影狼神槍
能力はシンプルに槍を飛ばす。それだけだ。それ以外の能力なんて一切ない。
その代わり威力と速度は桁違いだ。何せ俺の総星辰力の8割以上を注ぎ込まないと作れないからだ。
そして欠点は射程が短い事と槍が消えるまでは影の能力が使えない事だ。
昔対オーフェリア用に俺が開発して公式序列戦でオーフェリアに使用してみた。結果を言うと瘴気の腕を突破してオーフェリアに傷を負わせる事には成功した。まあその後に反撃くらって負けたけど。
まあそれはともかく……破壊力ならレヴォルフ最強だろう。
「屠れーーー影狼神槍」
俺がそう呟くと黒い神槍は一直線にヴァルダめがけて突き進んで行った。それは正に黒い流星と言っても過言ではない速度で突き進む。
シルヴィに手を向けていたヴァルダもいきなり現れた俺の星辰力に気がついたようだ。シルヴィに向けていた手を槍の方に向けて………
「ぐううっっ!」
ぶつかり合った。ヴァルダを見ると顔には苦悶の表情を浮かべていて、手からは血が出ている。どうやらヴァルダの防御より影狼神槍の破壊力の方が上回っているようだ。
それを見ているとさっきまであった頭痛はいつの間にかなくなっていた。何でいきなり?
疑問に思いながらヴァルダを見るとヴァルダの首からぶら下がっているネックレスの黒い輝きがヴァルダの腕に集まり真っ黒な巨大な腕となって影狼神槍を迎え撃っていた。
(……察するに今のヴァルダは影狼神槍を迎え撃つのに力を割いているみたいだな。まあ今がチャンスなのには変わりないか)
頭痛は無くなったがまだ頭はクラクラする。しかしシルヴィを助けるのが最優先だ。
俺はそれに耐えながらシルヴィに近寄る。。今は影狼神槍を使っているので影の中に潜ることは出来ないので走って逃げるしかない。
俺はシルヴィの元に近付いて声をかける。
「シルヴィ大丈夫か?ウルスラの記憶もあるな?」
俺がシルヴィに話しかけるとシルヴィは頬を染めながら頷く。
「う、うん……奪われてないよ。ありがとう」
良し、とりあえずウルスラの記憶は奪われていないようだ。良かった良かった。
っと、まずは逃げないとな。
「シルヴィ、状況が悪いから逃げるが良いか?」
一応確認を取る。シルヴィはようやく見つかったウルスラに関する手掛かりを逃したくないと思っているかもしれない。しかしシルヴィの涙は見たくない俺としては一度逃げて態勢を立て直したいからな。
「うん……良いよ。八幡君の言う事を聞く」
シルヴィは一瞬悩んだ表情を見せたが俺の意見を聞いてくれた。
それと同時にシルヴィを抱き抱える。
「は、八幡君?!」
シルヴィは真っ赤になって恥ずかしそうにしている。俺も恥ずかしいが非常事態なんだから我慢してくれよ!
「文句は後で受け付ける。だから俺が良いと言うまで目を瞑ってくれ」
俺がそう言うとシルヴィは真っ赤になりながらもコクンと頷いて目を瞑る。良い子だ。
それを確認すると俺は未だ影狼神槍とぶつかり合っているヴァルダに向けて……
「これでもくらいな」
そう言うとさっき買った催涙弾と閃光弾の余りをヴァルダに向けて投げつける。
効果を確認する前にヴァルダに背を向けてシルヴィをお姫様抱っこをして走り出す。
すると5秒もしないで周りが光りだし……
「ぐっ……小細工を……!」
ヴァルダの忌々しそうな声が聞こえてくる。どうやら効果はあったようだな。
俺は内心ガッツポーズを取りながら歓楽街に向けて全力疾走をする。頼むから歓楽街に入るまでは追ってこないでくれよ……
俺は祈りながら歓楽街に走り続けたがヴァルダが追ってくる事はなかった。
それから20分……
「ふぅ……」
歓楽街に着いた俺は行きつけのカフェで個室を借りてシルヴィと一息吐く。ここまで来れば安全だろう。
「あの……八幡君」
一階のカフェで頼んだコーヒーを飲んでいるとシルヴィが話しかけてくる。気のせいか少し恥ずかしそうだ。
「そ、その……さっきはありがとう。八幡君がいなかったら……ウルスラの事を忘れたかもしれない」
