食後のひと時にオーフェリアの淹れたコーヒーを飲む。最近になって体術を鍛えているから体が痛い。こんな事ならもっと昔から鍛えておくべきだったな。
そう思いながらコップに残っているコーヒーを飲み干すとオーフェリアが楽しそうに空間ウィンドウを見ている光景が目に入った。
「オーフェリア、何を見てんだ?」
オーフェリアは自由になってから大分表情が豊かになってきたがここまで楽しそうな表情は余り見ないのでつい気になって聞いてしまった。
オーフェリアはこちらを見て空間ウィンドウを見せてくる。
「ん?ハワイにニュージーランド……ヨーロッパ、色々な観光名所だな。何?冬休みにどっか行きたいのか?」
だとしたら春休みに3人で行くとしてみるか。
するとオーフェリアは……
「……違うわ。3人で新婚旅行に行くとしたら何処にするか悩んでいるのよ」
爆弾を投下してきた。
「んぶっ?!げほっ、げほっ!!」
いきなりの発言にコーヒーが気管支に詰まってむせてしまった。苦しい。
「大丈夫?」
「誰のせいだ!誰の!いきなり何を言ってんだよ?!」
俺が怒鳴るもオーフェリアはキョトンとした表情を見せてくる。
「……だっていつかは結婚するでしょう?……もしかしてしないの?私やシルヴィアの事が嫌いになったの?」
途端に泣きそうな表情になってくる。自由になってからは余り見なくなったが……この顔を見ると罪悪感が湧いてくるな。
「落ち着けオーフェリア。俺がお前やシルヴィを嫌いになるなんて絶対にあり得ない。ただまだ結婚できる歳じゃないから焦っただけだ」
オーフェリアを抱き寄せて撫で撫でする。こうするとオーフェリアが悲しい顔を引っ込めるのは学習済みだ。
「んっ……八幡」
「ごめんな。変な勘違いさせちまって」
「……大丈夫。私の早とちりだわ」
オーフェリアがそう言ってくるので俺はオーフェリアから離れて再び空間ウィンドウを見る。
「それでお前は何処に行きたいとかあるのか?」
「……まだ何とも言えないわ。場所次第では数年の予約が必要だから早く決めたいと思ったから」
まあ場所によってはそんな場所もあるからな。早い内に決めておくのも悪くないだろう。
「お風呂洗ったよ。って、2人とも何を見てるの?」
するとちょうどシルヴィが風呂場から帰ってきた。そうだ、シルヴィにも聞いてみるか。
「ん?新婚旅行に何処に行くかって話?お前どっか行きたい場所あるか?」
そう言って空間ウィンドウをシルヴィに見せる。シルヴィならセンスがありそうだし良いチョイスをしてくれるだろう。
「うーん。どれも行った事があるからなぁ……」
マジか?!流石世界の歌姫だなおい!どれも行った事があるから迷うって……
「まあ何処でもいいや。私としては3人で過ごせればそれでいいから」
シルヴィは楽しそうにそう言ってくる。言われてみればそうだな。
「……そうね。そう考えたら何処でもいい気がしてきたわ」
「まあそうだな……流石シルヴィ」
考える事が違うな。
「どういたしまして。それよりお風呂はもう沸かす?」
「……じゃあお願い。八幡とシルヴィアは先に入っていいわよ」
「……うん。でもいいの?いつも私だけ八幡君と一緒に入っているのに……」
「別に構わないわ。私も瘴気を抑えられるようになったら一緒に入るから」
待てコラ。ハッキリと言うなハッキリと。別に一緒に入るのは構わない。既にシルヴィとしょっちゅう入ってるからな。
でもだからと言ってハッキリと言われるのは慣れていないから勘弁して欲しい。
俺は顔を赤くしながらも立ち上がり風呂を沸かしに行った。
「そう言えばシルヴィ、お前確か来週誕生日だったよな?」
入浴中、湯船の中にいる俺は俺の上に乗って甘えてくるシルヴィにそう尋ねる。一緒に暮らし始めた当初は緊張していたが慣れってのは恐ろしい。つーかマジで世界のシルヴィファンに殺されないか心配だ。
「うん。そうだよ。覚えていてくれたんだ?」
「そりゃまあな」
「嬉しいな、ありがとう」
そう言ってギュッと抱きついてくる。可愛過ぎか?つーか裸で抱き合うのは慣れてないから止めてくれ。いや、慣れるのはおかしい事だけどよ?
「あ、ああ。それでプレゼントなんだがよ、何か欲しい物あるか?」
「うーん。八幡君が用意してくれるなら何でもいいよ?」
「何でもいいが一番困るんだよ。例えば俺がお前にプラモデル渡したらどうだよ?」
「うーん。確かに、それはねぇ……」
シルヴィも苦笑する。出来る事ならシルヴィの喜ぶ物を渡したい。しかしシルヴィは世界の歌姫だけあってクソ金持ちだ。よって欲しい物は殆ど簡単に手に入るので、シルヴィが喜ぶ物を選ぶのは難しい。
「俺に可能な物なら準備するから言ってくれないか?」
「うーん……あ!」
シルヴィは何かを思いついたような表情をすると直ぐに真っ赤になる。何だ?のぼせたのか?
「シルヴィ、今の“あ!”は何か思いついたのか?だとしたら教えてくれないか?」
「無理無理!それは絶対に無理だよ!」
「そこを何とか頼む。お前が欲しい物は何だか知らないが絶対に用意してやるから」
俺がそう返すとシルヴィは真っ赤になってテンパるもやがて観念したかのように口を開けてーーー
「じゃあ……八幡君、八幡君さえ良ければ……わ、私……八幡君との子供がその……欲しいな……」
そう言ってくる。
……は?子供だと?
