「おらぁっ!」
そんな叫び声と同時にイレーネの左足による回し蹴りが俺の頭を狙ってくる。その速度はまさに一流で界龍の拳士と比べても遜色ないレベルだ。
「ちっ……」
俺は舌打ちをして左手で受ける。痛ぇ、速さだけでなく威力も高いな。絶対に身に付けてやる。
俺はそれを凌ぐと同時に右手でグーを作り放つ。狙いはイレーネの胸にあるレヴォルフの校章だ。
しかし……
「甘ぇよ!」
イレーネは笑いながら左足を下ろして右足で足払いをかけてくる。それによって俺の体はバランスを崩しよろめき……
「終いだ!」
それによって出来た隙を突かれ、鳩尾にイレーネの拳を叩き込まれた。
余りの痛さに仰向けに倒れ込む。するとイレーネは勝ち誇った笑みを浮かべながら俺に馬乗りして、俺の胸にある校章に拳を突き出してくる。
「詰みだな八幡」
はぁ……今回もダメだったか。
俺はため息を吐いて自身の校章に手を当ててギブアップを選択する。
『模擬戦終了、勝者イレーネ・ウルサイス』
こうしてイレーネとの組手は俺の敗北で終わった。
「あー、今日も勝てなかったか……」
レヴォルフの冒頭の十二人専用のトレーニングルーム、俺は今その隅でスポーツドリンクを飲んでいる。
「まあ夏休みの頃よりは遥かに強くなったぜ。でも何でいきなり体術を学び始めたんだ?」
隣ではイレーネも同じようにスポーツドリンクを飲んでいる。
鳳凰星武祭以降、俺は体術を伸ばす為、一から鍛え始めている。理由は簡単、いずれ戦うと思う処刑刀とヴァルダに対抗する手段を増やす為だ。
俺の今の実力じゃ勝てるとは思えないので体術を本格的に習い始めた。そこで頼んだのが実戦的な体術を使うイレーネだ。始めは殆ど何も出来なかったが今はある程度戦えるようになってきた。
しかし本当の理由は言えない。言ったらイレーネやプリシラを巻き込む可能性があるからな。
俺が適当に誤魔化そうとするとイレーネはニヤニヤ笑って肩を組んでくる。
「やっぱり王竜星武祭で恋人2人に勝つ為か?」
「あー、まあそんなとこだ」
イレーネが勘違いしてくれたのでそれに乗る。イレーネは以前うちに遊びに来た時に俺がオーフェリアとシルヴィの2人と付き合っている事を知り、それ以降そのネタでしょっちゅうからかってくる。広めていないのは感謝するがからかうのは勘弁して欲しい。
そんな事を考えているとメールが鳴ったので見てみると恋人からだった。
「悪いイレーネ。俺はもう帰る」
「はいはい、彼女によろしくな」
「あいよ。また訓練を頼む」
適当に返事をして俺はトレーニングルームを後にした。
レヴォルフの校門を出た俺は左に曲がって歩き出す。今は9月の終わりなので涼しい秋風が体に当たって気持ちが良い。
今月には期末試験と休暇があり、後期が始まったばかりなのでかなり疲れた。
そう思いながら20分くらい歩くと目的地に到着したのでポケットから鍵を出してドアを開ける。
ドアを開けると奥からパタパタした音が近付いてきて……
「おかえり八幡君」
俺の恋人の1人であるシルヴィがエプロンをしながら笑顔で迎えてくれた。
「ああ、ただいま」
そう返して靴を脱ぐとシルヴィが近寄ってきて……
「んっ……」
おかえりのキスをしてくる。何度も経験した俺は特に緊張しないでシルヴィを抱き寄せてキスを返す。
暫くキスをして唇を離す。
「疲れたでしょ。今紅茶でも淹れるね」
そう言ってシルヴィはリビングに向かうのでそれに続く。リビングに入ると良い匂いが充満していて食欲をそそってくる。キッチンも随分とお洒落になっている。
「その鍋つかみ買ったのか?中々良いセンスしてるな」
「うん。クインヴェールの寮にいた頃から使っていたのはもうボロボロだったしね」
「ふーん。まあ新しいキッチンにも慣れたみたいで何よりだ」
鳳凰星武祭が終わって、色々話した結果3人で暮らす事になり、場所もレヴォルフとクインヴェールのちょうど真ん中にあるマンションを借りた。
その為今月は期末テストだの、引っ越しだの、オーフェリアでも入れる風呂を作って貰ったり、シルヴィのマネージャーに引っ越しの許可を貰ったりで大忙しだった。(マネージャーの許可については初めは難色を示していたがオーフェリアが脅したら認めてくれた)
「良い匂いだな。今から夕食が楽しみだ」
「もう少し待ってね。ちょうど今オーフェリアさんから連絡があって今治療院を出たんだって」
「となると夕食は30分くらいしてからか。何か手伝うか?」
「いやいいよ。八幡君は休んでて」
「わかった」
そう言われたので俺はソファーに座ってテレビをつける。この時間はニュースしかやってないのでアスタリスクのニュースでも見るか。
チャンネルをお気に入りのニュースのチャンネルに変えてぼんやりとニュースを見ていると目の前に紅茶が置かれる。
「八幡君、出来たよ」
そう言ってシルヴィは俺の横に座って寄りかかってくる。甘えん坊のシルヴィの頭を撫でながら紅茶を飲む。
