「すまんシルヴィ。ワンモアプリーズ」
ついもう一回聞いてしまう。だって完全に予想外の誘いだったし。
するとシルヴィは真っ赤になりながらも口を開ける。
「だ、だから……私の寮に泊まらないって言ったんだよ?」
うん、聞き違いじゃないな。間違いなく誘ってやがるな。
「却下だ。俺は自分の寮で寝る」
シルヴィの寮で寝たりしたら理性が吹っ飛ぶ可能性があるしな。するとシルヴィは突然真剣な表情を見せてくる。
「それは止めておいた方がいいと思うな。もしかしたら八幡君が寝ている時に『悪辣の王』の仲間が闇討ちしてくるかもしれないよ?だからレヴォルフと繋がりのない他所の学園が1番安全だと思う」
……なるほどな。確かにそうだ。ディルクなら俺の寮の場所なんて完全に把握してるだろう。もしかしたら既に俺の寮に乗り込んでいるかもしれない。
「よしわかった。じゃあ今からエンフィールドに頼んで星導館に泊めてくれるように頼んでみるか」
エンフィールドならフローラを助けたからその報酬として一泊ぐらい認めてくれるだろう。
そう思いながら端末を取り出そうとするとシルヴィに止められる。
「いやいや八幡君、そこはクインヴェールにしてよ!」
「アホか。女子校に泊まれるか!」
「そこを何とか!」
言うなりシルヴィは俺に抱きついてくる。いきなりどうした?つーか手が動かせない。
「おいシルヴィ……離せ」
「……私の寮に泊まるって言うまで離さないから」
子供かよ!
内心シルヴィに突っ込んでいるとシルヴィは俺を見上げてくる。涙目の上目遣いは止めろ。マジでドキドキするから。
「……お願い。私、好きな人と一緒に過ごしたいの」
好きな人、ダメだ。その言葉を聞くと顔が熱くなる。シルヴィに告白されてからその類の言葉に弱くなってきた。しかもシルヴィの顔はいつの間にか捨てられた子犬のような目で見てくる。はぁ……
「……わかった」
俺は了承してしまった。いやだって仕方ないだろ?俺みたいな男を好きだと言ってくれる女の子の悲しげな表情を見たら断れねーよ。
俺が了承するとシルヴィは悲しげな表情から一転、満面の笑みを見せてくる。
「本当?ありがとう八幡君!」
そう言って更に強く抱きついてくる。待てコラ。いくら深夜とはいえ学園の前だぞ?誰かに見られたらどうすんだよ?
俺がそう突っ込もうとしたが止めた。シルヴィの満面の笑みを崩させるのは気が引けた。
(まあシルヴィにとっても色々な事があったし仕方ないか……)
俺は苦笑しながらシルヴィを優しく抱きしめた。
それから1時間後……
俺は今、仕方ないと妥協した俺を殴り飛ばしたいと本気で思っている。何であの時に妥協してしまったのか……
「なあシルヴィ」
「何?八幡君?」
俺は何度もおねだりをしてくるシルヴィに話しかけるとシルヴィはキョトンとした顔を見せてくる。普段なら可愛いと思うが今はイラッとする。
「あのだな……お前今腕に抱きついてるけどさ……」
シルヴィは俺の左腕に抱きついている。いつもだったら特に文句は言わない。何せ色々な場所でしょっちゅうオーフェリアやシルヴィに抱きつかれているからだ。
しかし今は勘弁して欲しい。何故なら…….
「裸の時は止めてくれないか?」
今いる場所は風呂場で俺もシルヴィもお互い身に何も纏っていない状態だからだ。
シルヴィが寮に泊まる事になり、汗をかき過ぎたのでまず第一に風呂に入る事になった。そしてシルヴィから先に入っていいと言われた俺は疲れていたので即答して風呂に入った。
するとその5分後にシルヴィも風呂に入ってきた。しかも前回と違ってバスタオルを巻かず一糸纏わぬ姿で来た時はマジで死にそうになった。
いきなりの光景に絶句しているといつの間にか体を洗われて今に至るという訳だ。ちなみに頭と背中は洗われたが前は死守しました。洗われたら死んでいただろう。
「え?何で?」
「いや、何でって……そんな風に抱きついてきたら俺の理性が吹っ飛んでお前を襲いそうなんだよ」
今だってかなりギリギリだ。舌を噛んでいなかったら間違いなくシルヴィを襲っているだろう。
俺がそう言うと……
「私……八幡君にならいいよ。好きな人になら……メチャクチャにされたい」
シルヴィは真っ赤になりながらもそう言ってくる。おい!世界の歌姫がそんな事を言ってんじゃねぇよ!
