俺は今物凄く胃が痛い。朝から感じていた頭痛は治まったが今度は胃痛を感じる。
理由はわかっている。誰にでもわかる事である。
しかし対処法がない。俺の頭、いや……誰の頭でも対処法を出すのを厳しいかもしれない。
その理由は………
「……シルヴィア。お風呂洗ったけど沸かす?」
「うん。私はいいよ」
目の前にいる世界最強の魔女と世界の歌姫が俺の寮に泊まるからだ。
今日、俺比企谷八幡は世界の歌姫、シルヴィア・リューネハイムの師匠を深夜にかけて探しまくった事が原因で風邪を引いた。
その際に目の前にいる2人は見舞いに来てくれて俺の看病をしてくれた。その事については本当に感謝している。
しかしだからといって夜に1人にするのは危ないと俺の寮に泊まるのは……
気持ちは嬉しい。仲の良い2人にそこまで心配されるのは捻くれている俺ですら嬉しい。
しかし考えてみて欲しい。
オーフェリアは世間では恐れられているがはっきり言ってかなり可愛い。シルヴィに至っては言わずもがなだ。
そんな美女2人が俺の寮に泊まるんだ。間違いなく緊張して死にそうだ。初めは何度か抵抗したが押し切られてしまい了承してしまった。
しかし了承した今でも胃が痛い。今もお風呂云々の話をしているが女子のお風呂の会話とか男には刺激が強過ぎる。
その上寝るとなったら……ん?
「シルヴィ、今更泊まるのは反対しないがお前ら何処で寝るんだよ?」
俺の寮にはソファーがない。寝れる場所があるのは俺のベッドだけだ。流石に女子と一緒なのはアレだから厳しい。
「あー、そっか。まあ別に私達は床で寝てもいいよ」
シルヴィは特に考える事なくそう返す。床だと?
「却下だ」
自分だけベッドで女子は床だと?んなもんしたら罪悪感で胃に穴が開くぞ。てか世界の歌姫を床で寝かせたら俺が世界から消されそうだ。それだけは絶対に避けるべきだ。
「つーか俺が床で寝るからお前とオーフェリアがベッドに「却下。病人を床で寝かすなんて絶対に嫌」……わかったよ」
シルヴィがジト目をしながら強い口調で遮る。これは逆らえないな。
でもマジでどうしよう?せめてベッドがあと一つあったら……
(……ん?待てよ。アレをやるか)
一計を案じた俺は体を起こす。シルヴィが訝しげな表情をしている中、俺は星辰力を引き出す。それによって万応素が荒れ狂う。
目を瞑り意識を集中して右手を俺のベッドの横に突き出してイメージをする。コレを作るのは初めてだが過去にもっと複雑な物を作ったから多分大丈夫だ。
俺が目を開くと俺の影が伸びて俺のベッドの横に移動して形を変える。隣ではシルヴィが感心したような表情を浮かべている。
そして……
「よし、完成だ」
俺のベッドの横に俺の影で作った2つの黒いベッドが現れた。
「ベッドまで作れるんだ。やっぱり八幡君の能力って凄いね」
「まあ多彩さだけが俺の自慢出来る事だからな。寝心地はどうだ?」
そう聞いてみるとシルヴィは俺の隣のベッドに倒れ込む。
「うーん。ふかふかじゃないけど固くもない……不思議な感触だね」
「まあ影だからな。寝れないか?」
「不思議な感触だけど悪くはないから大丈夫だと思うよ」
とりあえず不満はないようだな。良かった良かった。
「ま、もしも無理なら俺がそっちのベッドを使うからお前らは俺のふかふかなベッドを使って「絶対ダメ。病人が1番良いベッドを使わないでどうするの?」……了解した」
シルヴィに再び俺の言葉を遮る。そのジト目は止めてください。何か変な扉が開きそうで怖いですから。
そんな事を考えているとオーフェリアが部屋に入ってくる。オーフェリアは俺の作ったベッドを見ながら話しかけてくる。
「お風呂は沸かしたわ。私は一度帰るからシルヴィアは好きな時に入って」
「ん?何でお前は一度帰るんだ?」
「……八幡の寮のお風呂は私の瘴気の対策が出来てないからよ。私の寮のお風呂は出来てるから私は自分の寮のお風呂に入るわ」
あー、なるほどな。確かにそれなら仕方ないな。にしても……わざわざ自分の風呂でないとダメだなんて……オーフェリアは随分と理不尽な目に遭っていると改めて理解してしまうな。
「わかった。帰り道気をつけろよ」
「……大丈夫よ。私が襲われて負けると思う?」
「「いや全く」」
俺とシルヴィが口を揃える。いやだってねぇ……多分俺とシルヴィが2人がかりで闇討ちを仕掛けても返り討ちに遭うだろう。まあ一応の注意だ。
「……じゃあ一度戻るから」
オーフェリアはそう言って部屋から出て行った。暫くして玄関から音が聞こえたので寮からも出て行ったのだろう。
それを理解すると顔が熱くなってきた。
理由は簡単、今俺は自分の住んでいる場所でシルヴィと2人きりだからだ。オーフェリアとはよく2人きりで過ごしてるから問題ないがシルヴィとは余りないので緊張してしまう。
俺が内心ドキドキしているとシルヴィは立ち上がる。
「じゃあ私はお風呂に入ってくるね」
いつも通りの表情でそう言ってくる。頼むからハッキリと言わないでくれ。男子には厳しいからな?
