俺は今冷や汗をかいている。理由は簡単、隣からどす黒いオーラを受けているからだ。
「……八幡」
隣ではアスタリスク最強の魔女であるオーフェリアがどす黒いオーラを出しながらジト目で見てくる。はっきり言おう、メチャクチャ怖いです。
『もしもし比企谷君、大丈夫ですか?』
どうやらエンフィールドからはオーフェリアが見えていないようだ。ビビっている俺を見て心配したような声で話しかけてくる。すると更にどす黒いオーラか増した気がする。
理由はわからないが……オーフェリアはエンフィールドを嫌っているようだった。こりゃ長引かせるのは良くないな。
「ああ。大丈夫だ。話す内容は大体理解できるが急を要するのか?」
多分天霧とイレーネの話だろう。話すのは構わないが出来るなら今はやめて欲しい。
するとエンフィールドは俺の表情を見て何かしら理解したように頷く。
『いえ。今直ぐでなくても大丈夫です。そちらは今都合が悪いようですので夜でも大丈夫ですよ』
「いいのか?」
もし今じゃなくていいなら後にしたい。オーフェリアが機嫌を悪くしてるし、ここはレヴォルフの生徒会専用の観覧席だから話したくない。
『はい。その場合夜9時から11時の間にお願いします』
「そうかわかった」
『では……』
エンフィールドが通話を切る。するとオーフェリアからどす黒いオーラは消えて不安そうな表情で見てくる。
「……で、お前は何で怒ってたんだ?」
疑問に思った事を聞くとさっきとは打って変わってしおらしい態度をしてくる。
「……ごめんなさい。これはただの八つ当たりなの」
そう言って謝ってくる。そんな表情されたら文句は言えねぇよ……
「別に気にしてない。だからそんな悲しそうな顔は止めろ」
俺が悪い事をしているような気分になってしまう。オーフェリアの奴、戦闘力は桁違いだがそれ以外は普通の女の子だからな。
「……ごめんなさい」
オーフェリアはそう言って再度謝ってくる。全く……
「はいはい。だから怒ってないから気にするな」
悲しげな表情をして瞳を潤ませているオーフェリアの頭に手を置いて優しく撫でる。
「あっ……」
オーフェリアがピクンと反応する。いけね、小町が悲しんでる時にやっている癖が出ちまったな。
「頭を撫でられたのは、いつぶりかしら……」
俺が謝ろうとするとオーフェリアは顔を俯かせて俺の胸に飛び込んできて背中に手を回してくる。……前から思っていたが……オーフェリアって結構甘えん坊だな。
息を吐きながらオーフェリアに抱きつかれていると……
いきなり耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。そうだ、今は試合中だった。エンフィールドの電話を始め色々あって忘れてた。
余りの轟音なので半ば慌ててオーフェリアとの抱擁をといてステージを見ると、ステージには途轍もない程の巨大な炎の花が膨れて爆発していた。
おそらくリースフェルトの技だが直径は軽く20メートルは超えているだろう。試合開始してから大分経っているのでおそらく設置型の技だろう。味方を巻き込むリスクはあるかもしれないが、それを差し引いても見事な技だ。
爆煙でイレーネの姿は見えないがどうなった?いくらイレーネでもアレをくらったら無傷じゃ済まないだろう。やはりあの2人を相手にするのは厳しいか……?
疑問に思っている中、爆煙が晴れてイレーネの姿が現れる。
しかし……
「……殆ど無傷だと?」
クレーター状にへこんだ中心には『覇潰の血鎌』を携えているイレーネがいた。服は焼け焦げているが怪我らしい怪我はしていない。そして周囲には重力球がイレーネを守るように浮かんでいた。
正直信じられない。今までイレーネとは何度もやり合っているが、アレほどの攻撃を真っ向から受ける技をイレーネは持っていない筈だ。出来たとしても『覇潰の血鎌』の代償で血を全て失って死んでいるだろう。
じゃあどうしてだ?