予想外の回答をしてくるシルヴィを見る。それを見て愕然とした。目を見てわかる。本気で言ってやがる。俺の理性が吹っ飛んでシルヴィを襲ってもシルヴィは逆らわないだろう。
て事は俺が理性を解き放てば……シルヴィの全てを……
(……ってダメだダメだ!流石にそれはマズい!)
何とか持ち堪えた。流石にそれはマズい。一線を越えるのは勘弁して欲しい。
俺が首を振って理性を保っているとシルヴィが口を尖らせる。
「あらら……残念。八幡君って身持ちが固いね」
シルヴィ怖いから。俺が了承したら本気で受け入れると嫌でも理解してしまう。
いや、まあ……残念っちゃ残念だけどな。
そんな風に考えながら抱きついて甘えてくるシルヴィの頭を撫でながらため息を吐いた。全く……こんな可愛い奴が俺に好意を寄せるなんて……未だに信じられないな。
「ねえ八幡君。明日『悪辣の王』と交渉するんだよね?」
風呂から出て紅茶を飲んでいると俺に寄りかかりながらそう聞いてくる。
「まあな」
結果はどう転ぶかわからない。何せ俺を闇討ちしてくるような奴だしな。初めはオーフェリアを助ける事最優先だったが、今はディルクを潰すべきという考えもある。
するとシルヴィは……
「それ私も同伴していいかな?」
そんな事を聞いてくるが……
「正直反対だな。もしかしたら向こうがヴァルダを連れてくるかもしれない。ヴァルダはお前の記憶を消す事に執着してるしな」
「それは百も承知だよ。それでも私も行きたい。もしも八幡君を狙ってきたら助けたい」
シルヴィはそう言う。まあ確かに俺を潰して交渉そのものを無かった事にしてくるかもしれん。そう言った意味じゃシルヴィを護衛として連れてくるのは正しいかもしれないが……
「……お前の意見は正しい。ただ、俺が嫌なんだ。万が一またお前の涙を見るなんて嫌だぞ?」
これはただの私情だ。シルヴィを巻き込みたくないから反対しているだけだ。まあそんなんでシルヴィを説得出来るとは思えないが。
「……ありがとう。でもお願い。八幡君が狙われたら私が守りたい」
そう言うとお互いに見つめ合う。いつもシルヴィが甘えてくる時は妥協するが今回は譲るつもりはない。俺の行動の為にシルヴィを巻き込みたくない。
暫く見つめ合っていると……
「……わかったよ。今回は行かないよ」
シルヴィはため息を吐いて視線を逸らした。
「……いいのか?俺がお前を行かせたくない理由は私情なんだぞ?」
「それを言ったら私が行きたい理由だって私情だよ。本来なら同伴する資格はないんだし」
「そうか。すまな「ただし!」……何だ?」
俺が謝罪しようとするとシルヴィがそれを遮ってから俺に抱きついてくる。そして顔を俯かせて……
「約束して。絶対無事に帰ってくる事。八幡君に何かあったら私……」
震えた声でそう言ってくる。それは懇願だった。そんな声をされたらな……
「わかった。必ず無事に帰ってくる」
俺がシルヴィの震えを無くすようにそう言うとシルヴィは潤んだ瞳で俺を見上げてくる。ヤバい……弱々しい顔、いつもの笑顔とは違った意味で破壊力があるな。
内心ドキドキしているとシルヴィは髪をズラして額を見せてくる。何だその仕草は?