そう言うと頭を下げてくる。
「別に気にしなくていい。お前に助けてなんて言われたら動かない訳にはいかない」
もう二度とシルヴィを悲しませないと決めたんだ。その為なら命も賭けてやる。
「うん。……ところで八幡君」
「何だ?」
「何があってウルスラやあの仮面の人と戦ってたの?」
あー、まあ今まで手掛かりを掴めなかったウルスラが俺と戦ってたら気になるよな普通。まあ話すか。シルヴィも巻き込まれた以上知る権利はあるし。
「実はだな……」
俺はコーヒーを飲み1つ区切ってから、ディルクが天霧を潰す為にリースフェルトの知り合いであるフローラを誘拐した事、俺がエンフィールドに依頼されて刀藤、沙々宮と一緒に助けに向かった事、誘拐犯を捕まえてそれをネタにオーフェリアを自由にするようディルクと交渉した事、その後に処刑刀とヴァルダに狙われた事全てを話した。
シルヴィは相槌をうちながら俺の話を聞く。全て聞くとコーヒーを飲み息を吐いた。
「そっか……ねえ八幡君。ウルスラは自分の事をヴァルダって言ったんだよね?」
「ああ。お前が来る前に自分で名乗ってた」
「そうなんだ。八幡君はどう思う?」
「……俺の意見としてはだな……多分ウルスラはヴァルダって奴に精神を乗っ取られてるだろうな。ヴァルダの奴、お前の事をこの体の関係者って言ってたし」
そしてその原因も何となく理解している。おそらく首にあったネックレスだろう。こっちについては勘だから言わないでおく。まあ頭の回転が速いシルヴィなら直ぐにわかると思うが。
「……うん」
シルヴィはそう言うと沈んだ表情を見せてくる。しかしまだ目は死んでいない。
それを理解した俺はシルヴィの内心を理解した。
「シルヴィ、お前ウルスラを取り戻すつもりだな?」
「……うん。ウルスラに何があったか絶対に突き止める。私って諦めが悪いしね」
知ってる。何せオーフェリアに勝つ事を諦めてないくらいだしな。まあ俺はシルヴィのそんな所が気に入っている。
だから……
「そうか。じゃあ俺も協力する」
俺がそう言うとシルヴィは驚きの表情で俺を見てくる。正直言って俺自身も自分からこんな事を言っている事に驚いてるしな。しかし俺にも理由がある。
「……八幡君」
「どのみちヴァルダはディルクと繋がってるだろうし今後も俺と戦う可能性があるしな」
理由はないがヴァルダや処刑刀、あいつらとは遠くない未来にまた相見える予感がする。
「それに……いや、何でもない」
第二の理由を言おうとしたが恥ずかしくなったので止めた。アレを言ったら悶死する可能性があるからな。
しかしシルヴィは納得していないようだ。
「それに?何?教えて」
「絶対に嫌だ」
言ったら死ぬ。マジで死ぬ。
そう思っているとシルヴィがイタズラじみた笑顔を見せてくる。もう笑顔を見せてくれると安心だが微妙に嫌な予感がするな……
そして俺の予感は当たる。
「言ってよ。じゃないと唇にキスするよ」
「よしわかった。話すからキスは勘弁してくれ」
ほらな。俺の嫌な予感って結構当たるんだよな。
するとシルヴィは不満そうな表情を浮かべて俺にすり寄ってくる。近い近い近い。
「む〜。八幡君のバカ。そんなに私とキスするの嫌なの?」
「別に嫌じゃねぇよ。でもこんな形でのキスなんて論外だろ」
「え?私八幡君とキス出来るならムードとか気にしないよ」
「お前マジで黙れ。さっきから顔が熱くて仕方ないんだけど」
こいつ俺に告白してからガンガン攻め過ぎだろ?マジで俺告白に対する返事をする前に悶死する気がする。
「あ、八幡君可愛い。抱きしめていい?」
「却下だ。そもそもシルヴィは俺がシルヴィに協力する理由を聞きたいんだろ?」
「あ、そうだった。じゃあキスしないんだから教えて」
しまった。シルヴィの攻めから逃げようとする余り本題に戻してしまった。そうなると第二の理由を教えなきゃいけない事になる。
(……仕方ない。話すか。てか話さないとヤバい)
現にシルヴィの奴唇を近づけてきてるし。
俺はシルヴィを押して近づけるのを妨げながら恥を捨て口を開ける。