疑問に思っているとステージ全体が紫色の輝きに包まれる。それと同時に天霧とリースフェルトは地面に倒れ伏し、圧力で地面にヒビが入る。当のイレーネはプリシラを抱き抱えてプリシラの首に牙を立てている。
能力は間違いなく『覇潰の血鎌』だろう。しかしその範囲と威力が桁違いだ。あれほどの力をイレーネが出せるとは思えん。
「まさか暴走か?」
「……暴走というより乗っ取りに近いわね。『覇潰の血鎌』はかなり我が強いって前に彼から聞いた事があるわ」
オーフェリアが俺の考えを訂正してくる。『覇潰の血鎌』は我が強いのは知っている。何せ外部から血を摂取出来るように所有者の肉体を変えるくらいだからな。
しかしまさか乗っ取るとはな……いや、まだ完全に乗っ取られている訳ではないだろう。もし乗っ取られているなら意識は失い、校章が敗北を告げる筈だ。
そんな中、天霧は紫色の輝きの中を進み始める。見るからに苦しそうだ。しかもあいつの場合はリミットがある。急がないとイレーネの重力じゃなくて自分にかけられた封印にやられるだろう。
そして遂に天霧はイレーネの元に辿り着き声をかける。初めは効果がなかったものの何度も声をかけている内に、異常な重力が消えて紫色の輝きが薄くなった。
しかし……
『うああああああ!』
イレーネが絶叫すると天霧を再び圧し潰す。そしてイレーネはぐったりとうなだれ、観覧席からでも生気が失われているのが簡単に理解できる。
しかし『覇潰の血鎌』はイレーネの手から離れないでけたたましく嗤っている。どうやら完全にイレーネを乗っ取るつもりなのだろう。
俺には『覇潰の血鎌』が嘲笑を浮かべているように感じて不愉快極まりない。可能なら今直ぐにでもステージに入ってあの純星煌式武装を完膚なきまでに破壊したいくらいだ。
一瞬本気でステージに介入しようと考えていると……
「……あれは、『黒炉の魔剣』か?」
天霧が重力に逆らいながら無理やり立ち上がる。その手には『黒炉の魔剣』があり、ウルム=マナダイトが赤色の光を放っている。
それは徐々に光を増していき紫色の輝きが侵食し始める
『はああああっ!』
天霧がそう叫び『黒炉の魔剣』を振るう。
するとステージに広がっていた紫色の輝きが両断された。それによってステージの異常な重力が搔き消えた。
「マジか。能力をぶった斬るなんて何でもありだな」
余りの光景に戦慄してしまう。『黒炉の魔剣』の能力は知っていたが純星煌式武装の能力もぶった斬る事が出来るとは思わなかった。
「これってオーフェリアの能力も斬れるのか?」
ついオーフェリアに聞いてしまう。
「……多分斬られるわね。もしも八幡が『黒炉の魔剣』を持っていたら負ける可能性が出てくるわ」
まあ俺は体内を影でコーティングしてるから無味無臭無色透明の瘴気は効かないし、それ以外の攻撃は『黒炉の魔剣』で対処すれば勝ちの目が出るかもしれん。
(つーかそれって裏を返せば『黒炉の魔剣』がなければ絶対にオーフェリアに勝てないって事なんだよなぁ)
改めて隣にいる少女の強さに戦慄している中、天霧は『覇潰の血鎌』を斬り上げてイレーネの手から撥ね上げる。
そして地面に落下しようとする『覇潰の血鎌』を斬り落とし、そのまま手首を返して地面に縫いとめるように刺し貫いた。
『天霧辰明流剣術中伝ーーー刳裡殻』
天霧がそう呟くと硝子を擦り合わせたような不協和音がステージに響き渡り、『覇潰の血鎌』の外装にヒビが入り、粉々に砕け散った。
『イレーネ・ウルサイス、プリシラ・ウルサイス、意識消失』
『勝者、天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!』
そんなアナウンスが流れると、一瞬間を置いて今大会1番の大歓声がステージを震わせる。
「ふぅ」
とりあえず試合が終わって安堵の息を吐く。一時はどうなるかと思ったがとりあえず『覇潰の血鎌』がイレーネを乗っ取る事がなくて安心あんし……ん?
ステージを見ると目を見開いてしまう。
そこには仰向けに倒れていた天霧が苦しそうな表情で悶えていた。まさかあいつ……!
『おおっと、これは一体どうしたことでしょう?天霧選手、起き上がることが出来ません!チャムさん、これはやはり相当なダメージがあったということでしょうか?』
『んー、そうッスねー……いや、でもこの万応素は明らかに……』
実況の言葉が流れる中、天霧の周囲に幾つもの魔方陣が浮かび上がり、そこから現れた鎖が天霧に絡みつく。アレはサイラスの事件の時に俺が見た物と一緒だ。という事は……
ステージを見ると光が一瞬輝いたかと思いきや、それらは全て掻き消えて残されたのはぐったりとした天霧だけだった。
「マジか。よりによって衆目に晒されやがったか」
学園内ならともかく、星武祭のステージで見られたのは痛いな。
「……八幡はアレを知っているの?」
「まあ少し。何でも天霧の姉ちゃんが天霧に施した封印なんだよ。それによって天霧は5分ぐらいしか本気で戦えないんだよ」
しかも以前リースフェルトから聞いたがリミットを超えると反動がヤバいらしい。下手したら丸一日動けないらしい。明日の試合は界龍の序列上位の相手だが大丈夫か?
