の事であると同時にとても重要な事だ。
普通の人なら教えていただろう。しかし俺はレヴォルフで基本的に誰とも組んでいないので頭から離れていた。まさか俺のぼっちが裏目に出るとは……!
俺の後悔を他所にエリオットは更に剣速を上げて戸塚との距離を詰める。一方の戸塚は再び盾を出して分割するものの、小町が吹き飛ばされた事を見た所為で焦っているのか、盾を分割する速度も遅く分割数も30くらいとかなり少ない。
『これで終わりです』
エリオットはそう言って戸塚が放とうとする盾を何十という突きによって全て破壊する。フェンシングで見るような突きだがその速さは段違いだ。星脈世代という事を差し引いても圧倒的な速さだ。
『まだだよ!』
盾を全て破壊されてピンチになったからか戸塚は落ち着きを取り戻し散弾型煌式武装をエリオットに向けて発砲する。狙いはエリオットの胴体だ。ピンチになると強くなるとはよく聞くがこれなら行けるか?
『ふふん!甘いですよ!』
しかし俺の予想は外れ、エリオットは自分の体を低く屈め戸塚に突っ込む。
超低空の突撃を繰り出すエリオットは散弾型煌式武装が放った光弾の下を潜り……
『戸塚彩加、校章破損』
そのまま戸塚の校章を一閃して胸の校章を破壊した。それを確認するとエリオットは直ぐに踵を返して小町との距離を詰めに行く。その距離約50メートル。
「これで一対一か……」
「ええ。ですがうちのエリオットの方がかなり有利ですわね」
ブランシャールは誇らしげにそう語る。まあ小町はドロテオの馬上槍の一撃をくらっているのに対して、エリオットは戸塚の盾を数発くらったが殆ど無傷だ。普通に考えたらエリオットの方が有利だろう。
だが……
「いや、勝負はまだついていない」
俺はただ一言、そう返す。確かに現状8:2あたりでエリオットが有利だ。だがまだ負けた訳じゃない。
万全の状態の小町とエリオットが戦ったら実力は互角だろう。それはつまり今の小町みたいにダメージを受けている小町とエリオットが戦ったらエリオットが有利になる。
だから当然として俺は小町に対策を教えてある。基本的な対策は教えたが、それをどうやって成功させるか小町の考え次第だ。
息を吐きながらステージを見ると小町は大分持ち直したようだ。『冥王の覇銃』を懐にしまってホルスターからハンドガン型煌式武装を起動してエリオットに放つ。ドロテオには全く効果はなかったがエリオットには通じるだろう。
しかしダメージが蓄積されているからかいつもより狙いが甘く、エリオットには簡単に回避されている。当たりそうな光弾は片手剣型煌式武装によって斬り払われる。エリオットと小町の距離は約15メートル。
(……まだだ。まだアレを使うのは早すぎる。使うとしたら10メートルを切らないといけない)
俺が昨日渡した煌式武装は射程距離が5メートルとかなり短い。相手に勘付かれない為には10メートルを切ってからだ。
しかし……
(問題は……エリオットの身体能力なら回避されるかもしれない事だ)
エリオットの身体能力は間違いなく一流だ。その上小町はダメージを負っているから、下手したら煌式武装を起動する前にやられるかもしれん。
となると確実に当てるには少しでもいいのでエリオットの隙を作らなければならない。それについては小町に任せているが……どんな作戦で行くんだ?
疑問に思っている時だった。
小町が唐突に左手に持っているハンドガン型煌式武装をエリオットの顔面に向かって投げつけた。
エリオットは一瞬驚いた表情をしながら剣でそれを払う。
『おおっと?!比企谷選手いきなりどうしたぁ?!』
実況が困惑した声を出している中、小町は右手に持っているハンドガン型煌式武装を今度はエリオットの足元に投げつける。
『……何を?』
エリオットは理解出来ない表情をしながら足元に剣を近づけてハンドガン型煌式武装を斬り払い小町との距離を更に詰める。距離は約3メートル。
それに対してハンドガン型煌式武装が払われると同時に小町の周囲に星辰力が溢れ出る。魔術師や魔女なら能力の使用する直前とわかるが小町は能力者じゃないから意図が読めない。
さっきから何をしてるんだ?全く理解できん。
小町の行動に対して理解に苦しんでいると……
『咲き誇れーー九輪の舞焔花!』
いきなりそう叫びだした。……え?今なんて言った?
俺が呆気に取られる。つーかアレって……
「ユリスの技の名前?!」
ブランシャールが驚きの声を出している。そうだ、咲き誇れってリースフェルトが能力を使う時に言うセリフじゃん!何で小町が?というかあいつ魔女じゃない……あ。
(そういう事か!)
