実戦での初任務を終え、無事に四番隊からも完治したと知らせられた井塚はそれから数ヶ月、十三番隊にて業務に励んでいた。隊長と海燕、それに加えて四番隊隊長の卯ノ花 烈から説教されたことは頭の隅に追いやってある。あれくらいの傷なら慣れたものだ。
巨大虚の討伐に加え、大虚の足止めという役割を果たした井塚の評判は、多少は持ち直した。戦えないわけではないと、証明されたからだ。無論、死神として優秀な白哉と一緒だったからだろう、という声も少なくないが。
その為か、はたまた実力を測るためか、度々他の部隊の死神から鍛錬を求められることが増えた。おかげで、自身の記憶する斬魄刀の情報の数は増加の一途をたどっている。脳内で処理しきれるだけの量とは思えないほどの人数なのだが、目的のものを引き出すのは容易にできるので、そこは斬魄刀がどうにかしているのだろうと井塚は予測していた。
なお、彼女の斬魄刀の特異性を知る数少ない先輩は、情報が増えていってることに内心で頭を抱えているらしい。
そんなことは知らず、今日も井塚は鍛錬を受けていた。
休憩の合間を縫って襲来してくる隊員は、そのほとんどが血気盛んな十一番隊である。次いで自隊の十三番隊、その他となっている。今回挑んできたのは十一番隊の人間だった。見覚えがある顔なので、おそらくは同期の死神だろう。
数度斬り結び、相手の実力を測る。やはり新人なのもあって、まだ未熟な剣筋だ。正直言って、面白がって襲来してきた三席の方が戦い甲斐があった。だが、慢心はいけない。どんなことがあるかも分からないのが、実際の戦場なのだから。
おぼろげながら、相手の斬魄刀の情報を入手する。始解すらできていない斬魄刀の情報も、能力だけなら手に入れられるのだから、神薙の能力は恐ろしい。
鍔迫り合いの中、一気に踏み込んで均衡を破り、バランスを崩したところに刀を突きつける。
「はい、死んだ。ちょっと直情過ぎるのと、力加減ができてないかな。力に振り回されてるようじゃ、すぐに倒れちゃうよ」
鍛錬の後、相手に助言をするようになったのはいつからだったか。気になる箇所があるとつい口出しをしてしまっていたら、的確な助言だとなぜか評判になっていた。先輩にあたる死神からも色々聞かれたのは、胃に非常によろしくなかったと思う。
さて、鍛錬も一通り終わり、そろそろ業務に戻ろうかと思った時だった。
「井塚 実灰やな」
「!」
後方から聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは金の長髪の死神と、茶色の癖毛の死神。
「平子隊長に藍染副隊長!?」
思わず背筋を伸ばす。先も述べた通り三席までなら、何度か遊び半分にやってきて手合わせさせられたが、他の隊の隊長格と顔を合わせるのは始めてだ。今日は厄日なのだろうか、そう井塚が考えながら相手が話し出すのを待っていると、平子がケラケラと笑いながら話し出した。
「そんな畏まらんでもええで。ちょっとした見学っちゅーやつや」
「け、見学ですか?」
こんな一隊員の何を見学するのだろうか、すごく嫌な予感がする。今すぐにでもその場を立ち去りたかったが、上の立場の相手を前にそんなことをするのも面倒だ。
内心でびくびくしている井塚をよそに、平子はニィ、と企み顔で笑う。ふと、井塚は藍染が申し訳なさそうに笑っているのに気づいて、
「ちょい、藍染と試合してくれへん?」
――とんでもないことに巻き込まれてしまったのだと思った
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志波 海燕は頭を抱えていた。井塚が藍染と、どういうわけか試合をすることになったらしいと耳にしたからだ。神薙の特性を知っている身としては、この現状は頭が痛い。あいつ遂に、隊長格の情報まで手にしてしまうのか。
半ば駆け足で鍛錬場へと向かう。恐らく実力としては藍染に井塚は敵わないだろう。そこは確信しているし、恐らく彼女自身も知っている。だとしても、意図せず隊長格の情報を手に入れてしまうのは、井塚の負担になるのではないかと考えたのだ。
海燕が鍛錬場に辿り着くと、そこではすでに決着がついていたようで、井塚が膝をついて刀を杖にして息を切らしているのが見えた。対する藍染は息を切らしてすらいない。実力の差はやはり大きかったようだ。
人だかりをかき分けて井塚に近寄る。
「お前何してんだ……」
「……あ、海燕、せんせい」
井塚を担ぎ上げると同時に、斬魄刀を取り上げて鞘に納める。だいぶ息切れしているし、どこか顔色も悪い彼女を見て、海燕は妙だなと思った。鍛錬にしては、いくら実力差があるとはいえ疲労しすぎている。藍染の性格からして、始解を使ったのだとしてもここまでするとは思えない。
ちら、とあたりを見回し、原因と思われる人物を見つけた。
「あんたの仕業ですか、平子隊長」
相変わらず笑みを浮かべている平子に、海燕が厳しい声色で詰め寄る。普段とは違う気色ばんだ海燕に、平子はしかしさほど取り乱した様子もなく言葉を返す。
「なんやあんま怒らんといて。ただ自分は、期待の新人とかいう子の実力を見極めたかっただけや」
