ゴッドイーター、改め死神   作:ユウレスカ

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オリキャラではありませんが、ゴッドイーターのキャラが出てきます


ep.7「再会す」

 西流魂街、第一地区『潤林安』

 その一角に、かつて五大貴族の一つと数えられていた志波家の家はある。海燕は「没落した」と言っていたが、貧乏な暮らしをしているようには見えないので、恐らくは財政以外の問題があったのだろう。

 外からでもわかる騒がしさに頭が痛くなるのを感じる。昼時だから、今はおかずの取り合いでもしているのだろう。片手に今日の稼ぎをもって、青年は戸を開けた。

「空鶴、岩鷲、戻ったぞ」

「お、ギル坊!今日は案外早かったな!」

「おかえりギルぼー!」

 元気よく返ってくる言葉に苦笑を浮かべる。精神的には確かに向こうが年上のようだが、見た目はこちらが年上なのだ、坊呼びはなかなかに複雑である。とは言っても、何もわからなかった自分を、温かく迎え入れてくれた人たちだ、強くは言えない。

 どうやら予想通り昼食を食べるところだったらしい、食卓に料理が並んでいる。同じおかずを互いの箸で取っていることから、騒がしさの原因も推測できた。

「ギル坊も昼飯食うか?待ってな、今用意すっから」

「いや、大丈夫だ。むこうで奢ってもらったからな」

 これが今日の分だ、と給金を渡しながら、青年はやんわりと誘いを拒否する。折角の団欒の場だ、居候の身で水を差したくはない。

 えー!と声を上げる二人をよそに、青年は仮眠をとる、と言って、寝室に敷きっぱなしになっている布団にもぐりこんだ。畳で寝るのは最初は落ち着かなかったが、今はもう、慣れたものだ。

 眠りにつく前に、習慣のように、右手首を見る。ぐるりと一周するように爛れている皮膚。それは、生前を思い出させるもの。

「隊長達も、ここにいるんだろうか……」

 そうぽつりとつぶやいて、青年――ギルバート・マクレインは、束の間のまどろみに落ちていった。

――ギルバート・マクレインは生前、神機使いをしていた。

 極致化技術開発局、そこの特殊部隊『ブラッド』が、彼の最後の所属であり、死の遠因でもあった。もっとも、直接の原因はブラッドの実質的な上官、ラケル・クラウディウスであったが。

 あの日、ノヴァが起こした終末捕食によって、世界が文字通り『喰われ』たのを、今でも鮮明に思い出せる。ノヴァに喰われた後、何があったかは分からないが、ギルはあの世だというここ、尸魂界で茫然としていた――らしい。

 らしい、というのは、自分がその時のことを覚えていないからだ。気が付くと布団の中だった為、一瞬あれは夢だったのかと考えた自分は悪くないと思う。

 空鶴曰く、抜け殻のように倒れているギルを見つけ、つい保護したのだという。しばらくは機械的に寝て起きるだけの彼に、ひたすら三兄弟で声をかけ続けたとか。

 死神だという長男の海燕曰く「魂魄が欠けていた」らしい。声をかけたり、触れ合うことで、少しずつ魂魄が戻るという謎の現象を起こして、なんとか助かったとか。

 尸魂界について全く知らなかったギルは、記憶喪失ということにして、志波家にお世話になることにした。もともと発見の状況からして不可解な部分が多々あったからか、三人は何も聞かずに受け入れてくれた。その恩に報いるため、ギルは働くことにしたのだ。

 日雇いで稼ぎ、志波家で過ごす日々の生活は素朴ながらも満ちている。これが、かつて自分たちが取り戻したかった平穏な世界なのだろう。だが、そんな生活の中で、ギルは静かに焦燥感を覚えていた。

 自分だけがのうのうと生きていていいのか?他の仲間たちはどこにいるのか?現世は――ここは自分たちの世界の「その後」なのか?

 このままの生活を続けていきたい思いと、行動をしたいという感情がぶつかる。どうすればいいのか、ギルはいまだに悩み続けていた。

――まどろみの中で、またあの『終末』を繰り返す。

 決まった時間で目を覚まし、額の汗を拭う。眠ると必ず、あの光景を夢に見ていた。安らかに眠れた日は無い、それなのにちゃんと疲れが取れるまで眠るこの体に、感謝すればいいのか恨めばいいのか、分からない。眠っている間に魘される様子がないのか、空鶴達には寝汗が激しい!と笑われた。解せぬ。

 ふと、空鶴達が静かなのに気が付いた。今はまだ夕刻に差し掛かろうかというとき、いつもならそれなりに賑やかにしているのだが、何かあったのだろうか。

 寝崩れていた衣服を着直し、居間に顔を出す。……いない、どこかへ出かけたのだろうか。外に顔を出し、ようやく二人の後姿を見つけることが出来た、何故か海燕の姿もある。彼が戻ってきていたから、二人は外に飛び出していったのか。自分も、と草履をはいて外に出る。

「戻ってきてたんですか、海燕さん」

「よっ、ギル坊」

 ギルの挨拶に応える海燕。もはや呼び名に関してはスルーの方針だ。

「ちょっとお前に会わせたい人間がいてな」

「俺に、ですか?」

 それは意外だ。自分の尸魂界での知り合いなんて数えるほどしかいないし、敢えて紹介するような人間がいるわけでもない。

 ギルが首を傾げていると、海燕が背後に手をまわして誰かを引っ張り出してきた。服装を見る限り、真央霊術院の学生だろうか。だが、問題はそこではなかった。その顔に、ギルは見覚えがあった。