ステージを見るとリースフェルトが疲労困憊になっている天霧に近寄っていた。
本戦第一回戦も終了し、アスタリスク全体が盛り上がっている。
そんな中俺は盛り上がってはいけない空気が漂っている場所にいる。
目的の場所に着いた俺はノックをして扉を開ける。
「ああ。来たら伝えとく。じゃあな」
どうやら会いに来た人物は電話をしていたようだ。とりあえず電話は切ったみたいだし良いタイミングだろう。
「ようイレーネ。見舞いに来たぞ」
俺は今、中央区にある治療院にイレーネとプリシラの見舞いに来ている。
「あん?……って八幡じゃねぇか」
イレーネを見ると険が取れたような雰囲気を出している。何だか気分が良さそうだ。あんな事があったから大丈夫かと思ったがこれなら心配ないだろう。
「ほらよ、見舞い品だ」
そう言って果物とマッ缶を差し出す。
「果物はともかくMAXコーヒーはいらねぇよ」
「んじゃ俺が飲む。プリシラはまだ目が覚めないのか?」
イレーネの横ではプリシラが眠っている。
「いや、さっき一度起きて話した。今は疲れて寝てる」
「なら良かった。そういや『覇潰の血鎌』は見事にぶっ壊されたけどディルクからお咎めはあったのか?」
純星煌式武装は統合企業財体の財産の一つだ。場合によってはお咎めがあるだろう。
「それが全く無かったんだよ」
「は?マジで?」
となるとディルクは他の所で何らかの利益を得たのだろう。あいつのやり方は蜘蛛の巣みたいに嫌らしいからな。
「マジマジ。ま、天霧に負けたから借金は減らないけどな」
「まあ純星煌式武装に乗っ取られなかったから良かっただろ?」
「まあな。でもアレだけ動いてタダ働きってのはなぁ……」
そう言っているがそこまで未練を感じない。寧ろ何かを楽しみにしてるようにも見える。
「諦めろ。そういやさっきの電話はディルクからか?」
「ん?ああ。何か近いうちに天霧が自分への接触を求めてくるだろうから、私に連絡してきたらそのまま連絡しろってさ」
天霧がディルクに?天霧の奴、何を聞きたいんだ?はっきり言ってディルクは関わるべきではないのに。もしかして姉の事か?
俺はイレーネと雑談をしながらもプリシラが目覚めるまでその事について考えていた。
イレーネとプリシラの見舞いを済ませた俺は自分の寮に戻る。
夜飯を済ませると時計は10時を回っていた。そろそろ頃合いだな。
俺は携帯端末を取り出してエンフィールドの端末に連絡を入れると、しばらくの保留時間の後に空間ウィンドウが開いてエンフィールドの顔が映る。
「エンフィールドか?昼は済まなかったな。今は大丈夫か?」
『はい大丈夫です。それと昼の件はこちらに非があるので気にしないでください』
「わかった。それで話って何だ?」
『はい。実はディルク・エーベルヴァインについてなのですが、彼は綾斗の姉を知っているみたいなのですよ』
予想はしていたが……やっぱりディルクは天霧の姉ちゃんを知っていたのか。その時に『黒炉の魔剣』を見て危険と判断して天霧を潰そうと考えたのだろう。
「なるほどな。とりあえずディルクの奴が狙う動機には姉が関係してるのはわかった。それとこっちもそれに関する事で新しい情報が手に入った」
『何でしょうか?』
俺はエンフィールドにさっき治療院でイレーネから聞いた事を全て話した。
全て話し終えるとエンフィールドは難しい表情を浮かべる。
『……危険ですね』
一言だがその意見には賛成だ。ディルクは戦闘力は皆無だが正直言って関わりたくない類の人間だ。
「だがどうするんだ?天霧にディルクと関わるなって言ったら止めると思うか?」
『正直無理だと思いますね。綾斗は姉の話になると感情が高まるので』
「……なら仕方ないな。だったら無理に止めない方がいいだろ。元々俺やお前には止める権利なんてないんだし」
『それはそうですが……』
エンフィールドも苦い顔を浮かべている。この手の話は止めるのが難しいからな。
「とりあえず俺もディルクの方を少し探ってみる。お前も天霧がディルクにコンタクトを取ろうとしてるのが分かったら連絡してくれ」
『よろしいのですか?そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ?』
「安心しろ。単純にディルクの思い通りになるのが嫌なだけだ」
俺は単にオーフェリアを物扱いしているあいつに嫌がらせをしたいだけだ。それにヤバくなったら手を引くし。
『わかりました。ですが決して無茶はしないでくださいね』
「わかってる。無茶はしない。とりあえず話はこれで終わりだな?」
『ええ。それと比企谷君、大丈夫ですか?』
「あ?何が?」
『いえ。何というか……顔色が悪いので』
エンフィールドにそう指摘されて俺は初めて気分が悪いのを実感した。まさか他人に指摘されるまで気が付かないとはな……
「少し気分が悪いみたいだ。悪いがもう切るぞ」
『わかりました。お大事に』
「ああ」
最後にそう返事をして空間ウィンドウを閉じる。携帯端末をポケットに仕舞うとベッドに倒れ込む。
(ヤバい……予想以上に頭が痛ぇ……)
俺は頭痛に苦しみながら意識を手放した。明日までに治さないとな……
頭痛に苦しんでいるこの時の俺はまだ知らなかった。
翌日にあんな事が起こるなんて……
これで原作3巻の部分は終了です。
この後ですが4巻の部分は大幅にカットします。その代わり5巻の部分はオリジナルを入れまくりますのでよろしくお願いします