「あ、ああ。行ってこい」
「うん」
シルヴィはそう言ってオーフェリアと同じように部屋から出て行った。
そして直ぐに俺の部屋の隣にある脱衣所のドアが閉まる音がして更に心臓の鼓動が早まるのを実感する。隣の部屋では世界の歌姫が服を脱いで……
(……って、ダメだダメだ!友人をそんな目で見るなんて絶対にダメだ!)
一瞬だけ妄想したが直ぐに首を横に振って現実に戻る。何つー事を考えてしまったんだ!
俺は半ば逃げるようにベッドの端にある端末から空間ウィンドウを呼び出して今日の鳳凰星武祭の試合の記録を見始める。試合でも見れば忘れるだろう。
俺は一心不乱に試合を見始めた。
「ほうほう……小町達の次の試合……ヤバいな」
今日の雪ノ下、由比ヶ浜ペアの五回戦の試合を見ているかヤバい。下手したら明後日の準々決勝、小町達負けるかもしれん。しかも明確な対策が思いつかない。はっきり言って相性が悪過ぎるし。
どうしたものか……
そんな風に悩んでいると携帯端末が着信を知らせる。相手は……
「あん?何でシルヴィが?」
着信はシルヴィからだ。何でシルヴィ?普通に直接話せばいいのに……
疑問に思いながら新しく空間ウィンドウを開く。
「もしもし。いきなりどうしーーっておい!何でそんな格好なんだよ?!」
空間を見ると予想外の光景が目に入った。
そこにはバスタオル一枚しか纏っていないシルヴィが映っていた。
バスタオルを巻いているとはいえ体のラインははっきりと分かってしまう。
率直に言おう。メチャクチャエロかった。
一瞬だけ見てから下を向いた俺は顔を上げずにシルヴィに話しかける。
『そりゃお風呂に入ってたからだよ』
「それは知ってる!音声通信にしろよ!」
『あはは、ごめんごめん。八幡君なら別に良いかなって思ったし』
良くねーよ。俺の中の狼が暴れたらどうすんだよ?
「良くないから音声通信にするぞ」
俺はそう言って空間ウィンドウを閉じて音声通信に変えて端末を耳に当てる。全くシルヴィの奴は……
「で、何の用だ?」
心臓がバクバクしているのを感じながら用件を聞く。
『あ、うん。シャンプー使おうとしたら無かったから八幡君に場所を聞こうと思って』
あ、そういや昨日風呂に入った時に全部使ったな。シルヴィのあんな艶姿を見る事になると知っていたなら昨日の内に入れ替えておけば良かった……
「シャンプーなら洗面台の鏡の裏にある棚の1番上にある」
『うんわかった。ありがとうね』
「ああ」
そう言って電話を切ってベッドに倒れ込む。それと同時に他の空間ウィンドウも全て閉じる。もう試合も見る気が失せた。
ベッドに倒れ込むとさっきのシルヴィの姿を思い出してしまう。
見たのはほんの一瞬だけだったが余りに衝撃的だったからか今でも鮮明に覚えている。あの美しさは生涯忘れる事はあり得ないと言っても言い過ぎではないと思う。
(……ダメだ。思い出しちゃダメだとわかっていても……)
違う事を考えようとしても直ぐにシルヴィの艶姿が浮かんでしまう。流石世界の歌姫だけあって本当に美しかったな。
暫くの間悶々としていると……
「ふぅ。いいお湯だった。お風呂ありがと……あれ?寝てる?」
ドアの開く音がしてシルヴィの声が聞こえてくる。どうやら部屋に戻ってきたようだ。
それを認識すると顔が熱くなる。ダメだ、当の本人が来ると更に鮮明に思い出してしまう……
シルヴィには悪いが俺は寝たふりをする。今はマトモに話せる自信がない。
目を瞑っていると隣にある俺の作ったベッドから倒れ込む音がする。シルヴィが隣のベッドに倒れ込んだのだろう。
すると後頭部を撫でられる。オーフェリアがいないし……シルヴィかよ!
