俺の中の時間が止まった。
比喩ではなくてマジで俺の中の時間は止まった。隣で俺と向き合っているシルヴィも似たような表情……何も考える事の出来ない表情をしていた。
暫くの間、俺はシルヴィの顔を見ている事以外の行動を一切出来なかった。
やがて……
「……え?」
シルヴィが一言だけそう呟くと止まっていた時間が再び動き出した。
「……は?」
俺もそう呟いてしまう。一瞬時間が止まったので直前の行動を忘れてしまったようなので思い出す必要がある。
まず俺は今朝シルヴィとオーフェリアのエロい夢を見て、その所為で嫌な気分になっている中シルヴィと鉢合わせしてしまった。
すると何故かシルヴィも変な態度を取ってきて微妙に気まずい空気が流れだした。
その時にオーフェリアから遅れるから先に見ていろとメールを貰ったのでVIP席に行ったが気まずい空気が流れたままだった。
シルヴィはその空気に耐えられなかったみたいで、お互いに何があったかを話す案を出してきた。俺は初めは恥ずかしくて断ったが……じゃんけんで負けたので話す事になってしまった。
それで2人同時に話す事になり、俺は深呼吸をして……
「シルヴィとオーフェリアの2人を相手にエロい事をする夢を見てしまった」
正直に話した。嫌われるのを覚悟して正直に話した。
それでシルヴィに嫌われてこの話は終わり、そう思っていた。
しかし……
「八幡君とエッチな事をする夢を見ちゃったの」
シルヴィはそう言ってきた。
これが時間が止まった原因だろう。
「………っ!!」
時間が止まった原因を理解したと同時に俺の顔はかつて経験した事ないくらいに熱くなりだした。この前の40度近い熱が可愛く感じる程に顔が熱い。
「ううっ……」
見るとシルヴィも俺と同じくらい真っ赤になっていた。まあ気持ちはよくわかるが……
(……つーかこんな時にアレだが、照れてるシルヴィ……メチャクチャ可愛いな)
俺は今までシルヴィを友人として見ていたが女としては見てなかった。しかし女として見たらシルヴィは凄く魅力的な女性だ。顔、スタイル、性格全てがパーフェクトで、男子の理想が全て詰め込まれているのがシルヴィと言っても言い過ぎではないと思う。
そんなシルヴィが恥じらっている。こんな時なのについ見てしまう。
しかも恥じらっている理由が……
(シルヴィが見た夢の内容を俺自身が聞いてしまって、シルヴィは俺が見た夢の内容を聞いてしまったからとはな……)
最悪だ。空気は悪くなってないがさっきより気まずい。
お互い真っ赤になっていると……
「……は、八幡君」
シルヴィが真っ赤になりながらも口を開けてくる。
「こ、ごめんね……その、私がお互いに話すなんて言わなかったらこんな空気にならずに済んだし……八幡君も嫌な思いもしなかったのに」
ん?俺が嫌な思いをするだと?
俺は顔の熱に耐えながら口を開ける。
「ちょっと待てシルヴィ。気まずい空気はともかく、俺自身は嫌な思いをしてないぞ?」
「……え?」
シルヴィはキョトンとした顔を向けてくる。何だよその顔は?
「八幡君。私に怒ってないの?」
「は?何で?」
何か俺が怒る理由があったか?俺的にはないと思うが。
「だって……夢には……その、無意識の願望が表れるって言うし……もしかしたら八幡君の事を……無意識のうちにそんな目で見てるかもしれないんだよ?」
言いたい事はわかったがはっきり言うな。世界の歌姫にそんな目で見られるって妙な気分になるからな?顔の熱が再度出てくるし。
「……別に実害がないから気にしてない。それに俺だって……」
あんな夢を見るって事は無意識のうちにシルヴィ達を卑猥な目で見てるかもしれないって事だ。
だがそれは口にしない。したら間違いなく悶死する自信があるからな。
しかしシルヴィには伝わったようだ。シルヴィも再度顔を赤くしている。
「……寧ろお前こそ俺を嫌悪するようになったんじゃないのか?」
俺の場合更にタチが悪い。何せ普通に卑猥な目で見てるかもしれないってだけでなく、シルヴィとオーフェリアの2人をそんな目で見ているかもしれない俺に嫌悪感を持っても仕方ないだろう。
「え?ううん。私は別に八幡君の事を嫌いになってないよ?」
シルヴィの顔を見ると嘘を吐いているようには見えない。まあ元々シルヴィは嘘を吐く人間じゃないからな。
「そうか……ありがとな」
「別にお礼を言う必要はないよ。それに……」
するとシルヴィは真っ赤になりながら一つ区切り……
「………八幡君が相手なら別に嫌じゃないし」
俺の心臓をブチ抜く一撃を放ってきた。
(……っ!恥ずかしい!)
んな事をはっきりと言わないでくれ。頭がクラクラしてきてマジで悶死しそうなんですけど。
そしてパニックになってしまったのか……
「そ、そのアレだ。もしも、もしも本当にお前がそれを望んでるなら……俺は拒絶しないで受け入れるからな」
俺もつい変な事を口走ってしまった。
(馬鹿野郎!俺は何を言ってんだよ?!)