「ああ……やっぱりシルヴィの紅茶は最高だな」
シルヴィの紅茶はマジで一流だ。以前ガラードワースのお茶会に参加したがアレに匹敵するだろう。
「ありがとう。でもコーヒーはオーフェリアさんに勝てないんだよなぁ」
逆にオーフェリアはコーヒーの淹れ方が凄く上手くて、クセになってしまった。
「紅茶で勝ってるからいいだろ。俺はシルヴィの紅茶、大好きだぞ」
「そっか。ねぇ八幡君、紅茶だけじゃなくて……私も好き?」
イタズラじみた表情をして俺に質問をしてくる。明らかにからかう気満々だな。
そう思っているとシルヴィは俺の頬をツンツン突いてくる。
「ねえねえ八幡君、私の事好き?」
こいつ……普段は可愛いがイタズラをする時は若干ウザいな。
「ああ、俺はシルヴィの事が大好きだ」
しかしこういう時の対策はしっている。照れないで普通に返せばいいんだ。そうすれば……
「え?!う、うん……私も大好きだよ」
シルヴィは真っ赤になってしおらしい態度を見せてくる。さっきまでのからかうような雰囲気はなくなっている。ったく……そんな風になるなら始めからからかうなよ。
俺が呆れていると……
「……ただいま」
後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと俺のもう1人の恋人のオーフェリアがいた。俺は立ち上がりオーフェリアに近寄る。この後の行動は簡単に読めるからな。
「おう、おかえりオーフェリア」
「……ええ」
俺が挨拶を返すとオーフェリアは俺に近寄ってきて……
「んっ……」
そっとキスをしてくる。やっぱりな、絶対にしてくると思ったぜ。
俺はオーフェリアの行動に対して苦笑しながらシルヴィにやったように抱き寄せてキスを返す。
「んっ……八幡、大好きよ」
「はいはい。ありがとな。おいシルヴィ、オーフェリア帰ってきたし飯にしようぜ」
「あ、うん。じゃあ食器を出してくれない?」
「わかった。オーフェリアは帰ってきたばかりだし休んでていいぞ?」
「気にしないで。私もやるわ」
オーフェリアはそう言ってキッチンに向かった。さて、俺も食器の準備をするか……
「それでオーフェリア、治療院ではどうだった?」
「いつも通りよ。薬を服用して瘴気を抑えるように心掛けるように言われたわ」
シルヴィの作った夕食を食べながらオーフェリアと話す。
オーフェリアは現在自分の力を抑える為に治療院に通っている。昔はディルクの駒だったからそんな事をする訳なかった。しかし今は俺がオーフェリアの所有権を持っているので鳳凰星武祭終了後、真っ先にそれをするよう指示を出した。
医師によると瘴気を抑える事は不可能ではないらしいが、オーフェリアの力が桁違いなので周りに瘴気を撒き散らさずに済むまでにはかなり時間がかかるらしい。まあ不可能ではないので問題ないだろう。
そんな事を話していると俺のポケットにある端末が鳴り出した。誰だこんな時間に?
疑問に思いながら空間ウィンドウを開くと……
「……ユリス?」
オーフェリアが意外そうな表情を見せてくる。空間ウィンドウにはリースフェルトが映っていた。
『比企谷、今は大丈夫か?』
「大丈夫っちゃ大丈夫だが、何でお前が俺の番号を知ってんだ?」
『クローディアから聞いた』
「なるほどな……で、用件は何だ?」
『実はだな……』
「なるほど……話はわかった」
何でもフローラを助けた件でリースフェルトの兄貴や孤児院のシスターが礼を言いたいらしい。
『それで大丈夫か?』
「……八幡が行くなら行くわ」
リースフェルトから質問をされているとオーフェリアが耳打ちしてくる。
一応俺は暇だから問題ない。しかし……
俺はシルヴィをチラリと見る。確かシルヴィはその時期はタイに仕事がある。シルヴィだけを放っておくのは……
「大丈夫だよ」
悩んでいるとシルヴィが笑顔を見せてくる。
「私に気にしないで行ってもいいよ。八幡君が気にする事じゃないから」
「……いいのか?」
「うん」
「わかった。すまん」
シルヴィに一言謝ってからリースフェルトが映っている空間ウィンドウを見る。
「とりあえず俺とオーフェリアは行ける」
『わかった。では正確な日時が決まり次第連絡をする』
リースフェルトはそう言って電話を切るので俺も空間ウィンドウを閉じる。
それと同時にシルヴィに謝る。
「悪いなシルヴィ」
「だから気にしてないって。2人とも楽しんできなよ」
「……わかった」
「……ええ」
「なら良し。それじゃご飯食べよ?」
シルヴィは笑顔でそう言って食べるのを再開する。俺とオーフェリアは顔を見合わせ、やがてシルヴィ同様食べるのを再開した。
新章始まって直ぐで申し訳ありませんが3月25日から4月6日までヨーロッパ旅行に行くのでその間は更新出来ません。
次話は4月6日以降に更新する事になりますがよろしくお願いします