「……早く元気になってね」
そう言って優しく俺の頭を撫でてくる。声音は優しく俺の全てを包み込むような声だ。
それを聞くとさっきまであった恥ずかしさは不思議となくなり安心感に満たされる。……ああ、何て幸せなんだ。
俺はそれを認識すると寝たふりを止めてシルヴィの方を向く。
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「いや大丈夫だから気にするな」
寝たふりをしていたから実際は寝てないし。
「そっか。なら良かった」
そう言って再び頭を撫でてくる。ダメだ逆らえる気がしない。
抵抗をしないで大人しくしていると玄関の方から音が聞こえてきた。察するにオーフェリアが帰ってきたのだろう。
パタパタと音が聞こえてきてオーフェリアが部屋に入ってきた。その姿はシルヴィ同様パジャマ姿だったがまさかこいつパジャマ姿で俺の寮に来たのか?
「おかえり。寝る準備は出来てるみたいだけどもう寝る?」
シルヴィがそう話しかけるとオーフェリアは少し考える素振りをしてから頷く。
「……そうね。いつまでも起きていたら八幡も眠れないでしょうし」
「そっか。じゃあ寝よっか」
「……そうね」
オーフェリアは頷いて俺の方に寄ってきて……
「……おいオーフェリア。お前何処で寝るつもりだ?」
俺は頭痛を感じながらそう尋ねる。聞かれたオーフェリア本人は俺のベッドに上がろうとしている。
「……?八幡のベッドだけど?」
さも当たり前のように言ってんじゃねぇよ。シルヴィも驚いてるし。
「却下だ。俺は病人だ。お前に移す訳にはいかない」
俺の風邪が見舞いに来てくれたオーフェリアに移ったらマジで悪過ぎる。
(……まあ本音はシルヴィもいるのに一緒に寝たら恥ずかしいからだけど)
しかしオーフェリアは特に気にした様子もなく……
「大丈夫。それで八幡の風邪が治るなら喜んで風邪を引くわ」
オーフェリアはそう言ってくる。そこまで思ってくれるのは嬉しいが勘弁して欲しい。
そう思いながらオーフェリアを見ると譲る様子はなさそうだ。マジでどうしよう?
悩んでいると一つの案が浮かんだ。通用するかわからんが試してみるか。
「じゃあもし俺のベッドで寝るならもう抱きしめないがいいか?」
ダメ元でそう言ってみる。これならどうだ?
オーフェリアを見ると愕然とした表情を浮かべてくる。え?効果あったの?
