「……よし、これで完成だな」
満足した声を出す俺の手にはシルヴィの誕生日の為に作ったプレゼントがある。一週間にしてはよく出来たと思うが……
まあ今更文句を言っても仕方がない。シルヴィの誕生日は今日だし。ガッカリしたらシルヴィに謝ろう。シルヴィ優しいから特に気にしないと思うけど。
俺は作ったプレゼントを鞄にしまってそのまま帰路につく。シルヴィは仕事で夜まで帰ってこないのでそれまでに準備をしないとな……
走る事30分、借りているマンションに到着して、中に入ると良い匂いが充満している。いかん、誕生日会はまだ先なのに腹が減ってきた。
空腹に耐えながらキッチンに向かうとオーフェリアが可愛いエプロンをして料理を作っていた。近くにはチキンやサラダが置いてあり、今は俺がオーフェリアの手料理で一番好きなグラタンを作っている。
「ただいまオーフェリア。帰ってきたし俺も手伝う」
一言そう言いながら手を洗ってエプロンをつける。確か今日の為に高級な牛肉を買ったからそっちを調理するか。
「おかえり。じゃあ八幡は解凍してある牛肉を……やってるわね」
「ああ。お前の考えはわかりやすい」
そう言いながらフライパンの準備をすると隣にいるオーフェリアがクスクス笑う。
「……八幡にわかりやすいって言われたくないわ」
「うるさい黙れ。それを言うな」
俺は逃げるように目を逸らしフライパンに集中する。わかりやすいって色々な奴に言われているがそんなにわかりやすいか?
「……ねえ八幡。こうして料理をしていると新婚夫婦みたいね」
自分のわかりやすさについて考察していると、オーフェリアがウットリとした表情で俺に寄り添ってくる。オーフェリアの頭が肩に当たってくすぐったい。
「……ああ。そうかもな。それより油を取ってくれないか?」
マトモに返すと恥ずかしいので流そうとするもオーフェリアは膨れっ面になってジト目で見てくる。
「……何だよ?」
「……八幡のバカ。真剣に考えて」
「いやいや、真剣に考えているぞ?ただ恥ずかしいんだよ」
「……そう。でもアスタリスクを卒業したら結婚するのだしそれまでに恥ずかしさに慣れてね」
「……善処はする。だから今は勘弁してくれ」
シルヴィにしろオーフェリアにしろ、いつも平気で俺がドキドキするような事を言ってくるからな……恋人同士でこれなら結婚したらヤバくね?
いや、待て。結婚したら2人ともある程度は落ち着くかもしれん。てか落ち着いてくれ。でないと悶死してしまう。
「……わかったわ。それより八幡、そろそろ焼いて」
「ん?あ、ああ。わかった」
オーフェリアに促されたので俺は思考を中断して牛肉をフライパンの上に乗せて焼き始める。
(……そうだ。結婚したら落ち着くかもしれないし今は料理に集中しよう)
俺は息を吐いてフライパンに集中し始めた。余計な事を考えていたら焦がしてオーフェリアやシルヴィに迷惑がかかるしな。
だがこの時の比企谷八幡は知らなかった。オーフェリア・ランドルーフェンとシルヴィア・リューネハイムは結婚しても落ち着く事はなく、寧ろ更に積極的に攻めて世界最強のラブラブ夫婦になるという事を。
肉が良い匂いを出して焦げ色がつくと、オーフェリアがグラタンをオーブンに入れ焼き始める。もう直ぐだな……
肉をフライパンから取り、適当なサイズに切り始めると俺の端末が鳴り出す。オーフェリアの端末も鳴り出したので十中八九シルヴィからのメールだろう。
「……今クインヴェールを出たみたいね」
「そうなると後30分くらいか……グラタンは後何分かかる?」
「後40分ね」
そうなるとシルヴィが帰ってきた時には料理が全て完成しておらず、シルヴィを待たせる事になってしまう。誕生日会の主役、ましてや大切な恋人を待たせるなんて言語道断だ。何とかしないとな……
「仕方ない……」
俺は息を吐いてシルヴィにメールを送る。内容は『洗剤と文房具が切れそうだから駅前のスーパーで買ってきてくれないか?』だ。
「これで10分から15分は稼げたから大丈夫だろう」
「……ありがとう。それじゃあグラタン以外の料理の仕上げに入るわ」
そう言ってオーフェリアは仕上げに入ったので俺もテーブルの上の物を片付けたり拭いたりする。誕生日会なんて久しぶりにやるからな。