俺は小町の意図に気がついた。あいつ……中々嫌らしい作戦を考えたな。
感心しているとフェアクロフさんも小町の意図に気がついたようで苦笑している。まあ褒められた作戦じゃないからな。
しかし小町の間近にいるエリオットはいきなりの呪文詠唱を聞いて驚きの表情を見せている。
『……なっ!まさか魔女?!』
エリオットはそれを聞くと慌ててバックステップで距離を取ろうとする。
しかしいきなりの呪文詠唱で焦ったのか自分の足と足がぶつかりよろけている。
そんな中小町は懐から待機状態の煌式武装を起動する。マナダイトの色は緑色、つまり『冥王の覇銃』ではなく俺が渡した煌式武装だろう。
記憶されている元素パターンが再構築されて何もない空間から銃が顕現される。
その形は戸塚が持っている散弾型煌式武装によく似ているーーしかし戸塚の持っているそれよりバレルは短く銃口は遥かに大きい物だった。
エリオットはそれを見て引き攣った表情を浮かべている。どうやら今になって小町の作戦に気が付いたのだろう。
しかしもう遅い。
『騙してごめんね』
小町がそう言って煌式武装の引金を引く。
すると銃口から戸塚の持つ煌式武装の倍を超える数の光弾が放たれてエリオットの全身を蹂躙した。
『がはぁっ!』
100近い光弾をモロにくらったエリオットは絶叫を上げながら地面に倒れ込み、そのままピクリとも動かない。
「エリオット・フォースター、意識消失」
「試合終了!勝者、比企谷小町&戸塚彩加!」
会場に機械音声が響き渡る。
すると堰を切ったように会場を大歓声が包み込んだ。
『ここで決着!最初に五回戦に駒を進めたのは比企谷、戸塚ペアだぁ!!』
『最後の比企谷選手の策は中々良かったッスね。エリオット選手にとっては予想外の光景が立て続けに続いたからか、最後の一撃に対処するのは無理だったみたいッスね』
解説の言う通りだ。
エリオットに投げつけた煌式武装も、自身の周囲に出した星辰力も、普段リースフェルトが唱える呪文も全て囮で、本命は昨日渡した改良型散弾型煌式武装って訳だ。
「これは比企谷君が考えて教えたのかい?」
フェアクロフさんがそう聞いてくる。
「いえ。俺は散弾型煌式武装を渡しただけで後は全部あいつの考えです」
散弾型煌式武装は良く狙わずに攻撃出来る利点がある。だからドロテオとの戦いでダメージを負った後にエリオットと相対する時に備えて渡したが……上手くいって良かったな。
「褒められた戦術ではありませんが……実際に相対したくないですわね」
ブランシャールは苦い顔をしながらも小町の取った戦術の有効性は認めている。特にエリオットみたいな場慣れしていない人間には効果的だろう。これがドロテオだったらブラフに引っかからずに突撃してきそうだけど。
まあ勝ちは勝ちだ。良くやった。
歓声が響く中、小町は戸塚の肩を借りてステージを後にした。見た所ドロテオの一撃は相当重かったようだ。
「それにしても小町ちゃん結構ヤバそうだったけど大丈夫かな?」
ケヴィンさんはそんな事を言ってくる。人の妹を心配してくれるのは嬉しいがドロテオとエリオットの心配はしないのか?
星脈世代なら大抵のダメージは1日で回復するがドロテオの一撃による負傷は1日で治る物ではないと思う。
「……私の見る限り問題はないでしょう。明日までに完治するのは難しいですが、五回戦の対戦相手はどちらが勝ち上がってきても2人の実力なら負ける可能性は低いと思います」
ケヴィンさんの呟きに無表情で応じるのは1番隅にいるパーシヴァルだ。
「ふむ……キミがそう言うのであれば間違いないだろうね」
フェアクロフさんはそう言って頷く。そこからは確かな信用が見える。その事からパーシヴァルの言っている事は事実だと感じる。
「そうか。なら良かった。それと俺は小町の様子を見に行きたいので失礼してもよろしいですか?」
今日シリウスドームでやる試合の中で俺が興味あるのは天霧、リースフェルトペアとウルサイス姉妹の試合だけで、その試合は1番最後にやる物だ。
他のどうでもいい試合を見るくらいなら小町の見舞いに行った方が遥かに良い。
「もちろん。彼女達に見事だったと伝えておいてくれないかな?」
「貴方にそう言って貰えるなら小町達も光栄でしょうね。では」
「……私も行くわ」
俺が立ち上がるとオーフェリアもそれに続いて立ち上がる。それを確認すると俺は出口に向かって歩き出した。
ガラードワースの生徒会専用の観覧席から出た俺とオーフェリアは全力疾走で小町達の控え室に向かった。頼むから無事でいてくれよ……
心配になりながらも走り、遂に小町達の控え室に到着した。俺は昨日貰った許可証を出してセキュリティを解除した。
ドアが開くと同時に俺は中に入る。
「小町、かなりダメージを負ったみたいだが……」
大丈夫か、最後まで言うのは叶わなかった。俺は控え室に入って直ぐに絶句してしまった。
何故なら……
「まさかこんな所で会うとは……1年ぶりだな、オーフェリア」
控え室には小町と戸塚だけでなく天霧とリースフェルトもいたからだ。おそらく俺みたいに小町の見舞いに来たのだろう。
リースフェルトは怒りや悲しみ、様々な感情の入り混じった表情でオーフェリアを見る。
「……ユリス」
それに対してオーフェリアはいつもより悲しげな表情でユリスを見返している。
小町や戸塚、天霧が困惑した表情を浮かべて2人を見守る中、俺は頭痛を感じてしまう。
(……まさかよりによって2人が鉢合わせするとは)
これを知ってたら天霧達の試合中に見舞いに行きゃ良かった。
俺が後悔している中、2人はお互いに視線を逸らさずに向き合っていた。