「……八幡。それは狡いわ」
オーフェリアはジト目で俺を見てくる。その目は止めろ。まるで俺が悪い事をしてるみたいじゃねぇか。
そう返そうとするもオーフェリアの顔が徐々に悲しげな表情になってきて口を開けない。本当に悪い事をしてる気分になってきた。
(……はぁ。俺は本当にオーフェリアには甘いな)
そんな顔をされちゃ拒絶出来ねーよ。仕方ないな……
「……わかったよ。好きにしろ」
俺はため息を吐きながらそう返事をするとオーフェリアが顔を上げて俺を見てくる。
「……いいの?」
お前断ったら泣きそうだし拒絶出来ねーからな。
「構わない。俺は眠いから寝る。シルヴィもそれでいいか?」
「え?あ、うん。八幡君が決めた事ならそれでいいよ」
シルヴィからも了承を得た。これなら問題はないだろう。
「……じゃあ寝ましょう」
「あ、悪いオーフェリア。その前に電気消してくれ」
唯一ベッドの上にいないオーフェリアに頼む。オーフェリアはコクリと頷いてドアの近くにあるスイッチを押す。すると部屋の電気は消えて月明かりが部屋をほんの僅かだけ照らす。
暫くして俺の布団からゴソゴソ音がしたかと思ったらオーフェリアが俺の腕に抱きついてきた。
「……八幡」
そう言って腕から離れる気配はない。全くこいつは………甘えん坊だな。
俺はため息を吐いてそっと目を閉じた。
それから3時間後……
「……ダメだ。全く眠れない」
俺は一言そう呟く。
理由は2つある。
1つは昼間に寝過ぎたからだろう。少なくとも5時間は寝たから寝れないのも仕方ないだろう。
そしてもう1つは……
「……んっ」
「……んんっ」
俺の左右に2人の美少女が寝ていて緊張しているからだろう。
右にはオーフェリアが、左にはシルヴィがいて俺は今シルヴィの方を向いているが……
(さっきからくすぐったいから勘弁してくれ……)
オーフェリアの寝息は俺の首に、シルヴィの寝息は顔に当たってマジでくすぐったい。しかもオーフェリアに至っては俺の背中に抱きついている。柔らかな感触が背中に当たってるし。
こりゃ朝まで寝るのは無理だな。まあ今は幸い特に頭痛を感じてないから耐えられると思うが……
この状況に諦めている時だった。
「……んんっ」
前方からシルヴィも俺に抱きついてきた。
(はいぃぃぃぃぃ?!し、し、し、シルヴィィィィぃ!)
内心驚いている俺をよそにシルヴィは俺の背中に腕を回してくる。それによって俺はシルヴィとオーフェリアに完全に挟まれてしまった。
ヤバいヤバいヤバい!オーフェリア1人でもかなり緊張するのにシルヴィまで加わったらガチで理性がヤバい!
とりあえずシルヴィを引き離す。このままじゃマジでヤバい。俺は急いでシルヴィを押そうとする。
すると……
「行かないで……ウルスラ」
シルヴィが悲しそうな声音でたった一言、そう呟いて更に強く抱きついてくる。
それを聞いた俺の手は止まってしまった。似たような光景を見た事がある。
そう、オーフェリアが甘えてくるソレと同じ様に思えてしまった。
シルヴィをオーフェリアと重ねて見てしまった俺はシルヴィを引き離す事を止めてシルヴィの好きにさせる事にした。まあ流石にオーフェリアみたいに抱きしめるのは無理だけどな。
(こりゃ眠れないが……仕方ないな)
さっきの俺と違って、今の俺は眠れない事をそこまで残念に思っていない。
その事に苦笑しながら俺は2人に抱きつかれたまま目を瞑った。
更に4時間……
窓からは朝日が入ってきて時間が経つにつれて明るくなっている。時計を見ると今は7時前だ。
結局アレから一睡もしていない。まあ昼に寝まくったからそこまで辛くないけどな。
その間シルヴィとオーフェリアは一回も離す事なく俺に抱きついていた。初めの前半2時間は悶絶していたが、後半2時間で慣れて特にドキドキする事もなくなった。慣れって恐ろしいな……
「んっ……」
自分の反応の成長について苦笑しているとシルヴィの瞼が開いた。
「起きたか」
「……八幡君?」
シルヴィは目をパチクリして俺を見てくる。そして徐々に意識がハッキリとしてきたようだ。目には驚きの感情が混じり始めた。
「え?は、八幡君?どうして?」
「何でって俺は何もしてないぞ。夢の中のお前が俺をウルスラと勘違いしたんだよ」
「あ……ごめん」
「別に怒ってないから気にするな」
実際の所本当に怒っていない。俺からは手を出してないし、シルヴィは寝ていたからな。寝ている奴を責めるつもりはない。
「……本当に怒ってない?」
「だから怒ってないからな?というかお前あんな悲しそうな声を出してたが大丈夫か?」
俺は今まで基本的に元気なシルヴィしか見てこなかった。だからシルヴィの悲しそうな寝言を聞いた時は本当に驚いてしまった。
「うん。普段は大丈夫だけど、偶に昔を思い出しちゃうの」
「……そうか。まあ事情が事情だからな」
何せ大切な人がいなくなって、探していると大切な人が闇の世界に関わっていると知ったんじゃ仕方ないだろう。
「余計なお世話かもしれないが無理はするなよ。適度に楽しみや癒しを味わえよ」
あんな悲しそうな声を聞いてしまうとつい心配してしまう。
「ありがとう。でも大丈夫。もう何度も経験してるし」
「……そうか」
まあこれ以上はシルヴィの問題だ。下手に踏み込むのは止めておこう。
「じゃあシルヴィ。それはわかったから離れてくれないか?」
大分慣れたとはいえ抱きつかれっぱなしは勘弁して欲しい。
「……あ」
それを聞いたシルヴィはほんのりと頬を染めている。どうやらシルヴィも俺に抱きついている現状を完全に把握したようだ。
「……八幡君」
するとシルヴィが俺に話しかけてくる。話すのは構わないが俺から離れてから話してくれないか?