「そういやオーフェリア、お前の誕生日って3月6日だっけ?」
「……ええ。八幡は8月8日だったかしら?」
「そうそう。よく覚えてたな」
「恋人の誕生日を忘れる筈はないわ。八幡は何か欲しい物があるの?」
「うーん。……平和な日々だな」
それだけあれば十分だ。アスタリスクを卒業したら人里離れた田舎で農業をやるのも悪くないだろう。ぶっちゃけオーフェリアとシルヴィさえいれば後は何もいらないし。
「……それはプレゼントするのは厳しいけど、私も欲しいわ」
そう言ってオーフェリアはギュッと抱きついてくるので優しく抱き返す。世界最強の魔女もこうして抱きしめると凄く華奢で壊れてしまいそうだ。まあ絶対に壊さないけどな。
「……八幡、八幡はずっと私と一緒にいて……」
「勿論そのつもりだが……いきなりどうしたんだ?」
「……八幡とシルヴィアの3人で過ごす時間は、昔孤児院にいた時みたいに本当に幸せよ。……でも偶に孤児院の時みたいに幸せがなくなる夢を見るの」
そっか……幸せだった一時が一転してモルモットとなったオーフェリアは、幸せを取り戻したからにはあんな思いは2度としたくないのだろう。
「そうか……俺は絶対にお前を手放さないから安心しろ」
誰にもオーフェリアの所有権は渡さない。ディルクだろうが『大博士』だろうがオーフェリアを利用しようとする奴なんかに好き勝手させない。もうオーフェリアに闇の道を歩ませないと決めたからな。
「……絶対よ。嘘吐いたら許さないわ」
オーフェリアは服を引っ張りながら俺の胸板に顔を埋める。全く……本当はこんなにか弱い女の子を利用する屑がいるなんて実に許し難いな。
「わかってる。絶対に嘘は吐かない」
オーフェリアより弱い俺の言葉なんて信用してくれるとは考えにくい。しかし今の俺には口しかない。我ながら情けない話だな……
「……ありがとう」
しかしオーフェリアはそう言って更に強く抱きしめてくる。そこからは猜疑心を感じない。ここまで信じてくれるなら期待に応えるしかないな。
「どういたしまして」
俺は苦笑しながら頭を撫でる。抱きしめられるのは苦手だがこの際仕方ないだろう。
俺は暫くの間オーフェリアと抱き合って温もりを感じていた。
「……もういいわ」
30分近く抱き合っているとオーフェリアがそう言ってくる。シルヴィは後10分くらいで帰ってくるだろう。
「はいよ」
そう言って抱擁をとく。
「にしても前から思ってたけどお前って結構甘えん坊だよな?」
「……八幡だけよ。そんな事をするのは」
「そりゃ光栄だな。さて……そろそろグラタン以外の料理をテーブルに運ぼうぜ」
シルヴィが帰ってくる直前にあたふたしたくないし出来る事は早めに済ませるべきだろう。
「そうね……ところで八幡」
チキンを運ぼうとするとオーフェリアが話しかけてくる。
「何だよ?」
「八幡は今幸せ?」
何だいきなり?
質問の意図はよくわからないが……
「まあ、幸せだな」
少なくとも今、この時間は気に入っている。可能ならこの時間をずっとずっと味わいたいものだ。
そう思っている時だった。
「じゃあ八幡……」
オーフェリアはいきなり俺に近づいて背伸びをしてきて……
ちゅっ………
いきなり唇を奪ってきた。
いきなりの行動に呆気に取られているとオーフェリアは直ぐに唇を離して……
「……私がもっともっと八幡を幸せにしてあげるわ。それこそ私無しではいられないくらい」
可愛らしい笑顔を向けてきた。
(……ヤバい、キスよりこっちの方が破壊力が高い)
キスは毎日最低200回はしているから大分慣れたが……オーフェリアの笑顔は未だに慣れない。オーフェリアは笑顔を余り見せないから偶に見るとドキドキしてしまう。
顔が熱くなってきてヤバい。こいつ……末恐ろしいな……。
「ただいま〜」
オーフェリアの末恐ろしさに戦慄しているとシルヴィが帰宅した。
「……おかえりなさい。疲れたでしょうから座って」
「ありがとう。うわー、凄く美味しそう」
当のオーフェリアはいつもの悲しげな表情(最近になって大分そうでもなくなったが)で、気にした様子を見せずシルヴィの鞄を預かって席を薦めていた。こいつ神経太すぎだろ?
若干呆れながら俺もオーフェリア同様シルヴィの為に動き始める。とりあえず紅茶でも淹れるか。
こうして誕生日会が始まる