「ああ、なるほど。君だったんだね」

 困ったように笑う彼女に、ギルもどう反応していいか分からない。それもそうだろう、自分と同じところから来た人間、それも面識のある者に会えるとは思っていなかったのだ。

「久しぶり――いや、顔を合わせたのは最後のあれきりだから、実質初めまして、かな?ギルバート・マクレイン殿」

「ミクイ、さん」

 思わずこぼれた名前に、彼女――井塚 実灰は朗らかに笑うことで返事をした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 立ち話もなんだ、としたの姉弟の面倒を長兄に丸投げし、ギルと井塚は志波家の居間で顔を合わせていた。人様の家であるが、それはそれだ。

「でも、海燕先生から『私と同じ痕を持つ奴がいる』なんて聞いたときは驚いたよ。ついでになんで今まで言わなかったと掴みかかったね!」

「俺も、まさかミクイさんと再会することになるとは思いませんでした……というか、なんだか、あの時と色々雰囲気が違いますね」

「そりゃそうだろう、公私は使い分けるものだ」

 ははは、と笑い声を上げる井塚に、ギルは頭痛を覚えた気がした。最優の神機使い、万能の守護者、人型のアラガミ……、最後の一つは蔑称としても使われていたが、彼女を讃える呼び名は数多くあった。戦場において冷静沈着、時には大型のアラガミであるヴァジュラ四体を一人で捌き切ったとも、第一接触禁忌種であるスサノオを単独で討伐したともいわれる。よく言えばジョーカー、悪く言えば戦闘狂。それが彼女、井塚 実灰の噂だった。

 だが、目の前にいる彼女は、緩み切った雰囲気と表情を醸し出し、飄々とした様子を見せている。誰かに似ている気がして、思い浮かんだのは――仲間であり先輩だった真壁 ハルオミだった。彼も普段は飄々としているが、たまに見せる真剣なまなざしが印象深かった。

「にしても……夢じゃ、なかったんだね」

 そう言って、井塚が視線を下に落とす。ギルも、同じように視線を落としていく。その行く先は分かり切っている――お互いの右手だ。

 「腕輪」があったところに残る、爛れた――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、皮膚。それがお互いにあるのを確かめる。

 自身の脳裏に残る、あの最期の光景。あれが嘘だったとは思いたくなかったが、それを証明することも、覚えている人間も他にはおらず。右腕のそれだけが、あれが現実だったのだと伝えてくれているようで、支えだった。

 ゆっくりと、ギルの右手首に井塚が触れる。確かめるように触れてくるのを感じながら、ギルも同じように、井塚の右手首に触れた。

「俺たちのあの日々は、ただの妄想なんかじゃ、なかったんですね」

「うん、今君が目の前にいる。同じ世界を覚えている。これがなによりの証明さ」

「……そうっすね」

 お互い、本音は漏らさない。

 会えるなら、自分がよく知る人間が良かった――なんて、思っているのが互いに分かっていても、口に出すのはいけないと知っていたから。

「君は、どうして志波家に居候しているんだい?」

「俺は、なんでも倒れていたのを空鶴――海燕さんの妹さんに見つけられたらしくて」

「らしい?」

「魂魄が欠けていたとかで、そのころの記憶、全くないんですよね。物心ついたのはそれから暫くたってですし」

「成程……私も似たような状況だった、と言えるかな。気が付いたら、戌吊の隅っこでぼんやりしてて、たまたま通りかかった海燕先生に助けられたんだ」

「戌吊って、かなり治安が悪い地区じゃないですか、よく無事でしたね」

「いやぁそれは本当にそう思う。……でもさ、なんか変だと思わない?」

「――思いますね」

 現世の西暦は1900年代だと、海燕は言っていた。尸魂界には少なくとも2000年以上の歴史があり、それも含むと、自分たちがいた世界から今の世界に切り替わったのはそれ以上前、下手したら3000年はくだらないだろう。

 その間、自分たちが惚けて倒れていた、あるいは同じ場所で座り込んでいたら、誰だって不思議に思うはず。

 だが、そんなことはなく、自分たちは今頃我に返り、こうして生活をしている。実におかしい。

「魂だけでタイムスリップした、とかなら面白いけれど……」

「そんなわけではないでしょうしね」

 二人そろって仲良く飛んだ、なんて偶然にしては出来すぎている。

「何か仕組まれている、あるいは仕組まれていた処から、無意識下で逃げ出した」

「そう考えるのが妥当っすね。……それで、仕組んでいる相手はおそらく」

「ラケル・クラウディウス」

「ラケル・クラウディウス」

 二人の声が重なる。こころあたりが一人しかいないのだから、当たり前なのだが。

「……ま、情報がほとんどない今、色々邪推しても仕方がないね。とりあえずは、記憶がない何千年という期間の謎を追うことにしよっか」

「まぁ、それしか方法はない、か」

「そうそう。あ、ギルバート」

「ギルでいいっすよ。で、なんですか?」

「んじゃ改めてギル。

――死神にならない?」

「――は?」


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