「なら、あんたがやれば良かったじゃないですか」
怒りを隠さない海燕に、おや、と平子も藍染も内心で首を傾げる。面倒見がいい海燕とはいえ、今回の事でそこまで怒る要素はないように思われるが。普段ならむしろ、無茶をした隊員にも説教をしているところだ。らしくない彼の言動に、藍染が言葉を投げかける。
「君がそこまで怒るなんて珍しいね。彼女、そんなに特別なのかい?」
「……こいつは俺が拾ったようなものなんで、家族みたいなものなんです。心配くらいします」
海燕にとって、井塚は教え子でもあり、妹のようなものでもある。何も知らなかった彼女に最初に会い、尸魂界について教えたのは海燕だ。それからずっと、何かあるたびに頼ってくれる彼女に親愛を抱くのは当然の結果でもあった。
大事そうに井塚を扱う海燕に、その場の面々が意外そうな表情をする。井塚が入隊してから、そういった態度を表だって示したことが無かったからだ。
と、息が整ってきた井塚が顔を上げる。その表情はきまり悪そうであった。
「海燕先生、よくもまぁいけしゃあしゃあと」
「さんざん世話になっといての台詞がそれかよ……体調は大丈夫か」
「大丈夫ですよ。まったく、人が折角波風立たせないように秘密にしていたことをあっさりと……」
ぶつぶつと不満を零しながら、井塚が海燕から降りて藍染と向き合う。
「期待に添えたかは分かりませんが、手合わせありがとうございました」
丁寧に一礼し、笑顔を浮かべる。先ほどまで疲労しきっていたとは思えない変わり様に、藍染も平子も瞠目する。そんな彼らの様子に、井塚はさらに笑みを深めた。
「最悪の状態からの立て直しは色々あって、慣れたものでしたので」
無論、生前の神機使いでの任務の事だ。ソロミッションで追い詰められた時や、けがを負った時、頼れるのは自分しかいない。どう立て直すのか、バッドコンディションとの付き合い方は何よりも重要な事柄だった。
そんな井塚に、海燕はため息を吐く。外面はなんともないようにしているが、中身はいまだ疲労困憊なのは手に取るように分かったからだ。伊達に長い付き合いではない。
「とりあえず、平子隊長達は仕事に戻られてはどうです?これ以上はまずいでしょ」
「――ん、それもそうやな!」
海燕の言葉に、平子が笑いながら乗っかる。元より彼らは別のところへ行く途中、いつもの平子の思い付きで、井塚の実力を見ることになったのだ。哀れ、付き合わされた藍染と井塚。
ほなまたなー、と出ていく平子と、申し訳なさそうに頭を繰り返し下げながら出ていく愛染。それを見送ると、隊員たちは井塚達の様子が気になりながらも三々五々に別れていった。数分後、その場に残ったのは井塚と海燕のみ。
海燕は険しい表情のまま井塚に近づき、至近距離でささやいた。
「――何を見たんだ」
鍛錬であそこまで疲労する実力じゃないのは知っていた、ならば原因は他にある。例えば――予期せぬ情報の閲覧とか。
海燕の問いかけに、井塚は青を通り越して真っ白な顔色のまま、小さく声を漏らした。
「……海燕先生」
「大丈夫だ、ここ以外じゃ絶対に話さない」
頭を撫でてやり、笑いかける。それに困ったように眉尻を下げ、井塚は答えた。
「藍染副隊長の斬魄刀。真名は鏡花水月で、解号は砕けろ」
「ああ」
「能力……完全、催眠」
「――は?」
「海燕先生、どうしよう」
とんでもないもの、手に入れちゃったよ。
敬語をつける余裕すらなくした井塚を前に、海燕も頭を抱えるしかない。副隊長が斬魄刀の能力を偽っていた?完全催眠、ということなら、偽りにほころびが出ていないのも納得がいく。が、偽る理由は何か。というかこれを総隊長に話したとして信用されるとはとても思えない。そも、総隊長だけは知っている可能性もある。
さらなる重荷に、海燕も井塚も胃が痛くなる思いだ。
「……よし、井塚。詳細をもう少し話せ」
こうなったらとことん抱えて、万が一の事態に備えるしかない。
海燕の言葉に、井塚も辺りを警戒しながら小さく、早口で説明を始めた。
鍛錬の時間はほんの十分ほどで、藍染の始解で決着がついたらしい。その為斬魄刀から手に入れた情報と自身の記憶にばらつきがみられると。恐らく、神薙からの情報と、鏡花水月による催眠がぶつかり合っているのだろう。これで混乱しなかったのは幸いだった。
催眠にかかる条件こそ分からなかったものの、神薙から情報を手にした井塚曰く、完全催眠は五感隅々にわたり、おそらくそれは格上にさえ効いてしまう。そして、その本来の能力を知っていたとしても、催眠の条件に入ってしまえば、能力からは逃れられない、と。
「お前の斬魄刀とは違う意味で強力じゃないか……」
最悪、どこで催眠が行われたかすらも分からないままやられる可能性が高い。自分も彼の斬魄刀の始解を目にし、偽りの能力が振るわれたのを見たことがある。能力から逃れることはできないだろう。
ギルに伝えるか否か――それを考えながら、二人は業務へと戻っていったのだった。
予測可能回避不可能とか厄介この上ないですよね藍染の斬魄刀
ほんと何故これを捨て去ったし(いや最終戦でまた持ってたけど)