疑問に思っていると……
「じゃ、じゃあおでこに……誓いのキスして」
いきなり爆弾を落としてきた。き、キスって……マジか。唇同士ではないが世界の歌姫にキスするって……
内心焦りまくっているとシルヴィは顔を俺の顔に近づけてくる。
「……八幡君。誓えないの?」
いやいや……単にキスするのが恥ずいだけです。
しかししないといけない。しないとシルヴィは間違いなく付いてくるだろう。キスするのは嫌だがシルヴィが涙を流すのを見るのはもっと嫌だ。
だから……
「……んっ」
俺はシルヴィの額にそっとキスをする。顔には熱を感じるが我慢する。
「……ふふっ」
シルヴィは笑っているが顔が真っ赤だ。そんな顔になるなら頼むんじゃねぇよ。
「……はあ。風呂入ったのに疲れた。悪いが俺はもう寝るからソファー借りるぞ」
「え?一緒にベッドで寝ようよ?」
さも当然のように言ってくるが少しは自分を大事にしなさい。
「……いやいや、流石にそれはだな……」
何とか言い訳を考える中、シルヴィは……
「お願い八幡君、寝よ?」
上目遣いでおねだりをしてきた。
「ふふっ……」
シルヴィは俺に抱きついてスリスリしてくる。はい、結局断れませんでした。あんな顔をされたら断れないのは仕方ないだろう。
にしても……
「随分と楽しそうだな」
シルヴィの奴本当に幸せそうだ。
「だって好きな人と一緒に寝れるんだよ?こんな幸せな事はないよ」
そう言って甘えてくるが……
「なあシルヴィ、俺はそんな大層な人間じゃねぇよ」
正直腑に落ちない。俺みたいな奴を好きになるなんて
「そんな事ないよ。強いし優しいし……私は大層な人間だと思っているよ?」
「過大評価し過ぎだ。アスタリスクに来たのも前の学校でバカやらかしてイジメを受けたから逃げてきたんだよ」
まあ正確にはイジメに耐えられないのではなく総武の生徒をぶっ殺しそうになったからだけど。
「……ねぇ八幡君。前から気になっていたんだけど前の学校で何があったの?差し支えなければ教えてくれない?」
シルヴィはそう聞いてくる。……そうだな、話すか。シルヴィに告白された以上教えるべきだろう。仮にもしシルヴィと付き合う事になり、その後で知られたらシルヴィに悪いし。
「わかった……実はだな……」
俺は文化祭であった事を全て話した。シルヴィは初めは相槌を打ちながら聞いていたが徐々に曇った表情や悲しげな表情などマイナスな感情を見せていた。
「……って感じだな」
全て説明をするとシルヴィは考える素振りを見せてから……
「何ていうか……八幡君って不器用だね」
いきなりそう言ってきた。
「だってさ、沢山の実行委員がサボった時もさ、そんな風に暴れなくてももっと前から先生に頼んで呼び戻せば良かったじゃん」
ぐっ……まさに正論だな。
「最後の実行委員長を呼び戻す時も、そんなやり方しなくてもこのままエンディングセレモニーをサボったら酷い目に遭う可能性があるって言ったら戻ったと思うよ?」
「……そうだな。返す言葉もない」
シルヴィの言う通りだ。そうすりゃ嫌われずに総武に残っていただろう。
(アレ?それってつまりオーフェリアやシルヴィに会う事もなかったって事だよな?)
じゃあ嫌われた方が良かったな、うん。
そんな事を考えていると……
「……出来るなら今後そういうやり方は止めて欲しいかな。聞いているだけで胸が痛くなってきたよ」
そう言ってシルヴィは優しく抱きしめてくる。凄く安らぎを感じて気持ちが良い。
「……意外だな。てっきり嫌われるかと思ったぜ」
「ううん。私は絶対に八幡君の事を嫌いになんてならない」
シルヴィは強い目で俺を見てくる。月の明かりで微かに見えるその瞳は凄く美しかった。
(……綺麗だ。もっとその瞳が見たい)
俺はシルヴィと抱き合いながら顔を近づける。出来るならその瞳をもっと間近で見たい。
そう思いながら更に顔を近づけていると……
ちゅっ……
いきなり妙な音がして唇に何が触れる感触がした。何だよ、何だか知らないが今俺はシルヴィの瞳を見ようとしてんのに気を散らしてんじゃねぇよ。
そう思いながら意識を戻しシルヴィの瞳を見ようとすると……
(あん?何で顔が真っ赤になってんだ?つーかこんなに近くに寄って……)
そこで俺は現状を理解した。否、してしまった。
俺とシルヴィの唇が重なっているというとんでもない現状を