「その……アレだ。もうシルヴィの涙は見たくないからな」
顔に熱が来るのを感じながらそう言うとシルヴィはピタリと静止する。そして徐々に真っ赤になりだす。
「……そっか。ありがとう」
「……別に」
俺も多分顔が真っ赤になっているのだろう。だから話したくなかったんだよなぁ……
俺達は顔の熱が冷めるまで無言だった。
同時刻……
「やあ、おかえり……っと凄い傷だね。大丈夫かい?」
「問題ないとは言えないな。あの男の放った最後の一撃は侮れん」
そう言うヴァルダの手は血塗れで痛々しい外見だ。体内の骨もボロボロになっていて暫くはマトモに動かせない状態だろう。
結局ヴァルダは比企谷の影狼神槍を防ぐ事が出来なかった。腕がもげるギリギリで影狼神槍を何とか逸らす事で回避に成功した。もしもマトモに受けていたらウルスラの体は木っ端微塵になっていただろう。
「ふむ……それで結果は?」
「失敗だ。我が比企谷八幡の最後の一撃を防いでいる時に、催涙弾と閃光弾を使われて逃げられた」
「そうか……そうなると交渉をするのは不可避みたいだね」
「そうなるな……そうなるとディルク・エーベルヴァインを切り捨てるべきだろう」
ヴァルダとしてはディルクよりオーフェリアの方が価値があると思っているので率直な意見を口にする。
しかし……
「いや、私としてはオーフェリア嬢を手放した方がいいと思うな」
それから30分後……
「ごめんね八幡君。わざわざ送って貰って」
「別に構わない」
俺は今シルヴィをクインヴェールまで送っている。シルヴィは遠慮していたが万が一ヴァルダに遭遇したら守らないといけないから俺が半ば強引に引き受けた。
「うん。それと八幡君に謝りたい事があるんだ」
「謝りたい事?何だよ?」
「うん……さっき電話した時に怒っちゃって」
さっき?ああ、刀藤達と飯食ってた時か?確かにあのドス黒いオーラは怖かったな。
今になって思い出しているとシルヴィは更に謝ってくる。
「本当にごめんね。私てっきり八幡君がナンパしてると勘違いしちゃって……」
「んな訳ないだろ。あいつらが好きなのは天霧だ。つーか俺がナンパなんてすると思うか?」
ナンパなんて絶対に嫌だ。
「……思わない」
「だろ?それに元はと言えば俺がしっかり説明しなかったのが悪いんだよ」
忙しかったとはいえ俺が初めにしっかり説明すれば良かった話だ。シルヴィは悪くない。
「だからシルヴィ……ごめんな」
俺はシルヴィに頭を下げる。
「ううん。八幡君は忙しかったし仕方ないよ。八幡君は悪くない」
シルヴィはそう言ってくるが悪いのは俺だ。しかしこのままじゃキリがないな……
「……わかったよ。じゃあお互い悪かったって事にしようぜ」
「……うん。でも良かった。ナンパじゃなくて……」
そう言うとシルヴィは俺に抱きついて顔を胸に埋めてくる。
「……いくら八幡君が誰と付き合うかは自由とはいっても……告白した次の日にナンパしてると思ったら……」
あぁ……本当に悪い事をしたな。俺がしっかり説明すればシルヴィは悲しまずに済んだのに……
シルヴィが悲しんでいるのを見ると本当に気分が悪くなるな……
「……シルヴィ。本当にごめんな」
俺はシルヴィを抱きしめて何度も繰り返して謝る。やっぱり悪いのは俺だな。
俺はシルヴィが離れるまで優しく抱きしめ続けた。
「……もういいよ。ありがとう」
シルヴィがそう言ってくるので抱擁をといた。
「そうか。っと……もうクインヴェールじゃん」
どうやら俺達はクインヴェールの近くで抱き合っていたようだ。
「あ、本当だ。気付かなかったよ。わざわざありがとう」
「気にすんな。じゃあ送ったし俺は帰る」
そう言って俺が歩き出そうとすると……
「……八幡君」
シルヴィが服を掴んできた。その顔は真っ赤になっている。
「……何だよ?」
気になったので話しかけてみると……
「そ、その……私の寮に泊まらない?」
………は?
この時の俺はまだ知らなかった。
まさかシルヴィと一線を…………