「何だよ?」
「……お願いがあるんだけど」
何か嫌な予感しかしないんだが……
まあ聞く前から拒絶するのは悪いし聞くけどさ。
「……何だよ。言ってみろ」
俺がそう返すとシルヴィは一度深呼吸してから口を開ける。
「その……私を抱きしめてくれない?」
………は?
抱きしめてくれだと?俺が?シルヴィを?
予想外の頼みに困惑しているとシルヴィが続ける。
「前にオーフェリアさんが八幡君に抱きしめられると凄く安らいで悲しい気持ちが無くなるって言ってたから……もしかしたらって」
俺は今本気で背中に抱きついているオーフェリアをしばき倒したいと思っている。こいつは何ペラペラと喋ってんの?お前は俺の黒歴史製造マシーンにでもなりたいのか?
オーフェリアに毒づいていると抱きついたままのシルヴィの視線を感じる。その目は止めろ。オーフェリアの目と同じでその目を見たら逆らえん。
「……わかった」
結局了承してしまう。オーフェリアがシルヴィにそう言った手前、試そうとするシルヴィの頼みは拒否出来ん。
「いいの?」
「ただし少しでも不快に感じたり、安らぎを感じなかったから直ぐに離れてくれ」
オーフェリアの事はしょっちゅう抱きしめたから慣れたが、シルヴィは初めてだ。シルヴィが嫌なら直ぐに離れるべきだしな。
「わかった。じゃあお願い」
シルヴィがそう言うので俺は息を吐いて……
「んっ……」
シルヴィの背中に手を回してそっと抱きしめる。
以前ガラードワースのケヴィンさんが教えた腰に手を回す云々はやってない。何度もやっているオーフェリアならともかく初めてのシルヴィにやるのは論外だ。
「……オーフェリアさんの言う通りだ。凄く温かくて気持ち良い」
そう言ってシルヴィは更にギュッとしてくる。俺はオーフェリアにやるようにシルヴィの好きにさせる。
「ありがとう八幡君」
「……別に礼を言われる事はしてない」
「ううん。あんな弱い部分を見せただけでなくこんな風に甘えちゃってるから……」
「それでもだ。別に弱い部分を見せた事に対して文句はねーよ」
「本当?」
「当たり前だ。オーフェリアも良く見せてくるし、俺自身も弱い人間だよ」
少なくとも強い人間じゃないのは確実だ。
「そうなの?八幡君は強いと思うけど?」
「強くねーから。俺がアスタリスクに来た理由なんざ前の学校が嫌になったからだし」
まあ最大の理由は苛立ちが限界に来たら学校の連中をぶち殺す可能性があったからだけど。
「……そうなんだ」
「ああ。俺は弱みを見せる事は悪い事じゃないと思っている。だから俺は怒ってないし、シルヴィが礼を言う必要もない」
「うん。……八幡君。もう少し甘えていいかな?予想以上に気持ち良かった」
え、マジか?まあ一度了承したし仕方ないな。
「はいはい」
俺はそう言ってシルヴィを引き寄せてギュッとする。するとシルヴィは背中に回す手の力を強め顔を俺の胸に埋めてきた。甘え方オーフェリアに似てるな……
結局、俺達はオーフェリアが目覚めて何故かドス黒いオーラを出すまでずっと抱き合っていた。
「……ねぇシルヴィア」
「何?」
「……もしかして土俵に上がった?」
「うーん。土俵の近くにいるけど上がりきってないかな?」
「……そう。上がったら負けないから」
「うん。もしも上がったら私も負けないから」