脳内でシルヴィの言葉がリフレインする。そして理解するにつれて顔が熱くなってきた。
「お、おう、そうか……」
「……うん。私、八幡君と一緒に子供を作りたい……」
止めろ!風呂場でそんな事を言うと俺の中の狼が狂いだしそうだ。てかマジでヤバい!シルヴィの奴真っ赤になりながらも俺の体に抱きつき、艶のある瞳をしながら上目遣いで見てくる。
体内で影を暴れさせなければシルヴィを襲っているだろう。
「お、落ち着けシルヴィ。俺らまだ未成年だからそれは勘弁してくれ。それは俺達がアスタリスクを卒業してからにしてくれないか?」
さりげなくシルヴィを離しながらそう返す。するとシルヴィは納得したように頷く。
「……そうだね。両親が学生だと育児が難しいからね」
そこか?!いや、まあそうだけどさ……
「ま、まあそういう事だ」
「そっか……あ!じゃあ八幡君、アスタリスクを卒業したら作ってくれるの?」
「あ、いや……それはだな……」
「……嫌なの?」
「嫌じゃないな」
嫌じゃないからそんな悲しそうな顔は止めろ。明らかに俺が悪いみたいじゃねぇか。
「そっか。ありがとう。その時を楽しみにしてるね」
「はいはい」
笑顔で甘えてくるシルヴィの頭を優しく撫でる。にしても子供か……出来る事ならアスタリスクを卒業する前にウルスラを取り戻して、心に憂いなく子育てをしたいものだ。
そんな事を考えながら俺は頬をプニプニしてくるシルヴィは頬を引っ張りなから湯を楽しんだ。
「え?小町、お前はリーゼルタニアに行かないのか?」
『うん。クラスの友達と旅行に行くんだ』
風呂から上がった俺は寝室で小町と連絡を取っている。
「そうか。一緒に行けないのは残念だが楽しめよ」
『もちろん。そういえばシルヴィアさんはタイのライブツアーがあるから行けないんじゃないの?』
「ああ。だから今回は俺とオーフェリアだけだ」
『そっか。やっぱりシルヴィアさん忙しいからね。この調子じゃ冬季休暇にも実家に帰れないね』
「まあ仕方ない。春休みにはシルヴィも学園祭以外にも休暇を取るらしいからその時に実家に帰る」
『じゃあその時は小町も一緒だね。それにしても今からお父さんやお母さんの驚く顔が楽しみだなぁ』
まあそうだろうな。実の息子が世界の歌姫と世界最強の魔女の2人と恋人関係になっていたら誰でも驚くだろう。しかし小町よ、それは悪趣味だから止めた方がいいと思うぞ?
「わかった。じゃあ春休み前にまた相談しようぜ」
『あいあいさー。小町眠いからもう切るね』
「ああ。またな」
空間ウィンドウが閉じたので息を吐くと寝室にパジャマを着たシルヴィとオーフェリアが入ってきた。
「……話は終わったの?」
「まあな。電話の相手は小町だから気を遣わなくてよかったぞ。それとシルヴィ、春休みは学園祭以外にも休暇を取れるか?」
「うーん。結構厳しいけど頑張ってみる。一度八幡君の実家に挨拶に行きたいしね」
シルヴィは忙しかったので今までの長期休暇で俺の実家に行けない事を悔やんでいたし。
するとオーフェリアが
「……そうね。私も八幡の地元に行って例の実行委員長を殺しに行きたいわ」
殺気を漏らしながらそう言ってくる。
「待て待て待て!落ち着けオーフェリア」
「……だって、自分は反省しないで八幡を貶めた人は存在する価値なんてないわ」
「止めろ!相模は一般人だから殺したら永久に牢屋行きになるからな!」
「そうだよオーフェリアさん。そんな事で八幡君と離れ離れになりたいの?」
俺とシルヴィがそう言うとオーフェリアは渋々ながらも殺気を消す。良かった、止めきれなかったら千葉が滅んでいただろう。
「……わかったわ。ただ実行委員長を唆した雪ノ下陽乃については次の王竜星武祭で地獄を見せるわ」
「頼むから殺すなよ?」
「……大丈夫。死より恐ろしい地獄を見せるだけだから」
怖い、オーフェリアさん怖過ぎるからね?
「頼むから咎められる程は暴れるなよ。今の俺は別にそこまで恨んでないからな?」
「……そうなの?どうして?ずっと前は恨んでいるって言っていた気がするわ」
オーフェリアはそう言ってくる。理由は……
「あー、そのアレだ。あいつらが俺を貶めたから俺はアスタリスクに来てお前やシルヴィに会えたからな……」
そう言った意味ではある意味貶めてくれて感謝してるし。
俺がそう返すと2人はキョトンとした表情をするが、直ぐに笑顔になって抱きついてくる。余りの衝撃によってベッドに押し倒される。
「……そうね。私も八幡に会えて嬉しいわ」
「確かにあの事件がなかったら私もオーフェリアさんも八幡君と会わなかったかもね」
「まあそう言う事だ。という事でそろそろ寝ようぜ」
俺がそう言って目覚まし時計をセットすると2人は左右に抱きつき……
「「おやすみ、八幡(君)」」
そう言って左右の頬にキスをしてくる。その感触を理解すると幸せな気分となる。
うん、やっぱりアスタリスクに来て正解だったな。
俺は幸せな気分のままゆっくりと眠りについた。