「……な?!」
自身の失言に後悔するも時すでに遅く、シルヴィは真っ赤になって頭をフラフラ揺らしている。
「あ、あのだなシルヴィ……」
慌てて言い訳をしようとすると……
「んっ……」
シルヴィがいきなり俺の胸に顔を埋めてきた。そして腕は俺の背中に回してきた。
さっきまで話していた内容に加えてシルヴィの良い匂いが俺の理性を刺激してくる。ヤバいヤバいヤバいから!!
「シルヴィ……」
「ごめん。少しでいいから何も言わずにこうさせて。今は八幡君の顔が見れないから」
そう言って絶対に見せるものかとばかりに強く抱きついて顔を見れないようにしている。
まあそれについては構わない。俺も今はシルヴィの顔を見るのは不可能だろうからな。
仕方ないので俺はシルヴィの背中に手を回して優しく抱きしめた。
まるでシルヴィの顔を見れないように
それから5分……
「もういいよ。今なら八幡君の顔が見れるから」
そう言ったので抱擁をとく。シルヴィは俺から離れて俺を見てくる。未だに頬は染まっているがさっきに比べたら大した事ないので大分落ち着いたのだろう。
まあ俺自身もシルヴィが落ち着いているのを見たからか大分落ち着いた。まだ顔は熱いがシルヴィを直視する事は可能だ。
だから先ずは……
「「シルヴィ(八幡君)、さっきは変な事を言って悪かったな(ごめん)」」
パニックになった際に変な事を言った事についてシルヴィに謝る為に頭を下げるが、シルヴィも同時に俺に頭を下げてきて……ぶつかった。
若干の痛みを感じながら頭を上げてシルヴィを見るとシルヴィも予想外の出来事に鉢合わせしたような表情をしていた。
また夢の内容についてお互いに話した時のように時間が止まった。しかし……
「「ぷっ……」」
今回は直ぐに時間が動き出した。
「あははっ」
「はっ」
そして笑ってしまう。さっきまではあんなに恥ずかしい思いをしていたのに、シルヴィに謝ってからは恥ずかしい感情はなくなり寧ろ楽しいという感情が存在した。
特に理由はないがつい笑ってしまう。
「ふふっ」
シルヴィは笑いながら肩に頭を預けている。
「初めはどうなるかと思ったけど意外にも普通に終わったね」
「そうだな。俺の予想じゃシルヴィに嫌われるくらいは覚悟してたな」
「心配し過ぎだよ。多分私が八幡君とエッチな事をする夢を見なくても嫌いはしないと思うよ」
そう言ってくれるなら気が休まる。アスタリスクに来て仲良くなった人間は少ないが全員結構信頼している人間だ。出来ることなら嫌われたくないしな。
そう思っているとシルヴィは頭をスリスリしてくる。甘え方はオーフェリアに似てるな。
「……んっ、八幡君、もっと……」
いきなりそう言われたのでシルヴィを見ると、いつの間にかシルヴィの頭を撫でていた。いけね、甘え方がオーフェリアに似ていたからオーフェリアにやる癖が出てしまったみたいだ。
「撫でるのは構わないが……いいのか?」
「うん。オーフェリアさんの言うように凄く安らぐよ」
あいつはまたシルヴィに色々と言ってるのか?頼むから余計な事は言わないでくれよ。
「あ、八幡君。違う事考えてるでしょ?」
内心オーフェリアに文句を言っているとシルヴィからそう指摘される。こいつはエスパーかよ?
「悪かった悪かった」
謝りながらシルヴィの髪を優しく撫でる。オーフェリアとはまた違った感触だが中々気持ち良いな。まあアイドルだから髪の手入れはちゃんとしてるだろうから当たり前だが。
シルヴィの綺麗な髪をゆっくりと撫で続けていると端末が鳴り出したのでポケットから取り出してみるとオーフェリアからだった。
内容は『今モノレールに乗ったから後30分くらいで着くわ』と表示されていた。
「あ、これは第1試合は間に合わないね」
同じように端末を見ていたシルヴィがそう言ってきた。
「ま、第1試合は見るまでもなくアルルカントの擬形体が勝つだろ」
アルルカントの擬形体は冗談抜きで強い。というか仮に正式な学生だったらアルルカントの序列1位を狙えるくらいだ。
そう考えている時だった。
『お待たせしました!いよいよ準決勝第1試合が始まります!』
会場に実況のアナウンスが流れ出す。それと同時に観客席からは物凄い歓声が上がりだす。その大きさは今までより段違いだ。まあベスト4が決まるから当然だ。これから日にちが経つに連れてどんどん大きくなるだろう。
「あ、八幡君。もういいよ」
シルヴィがそう言ってくるのでシルヴィの髪から手を離す。まあ試合中も撫でてくれと言われたら勘弁して欲しい。
歓声が鳴り響く中、実況の紹介を受けた第1試合に出場する4人がステージに立つ。いよいよか……
その時だった。
「八幡君」
シルヴィが話しかけてきた。
俺が何だよと言おうとする前にシルヴィは俺の耳に顔を近づけて……
「さっき八幡君が言ったように、もしも私が八幡君を望んだら……」
ーーー責任取ってね
そう言われると頬に柔らかい感触が触れてきた。
俺はそれの正体を理解すると頭の中が真っ白になってしまった。